来訪者と侵入者

 正体不明の透明な水晶を手に入れたティアナ達は、この遺跡での目的を一応果たせたと判断した。遺跡のすべてを巡ったわけではないので他に何かあるのかもしれないが、延々とこのグラウ城の地下にこだわる気は三人にはない。


 そうなると、後は現時点でどれだけ成果を拡大できるかだ。幸い目の前に数多くの価値ある装飾品や宝石が並べられている。魔法の道具でないのは残念だが、懐を暖めておくのは重要なことだった。


 ティアナ達は台座に整然と並べられている貴金属や宝石を一つずつ背嚢へと収めていった。宝石類は予備の小袋へ詰め、より多くの装飾品を持って帰るために余分な保存食を背嚢から取り出す。時間に追われているわけではなかったので、三人はゆっくり作業した。


 金品を背嚢へ詰め込む作業が終わったところで、ティアナはひとりごちる。


「結構入るもんだな」


「かさばらないものばかりを選んだからでしょ。それでも量が量だから結構重いわよ」


「僕が背負った方がいいかもしれないね」


 自分の背嚢を重そうに持ち上げたアルマを見てタクミが提案した。戦闘になると邪魔になる可能性が高いが、今のところ相手が魔物であれ他の探索者であれ、後れを取っていないのでどうにかなると考えているのだ。


 天然の洞窟内を歩くアルマはその提案にすぐ乗った。楽ができるのならばそれに越したことはないということである。


 出発準備が整ったところで、ティアナとタクミは背嚢を背負った。思った以上に肩に食い込む。


「うっ、重い。歩くと一歩一歩重力を感じるぞ」


「そりゃそうでしょ。何だったら今からウィンに魔法を使ってもらったらどうなの?」


「遺跡の出入り口までは我慢だな。少なくとも魔方陣を通った後でないと」


 風の魔法を使ってティアナの体を浮かしながら魔方陣が使えるのかは、ウィンに問いかけないとわからない。しかし、ティアナは自力で歩くことを選んだ。遺跡を出るまでなら我慢できる負担であり、どうせ苦労するのはこの遺跡の中だけだからだ。


 三人がいよいよ町へ戻ろうとしたとき、通路の奥、石像のある部屋から何か音がしたのを全員が耳にした。しばらくその場でじっとしている三人に、扉が閉まったかのような音がしたかと思うと静かになる。


 最初に口を開いたのはタクミだった。


「今、あっちで何か音がしたよね?」


「まさか、何か持ち出そうとすると仕掛けが動く仕組みなのか?」


 自分の発言した内容にティアナが顔をしかめる。


 仕掛けとしては充分に考えられた。そもそも遺跡自体わかっていないことが大半なので、何が起きるかなど予想しきれない。


 三人がやって来た通路の奥を見ると扉が閉じている。これで完全に閉じ込められた。


 いきなり退路を断たれた三人が呆然としていると、無機質な音声が天井近辺から聞こえてきた。


『侵入者による破壊活動を確認。これより排除を実施します。施設関係者は、お客様を安全な場所へとご案内しつつ、速やかに退避してください。繰り返します、』


 まるで館内放送のような音声にティアナ達が顔を見合わせた。


 次に、室内にあった台座とその上に安置されていた貴金属や宝石が一斉に消えた。三人が為す術なくそれを見ていると、部屋の中心に青く輝く魔方陣が現れる。


 何らかの事態が推移していることは理解できるものの、三人は完全にその状況から置いていかれていた。


 改めて周囲をぐるりと見回したアルマが他の二人に話しかける。


「どうもあたし達が侵入者扱いされてるわけじゃなさそうね」


「施設関係者でもお客様でもないけどな。そうか、ここは何かの店だったんだ。装飾品や宝石なんかがあるところ見ると、貴金属店か宝石店だったのかな」


 ティアナの言葉にアルマとタクミが納得する。今となっては確認しようがないことだが、わからないことに一つ理由付けできて三人は何となく少し安心できた。


 次に三人が目を向けたのは、部屋の中央に現れた青い魔方陣だった。ここへ来るときに使った魔方陣と同じように見える。


 緊急事態を告げる音声が繰り返し伝えられる中、タクミが他の二人に提案する。


「これを使って外に脱出するようにって言ってるんだよね? だったら早く脱出しない? これがなくなったら、次どうなるかわからないよ」


「確かにその通りだな。考えるのは後回しにしよう」


 せっかく大きな成果を得られたというのに、帰還できなくて死ぬというのは嫌だ。


 三人は青い魔方陣の中央へ移る。そして、ティアナがウィンに魔方陣の起動を頼むと、すぐに青く輝いてすぐに収束した。


 転移した先はあの魔方陣が見えない部屋だ。しかし、以前とは異なる点があった。部屋の四方に人間と同じくらいの大きさの石像が立っている。そして、ここでも緊急事態を告げる音声が繰り返し流れていた。三人は日本の施設にいるような錯覚に一瞬陥る。


