仕切り直し

 エゴンが投げた煙幕の効果はそれほど広くなかった。少し奥へ進むとすぐに晴れる。足場が悪いので速くは歩けないが、効果範囲を抜けてしまえばそれまでだ。


 追いかけるに当たって最初に困ったのが明かりだ。何しろ暗くては動くことができない。


 松明のある場所は煙幕のせいではっきりとわからなくなったので、ティアナはウィンに光源を用意してもらった。ティアナの頭上に頭部くらいの大きさの光の球が出現する。


『これでいいかな?』


「ありがとう。タクミ達に変化はある?」


『んー? あ、一人減った。これは敵だね。タクミはあっちで仲間に合流したみたい』


「後ろに下がった敵はどう?」


『まだじっとしてるみたい。動けないのかな。あ、さっきここから離れた敵があっちに合流するのはちょっとかかると思うよ』


 とりあえず良い話が聞けてティアナは安心した。急ぐ必要はあるが、致命的な状況からは一歩遠のいたからだ。歩きながらアルマにも説明する。


 足場の悪さに悪戦苦闘するティアナとアルマだったが、ティアナの方がより苦しんでいる。それもそのはずで、アルマより体力的に劣っているだけでなく、洞窟の往来はウィンに頼っていたので歩くのに慣れていないからだ。


 途中でそれに気付いたアルマに指摘される。


「あんた何で歩いてんの? ウィンに浮かせてもらったらいいじゃない」


「忘れてた。なんでこんなに苦労してんのか、おかしいと思ってたんだ」


 周りに人がおらず、精神的に余裕がなくなってきたことから、ティアナとアルマの言葉遣いが二人きりのときのものに戻る。同時にティアナは普段できていることができなくなっていた。


 ティアナはすぐにウィンへ話しかける。


「ウィン、いつもみたいに浮かせて」


『いいよー』


 何度もやっていることなのでウィンも慣れたものだ。ティアナの足が地面から離れる。


 そしてすぐに出発しようとして、ティアナはそこであることに気付いた。


「これだったら、俺が先行してエゴンと対決した方がいいんじゃないか?」


「その案はタクミだったら文句なしに賛成してたんだけどね。あんたじゃ今ひとつ不安があるのよね」


「ウィンがいるのにか?」


「そのウィンをきっちり使いこなして戦えるの? 今のあんたじゃ、おんぶに抱っこみたいじゃない」


 アルマに指摘されてティアナが返答に詰まる。事実だからだ。もしウィンが周囲を警戒して知らせてくれなかったら、何度死んでいたかわからない。


 しかし、それでもティアナは反論する。


「でも、せっかく滑るように移動できるのに、これを活かさないっていうのはもったいないだろ。タクミ側だっていつどうなるかわからないんだぞ」


「それはまぁ、そうなんだけど」


 状況だけを考えたらティアナが先行する方が良いことは明らかだ。それが理解できるだけにアルマも反対しづらい。ただ、長々と議論はしていられなかった。状況は刻一刻と変化しているのだ。


