第3章エピローグ

 グラウ城の地下からティアナ達が帰還して四日が過ぎた。疲労のせいもあって、三人はよくわからないうちに年を越していたというのが実感だ。


 冷え込みが厳しい朝、ティアナ達は宿の食堂に集まっていた。よく使うテーブル席を占有して暖かいスープと黒パンを食べる。


 その最中にティアナが口を開いた。


「やっぱり寒いときには暖かいスープですよねぇ」


「お嬢様、毎回それですよね。気持ちはわかりますけど」


「うーん、僕はお雑煮やおせち料理が食べたいなぁ」


 タクミのつぶやきにティアナとアルマは苦笑する。


 前世の日本では正月の三が日と呼ばれる期間は基本的に休みだが、ティアナ達のいる世界では年末を含めて特別な日々ではない。新年を祝う挨拶は交わされるものの、いつもの日常が続くだけだ。


 転生して既に十数年生きているティアナとアルマに違和感はない。こんなものと受け入れていたが、タクミはそれに寂しさを感じているようだ。


 慰めるようにアルマがしゃべる。


「餅米があればお餅を作れるんだけどね。こっちの世界じゃお米すら見たことないし」


「ずっと東の方にないかしら? そういう食文化」


 首をかしげながらティアナがつぶやく。ティアナ達が歩き回っている地域では、今のところ稲作の話すら耳に入ってこない。


 ティアナとアルマが米と稲作について話をしていると、タクミが当面の予定について尋ねる。


「今の食べ物が嫌ってわけじゃないから、お米の話はそこまでしなくていいよ。それより、年が明けてから二日は何もしなかったけど、これからどうするの?」


「まずは持ち帰った物を整理します。とは言っても専門家じゃないですから、大まかに分類するだけですけどね」


 持ち帰った貴金属と宝石類を分けて更に大きさで分ける予定である。これは鑑定してもらうときに余計な手間を省くためだ。


 スープを飲んだティアナが更に言葉を続ける。


「それが終わったら、シュパンさんのところへと持って行きます。鑑定してもらわないといけないですしね」


「別の鑑定屋に持って行っても、疲れるだけですしね」


 一言漏らすと、アルマは黒パンをちぎって口に入れる。


 こちらの世界では、何であれ原則として自己責任である。騙されたりぼったくられたりする方が悪いのであり、嫌なら何かしらの手段を講じるべきというのが鉄則だ。そのため、信頼できる店があるティアナ達にとって他の店に行くことは考えられない。


 そこまで聞いてタクミは首をかしげた。


「それじゃ、あの水晶みたいなのはどうするの? 何かわからないんだよね?」


「あれもシュパンさんに鑑定してもらうつもりです。何かわからないままというのは気持ち悪いですし」


 何もわからないまま遺跡に潜って取ってきた代物だけに、調べるにしてもティアナ達だけでは手がかりすらなかった。こうなると、組織的に動けるシュパンに調べてもらう方がずっと良い。幸いお金には困っていないので費用は支払うつもりだ。


 スープを一口飲んだタクミが続けて尋ねる。


「シュパンさんのところにはいつ行くの?」


「今日昼頃に行きます。実は宿の人にお使いを頼んで、昨日のうちに約束しておいたんですよ」


「なんだ、そうだったんだ。昨日言ってくれたら武器と防具の用意をしてたのに」


「武具の用意? 戦うわけではありませんよ?」


「そうじゃなくて、点検してもらうために持って行く準備をするってことだよ。僕じゃ武器とかが今どんな状態なのか全然わからないから」


 タクミの話を聞いてティアナは目を見開いた。確かに三人ともグラウの町に来てから武具の手入れを充分にしていない。何度か使っているのだから、区切りの付いた今の間に点検をしてもらうのは良い考えだ。


 隣で話を聞いていたアルマも唸る。


「すっかり忘れてた。あたしも結構使ってたんだし、一度鍛冶屋さんに出しておくべきね。お嬢様のはともかく、あたしとタクミのやつは持っていった方がいいわ」


「そんなこと言われたら、点検してもらいたくなるじゃない。私のも持っていきますよ」


 口を尖らせてティアナがアルマに反論した。恐らく大丈夫だと理性的に考えられても、感情的にはどうしても不安になってしまうのだ。感情のためだけに出費をするのかと言われるとつらいティアナだったが、どうせなら道具は安心して使いたかった。


