次の手はこっそりと
ブルクハルトより依頼されたヨーゼフへの調査は状況が悪化してしまった。ティアナ個人には収穫があったものの、依頼されたことはまだ充分に果たせていない。
本来ならばすぐに次の手を考えなければいけない。しかし、ティアナ達は有効な案を思いつけずに苦しんだ。
ダンケルマイヤー侯爵の屋敷から戻った翌日、観光にも出かけずにティアナ達三人は貴族御用達の宿で知恵を絞る。
難しい顔をしたままのティアナが男の口調でぽつりと漏らした。
「やっぱり一番の問題はカミルの存在だよな。ヨーゼフと会っていることを知られた以上は、今後間違いなくヨーゼフの近辺を見張るだろうし」
「そうよねぇ。このまま無策でまた行ったら、今度こそ剣を抜くでしょうし」
自分に猛然と向かってきたカミルの姿を思い出してアルマは困った表情を浮かべる。
話を聞いていたタクミが何かを思いついた。
「カミルが外出中にヨーゼフを訪問するのはどうかな?」
「こっちはあらかじめ訪問する約束をしなきゃいけないのよ? いつ外出するかわからないカミルの都合と合わせるなんて奇跡的すぎるわ」
即座にアルマが否定した。
更に加えると、外出するかどうかだけでなく、どのくらいの時間外出するのかも知っておく必要がある。誘導するにしてもティアナ達だけではとても不可能だった。
再びタクミが口を開く。
「叡智の塔を重点的に調べるのはどうかな? せめてほとぼりが冷めるまで」
「根拠はないが、恐らくあっちには国王の一派が求めてるような秘密はないと思うんだよな。ダンケルマイヤー侯爵絡みは、恐らく本人の敷地内にしかないと思う」
根拠なしと言いつつも、ティアナは半ば確信していた。何しろばれたら困るものもあるはずなので、そんなものを自分の管轄外の場所に保管するとは思えないからだ。
「けど、タクミが言った通り、ほとぼりが冷めるのは待つべきだよな。少なくともすぐには再訪問できない」
「そうよね。あれだけ騒ぎになったら普通は警戒するでしょうから。ああでも、一旦屋敷全体で警戒されたら、もう入れないかもしれないじゃない」
ティアナの言葉を継いで口を開いたアルマが、話している最中に大切なことを思いついた。重要な場所から厄介な人物を遠ざけるのは当たり前のことだと気付いたからだ。
話を聞いていたタクミが首をかしげる。
「もしかして、僕達実は詰んでる?」
その一言にティアナとアルマが顔を見合わせた。少なくとも、今は有効な手段を見いだせていないのは確かだ。
呻くようにティアナが言葉を返す。
「少なくとも正攻法は無理っぽいよな」
「それじゃ、非合法ってどんなのがあるの?」
「非合法って、せめて搦め手って言ってくれ。それはともかく、正攻法以外だとどんなのがあるだろう。ぱっと思いつくのは侵入かぁ」
首を右に左にとひねりながらティアナがタクミの質問に答える。本当に思いついたことを口にしただけなので、そこから先は言葉にならない。
今度はアルマがティアナへと問いかける。
「ウィンに偵察してきてもらったらどうなの? あの子なら壁でもすり抜けられるし、見つからないように姿を消すことだってできるじゃない」
「潜入するだけなら確かにそうなんだけどな。ウィンは人間の会話をいい加減にしか理解してくれないから、行かせてあんまり役に立たないんだよ。以前、酒場で試しただろ?」
『バカにした? ねぇ、今ボクのことバカにした?』
悪口には意外に敏感なウィンがティアナの言葉に反応する。
一方、アルマはティアナの言葉を聞いて納得した。そんなこともあったわねと東寺のことを思い出す。
「だったら、ウィンに何か取ってきてもらったらどうなの? 姿を隠して壁をすり抜けられるなら出入りすることは難しくないんでしょ?」
「どうなんだろ? ウィン、昨日行った建物の中から、魔法の道具を持って帰ることってできるか?」
『むりー。ボクは壁をすり抜けられるけど、他は無理だもん。それができるんだったら、ティアナも一緒に好きなところへ行けるよ』
説明されてティアナは顔をしかめた。確かにそんな便利なことをができたなら、今までももっと楽に行動できただろう。
