魔法使いへの接触

 しばらく王都観光をするはずだったティアナ達だが、ダンケルマイヤー侯爵の一派を調査することになってから様子が一変する。


 宿の自室に戻ってから事の次第をティアナから知らされたアルマとタクミは頭を抱えた。宿の相談をしに行ったと思っていたら、間諜の真似事をすることになっていたからだ。


 翌日にはティアナが連絡役のマリーと面会し、書状を届けた際にアルマもその姿を目にする。嫌な感じのする女というのがアルマの評価だった。


 ともかく、ダンケルマイヤー侯爵の一派に積極的に協力している魔法使いに接触しなければならない。そのためには、ブルクハルトと共に一度叡智の塔へと戻る必要があった。


 翌日の夕方にティアナ達は塔へとたどり着くと、三人は与えられている客室へと戻る。


 全身の緊張を解いたティアナがすっかり男の口調に戻って嘆息した。


「あーもーどうしたらいいんだよ! 探偵みたいなことなんてできねぇぞ、俺」


「仕方ないとはいえ、また無茶なこと押しつけてきたわよね」


「僕とアルマにできることって限られてそうだよね」


 渋い顔をしたアルマの隣で立ったままのタクミが首をひねる。魔法使いとの会話は主人同士の話になるので、アルマとタクミは原則関われないのだ。


 椅子に座ったティアナが机に肘を立てた手のひらに顔をのせて唸る。


「俺がブルクハルトさんに依頼しているってことはどのくらい知られてるんだろう?」


「みんな知ってるわよ。大した美人がやって来たって、使用人の中じゃ評判だもの」


 アルマに指摘されて、ブルクハルトにも言われたことをティアナは思い出した。


 こっそりと動くことができないことを知ってティアナは肩を落とす。


「みんな知ってるってことは、やっぱり国王の一派って思われてるのかなぁ」


「それはどうかしらね。外国からお客様っていう感じじゃないの? 派手に政治活動したわけでもないんだし」


「言われてみたらそうだよね。僕達、ブルクハルトさんに水晶の調査を頼みに来ただけなんだし。後は観光くらいだもんなぁ」


 仲間二人の意見を聞いてティアナは顔を上げた。確かに、アーベント王国に来てから厄介事に巻き込まれてしまったが、それを知っている者はほとんどいないのだ。


 少し希望の見えてきたティアナがアルマとタクミに提案する。


「まずはダンケルマイヤー侯爵派の魔法使いの情報を集めないといけないよな」


「目立つあんたが聞き込み調査なんてしたら、一発で侯爵派にばれると思うけどね。こっそりとやれる自信ってあるの?」


 アルマの言葉にティアナは返答に窮した。既に自分の存在は知られてしまっているのだから、こっそりと聞き込みなどできないことを思い出す。


 更にアルマは言葉を重ねた。


「ついでに言うと、あたしとタクミの雇い主があんただってこともみんな知ってるからね。以前、暇だったときにあっちこっちで仕事を手伝ってたから」


「ここに来てあのときの行いが響いてくるのかぁ」


「僕はまだしも、アルマはみんなに知られちゃってるよね」


 苦笑いしながらタクミがアルマの主張を補強する。有名人というほどではないにしろ、使用人や小間使いの間では働き者として知られているのだ。


 頭を抱えながらティアナが別の案を披露する。


「ということは、やっぱり魔法の道具を買いたいって真正面から話を持っていくしかないか? いや待て。そもそも侯爵派の魔法使いが誰か俺達は知らないじゃないか」


「ブルクハルトさんに聞いてなかったの?」


「あの人はヨーゼフっていう魔法使いを調べてほしいって言ってたな。ほら、以前貴族の邸宅街で揉めた奴」


「あー」


 そのときのことを思い出したアルマが少し嫌悪感を露わにした。強引に女性へ迫っていたところを目撃したので印象が悪いのだ。


 口を閉じたアルマに代わってタクミが問いかける。


「でも何でそのヨーゼフって人なの? 侯爵派だったら誰でもいいんだよね?」


「一番成功しててその研究開発が重要な財源になってるのと、貴族の結びつきを象徴からって聞いた。ヨーゼフの弱みを握って叡智の塔の独立性を高めたいんじゃないかなぁ」


「うわぁ」


 生臭い話を聞いたタクミが顔をしかめる。政治の話に興味はないので遠慮したいという態度がありありと窺えた。


 気持ちが落ち着いたのか、アルマが再びティアナへと話しかけてくる。


「もういっそのこと、そのヨーゼフっていう魔法使いのところに行ったらどう? どうせ今のあたし達じゃ下手に顔を知られているから、誰だろうとこっそりとなんて無理だし」


「断られる確率が誰でも同じなら、ブルクハルトさんご指名の魔法使いに当たって砕けろっていうことか?」


「そうそう。開き直って初対面ですっていう顔で行ったら案外うまくいくかもしれないわよ? ここは神経を図太くして」


「俺の神経は結構繊細なんだが」


「舞踏会の会場であれだけの注目を浴びて王子様と言い争える人の神経が、繊細なわけないでしょ。あれに比べたら全然大したことないじゃないのよ」


「あ、あれは仕方なくだな」


 反論しようとするティアナだったが、アルマから半目を向けられて口ごもる。


 そんなティアナに対してアルマが更に言葉を寄越す。


「とりあえず、あたし達の方でもそれとなく話を聞いて回るから、あんたはまずヨーゼフっていう魔法使いと話してみなさい。その感触次第で次にどうするか決めましょ」


「そうだね。想像だけで話をしても何も進展しないしね」


 アルマの意見にタクミも同調する。


 もちろんティアナも内心では既に同意しているのだが、成功の目星がまったくないので尻込みしているのだ。しかし、だからといって名案は浮かんできそうにない。


 重いため息をついたティアナは、渋々現状のままヨーゼフと面会することにした。


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 塔に戻った翌日、ティアナはヨーゼフに接触することにした。朝一番にアルマに頼んでヨーゼフの小間使いに魔法の道具についての問い合わせを頼んだのだ。


