幕間 利用する者達
アーベント王国の建物はすっきりとした装飾が多いが、王城となるとその様子は変わる。壁の色こそ白いままだが、金箔をふんだんに使用した装飾がちりばめられているのだ。
ブルクハルトが案内された部屋も例外ではない。十人程が入室しても余裕のある部屋は色鮮やかに装飾されている。
室内には机はなく、椅子だけが壁に沿って等間隔に並べられていた。扉のある壁にだけには椅子がない。その椅子は赤を基調とした布張りで金色の刺繍が施されている。
「いつ来ても、ここは目がちかちかするのう」
最奥の椅子から少し離れた椅子に座ったブルクハルトが独りごちた。目頭を押さえてため息をつく。
王都に到着した日も含めると既に四日滞在しており、残る所用は国王との面会だけだ。
しばらくブルクハルトが目を閉じて研究について思案していると、豪奢な衣服を着た頭髪がはげ上がった中年太りの男が姿を現す。
席から立ち上がったブルクハルトが一礼した。
「ご壮健でなによりです、ヴィクトール国王陛下」
「この二日で何かある方が恐ろしいわい。予はまだそこまで年を取っておらぬからな」
気負うことなく室内を進むヴィクトール国王は最奥にある椅子に腰を下ろす。続いてブルクハルトも再び席に着いた。
小さいため息をついてからヴィクトール国王がブルクハルトに話しかける。
「三日前に会ったばかりなので積もる話もない。早速本題に入ろうではないか」
「使者からはティアナの件とだけ聞いておりますが、あの者が何かしたのですかの?」
「結論から申すと、そのティアナという者を借りたい」
本当に結論だけを伝えられてブルクハルトは困惑した。理由がわからないので返答できない。代わりに質問を返す。
「あの者をですか。何かお役に立てることでも?」
「二日前、予の侍女の一人がとある魔法使いに迫られておったところを、ティアナに救われたそうじゃ。そのときに、そなたへ何かしらの依頼をしているとも申しておったそうな」
「なるほど、同じ叡智の塔に関係する者として、何か使えるということですな」
現在のアーベント王国では、ヴィクトール国王の一派とダンケルマイヤー侯爵の一派が争っている。叡智の塔も無関係ではないのだ。
ブルクハルトの反応に気を良くしたヴィクトール国王は大きくうなずく。
「聞けばこのティアナ、今はそなたの調査結果を待っておるそうではないか。前から魔法使い関連の調査はやりにくいと、そなたも前からこぼしておったであろう?」
「おっしゃることは理解できますが、そもそも目立つことをしてしまっていては、使えないのではありませんかな?」
「確かにそうだ。しかし、最近国外から来た本物の依頼者ならばレオンハルトの一派に警戒されにくいと、その侍女から提案を受けて考えてみたのだ」
「まぁ確かに、騒ぎを起こしたことに目をつむれば」
一応貴族の身分であり、叡智の塔に依頼を出せるだけの伝手と財産を持ち、それでいてどちらの派閥にも属していない。更によそ者なので何かあっても簡単に切り捨てられる。
頭に浮かんだことを吟味すると、確かにティアナは都合が良かった。
ヴィクトール国王は更に言葉を重ねる。
「予としては、様々な魔法の道具を作り出している魔法使いの近辺を調べたい。最初は
「そこでティアナというわけですな。叡智の塔で侯爵派の魔法使いと接触しても不自然ではないし、魔法の道具を買い付ける客として近づくこともできると」
「察しが良くて助かる。そなたにとっても悪い話ではないと思うが」
「確かにそうですが、ティアナは儂に調査依頼をしに来た単なる客であり、配下の者ではありませんぞ。さすがに協力を強制することまではできませぬ」
「そこをどうにか説得できぬか? レオンハルトの一派は日増しに勢いをつけておる。その要因のひとつである叡智の塔との関わりをレオンハルトから取り上げたいのじゃ」
最近のダンケルマイヤー侯爵の派手な動きを見て、ブルクハルトにも思うところはある。特に叡智の塔への多額の援助と影響力の増大は無視できない。
それに、ブルクハルトがティアナを王都に誘ったのも、事件に巻き込まれやすい体質だと感じたからだった。何かあれば良いと漠然と期待していたのは事実である。
しばらく考えていたブルクハルトは小さくため息をついてから口を開いた。
「儂も叡智の塔への貴族の介入は好みませぬ。ティアナへ話はしてみましょう。そのために必要な餌などを用意していただければ、より説得しやすいでしょうが」
「おお、やってくれるか! 話してみるとよい」
良い返事に喜んだヴィクトール国王は笑顔で答える。
この後、ブルクハルトはヴィクトール国王とより具体的なことを相談して、ティアナを説得するための条件を整えた。
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