決戦-後編-
最初に切り結んでから以前よりも相手が強くなっていることを理解したタクミだったが、あれから互角の勝負を演じている。全力を出せば短期間で勝負がつく可能性が高いが、何か罠があるのではと警戒してもう一歩踏み込めなかった。元の世界に戻りたいタクミにとって、死ぬ可能性はできるだけ下げたいのだ。
しかし、戦っている間に線の細い男に異変が現れたのにタクミは気付いた。最初は体力が尽きてきたように見えたのだが、相手の顔が青白くなってきたのを見て普通ではないとタクミは感じる。
「はぁ、はぁ、くそっ!」
先程まであった余裕の表情はもうない。まだ戦いの勢いは今までと変化はないものの、力尽きるのは時間の問題に思われた。
「もう息切れした?」
「うるせぇ! 死ねぇ!」
独り言に反応されたタクミは驚く。しかし、強がっているのは明らかだ。
尚も剣を交えていると、ついに相手の勢いが衰え始めた。相変わらず打ち込んでくるところは的確だが、力強さは影を潜め、剣筋も雑になってゆく。
「くそっ、なんだ、これ!? どうした!」
線の細い男に苦しげな表情に驚きも混じったのを見て、タクミはそれが本人にとっても予想外であることを知る。何をしているのかまではわからないタクミだったが、その効果が切れるか限界に達しつつあるのは理解できた。
戦いの趨勢はタクミに傾きつつある。相手が自滅するのであればもうしばらく待ってみようと思ったタクミは、このまま戦闘を維持することにした。
ファイトは俊敏な青白い男を捕捉できないでいた。元々力任せの一撃で敵を倒す戦法を得意としており、逆に足を使った相手は苦手なのだ。そういうとき、ファイトは仲間と一緒に戦った。決闘でない以上は一対一にこだわる必要はないからだ。
「ちくしょう!」
青白い男は叫びながら横に飛んで戦斧を避けたが、そこには既にカチヤが待ち構えていた。その短剣の筋は青白い男の太ももに傷を作る。もう何度もこの手で青白い男の体に傷を負わせていた。
「惜しい!」
更に後退した青白い男が顔をゆがめるのを見ながらカチヤが残念がる。しかし、最初の頃のような悲壮さはない。ファイトとカチヤが連携を取るようになってからは、形勢が逆転したからだ。
「くそっ、サシならどっちにも勝てるってぇのに!」
「へへんだ。なんであんたの都合に合わせて決闘なんてしなきゃいけないのよ」
悔しがる青白い男へ、カチヤが小馬鹿にするように言葉を返した。
ファイトは戦斧を持って青白い男に近づく。そして、大きく振りかぶった戦斧を青白い男めがけて振り下ろした。
当然、青白い男は横っ飛びで避ける。いつもならカチヤが待ち構えているところだが、今回はいない。うまく出し抜けたと思った青白い男は次の行動に移ろうとする。そのとき、左脚に違和感があった。
「あ?」
青白い男が目を向けると、矢が刺さっていた。矢が飛んできたと思う方へと視線を移すと、ボウガンを構えたカチヤが笑っていた。
「ファイト!」
戦斧を両手で持ったファイトが近づいていく。もう仕留められるのは時間の問題だった。
カイと浅黒い男の戦いは一見すると互角に見える。しかし、細かく見れば微妙にカイが優勢だった。
どんなにカイが巧みに剣撃を打ち込もうとも確実に防がれる。逆に斬り込まれるときは手薄なところを的確に突かれる。致命傷はないものの、カイとしては実にやりにくい。
しかし、ロジーナが背後に控えていることで浅黒い男は行動を制限されていた。少しでも動きを止めると即魔法を仕掛けられるので、常に動いている必要がある。しかも厄介なことに、カイへと攻撃するときを狙ってくるのだ。
逆にロジーナへと攻撃しようとすると、真正面にいるカイがその隙を突いてくる。目の前にいる敵の注意が別に逸れれば攻撃するのは当然だろう。
「くそっ、あの女さえいなけりゃ!」
なまじロジーナの動きがよく見えるために、浅黒い男は大胆に踏み込んでカイを攻撃できない。せっかく銀の腕輪を二つ嵌めて更に強くなったというのに、前回の戦いと結果が大した変わらなかった。
そうしてひたすら戦っているとやがて大きな変化が現れてくる。浅黒い男が息を乱し始めたのだ。今までこんなことはなかっただけに浅黒い男は混乱する。原因があるとすれば銀の腕輪を二つ嵌めたからだが、なぜそれで苦しくなるのかまではわからない。
