遺跡を攻略するには
カイ達との食事を楽しんだ翌日、ティアナ達は探索の準備に手を付けた。消費した携帯食料と失った道具の補充に武具の手入れなど、やることは意外にある。
もちろんその間に遺跡をどう踏破するのかということも三人で話し合う。次は前回行かなかった場所を中心に探索する予定だが、特にあの赤い魔方陣について話題が集中した。
ティアナとしては本来の目的である男になる方法を手に入れたい。金細工などの金目の物は二の次だが、今のところ手がかりすら掴めてないので頭を抱えている。
宿屋の部屋で夕飯を食べた後、ティアナ達は尚も話し合っていた。
「一回で見つかるなんて思ってなかったけど、入り口にまでいきなり戻されるとは思わなかったな。あれ以上、あの遺跡には奥がないってことになると、ここは外れか」
「そう決めつけるのは早いわよ。まだ探してないところがあるんだから。全部探してから判断しましょ」
「僕もそれが良いと思う。遺跡の罠は確かに怖いけど、一度通ったところはもうわかってるんだし、何とかなると思う」
前回散々罠に苦しめられたティアナ達だったので若干の苦手意識がある。しかし、一度種のわかった仕掛けならば避けるのは難しくない。
仲間に慰められて少し前向きになったティアナは腕を組んで唸る。
「前に遺跡に潜ったところだけがすべてじゃないとしたら、まだ行っていない場所に何か魔法の道具でもあるんだろうか?」
「別の場所に行ける仕掛けがあるかもしれないわよ。問題なのは、あの赤い魔方陣ね。どんな秘密があるか考えないと」
「あーあれかぁ」
アルマの返答にティアナが難しい顔をした。ウィンの言葉を信じて一度使ったものの、振り返ってみればあの部屋をしっかりと調べていなかったことを思い出す。なので、次はしっかりと調査するべきだとタクミも納得した。
しかし、横で話を聞いていたティアナが頭を抱える。
「けど、あれって転移の魔方陣っていう以外はまだ何も知らないんだよな。ウィンはあれを使えるけど、仕組みがどうなってるかは知らないみたいだし」
『んー? 使えるからいいんじゃないのー?』
随分とのんきな声がティアナには聞こえた。自分には直接関係ないことなので、まったくの他人事だ。
困ったという顔をしているタクミがティアナに声をかける。
「ともかく、どうせもう一回行って調べないといけないんだから、そのとき考えようよ」
「できる準備はしたんだし、次の探索で大きな成果が出ることを期待しましょ」
「そうだな。そうしよう」
アルマからも慰められたティアナは、ようやく気を落ち着かせることができた。
翌日、ティアナ達は三度目の探索を始める。この頃になると天然の洞窟の入り口当たりまでは三人とも慣れてきて、地図をあまり頼らなくても進めるようになっていた。
しかし、洞窟内を移動するのにはやはり苦労する。特殊能力がないアルマは地道に歩いて行くしかないからだ。それでも、前回の反省を活かして油断せず周囲を警戒したおかげか、他の探索者と揉めることはなかった。
洞窟内で一泊した翌日、ティアナ達は再び遺跡の前までやって来た。相変わらず大穴は開いており、その周辺には瓦礫が散乱している。
遺跡に突入する準備を整えた三人はタクミを先頭に中へと入った。
「えっと、どっちに行く?」
振り返ったタクミがティアナに声をかけてきた。通路を左側に向かって行けば、最初に落とし穴に落ちかけた扉がある。右側はまだ行ったことがない。
迷わずティアナは答える。
「右側に行こう。今日はしらみ潰しで遺跡を探索するって決めてたからな」
うなずいたタクミは右側の通路へと足を向けた。
大穴から通路を右側へと進むと分岐路なしに左折している。そちらへと進むとすぐに突き当たりとなり、扉が見えた。
前回の悪夢が三人の脳裏をかすめる。ティアナがいつでもウィンの助けを呼べるように待機し、アルマがその隣にぴったりと寄り添う。それを見てから、タクミが油断なく扉を開けて中に入った。しかし、今度は何も起きない。
完全に緊張感が抜けないままティアナとアルマも扉をくぐる。すると、大きな空間に出た。中はあちこち傷ついており、瓦礫が散乱している。一部の通路は大量の瓦礫でほとんど埋まっていた。
そんな空間を見てティアナが独りごちる。
