調査先での騒動
この日の見学を終えたティアナはヨーゼフに館外まで案内される。蛍光灯のような魔法の道具により照らされる廊下を歩きながら、ティアナは考えをまとめようとした。
ダンケルマイヤー侯爵に関してはまだ何もわからないが、ヨーゼフに何かさせていることは確信できた。また、保管庫に数多くの道具があったことから、ヨーゼフはかなり深く関わっていると推測できる。
その中でも、あの銀の腕輪はかなり怪しいとティアナは考えていた。腕輪を大量生産して兵士に嵌めさせると即席で戦力を増強できると指摘すると、ヨーゼフがわかりやすく目を逸らせたことからもこの予想は外れていないと手応えを感じる。
だからといって短絡的に反乱の準備と結びつけるわけにはいかないが、国王の一派には不利な話には違いなかった。
他に、ティアナの個人的な興味として、廊下の照明器具と頑丈そう防犯用扉があった。どちらも蛍光灯と金庫の扉という前世の世界にあった物に似ていたからだ。既に叡智の塔でヨーゼフが前世の記憶を持っていることを確信していたが、それが更に補強される。
この調子だと、ヨーゼフの研究室を調べるだけでもかなりのことがわかるのではないかとティアナは思った。
調査としては個人的な興味もある程度満足させられたティアナは、意外に何とかなったと心の内で安心した。
やがて館外に出たティアナは待っていたアルマとタクミの二人と再会する。馬車もそのままだった。思わず安堵のため息を漏らす。
「それでは、今日はこれで失礼いたします。貴重な品々を見せていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。予定をおっしゃってもらえれば、こちらで準備をしておきますよ」
「ありがとうございます。日を改めてお伝えいたしますね」
「はい、是非」
機嫌良くヨーゼフが応える。ただ、やはり視線がたまにタクミへと向けられていた。
用が済んだティアナは馬車に乗り込もうとする。しかし、それは横合いから突きつけられた声に遮られた。
「お前、ここで何をしている!?」
思わずその場にいた全員が声のする方へと顔を向ける。そこには、大股で近寄ってくるカミルの姿があった。
後もう少しというところで困った相手に見つかってティアナは歯噛みする。これで平穏にこの屋敷を去るという選択肢が遠のいた。
ため息をついたティアナがやって来たカミルと正対する。
「血相を変えて一体どうなさったのですか?」
「なぜレオンハルト様の屋敷にいるのだ! お前は敵だろう!」
「ダンケルマイヤー侯爵様の敵になった覚えなどありません。あなたとの確執を勝手に解釈なさらないでください。迷惑です」
実のところカミルの指摘は正しいのだが、それを正直に伝えるわけにはいかない。
しかし、そんな表面上の理由にカミルが納得するはずもない。すぐさま言い返してきた。
「嘘をつくな! お前がブルクハルトという魔法使いと一緒にいたところで、俺と鉢合わせただろう!」
「調査依頼のためにブルクハルトさんとお会いしていただけです」
「誰がそんな言い訳を信用するものか!」
まったく聞く耳を持たないカミルにティアナは辟易した。この様子では説得など無理だと判断したティアナは、どうやって立ち去ろうかと考える。
そのとき、ヨーゼフが間に割って入ってきた。
「ちょっと待ってよ、カミル。いきなり何をしてくれるんだ」
「お前こそなんだいきなり。大体、どうしてそんな奴等と一緒にいるんだ?」
「どうしてって、そりゃお客さんを案内していたからだよ」
「客だと!? 正気か!」
「ど、どうしてさ。叡智の塔で依頼を受けて、他にも魔法の道具がないかって相談されたから、こっちにも連れてきただけじゃないか」
ヨーゼフの言葉にカミルが目を剥く。そして、そのままの表情でティアナへと視線を移した。その瞳には不信感しか浮かんでいない。
「どうせ見せかけだけの依頼だろう。まともなものとはとても思えん」
「結構な額の前金をお支払いしましたよ?」
「そんなものが当てになるか! カネなどいくらでも集められるだろう!」
やはりカミルの指摘は正しいのだが、惜しいことにそれを裏付ける証拠がない。