 ここで門前払いをされることも覚悟していたティアナ達だったが、意外にもヨーゼフからの反応は早かった。その日の昼過ぎに面会する約束を取り付けることができる。


 あっさり面会の申し入れが受け入れられたことに首をかしげつつも、ティアナは指定された応接室にアルマとタクミを伴って向かった。


 三人が応接室に入ったときにはまだヨーゼフは来ていなかった。


 席に座ったティアナが、扉を閉めて戻ってきたアルマに話しかける。


「いよいよですね。妙に緊張してしまいます」


「うまくいくといいんですけどね」


 よそ向けの態度を取り繕ったティアナが深呼吸を繰り返している後ろから、アルマが返事をした。ヨーゼフの意図がわからないので難しい顔をしている。


 しばらく三人が待っていると、ヨーゼフが小間使いを伴ってやってきた。立ち上がって一礼するティアナをよそに、タクミの姿を見て目を見開く。


 そう言えばとティアナは以前のことを思い出す。ヨーゼフはタクミの名前を聞いて驚き、最後まで気にしながら去って行ったことをだ。


 お互い正対する形で席に座ると顔を向けると、ヨーゼフは話を切り出してきた。


「そちらからぼくに話しかけてこられるとは思ってもみませんでしたよ」


「魔法の道具を作ることではアーベント王国随一と伺いましたから、一度お声をかけてみようかと思ったのです」


「なるほど、そういうことでしたか」


 ぽっちゃりした顔を震わせて嬉しそうにヨーゼフが笑う。この姿だけを見たら、少し根暗そうだが女性と揉め事を起こすような人物には見えない。


 機嫌良く笑い終えるとヨーゼフは用件を問いかけてきた。


「魔法の道具が欲しいということですけど、どのような物が欲しいんです?」


「移動した距離を正確に測れる道具です。ある場所からある場所まで、どの程度の距離を歩んだのかを知りたいのです」


「それはまたどうして?」


「私は今旅をしているのですが、今まで旅をしてきた距離と使った資金を知ることで、手持ちの資金であとどのくらい旅を続けられるのかを推測するためです」


 今回ヨーゼフと会うに当たって、ティアナは商談の体裁を整えるために仮初めの要望を考えた。さすがにここを手ぶらで面会するわけにはいかないからだ。


 話を聞いたヨーゼフは何度かうなづいてから返答する。


「そうですね。今手持ちの中にそのような道具はありませんけど、作ることならできますよ。馬車に取り付ける形のものでいいですか?」


「はい」


「なら難しくないかな。二ヵ月もあれば作れるか」


 返事を受けてヨーゼフが目をそらしながら考える。そうして頭の中で目算をつけると機嫌良く断言した。


「わかりました。二ヵ月以内に作ります。代金は前金で半分、残り半分は品物と交換ということでいいですか?」


「はい、ありがとうございます。お値段はいくらですか?」


 値段を確認したティアナは背後へと目を向けた。すると、アルマが手にしていた鞄からある程度の大きさの革袋を取り出し、それをヨーゼフの前に置く。


 ヨーゼフの小間使いが革袋の中の金貨を数え始めると、その視線がタクミへと逸れた。怪訝な表情でタクミが見返すとすぐに視線をティアナへと戻す。


 前金の受け渡しが終わると、色々と情報を引き出すためにティアナは雑談を始めようとする。何か話題はないかと考え、思いつくものを口にした。


「そう言えば、王都を観光していたときに不思議な品物を見つけました。とある魔法の道具を取り扱うお店で、文字だけを表示する小さい時計があったのですよ」


「ああ! それはぼくが作ったやつでしょう。腕時計ですよ」


 自慢げに説明するヨーゼフをティアナは驚いて見る。アルマとタクミもだ。


 そのティアナの様子に気を良くしたヨーゼフが更に言葉を重ねた。


「あれは正確に時を刻む時計で、あそこまで小さくするのにもなかなか苦労したんですよ! 残念ながら正確に時間を計る必要がないので大して売れなかったですけど」


「置き時計のようなものが一般的ですのに、斬新な発想ですね」


