生まれ変わった男
遺跡から少し離れると、その騒がしさは随分と他人事みたいに聞こえる。そんな場所でティアナ達に呼び止められたカイ達は、奥から近づいてくる明かりに注意を払いながらも不審げに説明を求めてくる。
「ティアナ、どうしたんだ?」
「あの近づいてくる明かりに気をつけて」
「そりゃまぁ、気をつけはするが」
具体的に何に対して気をつければいいのかわからないため、カイの返事も戸惑ったものになる。
尚も不審げなカチヤがティアナに対して呆れたように言い放つ。
「他の探索者が油断できないってのはあたし達も知ってるから、わざわざそんな注意をしてもらわなくても平気よ」
「それで、何に対して気をつければいいのかしら? あの近づいてくる探索者に用心するだけでいいの?」
カチヤよりは話を聞いてくれそうなロジーナがティアナに問いかけてきた。やはり何をどうすれば良いのか具体的なことをだ。
しかし、ティアナも具体的なことはわからない。知っていることはわずかである。
「恐らく六人いるはずです。こちらを襲ってくる可能性が高いので、警戒してください」
「それ以上はわからないってことでいいのよね。探知の魔法か何かを使ったんでしょうけど、人数以外わからないままじゃない。あら?」
一応ティアナの意見を受け入れたロジーナが、次第に近づいてくる明かりへと目を向けた。しかし、すぐに眉をひそめて再びティアナへと言葉をかける。
「私の探知だと一人しか引っかからないわよ? 本当に六人?」
「ロジーナ、あんな奴の言うことなんて当てになんないって!」
ティアナの意見をまったく信用していないカチヤが吐き捨てるように言ったが、ロジーナの態度は変わらない。
「確かに人数は全然違うけど、誰かが近づいてくることは一番早く察知したわ。多分、私の探知の魔法よりも範囲が広いんでしょうね。精度がどれだけかはまだわからないけど、全否定はできないわよ」
冷静に諭されたカチヤがおとなしくなる。相変わらずティアナの言うことは信じていないようだが騒がなくなった。
話が一区切り着いたロジーナはカイへと顔を向けて声をかける。
「カイ、最大で六人がこっちに近づいてくるわ。今のところ私が確認できるのは、あの松明を持った相手だけ。敵対的な可能性が高いから、戦闘になる心づもりでいて」
「わかった。これでいいんだよな、ティアナ?」
「ええ」
情報量はティアナの主張とさほど変わらないが、ロジーナの警告はまだ何に注意してどう行動すれば良いのかわかる。言い方一つで随分変わるものだとティアナは驚いた。
近づいてくる松明を持った者に対して、カイ達は前衛にカイとファイト、後衛にロジーナとカチヤという隊形を整える。その斜め後ろで、ティアナ達もタクミを先頭にした位置取りをしておいた。この辺りの洞窟内は広いので五人くらいは充分に並べる。
揺らめく松明の炎を見ながらティアナがウィンに小声で問いかけた。
「本当に六人いるのよね?」
『いるよ。どうしてか一人だけ前に出てるけど』
なるほどそういうことかとティアナはため息をついた。こちらに向かってくる何かが常に一つに固まっているとは限らないのだ。
「アルマ、タクミ、松明を持った一人の奥に五人が固まって行動してます。以前みたいに矢を射かけてくるかもしれませんので、気をつけてください」
「え? 五人全員撃ってくるの?」
「そこまではわかりません。最大五人が遠距離攻撃を仕掛けてくる可能性があるということです」
タクミの質問にティアナが答える。可能性だけなら五人とも魔法で攻撃を仕掛けてくることだって考えられるが、魔法を使える者は多くないので例えとしても非現実的すぎた。
今のティアナ達の問答は当然横にいるカイ達の耳にも入っている。カイとロジーナは微妙な表情で、カチヤは不機嫌そうに、そしてファイトは無表情のまま聞いていた。
松明を持つ者が更に近づいてくる。男だ。灰色の髪にくたびれた様子の中年だが、何が楽しいのかやたらと機嫌良くにやついていた。
その姿を見てティアナ達は驚いた。
「あなたは、エゴン!」
「おいおい、まさかこんなところで会っちまうとはなぁ」
予期していなかったのはエゴンも同様のようで、笑顔のまま目を見開く。だが、余裕の態度はそのままだった。
