特定の派閥を探るお仕事

 一時的に厄介なことに巻き込まれたことがあったものの、ティアナ達の王都観光は概ね穏やかだった。冬の寒さに震えながらもアーベント王国の王都を楽しむ。


 観光を始めて四日目の夕方、ティアナ達は宿へと戻ってくる。その玄関を見てティアナがぼそりとつぶやいた。


「この宿を使えるのも今日が最後なのですね」


「ブルクハルトさんは、明日叡智の塔に帰っちゃうもんね」


 その言葉を聞いたタクミが苦笑いしながら返事をする。


 約束では、ブルクハルトが王都に滞在する間のみ貴族御用達の宿を一緒に利用させてもらえるということだった。今日で所用を終えるブルクハルトは明日叡智の塔へ戻る予定だ。


 そうなると、これからも観光を続けるためには自分達で宿を確保しなければならない。しかし、手持ちの資金の都合上、宿の質を落とさなければならなかった。


 贅沢に慣れてきている感覚に気付いているティアナは苦笑する。


「これから先、安宿に泊まれなくなってしまいそうですね」


 ブルクハルトがこの貴族御用達の宿を借りているのは贅沢をしたいからではない。相手に足下を見られないための政治的な配慮でもある。


 一方、そんな配慮が必要のないティアナ達はより経済的な面を重視しなければならない。三人ともそれが残念でならなかった。


 少し悩ましげにアルマが口を開く。


「明日は朝から宿探しかぁ。次の宿が決まったら荷物を運ばないといけないから、観光の続きは早くても昼からでしょうね」


「ブルクハルトさんにいいところを紹介してもらったらどうかな?」


「あ~それいいわね。お嬢様聞いてもらえますか?」


「わかりました。後で相談しに行きます」


 宿に入るとアルマが受付の従業員に戻ってきたことを告げる。一言言葉を交わすと、すぐに戻ってきて部屋に向かって歩き出した。


 再び三人揃ったところでアルマが残念そうに漏らす。


「ラムペ商会の支店があればお金を融通してもらえたんですけどね、お嬢様」


「魔法使いと取り引きしているのに支店がないって不思議ね」


 支援をしてくれるラムペ商会の支店があれば資金の都合はいくらでもつけられる。しかし、なぜかアーベント王国の王都には商会の支店はなかったのだ。


 首をかしげるティアナに対してアルマが返答する。


「こっちはまだラムペ商会の商圏じゃないのかもしれないですね」


「ブルクハルトさんとは取り引きがありますよ?」


「一人だけだと商いとしては薄すぎますよ。行商で充分じゃないですか。これから進出するつもりなのか、それとも割に合わないと判断しているのかはわからないですけど」


 元商家の娘が巡らせた考えを披露する。その辺りはさっぱりなティアナはうなずくしかなかった。


 与えられた客室に戻ったティアナ達が夕飯のことについて相談していると、ティアナは小間使いからブルクハルトが呼んでいることを伝えられた。


 渡りに船だったのでティアナはすぐにブルクハルトの部屋へと向かう。入室すると上機嫌なブルクハルトに迎えられ、勧められるままに椅子へと座った。


「よう来た。観光は楽しんでおるかの?」


「はい、とても。寒いのだけは難点ですが」


「真冬じゃからの。それは仕方なかろう。その分着込むしかあるまい」


 最初は雑談から入る。主にティアナの観光についてが話題だ。しばらく楽しく歓談した。


 やがて雑談が一区切りついたところでティアナから相談を持ちかける。


「ブルクハルトさんは、明日で叡智の塔へ戻られるのですよね? そこでひとつご相談があるのですが」


「なんじゃろう?」


「この宿を使えるのはブルクハルトさんが王都に滞在されている間だけですので、明日からは私達で宿を探さねばなりません。そこで、手頃なお値段で安全な宿があれば教えていただきたいのです」


