決戦-前編-

 ティアナ達とカイ達が構える中、洞窟の奥から近づいてくる松明の炎が揺らめく。人の影は五つ。その姿がはっきりと判別できる距離になると、カイとファイトはこの場で初めて現れた人物の顔を見て驚く。


 思わずカイが声を上げた。


「あんたは、あのときの!?」


「おや、まさかこんなところで会うたぁねぇ」


 まるで散歩の途中で会ったかのようにゲルトがカイに答えた。


 事情を知らないカチヤが説明を求める。


「カイ、あいつのことを知ってんの? っていうか、知り合いだったんだ」


「以前、町でファイトの肩にぶつかった奴だよ。それで、その場で組まないかって誘われたんだ。もちろん、断ったけどな」


 隣にいるファイトが無言でうなずいた。納得してゲルトを睨む。


 正面へと向き直ったカイがゲルトに語りかけた。


「あんた、そこの四人と知り合いなのか?」


「知り合いというより、オレが助けてやったんだ。そしたらどうだ、こんなに大活躍するようになったんだぜ!」


「なんだと! それじゃ、オレ達を襲わせたのは、あんたの仕業ってわけか?」


「あ~そいつぁどうだろうなぁ。まぁ、半分正解で半分誤解ってところかねぇ。腕試しに他の探索者と戦ったらどうかって勧めはしたが、特定の誰かを狙えたぁ言ってねぇよ」


 ゲルト本人は正直に答えているのだが、カイ達にとってはふざけているようにしか聞こえない。とりあえず、ゲルトが自分達の敵の仲間だということをカイ達は理解した。


 そんなカイ達の心情など無視して、ゲルトは楽しそうに七人へと語りかけてきた。


「オレとしては、この四人がこれからも面白おかしく生きていけるようにと手助けしてきたが、それもそろそろ仕上げだ。てめぇら、オレ達がこれからも楽しく生きていくために死んでくれや」


「ふざけるな! そんな理由で殺されてたまるか!」


「そうよ! 逆にこっちの肥やしにしてやる!」


 激高したカイとカチヤが即座に言い返した。


 そんなカイ達をよそに、ティアナはゲルト以外の四人の様子に違和感があった。あれだけ追い詰められていたエゴンを始め、誰もが余裕の笑みを浮かべているのだ。頭数を比べてもあちらは二人少ないことから、再び何かしたのではとティアナは推測する。


