カイ達の動向
一人でやって来たエゴンという男がティアナと知り合いだということに驚いたカイ達だったが、以前二回もティアナを襲ったということを知って更に驚いた。しかし、そんな男が堂々と姿を現して何もないはずがない。
それはロジーナの警告と共に知ることになった。
「奥に誰かいる! 四人!」
次の瞬間、かすかな風切り音にタクミ、カイ、ファイト、カチヤの四人が気付く。
カチヤが叫んだ。
「矢! 伏せて!」
その声とほぼ同時に、タクミとカイが剣で弾き、ファイトには鎧の胸の部分に当たって刺さらなかった。更に一本の矢がティアナの脇を通り過ぎて後方へと飛び去る。
前衛役である三人が飛来した矢に対処している隙を突いたエゴンが、カイとタクミの間をすり抜けてティアナに迫る。決して足場が良いわけではないのに、迷いなく踏み込んだことにカイは驚いた。
一瞬エゴンを迎撃しようとしたカイだったが、すぐに洞窟の奥へと顔を向ける。矢での攻撃が一回だけで終わるはずがないことに気付いたからだ。カチヤはともかく、迂闊に動けばロジーナを危険にさらすことになる。
そんなカイにティアナからの言葉が届いた。
「カイ、あなた達は奥の四人を相手にして! ここにいても矢の的になるだけだから!」
「わかった! 行くぞ、みんな!」
飛来してきた二回目の矢を防いだカイはティアナの提案を受け入れた。矢を気にしながら戦うのは厄介であるし、そもそもエゴン一人に七人は過剰戦力だ。それならば個々に対応することは悪いことではない。
カイの号令と共に他の三人も前進を始める。前衛のカイとファイトが矢をはじき返しながら進み、ロジーナとカチヤがそれに続く。
洞窟の奥は真っ暗だ。つまり、相手は自分達の姿を闇に紛らわせ、こちらの光源を頼りに攻撃してきている。それならば逆のことをしてやれば良い。
前を見たままカイは更に指示を出す。
「カチヤ、松明を捨てろ。ロジーナ、敵のいそうなところに光源を出してくれ」
「こっちの姿が丸見えだもんね。はい、捨てたよ!」
「風の化身よ、戯れ、絡まり、光を点せ」
指示を受けたカチヤとロジーナがすぐに対処した。カチヤは遠くへ松明を捨て、ロジーナは探知の魔法でおおよそ割り出した四人組の頭上に光の球を発生させる。
この結果、カイ達の姿が見えなくなり、敵四人の姿が見えるようになった。
それを見てカチヤが驚く。
「え、あれって以前あたし達を襲ってきた奴ら?」
「なんだと?」
カチヤの言葉にカイが反応するが、まだ個人の判別まではできない。
呆れた口調でロジーナが言い放つ。
「お互いの実力差がまだわかっていないようね。命拾いしたというのに、愚かな連中」
「これならボウガンを撃てるね!」
嬉しそうにカチヤがボウガンを構えて狙いを済ますと、一発撃った。矢は避けられてしまったが、一人が回避のために地面へと転がる。
次にロジーナが火の玉を相手の一人に放った。こちらも避けられてしまったが、周囲の三人も余波を避けるために矢での攻撃を中断する。
その様子を見てカチヤが笑った。
「あはは! ま、あたし達にかかればこんなものよね!」
「まだ始まったばかりだ。油断するな」
ファイトにたしなめられてカチヤが肩をすくめる。毎度のことなので慣れたものだ。
反撃が有効だったのでロジーナとカチヤが再度遠距離攻撃をしようとすると、相手が弓を捨ててカイ達に向かってきた。
その様子を見たカイが指示を出す。
「遠距離戦は不利だと悟ったようだな。オレとファイトで二人を相手にする。その間、カチヤは一人を牽制して、ロジーナはもう一人を魔法でしとめてくれ」
「いつも通りだね!」
元気よく返事をするカチヤに続いてロジーナとファイトもうなずく。
近づいてくる敵四人に対して、ロジーナとカチヤの攻撃が始めた。ロジーナは魔法で、カチヤはボウガンでだ。足場が悪いせいで無様な姿で回避する相手もいたが、それでもすべて避けられてしまっている。
面白くない展開だが、こういうときもあると割り切ってカイはファイト共に前へ出た。
カイは肌の浅黒い男と相対する。以前も対決した相手なのである程度手の内は知っていた。やりにくい相手だ。
