地下の遺跡に挑戦

 またしても追い剥ぎ目的の探索者に襲われたティアナ達は、当初の予定ほど進むことができなかった。周囲の警戒に慎重になりすぎて歩みが鈍ったからだ。


 洞窟の中なので体感での翌日になるが、三人は今日こそ遺跡にたどり着くことを希望に前へと進む。この日は探索者にも魔物にも会わないまま、三人は目的の遺跡を目にした。


 とはいっても、その全容は目にしようがない。洞窟から見た場合だと、その壁の一部が見えるだけで後は埋もれているからだ。


 外壁は白っぽい黄土色をしており、近づいて触ると石のように思えた。壁を構成しているのは長方形の石のような物だが、それらは規則正しく緻密に積み重ねられている。継ぎ目に髪の毛一本入る隙間がない。


 随分としっかりとした作りの壁だが、そこに大穴が一つ空いている。何者かに破壊された跡だ。周囲に砕けた壁の塊が散乱しているので、強い衝撃を加えたことが推測できた。


 三人はそれぞれ壁の様子を窺っていたが、最初にアルマが感想を漏らす。


「また強引な入り方をした人がいるわねぇ」


「これ、人が何とかできるものなのか? 武器でどうにかできるとは思えないぞ」


「殴ったり蹴ったりしてどうにかなるものじゃないよね。魔法かなぁ」


 首をかしげながらティアナとタクミも思っていることを言葉にした。


 一通り見て満足したアルマがティアナへと近づいていく。


「こんなことができる人が中に入ったとしたら、欲しいものはなんでも取り放題なんじゃない?」


「つまり、この遺跡は空っぽってことか?」


「実際にお金になる物が出てきてるから、まったくのすっからかんじゃないんでしょうけど、めぼしい魔法の道具とかはあるように思えないのよねぇ」


 自分も何となくそう思っていただけに、アルマから指摘されたティアナは渋い顔をした。


 同じく外壁の見学から戻ってきたタクミが二人に言う。


「とりあえず、中に入ってみよう。何もなかったら、そのとき諦めればいいんだし」


「そうだな。ここでしゃべってても仕方ないか」


 タクミの意見に同意したティアナは、アルマを促して先に進むことにした。ウィンに頼んでいた魔法での浮力を解除してもらい、アルマがタクミから背嚢を受け取る。


 大穴から中に入っても、床、壁、天井の作りは外壁と同じだ。どこも白っぽい黄土色である。大穴が開いた場所は通路らしく、左右に道が延びていた。大穴から見える真正面の壁は激しく傷ついており、床には瓦礫が散乱している。


 そんな中、天井だけはなぜか全体が淡く輝いていた。柔らかい光なのでまぶしくない。なぜ輝いているのかはわからなかった。ともかく、光源があるため松明は必要ない。


 この遺跡には既に探索者が入っている。床に視線を落とすと土砂に足跡が多数残っていた。大半が左側との往来であり、右側へはほとんどない。


 地図を見たアルマが他の二人に伝える。


「この通路を左に行けばいいみたいよ。ただ、遺跡の中はほとんど情報がないから、ここからは手探りになるけど」


 シュパンからもらった地図は完全ではない。特に遺跡内部は利益になることから情報がなかなか出回らないのだ。


 通路の左側を見ると、途中で右側への分岐路があり、そのはるか奥で右に折れている。


「迷路のような感じじゃないね」


「今のところはな。とりあえず行ってみよう」


 思ったことを口にしたタクミに対して、ティアナは先に進むように指示した。


 ある意味ここからが本当の探索だと思いながら三人が奥へと向かうと、途中にある右側への分岐路の奥から人の声が聞こえていた。


 ティアナが眉をひそめる。


「あんまり良い雰囲気じゃないみたいだな。できれば関わりたくないけど」


「あたし達、他の探索者と会って碌な目に遭ってないもんね。こっそり通り過ぎたいわ」


 低めの声でティアナとアルマが言葉を交わしていると、先行しているしているタクミが分岐路のところで奥の様子を窺っていた。そしてすぐに二人のところへと戻ってくる。その表情は困惑していた。