「そうでしょう! あれは、遠い世界で使われていたものを再現したものなんですよ!」


 その言葉を聞いてティアナは固まった。遠い世界という言葉について考えを巡らせる。


「遠い世界とはどこなのです? 遠い国ではないのですか?」


「ああ、いや、まぁそんなものですよ」


「それと、同じく観光していたときに、不思議な食べ物を食べたのですが、ヨーゼフさんはランメンをご存じですか?」


「あれを食べたんですか! あれもぼくがこっちで作ったんですよ! ただ、スープがうまく作れなかったので思ったのとは違ったのができちゃいましたけど」


「本当は違うのですか?」


「ええ、もっとおいしくなるはずだったんですけどね。ああそれと、本当はラーメンっていう発音なんですよ。でも間違って発音した奴の言葉が広まっちゃって」


 微妙に悔しそうに語るヨーゼフはを見ながら、ティアナはヨーゼフが転生者であることを確信した。デジタル腕時計もラーメンもヨーゼフが再現しようとしたものだったのだ。


 こうなると、ブルクハルトやマリーからの依頼という以外にも、ティアナ達はヨーゼフに興味が湧いてくる。


 それを機に、最初の方針とは少し方向を変えて、ティアナはより踏み込んだ提案をする。


「ヨーゼフさん、もしよろしければなんですけど、他にも魔法の道具があるのでしたら見せていただけないでしょうか? お話を伺っているうちに、興味が湧いてきました」


「ほほう、ティアナさんはこういった道具に興味があるんですか」


「ええ。私の背後にいる二人にも見せていただけると嬉しいですが」


 しばらく考え込んだヨーゼフは、ちらりとタクミに視線を向けてからうなずいた。


「いいでしょう。特別に私の研究室へご招待します」


「ありがとうございます」


 気が変わらないうちにとティアナは立ち上がり、ヨーゼフに研究室まで案内してもらう。


 中に入ることを許されたティアナ達は、ヨーゼフの研究室がきれいに整理整頓されていて驚いた。足の踏み場があるか怪しいくらい散らかっていると思い込んでいたのだ。


 三人は、部屋の奥に道具がきれいに並べられている棚へと案内された。


「見るだけでしたらご自由にどうぞ」


「魔法使いの方の研究室には機密が多いと伺っていますけど、よろしいのですか?」


「大丈夫ですよ。本当に見られてまずいものは別の場所にありますから」


 ティアナはゆっくり歩いて流すように道具を見ていく。さすがに外見からだけでは何か判別できない。


 仕方なく適当な道具を指差してヨーゼフに説明を求めた。ヨーゼフは得意気に説明をしてくれたが、先程の腕時計やラーメンのようなものではない。


 一通り見て回ったティアナだったがめぼしい物はなかった。魔法の道具としての価値はともかく、ダンケルマイヤー侯爵の一派を追い詰められるようなものも見当たらない。


 満足そうに説明し終えたヨーゼフが声をかけてきた。


「どうでした? ぼくの作品は」


「興味深いものばかりでした。ただ、私に必要があるのかと問われると、残念ですが」


「あー、まぁ、それは確かに」


 今まで説明してきたものを思い返したヨーゼフも曖昧にうなずく。


 ダンケルマイヤー侯爵の一派の情報を望むティアナは、しばらく考えてから口を開く。


「ヨーゼフさんは、確かダンケルマイヤー侯爵のところでも研究なさっているのですよね? そちらはどうなっているのですか?」


「え、あっちですか!?」


 期待に満ちた目をティアナが向けると、最初は動揺していたヨーゼフが難しい顔をして考え込む。やがて絞り出すような声でヨーゼフは言葉を返した。


「仕方ありませんね。ただ、ちょっと整理する時間をください。その後でしたら」


「ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべたティアナがヨーゼフに一礼する。


 ヨーゼフも笑顔で応えていたが、最後までタクミへと視線をちらちらと向けていた。

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