焼き付け刃
互いに剣を交えたままのティアナとエゴンだが膠着状態は長く続かなかった。ティアナからすぐに離れたエゴンが、今度は背後に寄ってきたアルマに襲いかかったからだ。
「ふん、頭の上にそんなまぶしいモン浮かべてりゃ、背後なんぞ取れねぇぜ」
「前なんて雑魚同然だったのに、随分冴えるようになったじゃないの」
「ツキが回ってきてから、他のこともうまくいくようになったんだよ」
「運にばかり頼ってると、そのうち足下を掬われるわよ!」
剣を交えるアルマとエゴンをティアナは厳しい顔つきで眺める。直接戦えないのならば支援したいが、どちらも動き回っているため、アルマに近づけないし、エゴンへの狙いも定めにくいからだ。
今のティアナは何かできることはないか探すばかりである。
『ティアナ、どうするの?』
「しばらく待って。ああもう、ゲームみたいにできたらいいのに!」
指示を仰いできたウィンに待ったをかけるティアナはもどかしい思いをする。自動追尾の魔法があれば楽で良いのだろうが、残念ながらそんな都合の良い魔法はない。
一方、アルマは剣道の知識と経験を元に戦っているが、エゴンを攻めきれないでいた。
面白そうにエゴンが揶揄する。
「ははっ! 前より動きが鈍いねぇ! 弱くなってんじゃねぇのか?」
「うるさいわね!」
顔をしかめてアルマが言い返すが内心首をかしげていた。エゴンの強さは以前と同じような感じなのだが、明らかに戦いにくくなっているのだ。微妙に立ち位置が良い、たまたま一撃が防がれる。一度や二度ならともかく、何度もここ一番でうまくいかないのだ。
ティアナも何かおかしいとは感じており、短剣で牽制するも笑顔のエゴンに躱される。
「ははっ! 随分とおもしれぇことをすんじゃねぇか。てめぇ、剣が使えんのかよ?」
「たしなみ程度には」
「さっきは受けるのがやっとだった奴が!」
エゴンが主敵をティアナに切り替えようとすると、アルマが割って入ってくる。
「お嬢様、下がって! こいつ思った以上に面倒なんです!」
「てめぇも鬱陶しいだろうだが!」
さすがに無視できなかったエゴンは舌打ちして後退した。
その間にアルマがティアナを背中に庇う。
「二対一は確かに有利ですけど、直接手を出さないでくださいよ!」
「アルマ、思った以上に面倒って何がなの?」
「何をやってもうまくいかないんですよ。いつも通りやってるはずなのに」
しかめっ面をしながらアルマがティアナに答える。アルマの感覚ではとうの昔に勝っていてもおかしくないのに、決定的な一撃ほどうまくいかないのだ。
そんなアルマの様子を見てエゴンが笑う。
「はははっ! だから言ったろう。オレにはツキが回ってきてんだよ! てめぇらじゃ絶対にオレにゃ勝てねぇんだ!」
この数日の間に運だけがやたらと良くなることなどあるのかとティアナとアルマは内心首をかしげる。いきなり能力が開花するとは考えにくい。しかも運となると尚更だ。
そこでティアナはエゴンが先程話していたことを思い出す。そして、すぐにウィンへ話しかけた。
「ウィン、目の前の男に何か魔法の力を感じる?」
『そうだねー、何か左腕に輪っかみたいに張り付いてるのがあるみたい。でもそんなに強くないよ?』
エゴンは何者かに運が良くなる腕輪をもらったと言っていた。ティアナは最初はおまじない程度のものだと思っていたが、何らかの魔法の道具のようだ。
「アルマ、やっぱり私が相手をするんで、後ろに下がってくれる?」
「何言ってんです!? 剣なんてからっきしでしょ!」
「ちょっとウィンと頑張ってみたいの。どうせこのままじゃ埒が開かないし」
『ふふん! 任せてよ!』
自信満々に声を上げるウィンだったがティアナにしか聞こえない。
それはともかく、ウィンを理由に戦うというのならばアルマも強く反対できない。ただ、心配ではあった。
「剣で戦おうなんてしちゃダメですよ?」
「わかってる。ツキの良さの目星がついたから、それをどうにかします」
「確かにあたしにはできませんね。わかりました」