「ちくしょう! なんで!」
強まるカイの攻勢に浅黒い男は徐々に追い詰められていく。
一方、そんな浅黒い男の様子を見はカイとロジーナは最初は体力切れを疑った。しかし、苦しそうに顔をゆがめるのを見て眉をひそめる。どうも体力切れだけが理由のようには見えなかったからだ。ただ、二人ともその理由はわからない。
「ま、攻めどきには違いないな」
原因が何にせよ、大きく反撃に出る機会がやって来たとカイは判断した。相手が苦しんでいるのならば、それに付け入るべきだと攻撃の手を強める。
決着がつくときは近いとカイとロジーナは思った。
アルマはもう何度決定的な一撃を打ち込んだか覚えていない。地力に差があるので普通ならここまで戦いが長引くことはないのだが、ティアナ曰く魔法の力でその差を埋めているということだった。
もちろん、アルマにとってこんな状態は不満だったが、それ以上に納得いっていないのがエゴンだった。引きつった笑みを浮かべ、血走った目でアルマを睨む。
「くそっ! ツイが回ってきてるはずなのに、なんでてめぇを殺せねぇんだ!」
「単純に実力差でしょ。得体の知れないものに頼って、強くなった気になってるからダメなんじゃない」
「うるせぇ!」
どうやっても決定的な一撃がうまくいかないアルマだったが、見方を変えたらそれだけだ。致命的な一撃をもらうこともない。つまり、負けはないということである。だからこそ、不満はあっても冷静なままでいられた。
逆にエゴンは幸運になったにもかかわらず、勝負を賭けた剣撃が必ず防がれている。更に致命的な剣撃をすべて幸運で躱していた。つまり、更に幸運にならないと勝てない。だからこそ、不満は不安となり、冷静でいられなくなっていた。
「くそ、こんなことなら、もう一つもらっときゃ良かった!」
「いくつもらっても同じでしょ」
「うるせぇ! んなわきゃねぇ!」
冷静さを欠いてきたエゴンの剣筋は次第に荒くなってゆく。そして、無駄な動きをし、無駄な力を入れるため、息が上がってきた。そのせいで、戦いの均衡も次第に怪しくなってくる。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
エゴンは悪態をつきながら更に剣を振るう。しかし、最初とは違って、その振るい方は剣を叩き付けると表現した方が正しい。
相変わらず違和感はあったものの、アルマは先程よりどうにかなるような気がしてきた。完全に感覚で確たる証拠はないが、エゴンのいう回ってきたツキで賄えないくらいに趨勢が自分へと傾いてきたように思えたのだ。
「どうも限界のようね」
「うるせぇ! てめぇさえ死ねば!」
わめきながら剣を振るうエゴンは体力も尽きようとしているようにアルマには見えた。アルマが受ける剣は先程よりも重くなく、振るわれる剣の回数も減ってきている。
尚も戦い続けていると、明らかにエゴンの動きが鈍ったのをアルマは感じ取った。頃合いだと判断したアルマが何度目かの反撃に転じる。
あまりに何度も打ち込んだせいか、アルマはごく自然にその決定的な一撃を放った。半ば無意識に隙があったから剣を差し込んだというような自然体だ。相変わらず違和感をアルマは感じる。しかし、そのなめらかすぎる動きにエゴンは反応できなかった。
「がっ!?」
アルマが狙ったのは手首だった。剣道の小手を打ち込む要領でエゴンの両手を切断する。そして、剣先を跳ね上げて首筋を切った。エゴンの体は、アルマと交差するように倒れる。
あれだけ長かった戦いの幕切れは、あまりにもあっけなかった。
ティアナは自分が使う魔法について考察しているゲルトに眉をひそめたが、すぐにそんなものかとも思うようになっていた。ティアナが憑依体質であることをゲルトは知らない。そして、その重要な部分を知らないと表面上の現象しか読み取れないということに気付いたからだ。
「吹き飛ばして!」
『あっち行け!』
もう何度目かの突風でティアナはゲルトを吹き飛ばした。剣技では勝てないと早々に判断したティアナは接近戦は最小限にしている。火の玉や風の刃を使って攻撃もしてみたが、周囲の仲間に配慮して使っていることもあって一向に命中しない。