 気になったティアナは小声でウィンに問いかけた。


「あの五人に何か魔力を感じない? さっきの左腕の輪っかみたいなやつ」


『みんなあるねー。でも人間三つの左腕には、さっきみたいな輪っかが二つあるよ。なんか増えてるー』


「三人って誰?」


『手前の四人の一番左以外のやつ』


 ウィンの言葉に驚いたティアナはエゴン以外の三人の左腕に注目した。しかし、直接腕輪をしているのか、袖が邪魔でわからない。


 警告するためにティアナが仲間に声をかけようとするよりも先に、ゲルトが宣言する。


「さぁ、景気良く勝って、面白おかしく生きようや!」


 その言葉と共にエゴン達四人がこちらに向かってくる。アルマ、タクミ、カイ、ファイトの四人もそれに応じて前に出た。


 機先を制されたティアナはそれでも叫んだ。


「気をつけて! そいつらさっきよりも強くなってる!」


 四人とも振り向かなかったが聞こえたはずだと信じて、ティアナは短剣を抜いた。


 最初に剣を交えたのはタクミと線の細い男だ。一度は逃げたにもかかわらず、線の細い男は笑みを浮かべて再びタクミに向かってきた。


 その余裕を妙に思いつつも、ティアナの言葉を聞いたタクミは剣を切り結ぶ。


「え、こいつ?」


 先程剣を交えたときとは違い、相手の腕力が段違いに強くなっていることにタクミは驚いた。そこから何度か攻防を繰り返して偶然でないことを知る。


 相手の線の細い男はタクミと戦えていることを喜ぶ。


「はははっ! いける、いけるぜぇ! これならてめぇをぶち殺せる!」


「なんかやったな!」


「さぁて、なんだろうなぁ! さっきはよくも好き勝手やってくれたじゃねぇか!」


 勢いに乗った線の細い男は、叫びながら次々と的確に攻めてくる。


 その攻撃をタクミは、避け、流し、受けた。つたない技術面は身体能力で補う。


 少し前に逃さず倒せていたらと後悔しつつも、タクミはどうやって勝てばいいのか考えながら剣を振るった。


 次に一拍子置いてぶつかったのはファイトと青白い男だ。この二人は初対戦だが、どちらも迷うことなく武器を振るう。


「ひひひ、てめぇみたいなノロマ、オレの相手じゃねぇ!」


 楽しそうに青白い男がファイトの戦斧を避けると、短剣で腕を切りつけようとする。


 ファイトは腕の位置をずらしてその短剣を鎧で弾いた。


 しかし、青白い男の攻めは終わらない。一旦大きく後退する振りをして再度突っ込み、今度は膝を狙おうとする。ところが、急に横飛びに転がってファイトから離れた。直後にその場所を矢が飛び去る。


「ああもう、惜しい!」


「こいつ、またジャマしやがったな」


「当然じゃない。戦いなんだから!」


 起き上がった青白い男がボウガンを構えたカチヤを睨む。それを小馬鹿にした笑顔でカチヤは見返した。


 吐き捨てるように青白い男が言い放つ。


「サシの勝負に女が首を突っ込んでんじゃねぇよ」


「似合いもしない騎士様の真似事なんてするんじゃないね。コソドロの癖にさ」


 カチヤの言葉に青白い男が青筋を立てる。


 自分から注意が逸れたのを見計らったファイトが、大きく踏み込んで戦斧を振り下ろす。しかし、青白い男は難なく避けた。


「ひひひ、だからそんなトロい攻撃が当たるかってんだ」


 青白い男に馬鹿にされながらも、ファイトは戦斧を構え直す。その斜め後ろではカチヤがボウガンを構えた。二人とも、どうやって相手の足を止めるか静かに考えた。


 その次に対決したのはカイと浅黒い男だ。数日前の襲撃から数えると今回で三度目の対戦なので、何をするかはどちらもある程度わかっているはずだった。ところが、剣を交えてすぐにカイは違和感を覚える。


「なんだ?」


「いいねぇ! てめぇが何をするか手に取るようにわかるぜ!」


 青白い男は楽しそうに剣を振るう。そのどれもが的確な一撃である。しかもそれだけでなく、カイが次にどんな動きをするのか知っているかのように対応してきた。これは前回の戦いまでではなかったことだ。


 意図が相手に汲み取られ、適切に対応されるとカイとしては手の打ちようがない。不利な状況からどうやって突破口を作り出そうかカイは考える。


「土の化身よ、彼の者の足を絡め取れ」


 カイと浅黒い男の戦いが白熱しつつある中、カイの背後でロジーナが呪文を唱えた。


 とっさにその場を離れた浅黒い男が元いた地面から土が盛り上がる。


「感の良い奴ね」


「アブねぇなぁ。ジャマすんじゃねぇよ!」


「決闘でもないのに何寝言ほざいてるのよ」


 浅黒い男の抗議をロジーナは涼しい顔をして受け流す。


 これは一騎打ちではなく団体戦であることをカイは改めて胸に刻む。一人で対処できなければ仲間の力を借りれば良いのだ。


 カイがロジーナにちらりと視線を向けると不敵に笑って見せた。


「よそ見してる場合じゃないでしょうに」


「おっと!」


 隙を窺っていた浅黒い男が剣を繰り出してきたが、カイはそれをうまく受け流す。


 それを合図に、再び二人の激しい攻防が始まった。


 最後にぶつかったのはアルマとエゴンだった。お互いにそろそろ見飽きてきた相手だが、倒さなければ前に進めないのだから逃げるわけにはいかない。


「今度こそぶっ殺してやる! ツキさえ回ってくりゃ、こっちのモンだ!」


「あんたまた何かやったの!? 懲りないわね!」


 呆れた口調のアルマだったが、確かにあの微妙なやりにくさが復活していることにすぐ気付いた。ここぞというときに何をしてもうまくいかない。前回は攻めているときに顕著だったが、今回は守っているときも目立つ。