少しずつ寄ってくるエゴンに視線を向けると、ティアナはアルマと交代しようとする。
しかし、さすがに真正面でこうも堂々と作戦会議をされていてはエゴンも無視できない。
「させるかよ!」
「残念!」
エゴンが踏み込むと同時にアルマは左側へと飛ぶ。ぎりぎり空振りした剣先には短剣を構えたティアナがいた。
「まさか同じ人に三度も襲われるとは思いませんでした」
「なぁに、安心しな。もう次はないぜ、嬢ちゃん」
怒気を含んだ笑みでエゴンがティアナに言葉を返す。しかし、今のティアナは気後れしない。多少引きつってはいるものの、笑って受けた。
「そうですね。二度とあなたに襲われないよう対処しないといけません」
「ははっ! 言うじゃねぇか!」
目を剥いて踏み込んできたエゴンが剣を振るう。ところが、その剣は途中で止まった。ウィンが作り出した風の壁だが、それを知らないエゴンが驚愕する。
「なんだと!?」
『あっち行け!』
ウィンが放った突風がエゴンを襲い、後方へと吹き飛ばす。エゴンは凹凸の激しい地面を転がった。苦悶の表情をエゴンが浮かべる。
それを見ていたティアナがウィンに確認した。
「さっきあなたが言ってた、左腕に張り付いている魔法って解除できる?」
『できるけど、あの輪っかみたいな力をなくせばいいの?』
「そう。できるならやってほしい」
『う~ん、そうだねー、やってみる』
あまり自信がないのかウィンの返事は力強くなかった。それでも、相手が使っている厄介な道具を取り除けるかもしれないので、ティアナはやらせてみる。
擦り傷や打撲を増やしたエゴンが、顔をゆがませて起き上がった。
「てめぇ、好き勝手やってくれんじゃねぇか! ぶっ殺してやる!」
『んー、えい!』
青筋を立たせて怒ったエゴンに気付かれることなく、ウィンが自分の解除魔法をエゴンの左腕に嵌められている銀の腕輪へと放った。解除魔法が銀の腕輪にぶつかると、ぱん、という小さい音がする。
『できた! どんな力かはわからなかったけど、もうないよ!』
「さすが、できる鳥!」
ウィンの言う通り、銀の腕輪の正確な効果はティアナにもわからなかった。それでも、自分達が不利になるような効果がこれでなくなったので良しとする。
腕輪が小さい音がしたことにエゴンも気付いた。嫌な予感がしたエゴンは左腕の袖をまくって腕輪を見ると、銀色だった腕輪が黒く変色していた。
エゴンの顔が青くなる。
「てめぇ、何しやがった!?」
「ちょっとしたおまじないですよ。私のやることがうまくいきますようにっていう」
「ふざけんじゃねぇ!」
小馬鹿にされたと感じたエゴンが叫びながら突っ込んだ。
それを真正面から見ていたティアナは、突風で吹き飛ばさずに脇へと避けてやり過ごす。そうして短剣で切りつけた。切っ先が脇腹をかすめる。革の鎧がエゴンの身を守った。これがアルマとタクミの直剣ならば、エゴンの脇腹は抉られていただろう。
しかし、ティアナは手応えを感じていた。自分よりも剣技に優れているアルマの攻撃はかすりもしなかったのに、ティアナの短剣は胴をかすったからである。
「何かしらの加護は失ったようね、あなた」
「うるせぇ!」
目を血走らせたエゴンが振り向いて剣を振り回す。
確かに剣の扱いは苦手なティアナだったが、中途半端とはいえ、かつて騎士に戦い方を習ったことがあるのでこの程度なら避けられた。
次第にエゴンの剣の振りが雑になるのを見計らって、ティアナはウィンに呼びかける。
「ウィン、引き離して」
『うん! あっち行け!』
「うぉ!?」
ウィンが引き起こした突風が、ティアナに迫らんとしていたエゴンを再び突き飛ばした。
エゴンが地面を転がる間にティアナはアルマの背後へと下がる。
「奇妙な魔法の力はウィンが解除してくれました。これで実力通りの結果になるはずよ」
「やっとですか。魔法って厄介ですよねぇ」
ため息をついたアルマが立ち上がろうとしているエゴンへと近づいていく。アルマにはどんな魔法なのか想像もつかなかったが、ウィンが解除したというのならばもう関係ない。