傷だらけの体を起こしたゲルトが引きつった笑顔でつぶやく。
「魔法ってのは厄介だなぁ。こんなポンポンと簡単に使えんのか。まぁそれでも、思うようにゃ使えてねぇようだが。ははっ、仲間に当たっちゃマズイもんなぁ?」
見た目だけなら満身創痍のゲルトのやる気は一向に衰えていない。
そんなゲルトを見てティアナは嫌な顔をした。しっかりと状況を把握されているからだ。
二人の勝負はティアナが優勢だ。近接戦闘しかできないゲルトに対して、ティアナがそれを魔法でほぼ封じているからだ。たまに危ないところまで切り込まれることはあるものの、ウィンが先に反応して防いでくれている。
しかし、ティアナも思うように戦えなかった。火の玉などの魔法を撃ち出すには周囲の見方に気をつけなければならないからだ。相手の左腕の輪っかの効果を消してしまえれば良いのだが、ウィンの解除魔法は飛び道具形式のようなので動き回ると命中させられない。直接触れるという手段もあるが、そのまま近づくと近接戦闘を許すことになる。
状況が膠着状態に陥っているのはゲルトも理解しているようで、まだ態度に余裕があった。
そんなゲルトの様子を見ていたティアナは、ふと気になることが頭に湧いた。
「あなた、本当に物取りですか? それに、エゴン達に善意で手を差し伸べたとも思えません。まるで戦うこと自体が目的のように見えます」
「おお、なかなか鋭いじゃねぇか。あいつらを助けたのは、昔の自分みたいだったからってぇのはあるな。そりゃ善意だけじゃねぇのは確かだが、そんなのはオレ達の生きてる世界では当たり前のことだぜ」
「巻き込まれるのは迷惑なんですけど?」
「オレが巻き込んだわけじゃねぇよ。てめぇらがたまたまそこにいただけさ」
やっぱりとティアナはため息をつく。目的は話そうとしないし、悪いのはすべて他人のせい。ろくでもない奴に絡まれたということしかわからなかった。
そうなると、もうこれ以上の問答は不要だ。決着をつけるべく、ティアナは動く。
ティアナは短剣を構えて大きく踏み込む。すると当然ゲルトが迎え撃った。ティアナの剣は弾かれる。逆にゲルトが一撃を加えてきた。ティアナが叫ぶ。
「守って!」
『何で近づくのかなー』
文句を言いながらもウィンは風の壁でゲルトの剣を押しとどめた。そこでゲルトの体が一瞬硬直する。ティアナは一歩踏み込んで、左手でゲルトの左腕を掴んだ。
「輪っかを解除して!」
『えい!』
ウィンが解除魔法を直接銀の腕輪へと放つ。すると、ぱん、という小さい音がした。
すぐにティアナはゲルトから離れる。
『できた!』
「てめぇ、何しやがった!?」
腕輪が小さい音がしたことに気付いたゲルトは、左腕の袖をまくって腕輪を見る。銀色だった腕輪が黒く変色していた。
顔を青くしたゲルトがティアナを睨む。
「よくもやったなぁ!」
逆上したゲルトが再び襲いかかってくるが、先程と同じく風の壁に押しとどめられてしまう。しかし、諦められないゲルトは尚も前に進もうともがく。
その様子を見たティアナがウィンに命じる。
「あの風の壁に炎を混ぜて」
『え、こう?』
地面から風の壁を伝うように炎が吹き上がる。風の壁に密着していたゲルトは一瞬で全身を炎に包まれた。ゲルトはたまらず地面を転がる。
「おおお!」
さすがにティアナであってもそんな状態の相手ならどうにかできる。最初に右腕を傷つけて剣を手放させてから胸に短剣を刺した。これが致命傷となりゲルトは絶命する。
周囲を見ると粗方決着がついていた。タクミとファイトは既に敵を倒しており、カイも相手にとどめを刺そうとしているところだ。
せっかく勝ったというのに、ティアナは達成感も安心感もなかった。ただ放心するだけである。
それでも、とりあえず目の前の戦いには勝った。生き残ることができた。
「あ、背嚢を取りに戻らないと」
ティアナは戦いが始まってすぐに下ろした背嚢のことを思い出す。あれから放りっぱなしだ。一旦休憩してから引き返すことを決める。
そのとき、カイの相手の断末魔が聞こえた。
もうしばらくは戦いたくないとティアナは思った。
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