赤い魔方陣

 信頼できる仲間が揃ってからのカイは、挑戦したことにはほとんど成功していた。そのため、今回も攻略できるとカイは考えていた。襲いかかってくる魔物を倒し、仕掛けられた罠を食い破るだけだと思っていたからだ。そして、それは確かにある程度は正しかった。


 地下牢で潜んでいた追い剥ぎまがいの探索者は相手にならなかったし、天然の洞窟に生息する魔物は簡単に倒せた。遺跡の罠にしても、カチヤの器用さとロジーナの魔法で大体見つけられたし、発動しても対処できた。


 ところが、赤い魔方陣だけがどうにもならない。


 一度目の捜索では、よくわからないまま転送されてしまった。二度目の捜索では、遺跡の様々な場所を徹底的に探して赤い水晶を手に入れる。しかし、使い方がよくわからないまま魔方陣を起動させたせいで転移先に変化はなかった。


 そして三度目、一度休息と準備のために町へと戻って体勢を整えてから遺跡を探索すると、あっさりと赤い水晶の使い方がわかった。魔方陣の四ヵ所にわずかなくぼみがあり、そこへ赤い水晶を設置するのだ。


 正しい赤い魔方陣の使い方を知ったとき、ロジーナは自分に呆れた。


「迂闊だったわ。魔方陣を読み取るのに気を取られて、くぼみを見落としていたなんて」


「一旦戻って正解だったでしょ! 疲れてるときに何しても、うまくいかないんだから!」


 前回一度町に戻ることを提案したカチヤが誇らしげに胸を張った。苦笑しながらロジーナがカチヤに弁解する。


「そうね。まさか赤い水晶に魔力を流すと浮かび上がってくる文字があるなんて、思わなかったのよ」


「それで説明文が出てくるなんて、これ作った人は意地悪だよね~!」


 一方、その間にカイとファイトが赤い水晶を手分けしてくぼみに置いていた。大した手間ではなかったので二人はすぐにロジーナとカチヤのところに戻ってくる。


 ようやく先に進めることで機嫌が良いカイがロジーナに声をかけた。


「置いてきたぞ。これで本来の場所に転移できるんだよな」


「そのはずよ。少なくとも出入り口の近くへは転移しないはず」


 断言できないところに若干の不安が残るものの、こういった冒険に不完全性は付きものなので誰も気にしない。とにかく前に進めるという希望が何より重要なのだ。


 専門家の言葉を信じてカイが決断を下す。


「よし、それじゃ魔方陣を起動してくれ、ロジーナ」


「わかったわ」


 カイの言葉を受け止てロジーナが赤く光る魔方陣へと目を向ける。ロジーナが何事かをつぶやくと設置した赤い水晶が輝いた。次第に魔方陣の外周が赤く染まって部屋の壁や扉が見えなくなる。そして、魔方陣内部も赤く輝き、何も見えなくなった。


 四人はわずかな時間だけ宙に浮いている感じがしたが、それもすぐになくなる。同時に輝きを徐々に収まって視界がはっきりとしてきた。


 今回の転移先は天井が高かった。ロジーナの身長の五倍程はある。部屋の大きさも広いが、天井の高さのせいで更に広く感じられた。対面の壁の中央部分に大きな門のような扉があり、閉じている。その両脇には人型の石像が立っていた。