 とにかく、この遺跡から脱出しなければという思いでティアナ達は通路から大きな空間へと向かおうとした。すると、部屋の隅に立っていた石像四体が動き出す。


 思わずティアナが叫んだ。


「今からこいつらと戦うのか!?」


「待って! 何か様子がおかしいわよ」


 反射的に身構えたティアナとタクミをアルマが制止する。石像は三人を囲むとその正面を周囲へと向けた。三人が何歩か歩くと、距離を一定にそのままついてくる。


 しばらくその様子を観察していたティアナは首をかしげた。


「なんで石像が俺達を守ってるんだ?」


「この放送みたいなのと関係があるんじゃない? 侵入者から守ろうとしてるように思えるわ」


「ということは、さっき扉が閉まったのは、別の探索者がやって来たということか」


 推測を重ねる考え方になるが、そうなると何となく辻褄があるように三人は思えた。


 とりあえず納得すると、ティアナ達は出入り口の大穴へと急ぐ。四体の石像を従えながら大きな空間へと出た。相変わらず瓦礫が散乱している場所だが、ここにも石像が何体もいる。ただし、ティアナ達には無反応だ。


 大きな空間を横切るとやって来た通路へと移る。そして、そのまま一つ角を曲がって大穴へとたどり着いた。


 ティアナ達は遺跡の外へ出て振り返る。それまでついて来ていた石像四体は遺跡の通路にとどまったままだった。護衛はここまでのようだ。


 三人は洞窟側へと目を向けたが今のところは何もないように見えた。ようやく緊張の糸を緩める。


 大きなため息をついたタクミが感想を漏らした。


「助かったぁ」


 まだ町に戻っていないので油断はできないが、大きな危機から脱出したのは間違いない。なので、ティアナもアルマもタクミを咎めなかった。


 とりあえずどこかで休憩したいと三人が思い始めたとき、それまでじっとしていた石像四体が動いた。赤い魔方陣から転送される小部屋のある方向だ。


 何事かとティアナ達が見守っていると、人間の声と共に戦闘音が通路から伝わってきた。しばらくして静かになると、足音がこちらへと近づいてきた。


 姿を現したのはカイ達だった。その表情は疲れ切っている。ティアナ達は驚いた。


 すぐによそ行きの態度でティアナが問いかける。


「カイ、一体どうしたんですか?」


「遺跡の奥へと行けたまでは良かったんだが、そこで大量の敵と出くわしたんだ。対処しきれなかったから一旦引き上げてきたんだけど、遺跡の様子が一変してて一苦労だよ」


 ため息をついたカイが説明してくれる。


 可能性として、カイ達の何らかの行動が今の遺跡の状態を引き起こしたのかもしれないとティアナは予想した。


 今度はカイが逆に問いかけてくる。


「そっちは今来たところかい? しばらく入らない方がいいよ。今この遺跡は中の様子が今までとは全然違ってるから」


「私達もさっき遺跡から出てきたばかりです。突然、警告の案内が天井から聞こえたかと思うと、石像が現れて」


 カイ達は目を見開いてティアナ達を見た。カイがすぐにティアナへと問いかける。


「その石像はどうしたんだ? こっちはいくらでも湧いてくる石像を倒して、やっとここまでたどり着いたんだ」


「石像を倒したんですか? 私達の方は、石像が守ってくれました。恐らく警告の案内にあった侵入者から守ろうとしてくれたんでしょうけど」


 厳密に言えばティアナ達も侵入者なのだが、この際その事実は一旦棚に上げた。遺跡がどのような基準で区別を付けているのかティアナ達には判断できない。あったことをカイに説明することしかできなかった。


 そのティアナの説明にカチヤが食ってかかった。


「そんなのおかしいじゃない。遺跡に侵入したのはあんた達だって同じなのに、どうして石像に守られてたのよ?」


「なぜと言われても、そう判断したのは遺跡であって私達ではありません。説明を求められても、答えることなんてできないです」


 困惑しつつもティアナが言葉を返した。


 不信感を露わにしつつあるカチヤとは違い、ロジーナは眉を寄せつつもティアナに問いかける。


「でもそうなると、私達とあなた達の差が何か気になるのよね。石像に守ってもらえた心当たりはないの?」


 ロジーナに問いかけられてティアナは今日の行動を思い返す。あるとすれば、目に見えなかった青い魔方陣だ。赤い魔方陣と似ているが微妙に違うとウィンが言っていた。


 ただ、それをそのまま説明することは躊躇われた。青い魔方陣についてはまだしも、それをどうやって見つけたのかを説明するには、ウィンについて触れなければならないからだ。いっそのこと青い魔方陣だけ教えようかと迷う。