 そこでティアナが提案する。


「だったら、お前を抱っこしていけばいいんじゃないか?」


「は? 抱っこですって?」


 いわゆるお姫様抱っこのことである。ティアナの表情は真剣だが、アルマの顔は微妙なものとなる。


「ほら、以前落とし穴に落ちそうになったとき、俺にしがみついたろ? あれがいけたんだから、抱っこで移動だっていけるって」


「それはいけるんでしょうけどね」


 次第に声が小さくなっていくアルマだったが、他に代案が出せない以上、恥ずかしいからといって拒み続けるわけにはいかない。


 覚悟を決めたアルマが真剣な表情でティアナに言い返す。少し顔が赤い。


「あーもう、わかったわよ! 途中で落としたら承知しないからね!」


「お、おう」


 若干気圧されながらもティアナがうなずく。そうしてすぐにアルマを抱えた。


「ウィン、出発してくれ。いつもより速く」


『わかった!』


 頼まれたウィンはいつもよりも更にティアナを浮かせると全身を始める。地面の凹凸にほとんど左右されずに進むのはティアナもアルマも不思議な感覚だった。


 尚、両手で何か重いものを抱えるということは結構大変なことで、きちんと支えないと腰を痛める。そうでなくても両腕にかかる負担はかなり高い。


 慣れないことをいているティアナは次第に腕がつらくなってくる。


「うっ、ちょっと重」


「あたしのせいじゃないからね! 装備一式身に付けてるんだから、しょうがないでしょ」


 即座に目を細めて反論してきたアルマのせいで、ティアナは最後まで言えなかった。繰り返して言うことではないので、そのまま黙る。


 やがてエゴンの後ろ姿が見えてきた。光の球の明かりに気付いたエゴンが振り向いて驚く顔が見える。


 併走するところまでアルマを運ぶと地面に下ろす。ティアナは自分も着地した。


「アルマ、行きますよ」


「はい、お嬢様」


 もう少し奥に行ったところにはタクミとカイ達がいるので、言葉を再び外出用に戻す。


 一方、近づいてくるティアナとアルマを見たエゴンは、怒りと戸惑いを見せながら口を開いた。


「なんなんだよ、てめぇらは! なんで空なんて飛んでんだよ!」


「ちょっとした手品よ」


「ふざけんじゃねぇ!」


 突っ込んで来たアルマがティアナの代わりに答えた。勢いを乗せた一撃を皮切りに、アルマは何度も斬撃を繰り返す。そして、改めて以前の奇妙な違和感がないことを知った。


 アルマが優勢なのを確認すると、ティアナはタクミとカイ達へと顔を向けた。タクミは離れようとする敵を追いかけては攻撃している。カイは敵と戦っており、カチヤは敵と一緒に動き回っていた。ファイトとロジーナは誰とも戦っていない。


 そうなると残るは正体不明の一人だ。まだ姿が見えないのでウィンに頼るしかない。


「ウィン、ずっとじっとしてる一人って、今どの辺りにいるの?」


『近くにいるよ。ここから見えない?』


 言われたティアナが洞窟の奥を見るが、暗くてよく見えなかった。ただ、改めて周囲を見ると、タクミが敵を追いかけながら奥へと向かいつつあった。逃げる敵が正体不明の人物と合流するとタクミが不利になる。


 ティアナは迷わず声を上げた。


「タクミ、一旦戻って!」


 その声は洞窟中に響き渡る。


 手の空いているファイトとロジーナがティアナへと顔を向けた。アルマとカイは戦っている最中で反応がなく、カチヤはちらりと目を向けただけだ。


 肝心のタクミは急停止すると後退してくる。同時に、カチヤの相手である青白い男が引き下がった。それを見た浅黒い男もカイから離れる。最後にエゴンが再び煙幕を使って逃げた。


 その様子を眺めながらティアナはウィンに敵の位置について尋ねる。


「ウィン、引き上げていく敵って、正体不明の人物のところに向かっている?」


『うん、最初に逃げたのがそっちに合流したよ。たぶん、他のもじっとしてたのに向かってるんじゃないかなー』


「ということは、人数は五人でいいんですね」


『そうだね。あっちは一人減ったから』


 ティアナが敵の状況を確認しているところにアルマとタクミが戻ってきた。


 肩で息をしているアルマがティアナに尋ねてくる。


「お嬢様、逃がしちゃっていいんですか? タクミならエゴンを追いかけられたと思うんですけど」


「正体不明の敵が一人すぐ近くにいたんで、仕切り直すことにしました。タクミだけ孤立して相手に袋叩きさせるわけにはいきませんから」


「うん、僕もそれは嫌だ」


 エゴンを仕留め損なったという意識はティアナにもあるが、こだわりすぎて犠牲者が出るのは論外だった。


 そうやって三人で状況確認をしていると、今度はカイ達が近づいてくる。


 最初に口を開いたのはカイだった。


「ありがとう。助かったよ。最初にタクミが来てくれなかったら、全滅してたかもしれない。よくあんな判断ができたな」


「そちらの皆さんが全滅したら、次は私達の番ですからね。それに、こちらの相手は一人だけでしたし。結局逃がしてしまいましたが」


「助けてもらった手前、強くは言えないな」


 カイが仲間の三人を見ると全員が微妙な表情を浮かべた。状況を自力で解決できなかった自覚があるからだ。


 ただし、言いたいことはあるらしく、ロジーナがティアナに向かって話しかけてくる。


「それにしても驚いたわ、あなた、魔法が使えたのね。てっきりただのお嬢様だと思っていたのに。宙に浮かんで移動できるなんて相当な手練れじゃない」


「そうだよ、あんなのあたしも初めて見た! でもどうしてアルマを抱っこしてたの?」


 カチヤにも問いかけられてティアナが苦笑いする。魔法を使っているのはウィンなのでロジーナの感想は正確には誤解だが、カチヤの質問はアルマの羞恥心を抉るものだ。いずれにしても答えにくい。