 しばらく周囲の様子を窺っていた四人だが、明らかに今までとは違う場所に転移したことがわかると喜びを表す。


「やった、やったぞ! ついに先に進めた!」


「ま、あたし達にかかれば、こんなものよね!」


「わかってしまえば大したことなかったわね。次はもうあんな見落としはしないわよ」


 カイ、カチヤ、ロジーナが、三度目の正直で魔方陣の謎を解決したことにはしゃぐ。唯一ファイトのみが石像をじっと見て動かない。


 それを見たカイが声をかけた。


「ファイト、どうした?」


「あの石像が気になる。奥に行くにはあそこを通らないといけない」


 ファイトが気にしていることについてカイは理解している。しかし、受け止め方は違った。カイはあくまでも楽観している。


「あの門番みたいなのと戦うかもしれないって? なに、どうにかなるって。今までもそうしてきただろう?」


「では、もう行くのか?」


「そうだな。じっとしていても仕方ないしな!」


 上機嫌なカイがファイトの言葉にうなずいた。もう我慢できないといった様子だ。


 他の二人を促して元気よく進んだカイだが、赤い魔方陣から出た途端に問いかけられる。


『入室許可証をご提示ください。お持ちでない場合は、速やかに退出願います』


 いきなりどこからともなく声をかけられて四人は周囲を警戒する。無機質な声で敵意はないようだが、声の主が見えないのでいつまでも集中するべき方向が定まらない。


 思わずカチヤがロジーナに問いかける。


「これ魔法だよね? どこから声を出してんのさ?」


「わからないわ。石像ではなさそうだけど、天井から聞こえているわよね」


「天井はどこも真っ平らで、声を出す仕掛けはなさそうだ」


 戦斧を両手に持って構えたファイトが、天井に目を向けてから結果を周知した。


 そんな中、カイが仲間に提案する。


「みんな、一度敵がどの程度が見てみようと思う。石像二体だけならば問題なし。それ以上に色々と遺跡の機能が動いて対処できないなら、赤い魔方陣を使って一旦戻るんだ」


「賛成よ。このまま何もしないで戻るのは癪だもの」


「あたしも! あの奥にきっとお宝があるに違いないよ!」


 まっさきにロジーナとカチヤが賛成した。ファイトを黙ったままだ。反対はしていない。


 一つうなずくと、カイは隊形を整えて四人で進み始めた。


 すると、再度警告が発せられる。


『入室許可証をご提示ください。お持ちでない場合は、速やかに退出願います。退出されない場合、強制排除を行います』


 尚もカイ達は進んで門のような扉へと近づいていく。部屋の中央まで到達すると、石像がゆっくりと動き出した。石像はカイ達の二倍程度の大きさだ。どちらも戦士風の姿をしており、槍を手にしている。


 それを見てカチヤが舌打ちした。


「やっぱり動くんだ」


「転移魔法で強制的に転移されると思ったんだけど、違うのね。随分と暴力的じゃない」


 意外そうに感想を漏らすロジーナだったが、カチヤ共々その顔に驚きはない。


 一歩一歩近づいてくる石像を見ながら四人は中央で立ち止まっていた。既に全員が戦闘態勢を整えている。


 カイが他の三人に指示を出す。


「まずファイトとカチヤで石像の注意を引きつけてくれ。ロジーナは向かって右の石像、オレは左の石像を攻撃する」


「わかった」


「楽勝よ!」


「カイ、頭を砕けば大抵動かなくなるわよ」


 全員の返事を確認したところでカイは行動開始の号令をかけた。四人が一斉に動き出す。


 石像は二体並んで近づいてくる。動きは遅いので主導権を握るのは簡単だった。


 最初に動いたのはカチヤだった。前に出るのではなく、向かって左側の石像の側面へと回る。そして、手にしたボウガンで側頭部を狙った。矢は一般的なもので特殊な加工はしてないが命中させる。石像の注意がカチヤに向いた。


 次に動いたのはファイトだ。正面から右側の石像へと進み出る。体の大きさが二倍の石像の攻撃範囲は広い。しかし、予備動作は緩慢なので攻撃を見切るのはたやすかった。


 こうして囮役が注意を引きつけている間に、カイとロジーナが石像を攻撃する。


 先に攻撃したのはロジーナだった。魔法で石像の頭部を狙う。


「土の化身よ、我が元に集いて礫となれ!」


 ロジーナの掲げた杖の先に空中から現れた細かい石が集まり一つの大きな岩となる。人の頭の三倍だ。それが高速で打ち出されて石像の頭部にぶつかった。耐えきれなかった石像の頭が砕け散る。そして、ゆっくりと倒れた。


 続いてカイが自分から注意の逸れた石像の足を狙う。


「我が敵を切り裂け!」


 いくら金属製の剣であっても、通常ならば成人男性の胴体くらいもある石製の脚を切断などできない。しかし、カイの手にしている長剣はただの金属製ではなかった。ロジーナが刻み込んだ呪文により、硬質な物も切り裂きやすくなっているのだ。


 カイが呪文を叫びながら石像の脚を切りつけると、長剣が嘘のようにあっさりとその脚を切断した。均衡を崩した石像は倒れる。


 尚も立ち上がろうとする石像だったが、カイが頭部を剣で叩き壊す方が早かった。頭部をなくした石像はゆっくりとその場に倒れる。


 石像二体が動かないことを確認すると、カイは当然といったように言う。


「あっけなかったな。こんなもんか」


「ここに来るまでにあった罠の方が、まだ厄介だったよね」


 カチヤがカイに追従する。撃ったボウガンの矢を回収できたので上機嫌だ。


 剣をしまったカイが大きな扉へ目を向ける。


「それじゃさっさと奥へ」


 再び先程の声が天井から聞こえてくる。その無機質な声が四人を不安にさせた。


『侵入者による破壊活動を確認。これより排除を実施します。施設関係者は、速やかに退避してください。繰り返します、』


 変化はすぐに訪れた。室内の四方の壁に沿うように、先程と同じ石像が何体も転送されてきたのだ。少なくとも五十体以上はいる。更に、戦士風だけでなく、魔法使い風や、よくわからない風貌の石像も混じっている。