 いささか真剣な表情になったティアナに対して、ブルクハルトは小さくうなずいてから返答する。


「そういえば、そうじゃったのう。知らぬわけではないので教えてやっても良いが、どうせならここに滞在し続けられる方法を選択せぬか?」


「しかし、私の手持ちの資金では」


「とある依頼を受けてもらえるのなら、この宿だけでなく、王都に滞在しておる間の費用はすべて負担するし、報酬も約束しようではないか」


 話がいきなり怪しい方向へと向いたのに気付いたティアナは微妙な表情を浮かべる。猜疑心の強そうな目元の老人がにこやかに笑う姿が途端に怪しく見え始めた。


 黙るティアナへと目を向けながらブルクハルトが言葉を続ける。


「頼みたいこととは、レオンハルト殿と関係のある魔法使いに接触し、何をしておるのか探ってほしいのじゃ」


「間諜の真似事ですか? 私はそのような訓練を受けておりません」


「わかっておる。儂も相手の重要な秘密を盗み出すことまでは期待しておらん。できる範囲で良いから探ってほしいのじゃよ」


「専門の者にさせない理由はなぜですか?」


「儂らも色々と探りを入れておるが、国内の者は警戒されてなかなかうまくいかん。そこで、相手に怪しまれないそなたのような国外の者に頼みたいんじゃ」


 正直ティアナはそれで良いのかと内心首をかしげる。王都の滞在費に追加で報酬まであるのに、結果はできる範囲で良いというのは話がうますぎると感じた。


「ダンケルマイヤー侯爵と関係のある魔法使いとはどなたなのです?」


「別に誰でもよい。ただ、儂としては、ヨーゼフを探ってもらいたいがの。あやつのことは以前話したじゃろう。レオンハルト殿の元で成功しておる者じゃよ」


 その名を聞いてティアナは顔を引きつらせた。数日前に王城を見学しようと貴族の邸宅のある地域を通りかかったときに、王宮の侍女と揉めていた魔法使いだったからだ。


 内心頭を抱えながらティアナは問いかける。


「なぜその方なのです?」


「レオンハルト殿の元で最も成功しており、その研究開発は重要な財源になっておるのがひとつ。もうひとつは、叡智の塔と貴族の結びつきを強める象徴となっておるからじゃ」


「国王の一派からだけでなく、叡智の塔としても厄介者というわけですか」


「儂らの研究を評価してくれるのは大いに喜ばしいが、貴族に近づきすぎるのは塔として危険なんじゃよ」


 今の話からブルクハルトがダンケルマイヤー侯爵の一派ではないことがわかった。問題はどこまで国王の一派に肩入れしているかだが、政争に巻き込まれるのに変わりはない。


 眉をひそめたティアナが反論する。


「そちらの事情はわかりました。しかし実は、数日前にそのヨーゼフさんがマリー・フリッツという王宮の侍女と諍いを起こしているのを仲裁し、恨みを買ってしまったのです」


「つまり、嫌われていては接触もままならぬと言いたいのか?」


「はい、しかもそのとき、ブルクハルトさんのお名前も出させていただいたのですが、好意的ではありませんでした。その関係者の私となると、門前払いになる可能性が」


 タクミの名前を聞くまでのヨーゼフの様子を思い出しながらティアナはしゃべる。どうにも胡散臭さを感じるため、ブルクハルトの要求には素直に応じたくなかった。


 そんなティアナの言葉を受けてブルクハルトが唸る。


「困ったのう。実は国王陛下からレオンハルト殿と関係のある魔法使いの件を任されておるんじゃが、このままでは儂が直接動かねばらなん」


 この発言でブルクハルトが国王の一派にかなり肩入れしていることがわかった。どうりでヨーゼフがブルクハルトを嫌うはずだとティアナは同時に納得する。


「儂が直接話を聞こうにもヨーゼフの奴は警戒するじゃろうし、そなたに断られると他を探さねばならん。そうなると研究が滞ってしまう」


 嫌な予感がしたティアナは渋い顔のブルクハルトに問いかけた。


「私が依頼した調査はどうなるのです?」


「中断するほかあるまい。王命に逆らうわけにはいかんからな。そなたもそれはよう知っておろう」


「どのくらいかかりそうですか?」


「先が見えておるのならここまで悩んでおらぬ。今のところお手上げじゃからなぁ」


 ため息をついたブルクハルトが天を仰いだ。


 まさかの横槍にティアナも頭を抱える。まったく自分に関係のないことで邪魔されるとは予想外だった。


 さすがに数ヵ月も待ちたくないティアナは、一度ブルクハルトの条件を整理する。


「私への依頼は、ダンケルマイヤー侯爵と関係のある魔法使いの近辺をできる範囲で探ることだけですね? また、王都滞在の費用はそちら持ちで報酬もある、と」


「そうじゃ、やってくれんかの? 叡智の塔に依頼を出せるだけの伝手と財産を持ち、それでいてどちらの派閥にも属していないそなたは、うってつけなんじゃよ」


「報酬というのがどのようなものかわかりませんが、これの代わりに調査にかかる費用はすべてそちら持ち、そして、調査期間は水晶の調査が終わるまでか最大一ヵ月にしてもらえますか?」