 そんなティアナを微笑ましく見ながらアルマが別のことを尋ねる。


「話は変わるけど、ここが終わって次はどこに行くつもりなんです?」


「水晶の鑑定次第ですね。あれが何か有効なものでしたら、それを軸に目的地を決めます」


「そうじゃなかったら?」


「ウィンの故郷を優先して探そうと思います」


『そっちを先に探してよぅ!』


 今まで黙っていたウィンが口を挟んできた。早く帰りたいウィンからすると当然の主張だ。それを知っているティアナは苦笑する。しかし、それでも基本方針は変えるつもりはなかった。


 朝食を食べ終わったティアナが立ち上がる。


「それじゃ、部屋に戻って持っていく物を用意しましょうか」


「結構重くなりそうですよね」


「大丈夫、全部タクミに持ってもらいますから!」


「なるほど、力持ちのタクミがいるから問題なかったですね。忘れてました」


 ティアナとアルマに笑顔を向けられたタクミは嫌そうな顔をする。確かに重い物を持つのは今のタクミにとって問題ではないが、貧乏くじを引かされる感覚が面白くないのだ。


 そうは言っても拒否はしない。憮然とした表情のタクミも席を立った。


-----


 思わぬ準備作業で外出直前が慌ただしくなったティアナ達だったが、どうにか済ませてから宿を出発した。タクミが武具一式を三つ持ち、ティアナとアルマが貴金属と宝石類を背嚢にしまっている。


 背中を気にしながらティアナが独りごちる。


「これでも結構重いですね」


「数が多いからです。少なくとも幸せな重さですよ、タクミよりは」


「僕のは重いだけなんだ」


「私達の命の重さよ。頑張ってちょうだい」


 確かにその通りなのでタクミは苦笑いしながらうなずく。


 とりとめのない雑談をしながら三人で歩いていると、正面から見知った四人が歩いてきた。カイ達だ。向こうから声をかけてくる。


「やぁ、結構な荷物を持ってるじゃないか。買い出しかい?」


「タクミが持っているのは私達の武具です。今から調整と点検のために鍛冶屋へ出しに行くんですよ」


 正確にはシュパン経由でだが、面倒なのでその当たりの説明は省く。


 その説明を聞いたカイはうなずいて、タクミの持っている荷物へと目を向けた。


 今度は脇から出てきたカチヤがアルマに話しかける。


「ねぇ、その背嚢、随分重たそうだけど、何か買い出しでもしたの?」


「戦利品よ。今からお店に持っていくところなの」


「ああそっかぁ、あんたたち、遺跡の奥へ行けたんだっけ」


 以前洞窟内で聞いた話を思い出したカチヤが複雑な表情を浮かべる。しかし、今は落ち着いているせいか喧嘩腰で話しかけてはこない。


 そんなカチヤからカイへと視線を移したタクミが問いかける。


「そういえば、カイ達って遺跡には再挑戦するの?」


「ああ、もちろんするよ。ティアナに教えてもらった攻略法を試したいからな」


「責任重大だわ」


 カイの背後からロジーナが一言加えてくる。この一言だけでは意味不明だが、見えない魔方陣のことを知っているティアナ達には何のことか予想できた。


「そっちはまた潜るのかい?」


「いいえ、もう前回で最後です。武具の調整や戦利品の処分が終わったら別の場所へ向かう予定です」


「そっか」


「だったら、あんた達の次に、あたし達がお宝をいただくことになるわけね!」


 感傷に浸りかけたカイの横でカチヤが明るく宣言した。後ろでロジーナが苦笑している。


 背後のカチヤとロジーナからティアナに向き直ってカイが口を開く。


「短い間だったけど、会えて良かったよ。目的が何かは知らないが、達成できるといいな」


「ありがとう。カイ達も望みが叶うように祈ってます」


 ティアナとカイはお互い笑顔でうなずき合う。そして、各人が別れの挨拶を交わすと、そのままあっさりと別れた。


-----


 宿からラムペ商会グラウ支店はそれほど離れていないのですぐに着く。


 グラウ支店の一階は道具屋だ。三人が中に入ると所狭しと様々な道具が並べられたり積み上げられたりしている。まだ午前中だが、平民から傭兵まで多数の人々が店内で買い物をしていた。


