幕間 誰のために戦っているのか?

 ゲルトは、幼少の頃は町のスラム街でスリの集団に入り、大人になってからは窃盗団や盗賊団に参加していた。この世界の底辺ではよくあることだ。一握りの者はその中でものし上がれるのだが、ゲルトはいつまでもその他大勢の一人だった。


 転機が訪れたのは春頃である。所属していた盗賊団が討伐され、命からがらとあるスラム街に逃げ込んだときのことだ。とりあえず先立つものが必要だと、昔取った杵柄で身なりの良い男が無防備に置いた鞄を盗む。置き引きだ。


 鞄に金目の物があったので換金したゲルトだったが、銀の腕輪だけは売り払わなかった。なんとなく気に入ったからだ。


 しかし翌日、ゲルトは身なりの良い男に見つかった。どうやって探し出されたのか見当もつかなかったゲルトだが、男の手下に囲まれてはどうにもならない。


 もはやここまでと観念したゲルトだったが、驚いたことに男は取り引きを持ちかけてきた。腕輪は、腕力、敏捷、器用、観察、幸運のうちどれかを高める効果があり、それがどの程度なのかということを実験したいのだそうだ。


 銀の腕輪を嵌めて生きてくれるなら資金援助もしてくれると聞いたゲルトは飛びついた。使い方やそのほかの条件を聞いたゲルトは、いくつもの腕輪と多額の資金を得てその後を生きている。


 ゲルトが選んだのは幸運になる腕輪だ。特にここ一番というときの運が良くなると聞いており、実際その通りだった。逃走経路を選ぶとき、交渉時の言葉選び、戦闘時での一瞬の判断など、銀の腕輪を嵌めてからいずれもうまく切り抜けている。


 以来、各地で仲間を集めては銀の腕輪を与えて活動していた。窃盗や恐喝などろくでもないことばかりである。しかもやたらと好戦的だったことから、最初はスラム街の他集団に、次は当地の治安組織に、作った小さな集団を潰された。


 そんな理由で、ゲルトはグラウの町に流れ着いてここでも今までと同じことを繰り返している。


「けど、そろそろ腕輪と金がなくなりそうなんだよなぁ」


 暗い洞窟の中から奥で展開されている戦いを見つつ、ゲルトはつぶやく。もらった当初は多数あった腕輪と資金だが、気前よく使っているうちに手元が寂しくなってきたのだ。そろそろあの男のところへもらいに行かないといけない。


「その前に、あいつらにゃ、しっかりと働いてもらわねぇとな」


 今回、遺跡で一山当てようと皆をけしかけたゲルトだったが、実のところこれは他の仲間を戦いに身を投じさせるための口実だった。


 そして更に、行きがけの駄賃とばかりに出会った探索者を殺害して回っている。中には私怨を晴らすための戦いもあったが、ゲルトには関係のない話だ。


 こんなことをしている理由は、あの男との約束だからだ。しかし、ふとしたときに思うことがある。資金だけもらってそのまま消えても良いのではないのかと。今まで人を騙したり裏切ったりなどいくらでもしてきたのに、なぜ律儀に約束を守っているのか。そちらの方が絶対に楽だ。


 しかし、再び戻ってねだればあの男はきっと資金を援助してくれるだろう。そうなれば、またカネの心配なく面白おかしく生きていける。これは魅力的な生き方にゲルトは思えた。


 ただ、一点たまに気になることがある。ゲルト以外の腕輪を嵌めた者達は大半が死んでしまっているが、どうやって実験の結果を知らせれば良いのかということだ。よく考えてみると、その点についてあの男から説明を受けた記憶がない。


 いくら悩んでもわからないので、ゲルトは目の前のことを考えることにした。


 今回は、エゴンの幸運を頼りに相手へ奇襲を掛ける打算だった。一人で先頭を歩かせて、他の探索者と出会って合図があったら攻撃開始という算段である。しかし、それは失敗してしまい、相手の四人が前進してきた。そのため、ゲルトは仲間四人をその場に置いて一旦下がって現在に至る。


「状況は五分か。悪かねぇなぁ」


 分け前は不要ということで今回戦いに参加していないゲルトは、五対七で戦えている現状に満足していた。もう少し続くようなら、自分が参加して勝負を決めようかと考えているくらいである。


 ところが、そんなゲルトの打算が崩れ始めた。四対四で戦っていたところに、奥から一人加勢してきた敵がいたのだ。最初は一人増えたくらいなら問題ないと考えていたゲルトだったが、あっさりと一人倒されてしまう。