「あっちの向こうに、カイ達がいるよ」


 タクミの言葉にティアナとアルマは微妙な表情を浮かべた。探索者の中ではずっとましな方がだが、苦手意識もあってあまり会いたい相手ではない。


 どうしたものかと三人が考えていると、分岐路の奥から足音が近づいてくる。選択肢がなくなったことで誰もがため息をついた。


 やがてカイ達が姿を現した。全員が一様に驚いている。


 一瞬沈黙が訪れたが、すぐにカイが声をかけてきた。


「やぁ。こんなところで会うとはね。そっちもここの探索かい?」


「はい、そうです。今来たばかりですけど。そちらは違うみたいですね」


「ああそうさ。二日前からここの中をうろついてる」


 カイの言葉を聞いてティアナ達は驚いた。その話が本当だとすると、前回会ったときからずっと地下に潜り続けているということになる。


 思わずティアナは感嘆の声を漏らす。


「すごいですね」


「なに、そうでもないさ。数日間潜ることは、想定の範囲内だからな」


「何か成果はあったんですか?」


 少し気をよくしかけたカイだったが、ティアナの問いかけで若干顔をしかめた。そのときになって、他の面々の顔に疲労の色が濃く出ていることに気付く。


 ティアナは急いで質問を取り消した。


「ああ、いいです、答えてもらわなくても」


「いくらか戦利品は手に入ったよ。だからまったくの手ぶらってわけじゃない」


 何となく言い訳じみていると自分でも思っているのだろう、しゃべっているカイの言葉に力はない。


 話をする雰囲気ではないと察したティアナは、自分から会話を切り上げることにする。


「私達はこの奥へと行きますけど、皆さんはどうするんです?」


「オレ達は一旦戻るよ。仕切り直してまた挑戦するんだ」


「そうですか。無事に地上へ着くことを祈っていますね」


 ティアナの言葉にうなずいたカイは、仲間を促して三人の脇を通った。そのとき、カチヤが捨て台詞を吐いていく。


「あんた達がここを攻略できるとは思えないけどね」


「余計なことは言わないの」


 隣を歩いているロジーナにたしなめられてそっぽを向いたカチヤは、ファイトの背を追って通り過ぎていく。


 その姿が見えなくなると、三人は集まって今のカイ達について話し合った。


 最初に口を開いたのはタクミだ。


「みんなかなり疲れてるみたいだったね」


「あっちの話だと、あたし達と最初に出会ってからずっと潜りっぱなしみたいだったわよね。こっちに来るまでに一日かかるとして、二日間この遺跡を探索してたって」


「それで思ったような成果がなかったってことになると、この遺跡を探索するのってかなり大変なことなんだよね」


「四人とも怪我をしている様子はなかったから、あっちは戦力面での問題はなかったんだと思う。それで、二日間延々と探し回って大した成果なしってことは、面倒な仕掛けや謎があるってことかしら?」