頭をかきながらティアナがアルマに話す。
「無理だってさ。それができるなら、俺も自由に壁をすり抜けられるだろって」
「あーそりゃそうよねぇ」
ティアナからウィンの話を聞いたアルマが苦笑いした。
しばらく三人は黙って考えていたが、タクミが再びティアナに尋ねる。
「ウィンの魔法で姿を隠すってことはできるの? ティアナだけでも」
「考えたことなかったな。ウィン、俺だけ姿を隠して誰にも見られないようにっていうのはできるのか?」
『見えなくすればいいんだよね? それだったら今すぐにでもできるよ』
話を聞いたティアナはその言葉をアルマとタクミにも伝えようとした。ところが、それよりも先に二人がティアナを見ながら驚く。
「あれ、ティアナ! 消えた!?」
「ちょっとあんた! 何いきなり姿を消してんのよ! って、あれ? そこにいるの?」
驚いたタクミは声を上げるだけだったが、アルマは立ち上がってティアナへと手を伸ばしてきた。ティアナは動いていないので手を伸ばせば触れることはできる。
二人の様子を見ていたティアナは眉をひそめた。ティアナ視点では何も変わっていないからだ。もちろん自分の体も見ることができる。
ぺたぺたと触ってくるアルマをそのままにしながら、ティアナがウィンに声をかけた。
「ウィン、もしかして早速俺の姿を消したのか?」
『うん。ちゃんと消えてるでしょ?』
「俺はわからんけど、二人の様子を見てるとちゃんと消えてるようだな」
自分の体を見下ろしてみると確かにきれいさっぱり消えている。まるで自分の存在が消えてしまった見たいな不安感にティアナは襲われた。ただし、それだけに効果は抜群だ。
未だに驚きが冷めないタクミが、ティアナのいる近辺へと目を向けて話しかけた。
「これなら屋敷に忍び込めるんじゃないのかな?」
「俺一人でか?」
質問に呆然とティアナが答えた。脇ではアルマがタクミの問いかけにうなずいている。
「忍び込むなら人数は少ない方がいいものね。それに、ウィンがあんた以外に魔法をかけられるかどうかも怪しいし。以前落とし穴に落ちそうになったときにそうだったでしょ」
指摘されたティアナも思い出した。いきなり床が消えて落ちそうになったとき、ティアナはウィンに浮かせてもらえたが、アルマはそうではなかったのだ。
「ウィン、アルマやタクミの姿も消せるのか?」
『消せるよ。でも面倒だなー』
嫌そうな声でウィンが返事をした。非情に微妙な反応だ。
どうしたものかとティアナは迷ったが、とりあえず他の二人には伝えることにする。
「一応できるそうだけど面倒だって。嫌そうに言ってる」
「だったらやらない方がいいわね。それにさっきも言ったけど、忍び込むなら人数は少ない方がいいもの」
あっさりと判断したアルマにティアナは微妙な表情を向ける。確かに正論ではあるが、何か一方的に大変な作業を押しつけられた気がしないでもないからだ。
そんなティアナの内心を知らないまま、アルマが問いかける。
「そうだ。あんたちょっと歩いてみてよ。足音はするのかしら?」
「え? 足音? こうか?」
姿を消したままのティアナは立ち上がって机を一周する。姿はまったく見えないが、足音はいつも通りだ。
立ち止まったティアナがつぶやく。
「思いっきり聞こえてるな。そうなると、浮き上がった方がいいのか。ウィン、姿を消したまま少しだけ俺を浮かせられるか?」
『できるよ』
ウィンが返事をすると、ティアナはすぐに浮遊感に襲われた。そして歩こうとしたときに問題が発覚する。足が床に着いていないのでその場から移動できないのだ。
「ウィン、浮いた状態で俺が歩けるようにできるか? お前が移動させるんじゃなくて」
『え? ボクが動かしちゃダメなの?』
「他人の屋敷に忍び込むときに俺が声を出すわけにはいかないから、自分で動けるようにしたいんだ」
この辺りの理屈は不明だが、ウィンと会話をするときのティアナは必ずしゃべっている。内心で思ってもウィンには通じないのだ。
しばらく悩んでいたウィンだったがようやくティアナに返事をする。
『うーん、こんな感じでいい?』