 とりあえず話題転換を図ろうとティアナはこれからのことを話す。


「ともかく、敵はまだ私達を諦めたかどうかわからないので、警戒が必要です。ここからならロジーナの探知の魔法でもわかるかと思いますが、退いた四人はもう一人と合流したみたいですので、もしかすると体勢と整えてまたやってくるかもしれません」


「今確認したわ。確かに五人ね。優秀な魔法使いじゃないの、あなた」


「えー、せっかく一人倒したのにぃ!」


 ロジーナがため息をつき、カチヤが悲鳴を上げた。


 魔法を使える二人から同じ報告を受けたカイは渋い顔をしながら口を開く。


「ということは、また五人と戦う可能性が高いわけか。新しく合流した奴がどんな奴かにもよるが、また矢を射かけられたらどうする? 全員接近戦ができる相手に突っ込むのはもうやりたくないぞ」


「今度は全員で対応しましょう。多少変則的になりますが、そちらの前衛はカイとファイト、こちらはアルマとタクミで担当してはどうですか? 後の三人は各自の判断で動くということで」


「お嬢様、それではお嬢様の守りがおろそかになってしまいます」


「アルマが私のそばにいても、結局は私も戦うことになります。それがダメなら、私とアルマで前衛として一人を相手に戦うことにするしかありませんよ?」


 近接戦闘をできる敵が最低四人はいる以上、こちらはアルマも戦わざるを得ないのだ。少なくとも、ロジーナとカチヤが近接戦闘で戦力にならない以上は、ティアナ達の取れる選択肢は意外と少ない。


 カイがすぐさまティアナに賛成する。


「オレはティアナの意見に賛成だ。とりあえず、相手の前衛役四人を押さえないとどうにもならないことは、さっき思い知ったからな」


「洞窟が広いから簡単に回り込まれることはわかってたけど、あそこまで厄介な連中だとは思わなかったわ。呪文を唱えきる前に邪魔されるなんてね。対処できると思ってたのに」


 渋い表情のロジーナが歯がみした。そのロジーナの意見にカチヤも同意する。


「最初は単なるゴロツキだと思ってたのに、なんか妙に強いんだよね。でも変なのは、なんていうのかな、偏った強さっていうの? すばしっこいだけとか、力が強いだけとか、そんな感じの強さに思えたなぁ」


「そういえば、オレの相手はやたら器用だったな。それ以外はぱっとしなかったが」


「私を襲ってきた男は、随分と目端が利いていたわね。とにかくよく周りを見てたわ」


 釣られてカイとロジーナも自分の相手を思い出して感想を漏らした。


 それらを聞いていたティアナ達は顔を見合わせる。エゴンはどうだったか。本人はやたらと運の善し悪しにこだわっていたことを思い出した。


 やがて考えるのが面倒になったのか、カチヤがロジーナに向かって言い放つ。


「いっそのこと、魔法でみんなまとめてやっつけられない?」


「そんな大規模な魔法を使ったら、洞窟が崩れちゃうでしょうに。それに、今回の相手はみんな動き回れるから、魔法がなかなか当たってくれないのよ」


 魔法は規模が大きくなるほど呪文が長くなってより集中しないといけなくなる。しかし、そうやって時間をかけすぎると接近してやられてしまう。一方、短い呪文で攻撃しても、例えば術者から敵に火の玉が届くまでの時間は距離に比例して長くなってしまうので、回避されやすくなってしまう。意外と魔法での直接攻撃というのは使いどきが難しいのだ。


 その話を聞いたカチヤは落胆した。


「あーもー、またあいつらの相手をしないといけないのかぁ」


「ティアナの提案だと、私とあなたは支援役なんだからまだいいじゃない」


 笑いながらロジーナがカチヤを慰める。


 そんな二人を見ていたティアナはウィンから声をかけられた。


『ティアナ、あっちにいたのがこっちに来るよ。全部』


 ウィンの言葉に合わせてティアナが洞窟の奥を見る。すると、松明の揺らめきが見えた。

 ティアナに釣られて顔を向けた者達もその明かりを目にする。


「来たな。それじゃ迎え撃ってやろうじゃないか!」


 気勢を上げたカイの言葉に全員がうなずく。


 七人はそれぞれの位置について、やって来る五人を待った。

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