「僕、なぞなぞ得意じゃないよ」


 アルマとタクミの会話を聞いているティアナも、アルマと同じ意見だ。一旦戻るのは埒が開かないからと推測していた。


 そして、ティアナはふと根本的なところに疑問が湧く。


「そもそもこの遺跡って、元々何のためにあったんだろうな? そんな罠や謎があるところなんて、普通の人が住んでたとも思えないし」


「あたしは一応、はるか昔に栄えた古代文明の都市の一部と思っているけど、何の施設かまでは考えていなかったわね。何かの実験施設?」


 小首をかしげたアルマが思ったことを口にするが自信なさげだ。


 隣で同じようにタクミも遺跡の正体を予想する。


「遊園地とかのアトラクションかなぁ」


「体験した客が当たり前のように死ぬアトラクションなんて嫌だな」


 ティアナの突っ込みにタクミが苦笑する。言われてみればその通りだ。わざわざお金を払ってまで死にたいとは思わない。


 しばらく三人で唸っていたが、どうにもこれだというものは思い浮かばなかった。どんな施設なのかがわかれば対策が立てられるとティアナは期待したのだが、うまくいかない。


 諦めてティアナ達は先に進むことにした。


 最初にカイ達がやって来た右側の分岐路を三人は覗いてみたが、そこは少し奥まった所が小部屋になっている。特に何かがあるわけではなく、本当に空っぽの部屋だった。


 その小部屋の探索はすぐにやめて、ティアナ達は通路の奥へと向かう。右折したその先には門のように大きな扉があった。


 かつてはきれいに装飾されていたであろうその門のような扉は、今ではすっかり色あせている。それでも取っ手の部分は残っており、タクミが触れるとちゃんと動くようだった。


 振り返ったタクミがティアナに確認を取る。


「どうする? 入る?」


「まぁ、入るしかないもんなぁ」


 他に道がない以上、ティアナ達はこの先に進むしかない。とりあえず怪しいところがないか確認してから、ティアナはタクミにうなずいた。


 タクミが取っ手を回して扉を押すと、大きさに見合わない軽さで開いた。中は広い部屋のようだが、扉を全開にしているわけではないので全容はわからない。ティアナとアルマが見守る中、タクミが慎重に中へと入る。


 そのとき、突然ティアナとアルマを浮遊感が襲う。足が地面に付いていないような感覚にティアナが思わず下を見ると、足下の床が消えていた。


「ちょっ!? ウィン!」


『なに?』


 不思議そうに尋ねながらもウィンは風の魔法でティアナを浮遊させてくれた。そして次の瞬間、ティアナの腰に何かが抱きついたかと思うと急激に重くなる。アルマだ。


「うわっ! なに!? なにこれ!? やだぁ!」


『あれ、ティアナ、重くなった?』


「俺じゃない! 重いのはアルマが抱きついてるから!」


「あたしはそんなに重くない! 荷物のせいよ!」


 突然のことで混乱しつつも、ウィンの力を借りて二人はどうにか落とし穴に落ちずにすむ。タクミが入った部屋に移動してどちらも人心地ついた。


 完全に脱力したティアナがつぶやく。


「なんだあれ。いきなりあんなのがあるのかよ」


「床は元に戻ってるみたいだよ。踏んでも平気だった」


 いつの間にか元通りになっていた廊下側の床を確認したタクミが戻ってきて報告する。


 それには反応せず、ティアナはぼんやりと入ったばかりの室内を眺めた。それほど大きくはなく、やはり何もない。奥に同様の大きな扉がある。今は思いきり怪しく見えた。


 自分への反応がなかったことから、心配そうにタクミが声をかけてくる。


「大丈夫?」


「今はな。それにしても、いきなりこんな罠があるのか。こりゃ相当きつそうだな」


「そうだね。これでこの部屋に敵がいたら、かなりきつかったよ」


 確かにタクミの言う通りだった。今はこの部屋が空っぽだったから安心して休めている。


 ティアナには他にも気がかりな点があった。それは、自分達の罠への対応だ。先程はウィンのおかげで落とし穴に落ちずにすんだが、罠が作動するまでほとんど無防備だった。あの態度ではいくら何でもこれからはまずい。


 隣へと顔を向けるとアルマがまだ呆然としている。その姿を見ながら、これからどうするべきかを考えた。


 改めてわかったことだが、ウィンに憑依されているティアナが一番安全だ。身体能力が高いタクミも確かに生存能力は高いだろうが、罠のような変則的な攻撃にどこまで対応できるかが不明瞭である。そして、能力的に普通のアルマが一番危険だ。


 隊形については、今まで通りタクミが先頭でその後を二人が続くという形しかない。修正する点があるとすれば、ティアナとアルマが常に肩を寄せ合って行動するくらいだろう。先程はたまたまその形だったが、今後は意識して近くにいないと危ない。


 考えがまとまったところで、ティアナは他の二人に説明する。今し方危険な目に遭ったばかりなので、どちらも賛成した。


「そうね。認識が甘かったわ。普通の人間なのよね、あたし」


「それじゃ俺達が人間じゃないみたいな言い方に聞こえるけど、まぁ、能力面では確かにそうなんだよな」


「うん、普通じゃないよね」


 微妙な表情をするティアナとタクミだったが、一部規格外な部分があるのは自覚しているので反論はしなかった。


 今後の方針を一部修正したところで、三人は再び奥へと進むことにした。


 ここから先の遺跡の中は罠の連続だった。階下に下りてすぐに通路いっぱいの大きさの石の玉に追いかけられたり、槍や矢を射かけられたり、壁に押しつぶされそうになったり、通路を遮断されたりなどと、様々な罠を乗り越える羽目になる。