じっとしているだけでは何も変化が感じられなかったので、ティアナは足を踏み出してみた。すると、頼りないものの床を歩いている感触がする上にしっかりと前に進んだ。
「おお! すごいぞ! こんなことできるんだな!」
『えへへ、ティアナの足下に平べったい風の板を敷いたんだ!』
褒められて喜ぶウィンをよそにティアナは更に歩き回る。慣れたら歩くくらいは問題なさそうだった。
気になる点があるとすれば、足下の床に細かく横たわっている砂がたまに動くくらいだ。足下に手をかざすとわずかな風が感じられる。他の隠蔽性を考えると我慢するしかない。
おおよそ満足しているティアナに、明後日の方を向いたアルマが声をかけてきた。
「どこにいるのかわからないけど、うまくできてるのよね?」
「ああ。これなら俺一人でも行けそうな気がする」
魔法を解除してもらったティアナが大きな息を吐き出した。やはり作業の目処がつくと安心する。
そんなティアナに対してタクミが尋ねた。
「それで、何を取ってくるの?」
「え? 何をって、そりゃぁ、あれ?」
答えようとしてティアナは返答に詰まった。忍び込む手段のことばかり気にしていたが、実のところ何を取ってくるのかというところは何も考えていなかったからだ。
ダンケルマイヤー侯爵の秘密を握れたら一番良いのだろうが、今のところその当てはない。忍び込む当てはできたが、どこで有力な情報が手に入るかはわかっていなかった。
今のティアナ達が求められているのは侯爵派の魔法使いについての情報だ。そう何回も使える方法ではないので、できれば一回で有力な手がかりを手に入れたかった。
質問をしたタクミをはじめ、ティアナとアルマも難しい顔をして黙った。せっかく侵入する目処がついたのに、肝心の目的がはっきりとしない。
そのときティアナの脳裏をよぎったのは、あの銀色の腕輪だった。ウィンがかつて洞窟で対決した者達が身に付けていたものと同じと断言した魔法の道具だ。
保管庫でヨーゼフに兵隊へ使うことを聞くと露骨に避けられたことからも、そういった利用方法も検討されているのだろうとティアナは予想する。
そう考えたとき、ティアナはひとつ道筋が見えた気がした。ヨーゼフが外で試験をしたことを隠したがったことを考えても、この筋書きは使えるのではとティアナは考える。
「あの建物の中の保管庫にあった、銀の腕輪を取ってこようと思う」
「銀の腕輪? ウィンが前に見たやつと同じだって騒いでたやつ?」
「そう。あれなら成果として認めてもらえると思う」
話を聞いたアルマはタクミと顔を見せる。
何もわかっていない二人に対してティアナは自分の考えを披露した。すると、二人はようやく納得した表情となる。
感心したようにアルマがうなずく。
「なるほどね。悪くない筋書きじゃない。その話を受け入れてもらえるかどうかはわからないけど、仕事の成果としてはいいんじゃないかしら」
「僕もそう思う。というより、他の案が思いつかないや」
苦笑しながらタクミが同意する。
二人の様子を見ていたティアナは良い反応が返ってきて満足したが、すぐに渋い表情でため息をついた。
「でもこれ、俺一人で忍び込まないといけないんだよな。あー今から緊張してきた」
「そうなのよね。第一、あたし達って建物の中までは知らないから、役に立たないし」
まったく緊張感のない様子でアルマが言葉を返してきたのを見て、ティアナは羨ましそうな表情を浮かべた。
「代わってもらえるのなら代わってほしい」
「でも実際はダメなんでしょ? 特殊な能力があるのはあんただけなんだから、そこは諦めてちょうだい」
「簡単に言ってくれるよなぁ」
「まぁ言うのだけなら簡単だしね。がんばって」
あっさりと言ってのけるアルマを悔しそうに見ながらも、ティアナはそれ以上言い返さない。
その後、ティアナは他の二人と相談しながら更に細かい計画を立てる。
こうして半ば行き当たりばったりな潜入計画が三人によって練られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます