秘密にする意味

 やっとの思いで成果と呼べる物を手に入れたティアナは、これを報告するためマリーと面会することにした。


 ブルクハルトから正式に紹介されて二週間以上が過ぎている。何らかの成果が出るまでと面会を先延ばしにしていたら、結構な間が空いてしまった。


 それでも成果なしで文句を言われるよりはましと割り切って、ティアナはアルマに手続きを頼んだ。


 頼まれたアルマは直接王城へは向かわない。表向きティアナとマリーは正式な面識はないことになっているからだ。


 そのかわり、王都内のとある一軒家で連絡を取り合うことになっている。そこかかつて裕福な商人の屋敷で、今は密かにマリーが国王の一派から借り受けている家屋だ。


 この屋敷の裏手にある勝手口の鍵をアルマはマリーから与えられている。それを使って中に入り、家屋内で常時待機しているマリー側の配下の者と連絡を取るのだ。


 アルマが相手側と連絡を取ることに成功し、面会は二日後ということになった。


 用を済ませて戻ってきたアルマの労をねぎらうと、ティアナはまだ行ったことのない屋敷のことを尋ねる。


「屋敷ってどんな感じだった?」


「ぱっとしない感じだったわよ。隠れ家として使ってるだけらしいから、生活感もあんまりなかったし」


「幽霊屋敷みたいな感じじゃないんだよな?」


「さすがにそこまでひどくないわよ。あくまでも暗い感じがするってだけよ」


 話を聞いたティアナが納得してうなずく。


 次は二人の話を聞いていたタクミがアルマに問いかけてきた。


「僕達がその屋敷に行ったときだけど、アルマと同じように裏の勝手口から入るの?」


「そりゃそうでしょ。ひっそりと会いに行くんですから、堂々と馬車で乗り付けるわけにはいかないわよ」


「裏手に回ればわかるんだろうけど、一緒に行くから案内はしてくれるんだよね」


「ええ、それは任せて」


 密会ということでいつもと勝手が違うと考えていたタクミが、安心したように顔をほころばせた。しかし、すぐに眉を寄せる。


「もうひとつ。今度みんなで行くときは、アルマも剣を持っていくの?」


「え、あたしが?」


「だってこっそりと相手の人と会うんでしょ? 途中で襲われるとまずいんじゃないのかなって思ったんだけど」


 予想外のことを質問されたアルマがティアナへと目を向けた。


 そのティアナは難しい顔をして小首をかしげる。


「用心するに越したことはないが、王都内でそこまでする必要があるのかなぁ。アルマ、その屋敷の近辺って危なっかしいのか?」


「どうかしらねぇ。それほど悪いようには思えなかったけど」


「治安が悪くないんなら、後はダンケルマイヤー侯爵の一派からの襲撃かぁ」


「あたし達のことはカミルから話があるかもしれないけど、さすがにマリーと会ってることは気付かれてないでしょ」


 マリーとヨーゼフが揉めていたとき以外は公式に会っていないことになっている。ブルクハルトに紹介されたときもティアナはあの部屋にいなかったことになっているのだ。


 それに疑われるのならば、ブルクハルトとの関係だろうとアルマは思っている。結局国王の一派と見なされるわけだが、マリーとの関係はまだ気付かれていないと考えていた。


 このように二人は問題ないように考えていたが、それでもタクミは不安がった。


「でもなぁ」


「あーわかった。そんなに心配なら、アルマにも剣を持ってもらおう。いいよな?」


「当日は旅装用の服で行くのよね? だったらいいわよ。さすがにメイド服に剣はちょっときついから」


「だったら全員同じにしよう。目立たないようにしないといけないんだからな。タクミ、それでいいだろ?」


「うん、ありがとう」


 ようやく納得したタクミが安心して笑顔になる。


 そうして当日、ティアナ達は指定された屋敷へと三人揃って向かった。


-----


 アルマの案内で屋敷内へと入ると、三人は無口な男の使用人に迎えられた。


 用意された応接室に案内されたティアナ達はマリーを待つ。


 席に着いたティアナが独りごちる。


「マリーさん、納得してくださるかしら?」


「今更言っても仕方ないですね。もう説明するかありませんよ、お嬢様」


 ティアナの背後に立ってすまし顔のアルマが言葉を返した。


 実際その通りなのだが、若干の不安がティアナの内でくすぶり続けている。