 そうして三人がたどり着いた部屋の中央には、赤い魔方陣が描かれていた。それは薄く輝いており、今尚稼働しているように見える。


 しばらくじっと魔方陣を眺めていた三人だったが、アルマがぽつりと漏らした。


「あからさまに怪しいわね」


「この魔方陣を使うのかなぁ」


 タクミも首をかしげながら魔方陣を見る。


 最後にティアナが眉を寄せながら口を開いた。


「使うにしても、使い方なんてわからんぞ」


『なんか変なのがあるね。触ってみたらわかるかも』


 自分達ではいくら考えてもわからないので、ティアナはウィンに賭けることにした。しゃがんで赤い魔方陣の一部に触れてみる。すると、ウィンから返事があった。


『どっかに飛んじゃうんじゃないかな。ここじゃない場所』


「どこかわかるか?」


『それはわかんない。でも、そんなに強くないみたいだから、ここの中じゃないかな』


 ウィンが言うには、遺跡の中の別の場所に転移できる魔方陣とのことだった。ティアナはそれを他の二人にも伝える。


 それを聞いて納得した様子のタクミがうなずく。


「なら、これでどこかに転移するしかないんじゃない?」


「どこに転移するのかわからないのは不安だけど、これを使わなきゃ先に進めないのよね」


 タクミとは反対にアルマは嫌そうだ。やはりどこに転移するのかわからないのが不安なようである。


 二人の視線がティアナに向けられる。どうするか決めなければいけない。


「行こうか。シュパンさんの情報網を使ってもわからないことなら、実際に試してみるしかないだろ」


 ティアナの決断に二人はうなずいた。


 魔方陣を使うなど初体験なので、三人は慎重を期して手をつないで中央へ向かう。ティアナの右手がアルマで、左手がタクミだ。


 中央に着くと、ティアナはウィンに声をかけた。


「ウィン、動かせるか?」


『力を流し込んだら、勝手に動いてくれるみたい。なんで動くのかまでは知らないけど』


「それでもいいよ。動かしてくれ」


『わかった!』


 若干不安の残る回答だったが、そもそもティアナ達に選択肢はない。ウィンに頼むと三人は緊張して待った。


『動かすよー!』


 何とも無邪気な声でウィンが開始を伝えてくる。すると、すぐに魔方陣の輝きが強くなった。次第に魔方陣の外周が赤く染まって部屋の壁や扉が見えなくなる。次に魔方陣内部が白く輝き、何も見えなくなった。


「うおっ、まぶし!」


 思わずティアナがつぶやいた。


 一瞬三人には浮遊感がある。ティアナはウィンに魔法をかけてもらったときと似ているように思えた。しかしそれもすぐになくなり、徐々に輝きも収まって視界がはっきりとしてくる。


 三人が立っていたのは小さい部屋だった。特に何かがあるわけではなく、本当に空っぽの部屋だ。正面には先に通路が延びていて、奥の方で三叉路になっていて左右に通路が分かれていた。


 アルマが眉をひそめながらつぶやく。


「ここどこよ?」


 しかし、ティアナもタクミも答えられない。知らないのは同じだからだ。


「とりあえず、先に行ってみない?」


 部屋には何もなさそうだと判断したタクミが提案した。反対する理由のないティアナとアルマはうなずく。


 再びタクミを先頭にして通路を進む。そして、三叉路まで着くと右側を見た。奥の方で右折している。反対の左側は、通路の途中で床に瓦礫が散乱しており、向かって右手の壁には穴が開いており、左手の壁は激しく傷ついていた。


 三人ともしばらく無言で左手の通路を進む。そこへはすぐに着いた。


 思わずティアナがつぶやく。


「最初にここへ入ってきた穴かよ」


「それじゃさっきの小部屋って、カイ達がいたところ?」


 なんとも言えない表情のタクミがティアナに問いかける。少ししてからティアナはうなずいた。


「カチヤがなんであんなことを言ったのかわかったわ」


 ため息をついたアルマが口を開いた。


 自分達ではここを攻略できないと言われたことをティアナは思い出す。


 先を急ぐあまり多数あった分岐路や部屋の探索を後回しにしていたが、それが裏目に出たのかも知れないとティアナは内心頭を抱える。


「どうしたものかなぁ」


 急いては事をし損じる、という言葉をなぜかティアナは思い出す。


 何にせよ、すぐに再挑戦する気には三人ともなれなかった。

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