「どうせまだ続けるんでしょ? なら、早く決着をつけましょうか」
「くそっ、くそっ、くそっ! なんで、どうしてなんだよ!」
立ち上がってアルマに向かって剣を構えたエゴンは、突き刺すような視線を相手に向けて呪詛のように言葉を吐き出す。
「オレは、自分の実力に見合うモンを手に入れるだけだってぇのに、なんでこんなにジャマされなきゃいけねぇんだ。なんでオレだけ!」
「他人に用意してもらったものを振り回して、自分の力だって勘違いしてるからじゃない。あんた、その腕輪を手に入れるために、どの程度苦労したの?」
「苦労だぁ? 楽して手に入れて何が悪いってんだ!」
「そりゃ楽して手に入れられること自体は悪いと思わないわよ。けど、知らないの? 楽して手に入れたものは、簡単に取り上げられちゃうのよ。だから今のあんたは困ってるんでしょ?」
あっさりと言い返されたエゴンは反論できずに歯を食いしばる。
そんなエゴンに対してアルマは更に続けた。
「手軽に都合の良いものを手に入れたときはね、簡単に取り上げられないように対策しておくものよ。できないのなら、使い捨てと割り切って使うことね。それもできないのなら、手に入れちゃダメよ。良くて足下を掬われるし、悪ければ身を滅ぼすから」
「うるせぇ! したり顔で語りやがって! てめぇなんぞにオレの苦労がわかってたまるかよ!」
「あたしの苦労を知ろうともしないくせに、自分の苦労だけ知ってもらおうなんて虫が良すぎるわよ」
一歩下がったところで聞いているティアナでさえも引いてしまう正論で、アルマはエゴンを殴り続けた。そして、ついにエゴンが我慢しきれずに剣を打ち込んでくる。
「こぉんのクソアマァ!」
「さっきよりも雑ね」
小さくつぶやいたアルマは、打ち込まれた一撃を簡単に受け流す。そのまま相手の喉元を狙うが、大きく体を横に反らせて転がったエゴンに避けられた。
今の一連の交差でアルマは手応えを感じていた。一撃を回避された点は同じだが、先程のような奇妙な違和感はない。ウィンが相手の魔法を無効にしたという話をアルマはようやく実感できた。
起き上がったエゴンは素早く立ち上がって剣を構える。しかし、血走った目からは以前のような余裕はまったく感じられなかった。
「認めねぇ。オレはこんな結果を絶対認めねぇぞ! ツキさえ回ってくりゃ、てめぇなんぞにやられるもんか!」
「あんたまだそんなこと、え?」
叫びながらエゴンがポケットから何かを取り出すと地面に叩き付けた。すると、白い煙が大量に発生する。
腕で鼻と口を押さえたアルマが呻く。
「煙玉! なんて古典的なものを!」
洞窟内で風がほとんど吹かないということもあって、広がる煙はなかなか散らない。
エゴンが襲ってくるのか引き上げるのかはっきりとしない中、ティアナはウィンに話しかけた。
「今アルマと戦ってた男は、どこにいるかわかる?」
『うーんとね、離れてくよ。あ、タクミのいる方に向かってる。あれ? 一つだけちょっと後ろに下がったんだ』
「一人引き上げたの? 全員で戦えば有利なのに」
『どうしたんだろうね?』
「タクミ達はまだ全員生きてる? 敵も」
『生きてるんじゃないかな。まだ何も減ってないみたいだし』
ウィンが伝えてきたことで外れたことはない。それだけに、ティアナはまだ予断を許さないことに顔をゆがめる。
現在、タクミはカイ達と一緒に戦っているはずだ。形勢はどうなのかわからないが、ウィンによると敵味方全員健在らしい。タクミ達五人に対して敵が四人のところに、エゴンと動いていないもう一人加わったらどうなるか。予想することは難しくない。
「アルマ、エゴンを追いかけます。それと、敵の新手が来てるかもしれません」
「煙も単に視界を遮るだけのものみたいですから、行きましょ」
ティアナとアルマは二人してうなずくと、タクミ達と合流すべくエゴンを追いかけた。
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