 中に入ったティアナ達は、手の空いている店員に言伝を頼むと目立たない場所で待つ。しばらくすると応接室に案内された。そこには既にシュパンが座っている。


「ようこそ。お待ちしていましたよ。たくさん荷物を持っていらっしゃいましたね」


「おはようございます。どうせなら、色々お願いしようと思いまして」


 自分の背負っていた背嚢をアルマに渡してからティアナがシュパンに挨拶した。そして、勧められるままに座る。アルマとタクミはティアナの背後に立った。


 再びシュパンから話しかけてきた。


「使いの者から受け取った手紙には、遺跡から持ち帰った品を鑑定してほしいと書いてありましたが、どの程度持ち帰ってこられたのです?」


「幸い、数多くの品を持ち帰ることができました。アルマ」


 ティアナの言葉を受けて、アルマが背嚢の中身の一部を取り出した。貴金属製の装飾品と宝石類をそれぞれ数点だ。


 それを見たシュパンが目を見開く。


「まさか、その背嚢にまだあるのですか?」


「はい、背嚢二つの中身すべてを鑑定して値を付けていただきたいのです。お願いできますでしょうか?」


「ええもちろん。手に取ってもよろしいですか?」


 ティアナがうなずくとシュパンがテーブルに並べられた品を手に取って見る。いくつかの角度から眺めたかと思うと、指で触ったりもした。その行為を何点かの品で繰り返す。


 一通り見たシュパンは手にした品をすべてテーブルに戻すと大きく息を吐いた。


「大したものですね。どれも状態が非常に良い。まるで作られたばかりのようだ。洞窟で発見されたものだと破損していることもあるのに、これは傷一つない。背嚢の中にある品もすべてこれらと同じ状態なのですか?」


「はい。ご覧になってください」


 目配せされたアルマがシュパンの隣に背嚢を二つとも移動させた。


 その中を見たシュパンはため息をつく。質も量も類を見たことがなかった。


「正直なところ、ティアナ嬢がここまで成果を上げられるとは思いませんでした。一度探索者に襲われて運が良ければ逃げ帰ってくるだろうと予想していたんです」


「普通はそう思いますよね」


 楽しそうに笑うティアナの背後で、アルマとタクミも苦笑いしていた。貴族のお嬢様の探検ごっこだと思われても仕方ないと、立場が変われば三人も思っただろうからだ。


 何度かうなずいてからシュパンが口を開く。


「承知しました。適正な値をお付けいたします。ただ、実に言いにくいことなのですが、これだけの資産を個人の旅で持ち歩くのは、正直お勧めできませんね」


「もちろんそうでしょう。ですから、これらはすべて差し上げます。以前いただいたグラウ城の地下の情報の対価として、また今後のラムペ商会から支援していただくための前金として」


 シュパンは目を見開いたまま驚く。一瞬何を言われているのかわからなかった。しかし、ティアナの言葉を理解すると面白そうに笑った。


「ははは! どうやら私は、本当にあなたを見誤っていたようだ。祖国を追われた哀れな貴族のご令嬢と思っていたら、なかなかどうして」


「その認識で正しいです。ただ、商売人の方を相手にいつまでも一方的な関係が成り立つとは思っていないだけです。少なくとも、損をしない相手だと思っていただけなければ」


「素晴らしいお考えです。貴族の方々が皆そのようなお考えでいらっしゃったら、こちらも嬉しいのですが」


 実に楽しそうに会話するティアナとシュパンをタクミは内心呆れながら見る。その隣でアルマは少し苦笑いしていた。


 ひとしきり笑うとシュパンはいささか真面目な表情でティアナに向き直って告げた。


「この件については、本店にも報告いたします。これだけの利益をもたらしていただいたとなると、おじさんにも伝えておかないと」


「それで、早速二つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」


「もちろん構いませんよ。どのようなご用件です?」


「一つは、後ろにある私達三人分の武具の具合を確認していただきたいのです。今回の探索で結構使ったので。もう一つは、この水晶がどのようなものか鑑定をしていただきたいのです」