顔をしかめるカイに対して浅黒い男は自信に満ちた笑みを浮かべながら吠える。
「今度こそケリをつけてやる! 覚悟しな!」
「よくしゃべるじゃないか。返り討ちにしてやるさ!」
応じたカイが剣を繰り出した。浅黒い男がそれを器用に受け流すと、逆に剣先をカイの喉元へと突き出す。首をひねって躱したカイは一旦下がって構え直した。
その隣では、ファイトが筋骨たくましい男と対峙していた。ファイトが戦斧を両手に持ち、相手の男は戦槌を両手に握っている。
「へへへ、てめぇのその顔はぶっ潰す!」
そう宣言した筋骨たくましい男は戦槌を振り上げてファイトへと下ろした。それを横へ飛んで躱したファイトは大きく踏み込んで戦斧を叩き付けようとする。
「うおおぉぉぉ!」
目の前に迫るファイトの戦斧を見つめながら、筋骨たくましい男は横へ転がり一撃を回避する。すかさず立ち上がった男は再び戦槌を両手で構えた。
周囲に比べて動きが鈍いものの、一撃が当たれば致命傷となる攻撃ばかりだ。どちらが先に自分の武器を相手に叩き込むかの勝負である。二人はにらみ合ったまま機会を窺った。
一方、カイとファイトが目の前の戦いに釘付けとなると、後方にいた敵二人が左右に広がって更に前進してきた。地下牢の通路だと幅が狭いので横から迂回できないが、洞窟は悪い足場さえ気にしなければ充分な広さがある。そこを突かれた形だ。
カチヤは対する青白い男にボウガンを撃つ。しかし、男がその矢を軽々と避けた。足場の悪さをものともしない身軽さにカチヤは驚いた。
「ひひひ、そんなのが当たるかよ!」
小馬鹿にする調子で青白い男が言い放つ。前回の地下牢では後衛同士で戦わなかったせいで、手の内がまったくわからない。すばしっこいだけならばともかく、何か他に切り札があったら厄介だ。
「ふん! どうせ大道芸人みたいなことしかできないんでしょ」
精一杯言い返しながらもカチヤは考える。あの身のこなしではボウガンは当たらない。そして、間違いなく次の矢をつがえる時間はない。また、無理に倒す必要はなく、カイとファイトのどちらかがやって来るまで我慢すれば良いのだ。
早々に決断を下したカチヤはボウガンを地面に置き、短剣を抜いて相対した。
今の状況になって最も困っているのはロジーナである。何しろ魔法使いは頭脳労働に特化した存在だ。近接戦闘は最も避けなければいけない。
当然、ロジーナもそれは知っている。だからこそ、相手を近づかせないように戦う。
「土の化身よ、彼の者の足を絡め」
あと少しで魔法が完成しそうというところで、ロジーナはきらめく何かが自分に飛んでくるのを見た。常日頃からカチヤに危なくなったらとりあえず転がれと教えられた通り、横に転がる。すると、直後に体のあった場所を刃物が通り過ぎていった。
線の細い男が感心したように評価する。
「魔法使いなんて勘も鈍いし全然動けないって聞いてたけど、そうでもないんだな」
「水の化身よ、彼の者の中で、くっ!」
「でも、呪文さえ唱えさせなければいいってのは、本当みたいだな!」
再び刃物を避けるために大きく避けたロジーナは集中を途切れさせてしまう。
一方、線の細い男はロジーナの魔法を封じられそうなので機嫌が良かった。
彼我の距離はもうあまりない。このままでは接近戦に持ち込まれてしまい、ロジーナは何もできなくなってしまう。
「風の化身よ、我が元に集いて、っ、盾となれ!」
投げつけられた刃物を躱しながらロジーナはかろうじて魔法を完成させた。更に前へと進もうとする線の細い男の行く手を阻む。
線の細い男はしかめっ面になる。
「くそ、もう少しだったのに。もっと攻めるか」
その間にロジーナは距離を取ろうとする。しかし、足場が悪くて思うように動けない。相手の動きを微妙に阻害していた地形が、今度は自分の足を引っ張っていることにロジーナは苛立った。
そんなロジーナの様子をカイは戦いながら目の端で見ていた。一番苦労するのはロジーナかもしれないとはカイも予想していたが、まさか魔法をほとんど使えないように追い込まれるとは思っていなかった。
こうなると早急にカイかファイトのどちらかが助けに行かないといけない。カチヤも押されているみたいなので尚更だ。このままでは後衛から崩されるとカイは危機感を覚えた。