 ティアナがしかめっ面のまま首をかしげていると、ロジーナがため息をついた。


「本当に何も知らないのか、それとも言えないことがあるのかわからないけど、こちらとしては、何かされたんじゃないのかって思えて仕方ないのよ」


「それはそちらも同じでしょう? 皆さんが何かをしたから石像に襲われたんじゃないんですか?」


「何かって何よ! あたし達はただここの遺跡を探索してただけよ!」


 横から割って入ってきたカチヤがまなじりを上げて声を荒げる。自分達は何も悪くないという前提で話をしているのがティアナ達にはわかった。


 そんな気の立ったカチヤに対して意外な人物が制止する。


「カチヤ、落ち着け。いきなり喧嘩腰はダメだろう」


「ファイト!? で、でも、あいつら絶対何か隠してるよ?」


 普段滅多にしゃべらないファイトに止められてカチヤの勢いが弱くなった。


 さすがにカチヤの態度はいただけないと思ったらしいカイが謝罪する。


「すまない。こっちはひどい目に遭ったばかりなんで、まだ落ち着いてないんだ」


「ええ、構わないです」


 つらそうな表情でカイが自分と仲間のカチヤの間に入っているのを見て、ティアナは青い魔方陣のことを教えてしまおうかまだ迷っている。絶対に秘密にしようとまで思っていないのは、ティアナとしてはもうこの遺跡の探索は切り上げようかと考えているからだ。


 改めてカイ達の様子を見ると、カチヤはこちらへの怒りと不信感を露わにしており、ロジーナは一見冷静だがこちらを探るような目つきだ。話をするなら、カイかファイトが良いだろう。


 そうなると、ティアナはまとめ役であるカイに向かって提案した。


「私達が遺跡に入って何をしたのかを教えてもいいですが、まずはそちらのお話を聞かせてもらえませんか。一方的にこちらだけがお話しするのは不公平ですので」


 カイは目を見開いた。交換条件というのは妥当な話だ。これでどうだとカチヤとロジーナに目を向ける。カチヤはふくれっ面をしてそっぽを向いた。ただ、反対はしていないので話を進めても良いのだろう。一方、ロジーナは眉をひそめて考え込んでいた。


 何を考えているのか気になったカイが声をかける。


「ロジーナ、何か気になることでもあるのか?」


「交換条件なのは構わないわ。ただ、話をするのはあちらが先にしてほしいのよ」


 ロジーナとしては、自分達の話す内容に合わせて情報を小出しにされる可能性を考えた。なので、先にティアナ達に語らせようとする。


 その思惑がすぐにわかったティアナは苦笑した。


「私達の情報がほしいと望んだのはそちらですから、まずは皆さんからお話をしてくださるのが定石でしょう。無理にとはいいませんが」


「仕方ないわね。ならそれでいいわ」


 返答を聞いたロジーナは顔をゆがめてティアナへと回答した。


 条件交渉が終わったところで、カイが今までの経緯を説明する。罠のことや赤い魔方陣のこともだ。赤い水晶の有無で転移先が違うこともである。他にも、転移先で石像と戦ったことや、何体もの石像が襲いかかってきたことも話した。


 一方、ティアナも何があったのかを伝える。一見何もない部屋に消えた青い魔方陣があったこと、転移先に石像はあったが動かなかったこと、遺跡が異常事態になったときに石像に守られたことをだ。


 話を聞き終わったカイ達は顔をゆがめて呻く。


「大穴の右側にそんな魔方陣があったなんて」


「そんな仕掛け、見つけられなかった。痕跡もなかったのに」


「魔力を節約する意識が裏目に出たわね」


 実は見当違いのことをしていたと知ったカイ達は頭を抱えた。探索にはよくあることだ。


 そんな四人にティアナが声をかけた。


「再び遺跡を探索するときの参考にしてください」


「ありがとう、そうするよ。それじゃ、オレ達は一旦町に戻る」


 お礼を一言ティアナに伝えると、カイ達はティアナ達を横切って洞窟へと歩き始めた。


 そのとき、ウィンがティアナに話しかけてくる。


『ティアナ、向こうから六つの人が来るよ。嫌な感じがするね~』


「カイ、待って! 前に注意して!」


 いきなり警告を受けたカイ達は、驚いてティアナへと振り向く。全員が眉を寄せていた。そして、再度洞窟へと目を向ける。すると、ぼんやりと明かりが見えてきた。

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