一方、カイ達はティアナ達が松明を持った男と知り合いだったことに驚く。ただ、友好的ではなさそうなことは明らかだので、カイがティアナに問いかけた。
「ティアナ、知り合いなのか?」
「私達を二回襲撃してきた男の一人です」
その話を聞いて、カイ達は以前酒場でティアナ達が話していたことを思い出す。カイとファイトは武器を構え、ロジーナは杖を、カチヤはボウガンを手にした。
同時にアルマとタクミも剣を抜く中、ティアナはエゴンに問いかける。
「エゴン、あなたはまだ追い剥ぎみたいに他の探索者を襲っているんですか?」
「ん? あ~襲ってんのは確かだが、追い剥ぎじゃねぇなぁ」
「違う? 何が違うんです?」
「最後にてめぇにやられて町ん中ふらついてたら、世話好きなヤツにツキが回ってくる腕輪をもらってよ。どれだけツイてんのか試してたんだ」
エゴンが何を言っているのかティアナはよくわからなかった。それはアルマとタクミも同じようで首をかしげている。
その姿を面白そうに見ながらエゴンが言葉を続けた。
「最初はよ、真面目に洞窟辺りで探索しようと思ってたんだ。金目の物が見つかったらツイてる。見つからなかったらツイてねぇって感じでな。けどよ、よく考えてみると、探索した帰りの連中を襲って、そいつらの荷物を漁っても同じことだってオレは気付いたんだ」
「やっぱり追い剥ぎをしてるじゃないですか」
「まぁ待てよ。何も手当たり次第狙ってるわけじゃねぇんだ。ちゃんと、成果の上がってる奴等だけを狙ってんだぜ? そりゃ完璧じゃねぇが、十回やって八回はちゃんと狙い通りなんだから、大した精度だろ? これでオレがどれだけツイてんのか調べてるのさ」
まとめると、運試しのために金目の物を持っていそうな探索者を襲い、本当に金目の物を持っているかで自分が幸運かどうかを確認しているということだ。
何かに似ていると引っかかっていたティアナだったが、酔っぱらいの話を聞いているときと同じだと思い至った。そして、それを真面目に主張しているエゴンの異常性を知る。
今の話を聞いた限りでは、ティアナ達の前に立ちはだかったということは、運試しの対象ということになる。それ以外に考えられなかった。
ティアナ達とカイ達が警戒する中、エゴンは尚も口を動かす。
「いやそれにしても驚いたな。最近は地下牢の階層でやりにくくなったからこっちに来てみたんだが、まさかてめぇら三人と会うたぁなぁ」
円を描くように松明をゆっくり回しながらエゴンは片膝をついた。何をする気だと全員で警戒したとき、ウィンとロジーナが声を上げる。
『後ろの四つが更に近づいてきたよ。もう一つはじっとしてるねー』
「奥に誰かいる! 四人!」
次の瞬間、かすかな風切り音にタクミ、カイ、ファイト、カチヤの四人が気付く。
カチヤが叫んだ。
「矢! 伏せて!」
その声とほぼ同時に、タクミとカイが剣で弾き、ファイトには鎧の胸の部分に当たって刺さらなかった。更に一本の矢がティアナの脇を通り過ぎて後方へと飛び去る。
前衛役である三人が飛来した矢に対処している隙を突いたエゴンが、カイとタクミの間をすり抜けてティアナに迫る。決して足場が良いわけではないのに、迷いなく踏み込んでくることにティアナは驚いた。
「ははっ、三度目の正直ってなぁ!」
短剣に手をかけたティアナは、目の前に迫ったエゴンの剣を避けるために後ろに下がろうとする。しかし、背嚢が重いせいで反応が遅れた。
横合いからアルマが割り込んでエゴンの剣戟を防ぐ。
「そのまま下がって!」
「てめぇ! ジャマすんのかぁ!」
「うるさい! 二度あることは三度あるってね! 今度も叩き返してあげるわよ!」
何とか後ろに下がれたティアナは、急いで背嚢のベルトを外しながらカイ達に叫んだ。
「カイ、あなた達は奥の四人を相手にして! ここにいても矢の的になるだけだから!」
「わかった! 行くぞ、みんな!」
飛来してきた二回目の矢を防いだカイはティアナの提案を受け入れた。エゴンを無視して打ち込まれる矢を気にしながら戦うのは厄介であるし、そもそもエゴン一人に七人は過剰戦力だ。それならば個々に対応することは悪いことではない。