「あれって、もしかして出入り口なのか?」
そこは扉が吹き飛んでなくなっていた出入り口だった。大量の土砂が空間内に入り込んでいる。どうもこの遺跡の出入り口の一つのようだ。
それを見たアルマがつぶやく。
「もしかしてここ、玄関か勝手口なのかしら?」
「これだけ広いとなると、勝手口ってことはないだろ。正面玄関にしては、扉がちょっと小さいような気もするけど」
つぶやきに応じたティアナがアルマに言葉を返す。色々と想像はできるが、結局のところは想像でしかない。
この空間について思いをはせるのはそれまでにして、三人は何かないか探し始める。ここまでなら誰でも来ることができるので金品はないだろうが、何かしら次に進める手がかりを期待していた。
あちらこちらと探し回った結果、一つの通路を見つけた。別に隠してあったわけではないので、とりあえず先に進める。三人はすぐに奥へと向かった。
通路の奥は扉もなくそのまま部屋に通じていた。中には何もない。最初にカイ達を見つけたあの小部屋のように空っぽだった。
念のため、三人は部屋の中に何かないか探してみる。しかし、何も見つからなかった。
苦笑いしながらティアナが独りごちる。
「う~ん、こっちには何もないか」
『ねぇ、さっきから気になってたんだけど、床に何かない?』
突然声をかけてきたウィンにティアナが驚く。すぐに視線を下に向けるが、今まで見てきた床と変わりない。ティアナはウィンが何に反応したのかわからなかった。
「ウィン、別に何もないぞ?」
『そうなの? おかしいなぁ。前の魔方陣っていうのと似たようなものがあると思ったんだけどな~』
「え、ここに?」
『そうだよ。人間には見えないのかな?』
いきなり重要なことを言われたティアナは更に目を見開いた。ティアナの様子に気付いたアルマとタクミが近寄ってくる。
「あんた、どうしたのよ?」
「ウィンがまた何か言ってるの?」
「床に魔方陣があるはずって言ってるんだけど、何も見えないよな?」
ティアナの言葉と仕草に釣られた二人は床を見る。そして周囲に視線を巡らせたが首をかしげるばかりだ。
「見当たらないわね、タクミは見える?」
「僕も見えない。ひょっとして隠してあるのかな?」
まさかと一瞬思ったティアナだったが、前回仕掛けられた罠で散々な目に遭ったことを思い出す。特に一番最初の床がいきなり消える落とし穴は本当に死ぬかと思った。
そこでティアナはウィンに一つ提案してみた。
「ウィン、前の赤い魔方陣と同じように動かせるか?」
『動くならできると思うけど、今度のもどっかに飛ぶんじゃないかな。前のと似てる』
「似てる? 同じじゃないのか?」
『うん、ちょっと違うみたい。でも、細かいところはわからないよ』
ウィンの曖昧な助言にティアナの内心に不安が広がった。
ため息をついたティアナはウィンの説明をアルマとタクミにも伝える。すると、アルマが頭を抱えた。
「赤い魔方陣と微妙に違うけど何が違うのかはわからないって、どうするのよ」
「結局使ってみるしかないんじゃないかな、前みたいに」
意外に冷静な返答をしたタクミをティアナとアルマが見る。一瞬うろたえたタクミだったが理由を説明した。
「いやだって、どうせ調べられないんだし、結局使うんなら、考えても仕方ないんじゃないかなって思ったんだ」
「そりゃそうだ」
タクミの正論にティアナは唸った。隣ではアルマが呆れている。
覚悟を決めたティアナはウィンに一つ確認した。
「俺達からじゃ魔方陣は見えないが、その魔方陣が動くときに真ん中にいないとまずいか? それとも魔方陣の中だったらどこでもいいか?」
『どこでもいいんじゃないかな。気になるんだったら、部屋の真ん中に立ったらいいよ』
あっさりとウィンから答えが返ってくる。
ティアナはアルマとタクミを促して部屋の中央に移動すると、ウィンに頼む。
「それじゃ、魔方陣を動かしてくれ」
『わかった! 動かすよー!』
無邪気な声でウィンが開始を伝えてきた。すると、すぐに魔方陣が輝きと共に現れる。前回とは異なり、今回の魔方陣の外周は青い。その輝きが強くなるほど周囲が見えなくなる。そして、魔方陣内部が青く輝き、何も見えなくなった。