 一体ずつならばともかく、一度にこれだけの数を相手にするのはいくらカイ達でも無理だった。明らかに手に負えないことを察知したカイは迷わず判断を下す。


「赤い魔方陣のところまで戻るぞ! オレとロジーナで血路を開くから、ファイトとカチヤは背後の守りと攪乱を頼む!」


「か、攪乱って! こんな数じゃ無理だよ!」


 あまりにも多すぎる石像を見て腰が引けるカチヤに対して、ファイトは黙って戦斧を両手で構えた。どのみちやるしかないからだ。


 四人は一斉に赤い魔方陣に向かって走り出す。


 既に石像達は動き出していた。戦士風の石像のうち、弓を持っていた石像達が矢をつがえて放ってくる。同時に、魔法使い風の石像達が火の玉や風の刃を撃ってきた。


 カイ達は散開した。とても陣形を維持できないからだ。ここからは個人で赤い魔方陣までたどり着かないといけない。


 身体能力の最も高いカイは、仲間を助けるために石像を倒してゆく。


「くそ、我が敵を切り裂けぇ!」


 先程と同じように、カイは呪文を叫んで石像の脚を切断してゆく。倒された石像はうまく起き上がれない。


 それに呼応して、ロジーナも魔法で自分の退路を切り開いた。


「土の化身よ、我が元に集いて礫となれ!」


 ロジーナの掲げた杖の先に空中から現れた細かい石が集まり一つの大きな岩となる。それが高速で打ち出されて石像の頭部を破砕した。


 一方、カチヤは石像に対して決定打を持っていなかったので、器用に避けて赤い魔方陣を目指す。ファイトは重装備な上に足が遅いので、ひたすら避けて逃げ続けた。


 最後にファイトが赤い魔方陣へ飛び込むと、ロジーナが魔方陣を起動する。


 赤い魔方陣は輝き、四人を別の場所に転送した。


 転送先は赤い水晶を設置した魔方陣だ。赤い水晶はそのまま残っている。


 四人は周囲をしばらく警戒していたが、問題ないと判断するとその場にへたり込んだ。誰も口を開かない。


 一番最初に立ち直ったのはロジーナだった。


「カイ、一旦引き上げましょう」


 カイはとりあえず現状について考える。


 全員揃っているので戦力面ではそれほど心配はない。余程の不測の事態が起きなければ、町に戻るまではどうにかなるだろう。遺跡内部の罠は既に知っているのでなんとかなる。


「そうだな。とにかく体勢を立て直さないと」


 どうにかなると判断したカイはすぐに帰るべく行動を始めた。


 いつも通り前衛にカイとファイト、後衛にロジーナとカチヤという隊形で赤い魔方陣の部屋を出ようとする。ところが、扉を開けた途端、人間と同じ大きさくらいの石像が通路をいくつも徘徊しているのを見かけてしまった。カイは慌てて扉を閉める。


「くそ! ここにも石像がいるのか!」


「どうするの? このままじゃ帰れないわよ」


 カチヤがロジーナの言葉にピクリと反応するが、他の三人は気付いていない。それよりも、どうやって帰るかを考えなければならなかった。


 転送前の部屋に何十体という大量の石像を送り込んできた遺跡だ。遺跡の外に出るまで通路に部屋にいくつもの石像を転送させているだろう。こうなると、背後から襲われる可能性が高いので後衛の二人が危ない。


 どうしたものかとカイとロジーナの二人で考えていると、カチヤが赤い魔方陣を見てぽつりと漏らす。


「あの赤い水晶をどけたら、帰れるんじゃない?」


 カイとロジーナは顔を見合わせた。今まで散々苦しめられた魔方陣の仕掛けだったが、確かに赤い水晶がなければ出入り口の大穴近くまで一気に転移できる。


 帰還の光明が見えたカイとロジーナの表情は明るくなった。


 カイが叫ぶ。


「今すぐ赤い水晶をどかすぞ! それで一気に転移だ!」


 すぐに準備した四人は、赤い水晶を取り除いた魔方陣の中央に移った。そして、ロジーナの呪文で魔方陣を起動する。


 赤い魔方陣は設定された通りに四人を転移させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る