ベルトを外した背嚢を下ろしながらティアナは尚も指示飛ばす。
「タクミは飛んでくる矢を防いで! それと、重いなら背嚢は下ろして!」
「うん!」
「ウィン、アルマの上に光の球を出して。明かりがほしい!」
『わかった!』
ようやく身軽になったティアナは短剣を抜く。同時に、アルマの頭上に光り輝く白い球体が現れた。一方、タクミは飛んでくる矢を気にしながら背嚢を下ろしつつある。
段違いに明るくなった周囲に驚きつつも、アルマはエゴンを牽制し続けた。
「チッ、余計なことしやがって!」
「邪魔ができて嬉しいわ!」
アルマの目的は時間稼ぎなので勝負を急ぐ必要がない。ティアナとタクミの準備が整うまでつかず離れずエゴンを拘束した。
戦っているアルマとエゴンを中心に、遺跡側にティアナ、洞窟の奥側にタクミが位置している。タクミは背嚢を下ろしたようだが、まだ飛来してくる矢があるらしく、洞窟の奥に多くの意識を割いていた。
こうなると、エゴンの相手はティアナとアルマの二人でするしかない。
「アルマ、二人でエゴンの相手をします!」
「はい!」
口ではティアナに答えつつもアルマはエゴンと対峙したままだ。ティアナはエゴンの左側に立って短剣を構える。
さてここから反撃だと三人が思ったところで、洞窟の奥から戦闘音が聞こえ始める。ただ、どうも様子がおかしいことにティアナはすぐ気付いた。
「ウィン、奥の戦いはどうなってるの?」
『なんか入り乱れてるよ?』
「入り乱れてる? どういうこと?」
『えっとね、みんな一対一で戦ってるみたい』
一瞬どういうことかわからなかったティアナだが、カイ達の編成を思い出して青ざめる。カイとファイトはともかく、ロジーナとカチヤは直接戦闘には向いていない。ロジーナは魔法使いなので特にだ。にもかかわらず全員が一対一で戦っているのは普通ではない。
どうしてそうなっているのかは今のティアナにはわからない。しかし、ティアナには何か良くないことが起きている気がしてならなかった。
そこにタクミから声をかけられる。
「矢が飛んでこなくなった! それと、カイ達の様子が変みたい!」
「はははっ! どうやらあっちは厄介なことにみたいだなぁ! こんなところでオレ相手に余裕かましてていいのかよぉ?」
タクミの言葉を聞いてエゴンが挑発をしてくる。こちらの動揺を誘うためなのは見え透いていた。
自分だけでなく、タクミまで異変を感じているとなるとティアナはもう放っておけない。カイ達が倒されてしまって矢を射かけてきた者達がエゴンと合流すると不利になる。自分達のためにも、カイ達を助けるべきだとティアナは判断した。
「タクミ、カイ達のところへ加勢して。もしかしたら、回り込まれてロジーナかカチヤが危ないのかもしれない」
「こっちは大丈夫なの?」
「平気ですよ。二回も追い払ってる相手ですからね」
そう言われると過去のことを思い出したタクミは納得する。少なくともこちらは二対一だ。ウィンも入れると三対一になる。それなら大丈夫だと考えてタクミはティアナの指示に従った。
タクミが松明を拾って離れていくのを尻目にエゴンがティアナに口を開く。
「随分余裕じゃねぇか」
「今のところ負けなしですからね。少しくらい余裕ぶっても良いでしょう?」
ティアナの言葉を挑発と受け取ったエゴンが、一瞬ティアナに向かうと見せかけてアルマへと突っ込む。驚いたアルマがその一撃を受けると力任せに押し込んだ。当然アルマはその場に踏みとどまろうと押し返す。しかし、エゴンは体を左側にずらしつつ逆らわずにその力を利用し、ティアナに向かって踏み込んだ
エゴンがアルマを背にしているせいでウィンの魔法で吹き飛ばせない。仕方なく短剣で受け止めたティアナは思わず二歩下がった。
そんなティアナの状態を見てエゴンはにやりと笑う。
「やっぱな! 仲間が邪魔で魔法が使えねぇんだろ?」
「なるほど、そういう知恵は回るんですね」
さすがに二回も魔法を受けて負けていれば学習もするかと、ティアナは内心で歯がみする。何度も逃がすものではないと後悔しつつも、どうやって戦おうかとティアナは必死に考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます