町での再会
結局、ティアナ達は一旦町に戻った。遺跡の中を一巡した経験を元に準備をするためだ。他にも、心が折れかかったのできちんと休養したかったという理由があったりする。
ともかく、丸一日洞窟の移動に費やして三人はグラウの町に戻る。三日間の探索だった。
帰還の翌日は休養だ。疲れた心と体を休めなければいけない。グラウ城の地下へと潜っていた間は硬い地面を寝床にしていたので、宿に戻った三人は存分に本物の寝床で惰眠を貪る。滅多にできないことだと特にメイドのアルマは喜んだ。
朝も結構遅い時間に起きた三人は、のそのそと寝床から起き上がると服を着替えて食堂に集まる。目的のない日だとアルマでさえものんびりとしたものだった。全員が黒パンとスープで遅めの朝食を食べ始める。
幸せなため息をつきながらアルマがしみじみと漏らす。
「こうやって、たまにだらけられるのはいいわよねぇ」
「そっか、アルマってメイドだから、いつもは早起きなんですよね」
「そうですよぅ、毎日お嬢様のために頑張って早起きしてるんですからねぇ」
気を抜きすぎているのか、いつもと違ってアルマの話し方が間延びしていた。グラウ城の地下でも一番苦労しているのはアルマなので、ティアナとタクミは好きにさせている。
そんなアルマを見ながらタクミが二人に話しかけた。
「二人とも、今日何かする予定ってある?」
「私はないですね。部屋でごろごろしているだけかしら?」
「あたしは買い物でもしようかなぁって考えてるわよ」
アルマの返事にタクミが驚く。
「え、今日は休みだよ? 保存食とか道具とかの補充は明日でもいいんじゃないの?」
「違うわよ。探索に必要な物を買うんじゃないの。髪飾りやお化粧の品を見て回ったり、おやつを食べたりするのよ」
「うわぁ、まるで女の子みたいだね」
「みたいじゃなくて女の子なのよ。あんた一体あたしを何だと思ってるのよ」
感心をそのまま口に出したタクミを少し口を尖らせてアルマが睨んだ。
分が悪いタクミは引きつらせた笑顔を逸らす。その隣でティアナが吹き出した。
二人の反応に気分を悪くしたアルマが拗ねるように言う。
「いいわよ。あたし一人で楽しんでくるから」
「それはずるいですね。私も何か見て回ろうかな」
「うーん、そうなると僕も何か外に出たくなるなぁ。でも何を見ようかな?」
面白そうにティアナとタクミがアルマの後に続くが、タクミは外に出ることが目的になってしまっている。
それを見てため息をついたアルマだったが、何かを思いついたことを二人に提案する。
「昼間は自由行動にして、夕飯はこことは別のところで何か食べない? せっかくなんだから色んなところで食べたいと思うんだけど」
「いいですね。それなら散歩がてらに珍しいお店でも探しておきましょう」
「僕はどうしようかなぁ」
即座に賛成したティアナに対して、タクミはまだ外出する目的がまだ決まらない。
ともかく、夕方に一旦宿の部屋に戻ることを約束した三人は、食事を終えると個別に行動を始めた。
ティアナは最初に商人街を見て回った。ここは店舗を構えた店が並んでいる。問屋のように商売人しか相手にしないところもあるが、個人の客を相手にしているところもある。
個人客を相手にしている店は、雑貨屋、青果店、鋳物屋、装飾店、衣類屋など多岐にわたった。露天商のような騒々しいまでの熱気はないが、客の出入りから活気があることはすぐにわかる。
衣類の店にティアナが入ると、そこは品の良い婦人が多かった。展示されているのは衣類だけでなく、生地も多い。誰もが一様に熱心に吟味しており、手隙の店員を捕まえてはあれこれと質問をしてる。
その間を縫ってティアナは店内を巡った。衣類は買う気がないので冷やかしだ。店員が寄ってこないのは幸いである。
次に目に付いたのは装飾店だ。店外から内側を見ると客の数は少ない。しかし、誰もが身なりの良い人々であり、裕福であることは一目瞭然だった。
店内に入って見て回りたい気持ちはあったものの、ティアナはそれを我慢する。買う気もないのに店員に捕まるのが面倒だからだ。ちなみに、シュパンによれば、遺跡からもたらされた装飾品や宝石類が最後に装飾店へ回ることが多い。
同じ商人街でも端の方になると、露天が目立つ。行商人や近隣の農民や職人が品物を持ち寄って店を開いているのだ。こちらは、古着、野菜、鶏や豚、青果、彫り物、串焼き、パンを使った料理など、食べ物が多い。
客層は平民の男女が多い。庶民の熱気と活気がそこにはあった。
良い香りが充満しているのでつい手を伸ばしてしまいたくなるが、ティアナはぐっと我慢する。夕方から三人でたくさん食べるので、思うままに屋台へ足を向けるわけにはいかないのだ。しかし、特に肉の香りが強烈に誘ってくる。
「ん~、おいしい!」
屋台で一本買った串焼きにかぶりついたティアナは、満面の笑みで咀嚼する。
こうして食欲に負けつつも、ティアナは日差しが朱くなるまでグラウの町を散策した。
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西日が強くなる頃、ティアナ達は宿の部屋に集合した。真冬なので寒いが、これから温かい食事を食べに行くので我慢できる。
最後にやってきたのはアルマだ。手提げ鞄を持って上機嫌である。
「いやぁ、いい買い物したわぁ! さすが交易の町だけあって、探せば見つかるわね!」
「何買ってきたの?」
「耳飾りに香水よ。あたしに似合いそうなのがやっと見つかったの!」
タクミに問われてアルマは嬉しそうに答える。手提げ鞄から取り出した小さな包みから、白い菱形をした石が現れる。
それをみたティアナが口を開いた。
「へぇ、かわいらしい。地下に潜ってないときなら付けられるな」
「そうなのよ! 明日から付けるつもりなの」
「今からじゃないのか? これから食べに行くんだし」
「そうなんだけど、もうすぐ日が暮れるじゃない。どうせなら明るいときに付けたいの」
どうもアルマにはこだわりがあるらしい。ティアナにはそれが何かよくわからなかったが、強制するものでもないのでそれ以上は何も言わなかった。
代わりにタクミがアルマに問いかける。
「これから食べに行くけど、どこかいい店って見つかった?」
「それが、買い物に夢中で探せなかったのよ。そっちはどうだったの?」
「僕が一軒見つけたよ。そこに行こうってティアナと話してたんだ。羊の肉が出るんだよ」
この周辺では衣服に羊の毛を使うことは多いが、羊肉を提供する店は意外に少ない。
話を聞いたアルマが少し目を見開く。
「懐かしいわね。故郷じゃたまに食べてたわよ」
「うちの領地に放牧地があったもんな」
幼い頃を思い出したティアナがうなずく。頻繁ではなかったが、お祭りのときなどに食べるのを楽しみにしていたのだ。
アルマはタクミに笑顔を返す。
「思い出したら久しぶりに食べたくなったわ。あたしもその羊のお肉が出るお店でいいわよ。行きましょ」
三人の意見が一致した。ティアナ達はすぐに部屋を出る。
日が沈みつつあるが、通りは真昼とは異なった活気で満ちつつあった。それは歓楽街だと特に顕著で、男達の喧噪が止むことはない。
女の子二人な上に全員が童顔なのでたまに冷やかされることがあるものの、アルマが適当にあしらってやり過ごす。そうしてタクミの案内で羊肉が出る店に着いた。
店内はまだ余裕があるようで、半分程度の席が埋まっているくらいだ。三人は空いてる席に着く。やって来た給仕にアルマが注文を伝えた。
「さてと、このお店のお肉はどの程度のものかしらね」
「あの臭いがしていないと良いんですけどね」
「臭いって何?」
ティアナとアルマの二人と違い、羊肉についてよくわかっていないタクミが問いかける。
返事はアルマがした。
「羊はお肉の扱いが他よりもちょっと難しくてね、下手な料理人やお店が扱うと臭みが出ちゃうのよ。草ばっかり食べさせてるからなんだけど。だから、出てくるお肉の匂いに臭みがあるかどうかで、その店の程度がわかるってわけ」
「もし臭かったら、すぐに別のお店に変えましょうね」
説明されたことについては理解できたタクミはうなずいた。
やがてしっかりと火の通った羊肉が酒と共に運ばれてくる。ティアナとアルマは真っ先に匂いを確認し、笑みを浮かべた。
「やった、当たりね、アルマ!」
「ですね。良かった!」
すっかり安心したティアナとアルマは早速羊肉に手を出して口に入れた。噛み応えのある肉から油が口の中に広がる。懐かしい味がした。
「あ~、久しぶりに食べたわ」
「まったくです。故郷を出てから羊のお肉なんてほぼ食べてませんでしたからね」
「これマトンよね。ラムだともっと柔らかいし」
「やっぱりお嬢様もそう思いますか。あたしもマトンだと思いますよ」
「ほんとだ、おいしいね、羊のお肉」
三人がそれぞれ羊肉を堪能しつつ、酒で口内の油を洗い流す。
やがて最初の皿が空になると再びアルマが追加で注文した。今度は豚と鶏の肉も一緒にだ。さすがに同じものばかりだと飽きてくる。
そんなティアナ達に声をかけてくる者がいた。
「やぁ、ティアナ達もここに来てたんだ」
「あなたは、カイ」
仲間を引き連れてやって来たカイを見て、ティアナと他の二人も驚く。同じ探索者なのだから町で出会ってもおかしくないが、本当に出会うとは思っていなかったからだ。
「ティアナがここにいるってことは、この店は当たりってことなのかな」
「羊のお肉はおいしいですよ。臭くないですし」
「へぇ、カチヤの言った通りか」
「ほらほらぁ、だから間違いないって言ったじゃん」
なぜかカイの背後でカチヤが胸を反らせて威張っていた。店を決めるときに色々と話をしていた様子をティアナ達は想像する。
カチヤをなだめたカイは、ティアナに顔を向け直すと提案してきた。
「隣いいかな。話をしたいんだ」
「ええ、どうぞ」
隣の空いたテーブル席にカイ達が座ると、アルマが注文していた肉類がティアナ達のテーブルにやって来た。それを羨ましそうにカチヤが見る。
「いいなぁ、一枚ちょうだい」
「頼んだらすぐ来るんだから、はしたないまねは止めなさい」
ため息をついたロジーナがたしなめるが、カチヤは一向に気にした様子はない。一方、ファイトは座っても沈黙したままだ。
早速給仕に肉と酒を注文したカイは、ティアナに顔を向けて話しかけてくる。
「最後に会ったのは遺跡の中だったけど、あれから遺跡の探索は順調かい?」
「まだ探索できていないところが多いんで、順調かどうかはわかりません。カチヤに遺跡の攻略は簡単ではないと言われた意味はわかりましたけど」
「ということは、あの赤い魔方陣までは行けたわけだ。やるじゃないか」
多少意外な表情を見せたカイが賞賛を口にした。ティアナは素直に礼を述べておく。
横からカチヤが口を挟んできた。
「ほーら、だから言ったでしょ! あそこは簡単じゃないんだって!」
「どうしてカチヤが威張るのよ。攻略できていないのは私達も同じでしょうに」
「だからだよ! あたしらより先に攻略できるわけないんだ!」
やたらと威勢の良いカチヤの言葉にアルマとタクミが顔を見合わせた。
ロジーナに小言を言われているカチヤを背にカイがティアナに話を続ける。
「それで、あの魔方陣を起動はさせられた?」
「はい。そうしたら、カイ達のいた小部屋に転送されてしまいました。結局そこで一旦戻ってきましたけど」
「あ~なるほどなぁ。オレたちは二回起動させてダメだったから引き上げたんだ。ほら、ちょうどそっちが挑戦する直前に会っただろ? あのときだよ」
そのときのことをティアナは思い出す。かなり疲れていたように見えた。
同時に、一つ疑問が湧いたのでティアナはカイに質問してみる。
「あの遺跡に入ってからは魔物を一度も見かけなかったんですけど、カイ達も魔物を見かけませんでしたか?」
「そっちも遭ってないんだ。今のところは罠ばっかりだよ。まぁ、出ないなら出ないでいいんだけどね。お、来た来た!」
会話の途中でカイが注文していた料理がテーブルに届いた。真っ先にカチヤが手を出す。続いてロジーナが羊肉を堪能した。
「ん~、おいしい! 豚や鳥とはまた違うね!」
「そりゃ羊だもの。違うでしょう。へぇ、これはこれで味わい深いじゃない」
無言で食べるファイトも含めて三人が羊肉を囲む。
酒で口を湿らせたカイもひとつまみの羊肉を口に放り込むと、再びティアナに向き直る。
「そうだ、遺跡の攻略もそうなんだが、地下に潜るときは他の探索者にも気をつけないとダメだぞ。おかしな連中に襲われるかもしれないからな」
「なにかあったんですか?」
「昨日、帰ってくる途中で四人組に襲われたんだ。地下牢の階層だったからオレとファイトで食い止めてロジーナの魔法で撃退したけどな。ただ、最近探索者が戻って来ないことが急に増えたらしいから、何か関係しているのかもしれない」
先程までと違って真剣な表情になったカイを見てティアナも考え込む。襲撃ならばティアナ達も既に二回受けているが、行方不明者が急増している話は初耳だ。
「単なる追い剥ぎではないということですか」
「追い剥ぎなら前もいたから、未帰還者が急増する原因にはなりにくいだろう。真の理由はオレにもわからないけど」
真剣に話をしているティアナとカイの周りでは皆が勝手に騒いでいた。
最初に絡み始めたのはロジーナだった。近くにいたアルマに話しかける。
「あなた、アルマって言ってたっけ? 前にカチヤが絡んでたわよね。本業は何なの?」
「メイドです。あちらのティアナお嬢様のお付きですよ」
「やっぱりあの子、貴族のお嬢様だったんだ。あなたも大変ねぇ。道楽っていうには意気込みが強いみたいだけど、付き合わされる側としてはたまったものじゃないわよね」
「他に行くところもなかったですし、食べていけてるんで構わないです」
「健気ね~」
木製ジョッキをちびちびと呷りながらロジーナが感想を漏らす。
それに苦笑しながら応えているアルマに、今度はロジーナの奥からカチヤが顔を見せて加わってきた。
「うわ、メイドなのに探索者の真似事なんてさせられてんの? そりゃ大変だわ。洗濯や掃除とは全然違って危険なのに」
「仕方ないでしょ。お嬢様から離れるわけにはいかないんだから」
「あの持ってた剣って使えるの? メイドが振り回せるとは思えないんだけど」
「使えるわよ。これでも追い剥ぎを二回撃退してるんだから」
「なんでメイドが剣なんて使えんのよ?」
胡乱な目つきでカチヤが見つめてくるが、アルマはおいしそうに木製ジョッキを傾ける。
その様子が面白くないカチヤは口を尖らせて矛先を変えた。
「どれだけ戦えるかなんて怪しいね。あっちの男の子が大体片付けてるんじゃないの?」
「男の子かぁ」
目立たないようにしていたタクミだったが、ついに引っ張り出されて微妙な顔をした。
カチヤは更に自信満々に口を動かす。
「まぁ、あの子もどれだけ戦えるかわかんないけど」
「カチヤ、言い過ぎよ。見た目で判断したら、あなただって似たようなものでしょうに」
「うっ、あたしはちゃんとしてるもん!」
ロジーナにたしなめられて動揺しつつもカチヤはその内容に抗議する。
すると、そこへカイも加わってきた。鶏肉を酒で流し込んでから口を開く。
「アルマが今追い剥ぎを追い払ったって言ったが、相手は何人くらいいたんだ?」
「どっちも四人だったよ。二回とも背後から奇襲されたんだ」
「なに? それじゃ、相手の最初の一撃を受けたのはタクミじゃないのか?」
「うん、僕は先頭を歩いてるから」
タクミの言葉にカイ達四人の視線がティアナとアルマへと向けられる。
愛想笑いをしながらティアナは答えた。
「全部アルマにお任せです」
「反撃はほとんどタクミに任せてるけどね。あたしはあくまでお嬢様のお守りよ」
自分に話が回ってきたアルマはすぐにタクミへと矛先を変える。またしても話の中心になったタクミは目をぱちくりとさせた。
そこへカイが話しかける。
「アルマもタクミもやるじゃないか。それで、タクミ、四人全員倒したのか?」
「大体二人くらいの武器をはたき落とすと逃げるから、全員は相手しないよ」
「そういう奴はまた同じことを繰り返すから、始末しておいた方がいいぞ」
「あーうん、まぁ」
「はは、まだ甘いなぁ!」
子供扱いしてくるカイに対してどうしていいのかわからないタクミは困惑する。
すると、見かねたファイトが口を開いた。
「カイは兄貴面したがるところがあるから、聞き流しておけばいい」
突然しゃべったファイトに全員が顔を向ける。ティアナ達はこの日初めて声を聞いた。
「お前、珍しくしゃべったと思ったら、言うことがそれかよ!」
「そう言えばそうね。さすが、よく見てるじゃない!」
「カイがあなたを妹扱いする理由よね」
「くそっ、お前らまで!」
その場にいたカイ以外の全員が笑う。
この夜は、比較的遅くまでティアナ達はカイ達と共に食事を共にした。
自分達以外は信用できないということだったが、こういう仲間を見つけられたのは何より成果だとティアナには思えた。
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