一瞬三人は宙に浮いている感じがした。しかしそれもすぐになくなり、徐々に輝きも収まって視界がはっきりとしてくる。
今回の転移先は天井が高かった。ティアナの身長の五倍以上はある。部屋の大きさも広いが、天井の高さのせいで更に広く感じられた。対面の壁の中央部分に大きな門のような扉があり、開いている。その両脇には人型の石像が立っていた。
ティアナ達は部屋の隅にいた。三人ともしばらくその場で動かずに室内へと目を向ける。どんな罠があるかわからないので誰もがうかつに動けない。
首をかしげながらもタクミが最初に口を開く。
「たぶん、大丈夫だよね? あの人型の石像なんて怪しいけど、動かないみたいだし」
「まだ決めつけちゃダメよ。近づいたら動くかもしれないんだから」
アルマに警告されたタクミは嫌そうな表情を浮かべた。少なくとも石の塊を相手に戦いたいとは思わない。
何が起きるのかとしばらく身構えていたティアナ達だったが、いつまで経っても変化はなかった。なので、石像が直立する門のような扉に近づいていく。
近づいてみると石像の大きさがはっきりとしてきた。石像は門の三分の二、ティアナ達の二倍の大きさだ。どちらも戦士風の姿をしており、槍を地面に立てている。
石像を見上げながらティアナが思わず漏らす。
「これと戦って勝てる気はしないなぁ」
幸い、石像はじっとしたままだ。
動かないのならば気にする必要もないと、ティアナ達は扉の奥へと進んだ。
扉の向こうはしばらく通路になっており、そこを抜けるとほぼ正方形の部屋だった。室内には貴金属で作られた装飾品や宝石などが台座にいくつも整然と並べられている。第一印象としては美術館の展示品のようだ。更に、通路と対面になる奥の壁には三つのくぼみがある。
これらを見たティアナ達はしばらく出入り口付近で呆然とした。
「本当にあったんだ」
衝撃が抜けないティアナが小さくつぶやく。目的はあくまでも男になる方法だが、文字通りの金銀財宝を目の前にしては無関心ではいられない。
思わず動揺したタクミがティアナへと振り返る。
「どうしよう?」
「俺はとりあえず、奥のやつを見てくる。これを触って消えたりとかしたら困るから、俺の用事が終わるまでは待ってくれないか?」
「ああ、うん、そうだね。それじゃ僕も一緒に見るよ」
まずは用件を済ませるべく、ティアナ達は奥の壁のくぼみ三つを見て回る。どれも柔らかそうな台座があったが、実際に安置されているのは中央のだけだった。その安置されているのは拳程度の大きさの透明な水晶だ。
しばらく眺めていたティアナだったが意を決して手を伸ばす。掴んだ瞬間台座が淡く紫色に輝いたが、それだけだった。特に抵抗もなく手にした透明な水晶は相応に重たい。
「ウィン、この水晶から何かわかるか?」
『何だろうね、これ? 不思議だなぁ』
「魔力を感じたりしない?」
『う~ん、それが全然なんだ。でも、何となく引っかかるんだけど、それが何かわからないんだよね~』
何とも奥歯に物が引っかかる言い方だ。いっそ何もないと言ってくれた方がすっきりするが、ウィンの感覚は鋭いのでこのような言い方をした場合は必ず何かある。
「とりあえず保留か。目的のために使えるかどうかは、これから調べるしかないな」
「微妙な言い方ね。ウィンは何て言ってるのよ?」
「何か引っかかるけどよくわからない、だって」
説明を聞いたアルマはため息をつく。成果があったのかなかったのか判断が難しい。
ティアナは自分の背嚢からきれいな布をアルマに取り出してもらい、それで水晶を包んで背嚢にしまってもらった。そして、二人に向かって伝える。
「これだけじゃ成果が微妙だから、せっかくだしここの装飾品や宝石をもらっていくか」
「持っていっても怒られないんなら、持っていきたいわよね」
「この前の休みにアルマは小物とかかったんだよな。気に入ったやつがあるか探してもいいんじゃないか?」
「それは気合いを入れてさがさないとね!」
最初は躊躇っていたアルマだったが、ティアナと話をしているうちにやる気が出てくる。
さすがに手ぶらで帰るのは悔しいと思ったタクミも含めて、三人は貴金属や宝石類を集め始めた。
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