「ははっ! 仲間が気になるか? てめぇは行かせねぇぞ! ずっとオレの相手をしてるんだよ! ほら!」
「ふん、逃げ腰のくせによくほざく!」
「女二人が殺されるところをよく見ておくんだな! 情けねぇ顔をしてよ!」
後衛と自分に意識が分散されるようにうまく挑発する浅黒い男にカイは苛立つ。しかし、相手の浅黒い男はカイを釘付けにするだけで決着を急がない。手詰まりになりつつあった。
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松明を持ったタクミがカイ達を目指して洞窟を進む。その身体能力の高さにより、足場の悪さは意味をなさない。激しい凹凸のある場所もまるで平地を歩くかのごとくだ。
すぐに前方で複数人が戦っているのが見えた。光の球が洞窟の天井近くで輝いているため全体を把握しやすい。
「あ、あの人が危ない」
見覚えのある魔法使いが追い詰められているのをタクミは発見した。
松明を左手に持ち替えて剣を抜き、魔法使いを追い詰めている線の細い男に斬りかかる。
驚きつつも男は飛び退いて難を逃れた。
「何だお前は!?」
「あなたは!」
いきなり割って入ってきたタクミに両者が驚く。一人は迷惑そうに、もう一人は意外な人物を見るようにだ。その表情は正反対である。
とりあえずロジーナを背にして剣を構えてからタクミが答える。
「こっちが危ないかもって言われたんで、助けに来ました」
「あの二人は大丈夫なの?」
「らしいです。何か対策があるみたいなんで。それより、この人は僕が相手をしますから、仲間のところへ戻ってください」
「わかったわ。そいつ、攻めるも守るも妙に正確だから気をつけて」
そう言い残すと、ロジーナはカイ達のところへと向かう。
追いかけられない線の細い男は不機嫌そうにタクミへと言葉を吐き捨てる。
「よくも邪魔してくれたな」
「影からちまちまと矢を撃ってきた人に言われたくないよ」
タクミが言い返した途端に線の細い男が剣を打ち込む。右、左、足下、頭上ときれいに剣を振ってきた。
しかし、タクミは難なくそれをすべて受け流す。更にそこから反撃を始めた。
「ふん、そんな見え透いた打ち込っ、み!?」
繰り出された一撃を受け流そうとした線の細い男が、その重い一撃に思わずよろめく。腕が痺れるくらいだ。一瞬何が起きたのかと男は驚く。
動きが鈍ったところで更にタクミの剣が線の細い男へと打ち込まれた。しかし、男は異様に重いその一撃に手が痺れてくる。
この一度で線の細い男はタクミの異常性を理解した。自分と似て線の細いタクミだが、攻撃の一撃の重さは巨体の男並だ。
「お前、一体!」
尚もタクミが剣を打ち込んでくる。どこを攻撃してくるのか正確にわかるが、このままでは剣ごと叩き斬られてしまう。そう考えた線の細い男は、急いで後退した。
ようやく接近戦から解放されたロジーナが周囲を見ると、カイ、ファイト、カチヤはまだ戦っている。特にカチヤが苦戦しているように見えたので助けようと考えたロジーナだったが、相手が速くて魔法を当てられる自信がなかった。
そこで、ほとんど動いていないファイトとその相手に目を付ける。今は確実に倒せる敵を倒して、人数の面で有利にしていくべきだとロジーナは判断した。
「土の化身よ、彼の者の足を絡め取れ」
ロジーナが魔法を発動させると、筋骨たくましい男の足下の地面が盛り上がり、その足首を捕らえる。
驚いたのは標的となった男だ。何しろ突然足が動かなくなったのだ。
「なんだこれは!?」
その隙をファイトは見逃さなかった。動揺している相手の背後に回り込もうとファイトが動く。もちろん筋骨たくましい男も阻止しようとするが、いかんせん足が動かなければどうにもならない。ファイトは背後に立つと、振り上げた戦斧を思い切り下ろす。
「ちくしょう! こんな、がはっ!」
首元から胸の半ばまで戦斧で切断された男は、大量の血を流しながら倒れる。
こうしてようやくカイ達は不利だった戦況を立て直すことができた。
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