「なぁ、てめぇ、いい加減死ねよぉ、なぁ!」


「ああもう、気色の悪い声を出すんじゃないわよ! 鬱陶しい!」


 何度か鎧に剣をかすめられながらも、アルマは致命傷を避けながら反撃する。しかし、そのどれもが届かない。大きな違和感があるばかりだった。


「しぶといヤツだな、てめぇはよ!」


「そっくり返してやるわ、その言葉! 妙な物付けないと強がれないダサい奴のくせに!」


「てんめぇ、ぶっ殺してやる!」


 ここでの戦いだけは剣だけでなく、言葉の応酬も激しい。決定的な一撃を与えられそうで与えられない不満が剣以外にも噴き出しているようだ。この状態がしばらく、延々と続いた。


 自分以外の仲間が戦い始めたことを確認したティアナは、まだ戦っていないゲルトへと目を向ける。


 そのゲルトは先程からティアナを見ていた。そして、頃合いと見たのか味方の四人が戦い始めると剣を抜いてティアナへと近寄ってくる。


 短剣を構えたティアナの前までやって来ると、ゲルトは値踏みするような表情を浮かべながら話しかけてきた。


「さっきは、随分とおもしれぇことを叫んでたじゃねぇか。なんであいつらが強くなったって思った?」


「一度尻尾を巻いて逃げたのに、余裕な表情を浮かべて戻ってくれば、そう思っても不思議ではないでしょう?」


「怪しいなぁ。それだけで強くなったなんて断言できるもんかぁ?」


「教えなきゃいけない理由はないですね」


「それもそうだな」


 納得したゲルトは、次の瞬間ティアナに斬りかかった。反応が遅れたティアナを見てゲルトは勝利を確信したが、突然何もない場所で剣が受け止められて目を見開く。


「なんだこりゃ!?」


『あぶないなー』


 のんきな声でウィンが注意してくる。ゲルトの剣が途中で止まったのは、ウィンが風で作った壁のおかげだった。


 一度後退したゲルトが眉をひそめる。


「魔法ってぇのは、呪文を唱えねぇと使えねぇんじゃなかったのかよ? ああそうか、何か魔法の道具でも持ってんだな。ちっ、そりゃそうか。イイところ出のお嬢様だもんなぁ」


 かろうじてそのつぶやきが聞こえるティアナとしては見当違いと叫んでやりたかったが、訂正してやる義理もないと何とか黙る。


 一通り考え終えたゲルトは、感心したようにティアナへと声をかけた。


「大したモンじゃねぇか。てめぇを殺したらオレがそれを使ってやろう」


「絶対無理ですよ。あなたなんか扱うどころか、見ることも触ることもできませんから」


「はっ、言ってくれんじゃねぇか!」


 吐き捨てるように言うと、再びゲルトが切り込んでくる。


 今度はしっかりと見ていたおかげでティアナは避けられた。逆に短剣でゲルトの手元へ反撃する。しかしこれは避けられた。


「へぇ、ずっと使いっぱなしってわけじゃねぇのか。もしかして、使い捨てだったりするのかねぇ」


 それほど数多くの戦いを経験したわけではないティアナだが、それでも今まで魔法に関して分析をされたことはない。特にチンピラのような風体の者達は、その場その場で条件反射的に対応するばかりだった。それだけにこのゲルトの様子は気持ちの良いものではなかった。


 眉をひそめたティアナがウィンに命じる。


「吹き飛ばして!」


『あっち行け!』


「おお!?」


 仲間を巻き込まないことを確認してから、ティアナはウィンにゲルトを吹き飛ばせた。ほぼ無防備だったゲルトは派手に転がる。


 起き上がったゲルトは痛みに顔をゆがませる。そして、腹立たしげにティアナを睨んだ。


「くっそ、やってくれんじゃねぇか! まだそんな切り札を持ってたとはよ!」


「そのまま気絶してくれてたら良かったのに」


「ははっ! んな都合良くいくかよ! オレァ結構ツイてんだぜ?」


 ゲルトの言葉を聞いてティアナは眉をひそめる。エゴンと同じ幸運について口にした。そこでティアナは、ウィンがゲルトにも輪っかのようなものがあると言っていたことを思い出す。


 そうなると、アルマと同様にティアナの攻撃も通じないのだろう。つまり、まずはゲルトがしているはずの銀の腕輪をどうにかしないといけない。


 ようやく重要なことを思い出したティアナは、仕切り直しとばかりに立ち上がったゲルトと対峙した。

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