今回はやたらと鋭いカミルに内心で頭を抱えながらもティアナは反論する。
「大体、先日この国にやって来たばかりの私が、どうしてダンケルマイヤー侯爵様に敵対しなければならないのですか?」
「ふん、大方国王の一派に呼び寄せられたんだろう。語るに落ちたな!」
当てずっぽうの限界がようやく見えてティアナは安心したが、状況は予断を許さない。
ヨーゼフが何とかこの場を収めようとカミルを説得する。
「カミル、だからちょっと待って。今日はぼくのお客として呼んだんだ。ここで何かあったら、ぼくの信用に関わっちゃうよ!」
「お前の信用など俺が知るか!」
「ひどいよ! ぼくだってレオンハルト様のために研究してるのに! きみだって、ここの研究がレオンハルト様のものだって知ってるだろう!?」
ダンケルマイヤー侯爵の名前を持ち出されるとカミルは言葉に詰まる。頭に血が上っていても、自分の主人が誰なのかはまだ覚えていた。
腰の剣に手をかけたカミルは、そのままの姿勢で視線をティアナからアルマへと移す。
「なら、そこの平民女はどうだ。あいつは客じゃないんだろう?」
獰猛な目を向けられたアルマは嫌そうな顔をした。メイドや使用人ならば普通は震え上がるものだが、戦うことのできるアルマはその程度で恐れたりはしない。
その態度にカミルはこめかみに青筋を浮かせた。
「平民風情がバカにしやがって! 斬られないと高をくくってるな?」
「主人がダメだからメイドを斬るってどんな理屈だよ! 何言ってんのさ、カミル! なんでそこまでティアナさん達を嫌ってるんだ!」
「お前には関係ない!」
「だったらきみがここでティアナさん達に手を出す資格だってないだろう! 横から勝手に口だしして、レオンハルト様の名前に傷を付ける行為をするなんて許されないよ!」
「くそ、お前ら!」
絞り出すような声で呻きながらカミルがティアナ達を睨む。
これ以上この場にいてはカミルが本当に剣を抜くと考えたティアナは、すぐに去ることにした。もう話し合いでどうにかなる相手ではない。
顔をヨーゼフへと向けたティアナは一礼する。
「それでは、ヨーゼフさん。私はこれで失礼します」
「え、あ、はい」
返事を待たずにティアナは踵を返して馬車に乗り込もうとする。
すると、カミルが動いた。剣から手を離し、アルマに殴りかかろうとする。
背を向けていたティアナは気付かなかったが、カミルを警戒していたアルマとタクミはその動きに反応する。
構えて受けて立とうとしたアルマの前にタクミが割り込む。そうして、突き出された右拳を左手ひとつで受け止めた。
涼しい顔をして自分の拳を受け止めたタクミを見てカミルが驚く。自分よりも線が細く見える人物にこうも簡単に動きを止められるとは思っていなかったからだ。
「お前、一体何者だ!?」
「僕は護衛だよ」
そのまま右拳を押し返されて一旦下がったカミルは構えながら様子を窺う。不意打ちでアルマに一撃を入れる計画が失敗したので、正攻法で攻めるしかなくなった。
しかし、それも護衛のタクミが予想外に強いとわかって簡単にいかないとカミルは理解する。何もかもうまくいかないことにカミルは舌打ちした。
一方、ティアナとアルマはタクミが庇ってくれたおかげで、対応する時間ができた。振り向いたティアナは馬車の入り口で様子を窺い、アルマはタクミの斜め後方で構える。
かつて洞窟内で近接戦闘もしたことがある三人は、いつでも迎え撃てるように布陣した。
短時間で起きた出来事に呆然としていたヨーゼフだったが、我に返ると声を上げる。
「もうほんとに止めてくれよ! いくらなんでもやりすぎだ!」
「うるさい! お前も早く構えろ! こいつら、何をしてくるかわからんぞ!」
「お客に対してそんなことできるわけないだろう!」
泣きそうな顔でヨーゼフがカミルを止めようとするが、カミルは意に介さない。それどころか、ヨーゼフに手伝うように言ってくる始末だ。
研究用の建物のある近辺は閑散としているが、これだけ騒いでいるとさすがに衆目の的になる。別の建物から出てきた魔法使いやその関係者が遠巻きに様子を見ていた。
それに気付いたヨーゼフが焦ったようにカミルへと声をかける。
「みんな見始めてるよ! このままだと絶対に衛兵が呼ばれるって! もう止めよう!」