 お互いよそ行きの態度でぽつりぽつりと話をしていると、応接室の扉が開いた。マリーが入室してきたのだ。


 席から立ったティアナが一礼するのを当然のように受けたマリーが対面に座る。所作のひとつひとつは非常に洗練されたものだが、どうにも鼻につく態度だ。


 改めてティアナが座ると、早速マリーが口を開いた。


「あなたがわたくしの配下になってから二週間が過ぎましたが、ようやく成果があったようですね。てっきり逃げたものだと思っていましたよ」


「本当に逃げていた方が良かったですか?」


 いきなりの嫌みにティアナは思わず切り返す。見下す態度はこの際我慢するとしても、毎回しゃべるごとに言葉で突き刺そうとするのは我慢できなかった。


 この返答にマリーは眉を釣り上げた。それでも一呼吸置いて表情を戻すと再び口を開く。


「あなたとつまらない言い合いをしても無意味ですね。それで、どのような成果があったのですか?」


「ダンケルマイヤー侯爵の屋敷にあるヨーゼフの研究室に保管庫があるのですが、そこからひとつ気になる物を持ち出してきました」


「魔法の道具を持ち出してきたのですか?」


 若干驚いた様子のマリーを無視して、ティアナは背後へと目を向ける。すると、アルマが懐から布で覆われた銀の腕輪をマリーの前に差し出した。


 魔法の道具は高価であったり貴重であったりするため、窃盗の対象になりやすい。そのため、おいそれと盗めないようになっていることが大半だ。


 しかし、ティアナはその魔法の道具を二週間の間にダンケルマイヤー侯爵の屋敷から持ち出してきたというのだ。意外な成果にマリーが驚いたのも無理はない。


「銀色の腕輪、ですか? これはどういったものなのです?」


「ヨーゼフによると、腕力、敏捷、器用、観察、幸運のどれかひとつの能力を高めてくれるそうです。腕輪ひとつにつき一種類だけと聞いております」


「本人から直接聞いたのですか?」


「客を装い、研究室へと案内してもらったときに聞き出しました」


 その説明を聞いてマリーはうなずく。そうして話を本筋に戻した。


「つまり、今はひとつだけですが、本来はこれが五種類あるわけですね」


「はい、腕に嵌めて契約すると効果を発揮するそうです」


「契約の方法は?」


「腕輪に自分の血液を垂らせばいいそうです」


「どのくらい能力が高くなるのですか?」


「そこまでは聞き出せませんでした」


 腕輪の着用者とティアナは実際に戦ったことはある。しかし、具体的にどの程度高くなるのか説明できる程詳しいわけではなかった。


 それでも具体的な成果があったことはやはり良かったらしく、マリーの機嫌は話し始めた頃よりも良くなっていた。


 小馬鹿にする様子は相変わらずなものの、明るい調子で話しかけてくる。


「このように具体的な形で成果を出したことは評価して差し上げましょう。それで、これだけでは便利な魔法の道具というだけですよね? なぜこれを提出したのです」


「実は、ヨーゼフによるとその銀の腕輪はダンケルマイヤー侯爵からの依頼で作成中で、他の方に売るためのものではないそうです」


「作成中? ということは、これは完成品ではないということですか?」


「その通りです。まだ試作段階で欠陥があると聞きました。しかし問題はそこにはありません。これが完成し、ダンケルマイヤー侯爵が独占したらどうなるのかということです」


 話を聞いていたマリーが眉をひそめる。何となく話が悪い方向へと向かっていることは理解できるが、具体的には想像できないといった様子だ。


 視線で先を促してくるマリーにティアナは答える。


「ここからは推測になりますが、この銀の腕輪が完成し、たくさん作られて兵士に身に付けさせると、とても強い兵士が生まれます」


「そうです、ね」


「兵士の数が同じなら、強い方が勝ちますよね? 今のダンケルマイヤー侯爵と国王陛下の兵士の数がどのくらいかは知りませんが」


 マリーはそこでようやくティアナの言いたいことを理解した。目を見開いて問い返す。


「あなた自分が何を言っているのかわかっているのですか?」


「あくまでも私の推測と申し上げています。ダンケルマイヤー侯爵はそもそもそんなことを考えていない可能性はありますし、腕輪をたくさん作れない可能性もあります」