 それを見ていたゲルトは驚いた。


「あーあ、またあっさりとやられやがって」


 今までにも何度かこういうことはあったのでゲルトに驚きはないが、ついぼやいてしまう。まだ遺跡にすら着いていないので落胆は大きい。


 更にそれからすぐに一人が後退しようとする。それを皮切りに他の三人もゲルトの方へと向かってきた。


 後退する仲間の奥へと目を向けると、相手は七人に増えている。ゲルトはなぜ仲間が引き上げたのかわかった。


 再び視線を近場に向けると、すぐそこまで仲間が集まってきている。さすがに真っ暗なままでは見えないので、手早く松明を燃やして相手からは見えにくいように隠した。


「こっちだ。早く来な」


 ゲルトが声をかけると四人とも集まってくる。誰の顔も疲れていた。


 一人ずつに水袋を渡しながらゲルトが全員を慰める。


「残念だったな。まぁ、こういうときもあらぁな」


「なぁ、ゲルト。腕輪をくれよ。ツキの回ってくるやつをよ」


 呷るように水を飲んだエゴンが一息ついてから口を開いた。


 眉をひそめたゲルトが問いかける。


「くれって、一度やったじゃねぇか。それはどうしたんだ」


「貴族の小娘に壊されて、もうねぇんだよ。だからくれよ! ほら、ねぇだろ!?」


 エゴンが左袖をまくり上げると腕が見える。ゲルトが松明を近づけて見てみると腕輪が黒ずんでいた。他の三人も呆然と目を向けている。


 驚いたゲルトが更に問い詰めた。


「小娘に壊されたってぇ、どうやってなんだよ。んな簡単に壊れるモンじゃねぇだろ?」


「オレだってわかんねぇよ! あいつ、魔法を使えるみてぇだから、きっとそれでやられちまったんだ。だから早くくれ!」


 銀の腕輪がないと話にならないのはわかっているので、ゲルトも渡すことにためらいはない。ただ、魔法で破壊される可能性があるのならば、何かしらの対策を立てる必要があった。そのためにも、ゲルトは再度問いかける。


「わかった、腕輪はやる。それで、どんなヤツに壊されたんだ?」


「ティアナって貴族の小娘だ。金髪の恐ろしくべっぴんなヤツで、こいつにやられた」


 ゲルトは銀の腕輪をエゴンに渡しながらも更に詳しく聞き出す。遠目で見た七人の中から、それらしい人物に当たりをつけた。


「わかった。めんどくせぇのがいるがしょうがねぇ。そいつはできるだけ避けて他のヤツを相手にしろ」


「ちっ、しゃーねぇな。それじゃ、オレは赤毛の小娘を殺す。カバンをこう、バツ印に掛けてるヤツだ」


「わかったよ。そいつは好きにしな」


 許可がもらえたエゴンは笑顔になる。


 しかし、それを見ていた線の細い男が訴えかけてきた。


「なぁ、腕輪をもう一つくれよ。腕力が強くなるヤツ。それさえあったら、さっきみたいに逃げるこたぁねぇからよ!」


「もう一つだと?」


 今までゲルトは一人につき腕輪を一つしか与えたことはない。何となくそういうものだと思っていたからだ。そのため、線の細い男に二つ目の腕輪を求められて驚く。


 ただ、それも悪くないかもしれないとゲルトは思い始めた。今まで試したことがないのならば、今試せば良いからだ。何より、腕輪二つを同時に使ってはいけないとは説明されていないことをゲルトは思い出す。


 懐から取り出した腕輪三つをゲルトは松明に晒す。観察、器用、腕力の三つだ。


 目を三人に向けてゲルトは話をする。


「いいぜ、くれてやる。他はどうだ? もうこの二つしかねぇが、ほしいならやるぜ?」


「くれ! オレは観察の腕輪がいい!」


「それじゃオレは器用の腕輪だな。ひひひ」


 線の細い男に続いて、浅黒い男と青白い男も腕輪を取る。三人とも左腕に嵌めると自分の血を付けた。


 エゴンも含めて四人の瞳に再び闘志が燃え上がった。それを見てゲルトは満足そうにうなずく。


「よし、そうこなくっちゃぁな! それじゃこれから、あいつらをどうやってぶち殺すか相談しようぜ!」


 他の四人から相手のことについてゲルトが聞き出す。それで、相手が元々二つの集団であることをはじめ、近接戦闘ができる者や魔法を使える者の人数などを知った。その上で、四人に指示を出して宣言する。


「相手は七人だが、なぁに、何とかなるさ! 今度はオレも一緒に行ってやる!」


 この一言でゲルト以外四人の戦意が高まった。


「さぁ、行こうぜ!」


 ゲルトに促された四人は嬉しそうにうなずく。


 そうして完全に前向きとなった四人を前面に押し出して、ゲルトは前に進んだ。

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