「ちっ、くそ!」
渋々とカミルは構えを解いて数歩下がった。そうして、怒りの形相のままティアナ達に対して口を開いた。
「必ず目にものみせてやるからな」
思いの丈を吐き捨てるとカミルは踵を返して去って行った。
ようやく脅威が去ってティアナ達は緊張を解く。
同じくすっかり疲れ切ったヨーゼフが声をかけてきた。
「本当に申し訳ないです。カミルの奴、なんだっていきなりあんなに怒ってたんだろう」
「いえ、お気になさらず」
「そう言ってもらえると助かります。そういえば、カミルはティアナさん達を知っているようでしたが、どこかであったことがあるんですか?」
「祖国が同じなのです。そこで以前仲違いして、以来嫌われているのです」
「そうですか。嫌われているという程度じゃなかったように見えますが」
苦笑いしたティアナは、特に話したいことではないので返答はしなかった。
ただ、同じ主人に仕えているヨーゼフならば、いずれカミルから話を聞く機会があるだろう。なので、何かあったことだけは伝えておく。
ヨーゼフも黙ったところでアルマが声をかけてきた。
「お嬢様、そろそろ馬車に」
振り返ってティアナがうなずく。再び正面を向くとヨーゼフに挨拶をした。
「それではこれで失礼します」
何か声をかけようとしたヨーゼフの動きを待つことなくティアナは馬車に乗り込んだ。アルマとタクミがそれに続く。
三人が乗り込むと馬車は緩やかに出発した。
ようやく完全に体の力を抜いた三人は馬車の中で大きなため息をつく。
「まさかあそこで喧嘩をすることになるとは思いませんでした」
「都合の悪いときに限って、最悪のことが起きるわよね。本当にカミルが来るなんて」
「あの人本当に本気で殴ってきたよ。まだちょっと手のひらが痺れてる」
三者三様に言葉を漏らす。しばらく誰も口を開けない。
実のところ、遭遇するかどうかは半々と見ていたが三人だったが、最後の最後で悪い方に転がってしまうとは本当に不運だと全員が思う。
だいぶ落ち着いてきたティアナがぐったりとしたまま漏らす。
「でもこれで、ここには訪れにくくなりましたね」
「あれだけ大きな騒ぎになっちゃうとねぇ。それで、中はどうだったのよ?」
「保管庫の中を見せてもらったけど、大半がダンケルマイヤー侯爵のものらしいです。ただ、その中にひとつ気になるものがありました」
「謀反を企んでる証拠とか?」
「そこまではっきりとしたものはさすがに。でも、以前洞窟で戦った相手が使っていた魔法の道具と同じ物を見つけました」
「え、本当に!?」
力を抜いてぼんやりと聞いていたアルマが勢いよく確認してきた。驚いたのはタクミも同じで、こちらも真剣な顔を向けてくる。
「ウィンが見つけてくれたので間違いありません」
『あれは見間違わないよ。絶対に同じか似たようなやつだもん!』
ティアナの中でウィンが元気よく主張する。
とりあえずそれは無視して、ティアナは話を続けた。
「それよりも、保管庫に入る前までに見かけたものの方が驚きました。蛍光灯のような道具で廊下を照らして、防犯用の扉がまるで金庫の扉みたいでした」
「蛍光灯と金庫みたいなもの? また懐かしい単語を聞いたわね」
どのようなものだったかより詳しくティアナが説明する。あまりうまい説明とは言えないが、それでも共通の知識があったのでアルマにもタクミにも何とか通じた。
話を聞いたタクミが半ば感心しながら感想を口にする。
「魔法があるから似たような物は作れるんだろうけど、思いつかなかったらできないよね」
「発想は完全に転生者よね。たまたま何か作ってできたんじゃなくて、最初からそこを目指して作ってるようにしか思えないわ」
二人の話を聞いたティアナもうなずく。ヨーゼフのことは既に三人で話をしていたので、こうしてすぐに相談できるのはとても助かる。
しかし、先程もティアナとアルマが言ったように、あれだけの騒ぎを起こして再びこの屋敷内に入れるとは三人とも思えなかった。次はどうするか考えないといけない。
ダンケルマイヤー侯爵の屋敷の正門から外に出たところで、三人は再び無口になった。
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