「確かにそうですが」


 逆の可能性もあると言いかけてマリーはその言葉を飲み込む。


 権力闘争を利用しようとしていたマリーであったが、さすがに一貴族が国王に反逆する可能性までは考えていなかった。


 動揺しているマリーに対してティアナが念を押す。


「ただ、会話の中でヨーゼフにそれとなく問い質そうとしたところ、露骨に話を避けられました。ですから、まったくの妄想とも言い切れません」


 いまだ動揺しているマリーからの反応はない。少し脅かしすぎたかと思いつつ、ティアナは更に言葉を重ねる。


「ヨーゼフ自身は、これをどのように使うかは知らないと言っておりました」


「その話は信じられるのですか?」


「下の者が計画の全体像を知らないというのは珍しくないでしょう。しかし、私が見たところまったく知らないとは思えません。少なくとも何かしら察していると思われます」


「ならば、これから調べればよいでしょう」


「本来でしたらその通りなのですが、難しいかもしれません」


「なぜです?」


「実は、ダンケルマイヤー侯爵に仕えている騎士の一人が私と同郷なのですが、非常に仲が悪くて顔を見る度に暴力を振るわれかけてしまうのです」


「一体何があったのです?」


 眉をひそめてマリーが問い詰めてくるが、ティアナはそれには答えず話を進める。


「祖国で仲違いをしました。ともかく、ことあるごとに私の邪魔をしてきます。そして先日、ヨーゼフと会っている最中に襲われました」


「本当に襲われたのですか?」


「後ろにいる護衛に助けられて事なきを得ましたが、危ないところでした。そして、今後もヨーゼフに近づこうとする私を狙うに違いありません」


「ならば、うまく躱して話を聞き出しなさい」


「できる限りは。ただ、今のお話について確証を得るのならば、マリーさんの方が都合がよろしいのではないですか?」


 問いかけられたマリーは口を開きかけたが何も言い返してこなかった。


 その様子を見ながらティアナは更に言葉を重ねる。


「ダンケルマイヤー侯爵の近辺の方を調べるのでしたら、私よりもマリーさんの方がやりやすいですよね? そちらの方が確実に聞き出せるのではないかと」


「こちらはこちらでやっています。あなたが心配する必要はありません」


 迷惑そうにマリーが顔を背けた。


 一瞬間が空いたのを機にティアナが自分からの報告が終わったことを告げる。


「私からは以上です」


「そうですか。まぁ、成果があったことは認めましょう。これからも励みなさい」


 そう言うと、マリーは銀の腕輪を懐にしまって立ち上がる。一呼吸遅れて立ち上がるティアナを無視して、マリーは応接室から出た。


 ティアナはアルマとタクミの二人へと顔を向けると大きなため息を吐いた。


「帰りましょうか」


 その一言に二人はうなずいた。


 三人も応接室から出ると勝手口の方へと向かおうとしたが、玄関口側へと去って行くマリーの姿を見て驚く。


 再び顔を見合わせた三人は、示し合わせたかのようにマリーの後を追った。


 玄関口では扉を閉めた男の使用人がこちらに振り向いたところだった。


 やや遠慮がちにティアナが使用人へと問いかける。


「マリーさんはこちらから出ていかれたのですか?」


「はい、そうですが」


「もしかして、正門から堂々と出入りなさっているのですか?」


「その通りです。今日も馬車でおいでになってました」


 使用人の言葉に三人が絶句する。


 玄関の扉をわずかに開けて外を見ると、ちょうど正門から馬車が出るところだった。潜む気などまるでない。


 もちろん自分達の行動が完璧などとは思っていない三人だが、それにしてもこれはひどすぎると皆が思う。


 もう一度ティアナは使用人に問い質した。


「ここは密会用のお屋敷なのですよね?」


「さようでございます」


「今日の面会は密会という認識で正しいのですよね?」


「さようでございます」


「なら、マリーさんはなぜあのように堂々といらっしゃったのでしょうか?」


 三度目の質問に使用人は何も答えなかった。


 あのマリーの元で動いていて本当に大丈夫なのか、ティアナ達は改めて不安になった。

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