「ほほう、ならば引き受けると?」


 明らかに相手の思うつぼなのはティアナもわかっている。しかし、選択肢がないのならば、可能な限り譲歩を引き出すしかない。


 身を乗り出してきたブルクハルトを若干不満そうに見据えながらティアナは念を押す。


「水晶の調査を引き延ばそうとするのはなしですよ? 二週間から四週間で調査できると聞いていますからね」


「水晶の調査期間が基準というわけじゃな。よく考えておるの」


 にやりとブルクハルトが笑う。そして、すぐにうなずいた。


「よかろう。そちらの条件を飲もうではないか。これで儂の滞在も一日延びたのう」


 いつの間にか緊張していたティアナは、ブルクハルトの言葉を聞いて肩の力を抜く。


 そんなティアナの様子を見ながら、ブルクハルトは更に言葉を重ねた。


「では、今後の連絡役となる者と引き合わせるとしよう。明日の昼頃、この儂の部屋でな」


「お膳立てはすべて整っているわけですか」


「話がうまく進んだときだけじゃがな」


 呆れた視線をティアナが向けると、ブルクハルトは面白そうに笑う。


 今やすっかり胡散臭く見えるようになってしまった顔に目を向けながら、ティアナはアルマとタクミにどう説明しようか考えを巡らせた。


-----


 翌日、ティアナは小間使いに案内されて再びブルクハルトの部屋を訪れた。


 入室すると二人の人物が既にいたが、そのうちの一人は数日前に助けた女性だ。


「あなたは、マリーさん?」


「またお目にかかりましたね、ティアナ」


 苺色の混じった金髪で鳶色の瞳をした美女が勝ち気な笑みをティアナへと向けてくる。


 笑顔を向けているブルクハルトにティアナはすぐに顔を向けた。


「この方が、昨日おっしゃっていた私の連絡役ですか?」


「その通り。王宮の侍女であるマリーじゃ。以後はこの者と連絡してもらう」


「以後は私へ報告するように。そして、指示は私から与えます」


 以前助けたときもそうだったが、今回もマリーの態度は高圧的だった。ティアナはやりにくさを感じる。


 そんなティアナの内心などお構いなしにマリーは言葉を重ねた。


「平民が直接貴族の役に立てることを誇りに思いなさい」


「あの、私も貴族なんですけど」


「は? 貴族の子女が一人で旅をしているのですか? 一体目的はなんです?」


 詰問口調のマリーにティアナは眉を寄せる。こういった人物では本来の目的はもちろんのこと、ウィンのことも話せなたものではない。


 言葉に詰まったティアナをマリーは小馬鹿にしたように笑う。


「身分を詐称するのは大罪ですよ。それに、貴族の子女が流浪するなどまともでは」


「いいえ、詐称などしていません。ガイストブルク王国の王女エルネスティーネ・シャルフェンベルク様が、この身の保証をしてくださっております」


 それを聞いたマリーが目を剥く。隣に座っているブルクハルトも同様だ。


 しかし、マリーはすぐに立ち直って眼光を鋭くする。


「その発言を証明するものはあるのですか? なければ罪に問いますよ?」


「ブルクハルトさん、小間使いの方をお借りしてもよろしいですか?」


「構わんぞ。好きにするといい」


 許可を得たティアナが小間使いに指示を出した。小間使いが退室してしばらくするとアルマが書状をもってやって来て、ブルクハルトに手渡す。


 書状を開けて内容を確認したブルクハルトの表情が驚愕に変わる。


「なんと、本物の書状ではないか」


「ブルクハルト様、その署名は本当に本物なのですか?」


「以前、一度だけあの精霊石の巫女と謳われる王女の書状を見せてもろうたことがある。そのときと同じ繊細な魔力を練り込んだインクが、署名に使われておるんじゃ」


 ティアナへと視線を向けたまま、信じられないものを見るような目つきのマリーが固まった。


 貴族内にも序列はある。ティアナの爵位は子爵なのでフリッツ伯爵家出身であるマリーにはかなわない。しかし、国外とはいえ、王女との後ろ盾があるとなる話は変わる。


 ため息をついたブルクハルトが漏らした。


「まさか当代一流の小さな魔女と知り合いとは」


 まだマリーは黙っている。その体は震えており、表情は何かを必死に我慢しているようだ。扱い方によっては、自分の序列も否定してしまうことになりかねない。


 そんな様子のマリーにティアナは黙って一礼する。黙って震えたままのマリーの瞳が次第にきつくなっていった。

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