 言い終わると、アルマが肩掛けの鞄から大切そうに布でくるまれた水晶を取り出して、テーブルに置く。


 シュパンは首をかしげながらそれを見た。


「武具については承知しました。それで、これも遺跡から持ち帰った一品なのですか?」


「はい。他の金品とは異なる場所に安置されていたので、もしかしたら魔法の道具なのかもしれないと考えているんです」


「なるほど。手に取らせていただきますね」


 許可を得るとシュパンは布ごと水晶を取り出す。金品同様に様々な角度から透明な水晶を眺めるが、シュパンの顔は晴れなかった。


 水晶をテーブルに戻してからシュパンはティアナに視線を戻す。


「これは専門家が鑑定しないとわかりませんね。一見するとただの水晶のようにしかみえませんが」


「可能でしょうか?」


「魔法の道具とはまだ決まったわけではありませんが、もしそうなると私は専門外になりますね。一応こちらでも確認してみます」


「お願いします」


 自信なさそうにシュパンが返答した。ティアナも今のところウィンのあやふやな言葉を根拠にしているので、強くは主張できない。


 これでティアナは自分の望むことはすべて伝えた。後は結果を待つだけである。


 そんなティアナに対してシュパンが提案する。


「そうだ。今回これだけの貴金属と宝石類を持って帰ってこられましたが、もしもう遺跡に赴かれないのであれば、その経路や方法を教えていただけませんか? 以前ご提供したグラウ城の地下に関する情報の対価ということで。そうすれば、この金品はすべてティアナ嬢の今後のご支援に回すことができます」


 話を聞いたティアナは少し考えた。もうあの場所を探索することはないので、遺跡の情報を隠す意味はティアナ達にはない。この情報でシュパンがどれだけ利益を上げようと、あずかり知らぬことである。


 シュパンもティアナ達と同じように遺跡から金品を持ち帰れるか試し、尽きるまで繰り返す。その後、更にこの情報を転がして更に利益を得るのだろうとティアナは予想した。どれだけえげつない駆け引きが行われるのかは不明だが、それは知らない方が良いだろう。


「わかりました。こちらでまとめておきますので、水晶の鑑定結果を伺うときにお渡しします」


「それは助かります。これは鑑定に力を入れないといけませんね」


 おどけて見せたシュパンにティアナが苦笑した。別に鑑定の結果次第で渡す情報を変化させるつもりはないと思っているが、シュパンの心情を穿ち過ぎかと内心首をひねる。


 本当にお互いの要求や提案が出尽くしたところでシュパンが尋ねてくる。


「今回の探索で、ティアナ嬢は目的を果たされましたか?」


「その水晶の結果次第です」


「まだわからないわけですね。行き先はもうお決まりで?」


「いいえ、やはり水晶の正体がわかるまでは」


「なるほど。もしお決まりになりましたらご連絡ください。おじさん同様に私も旅に必要な物はご用意いたします」


「ありがとうございます」


 シュパンの申し出にティアナは一礼する。そして立ち上がった。


「それでは私はこれで失礼いたします。そうだ、せっかくですから店内を見て回ってから帰りますね」


「お眼鏡にかなう物があればよろしいですが。ああ、うちの店員をお付けしましょう。何でも聞いてやってください」


 同じように立ち上がったシュパンが機嫌良く申し出た。ティアナはそれを受け入れる。


 扉越しにシュパンが使用人を呼ぶと一人が入って来た。ティアナ達の荷物や背嚢について指示をすると応接室を出ようとする。


 ティアナ達もシュパンに従って部屋を出る。向かうは道具屋の店内、今までゆっくりと見学できなかったので、これから時間をかけて珍しい物を探すつもりだ。

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