地下の洞窟

 一旦地上に引き返したティアナ達は、洞窟の足場対策を整えてからグラウ城の地下へと再び潜った。二日ぶりに潜ったグラウ城の地下に変化はない。


 前回は地下牢の階層でエゴン達、天然の洞窟でカイ達と出会ったが、今回は地下牢で一組、ミミズの大穴で一組、そして天然の洞窟に入った所で一組の探索者達と出会った。いずれもお互いに警戒し合ってほとんど言葉を交わしていない。


 探索者四人が去って行ったミミズの大穴から目を離して、ティアナがため息をついた。


「お互い全然信用できないとなると、すれ違うだけで一苦労だな」


「初日のときと違って襲われないだけましだけどね。でも、あからさまに値踏みしてくるから、油断してると危ないわ」


「なんであんなに人の物を盗ろうとするんだろう」


 緊張の糸を緩めたアルマとタクミもうんざりとした様子だ。しかし、文句を言ったところで環境は変わらない。


 気を取り直して三人は天然の洞窟に挑む。タクミは高い身体能力のおかげで苦にならないが、ティアナとアルマは少し違った。


 ティアナはウィンの力を借りて、地面から少し上に浮いて移動することになった。以前空を飛んだことがあるので、そのときの再現だ。一方、アルマは杖を持って歩く。


 その代わり、アルマの持っていた背嚢はタクミが背負う。特別な能力や魔法を使わずに踏破するのだから当然だった。


 アルマから受け取った背嚢をタクミを背に掛ける。


「はい、これお願い。背嚢に着いてるお腹のベルトを締めると、跳んだりはねたりしても背中で背嚢が踊らないわよ。あと、この胸のとこに付いてるベルトを締めると、長く背負ってても脇が痛くならないから」


「ありがとう。こうかな?」


「そうそう。調整は自分でしてね」


 ティアナが背負ったままの背嚢をしっかりと固定しつつ、アルマがタクミに背負うときの注意点を教える。肩からたすき掛けにかけている鞄だけとなったアルマは随分と身軽そうだ。タクミが背負った背嚢から杖を取り外して手に持つ。


 二人の準備ができたのを確認すると、ティアナはウィンへと声をかけた。


「ウィン、それじゃ俺の体を浮かせてくれ」


『わかった! ちょっとだけ浮かせるんだよね』


 ウィンが返事をすると、すぐにティアナはわずかに浮遊感を察知する。わずかに目線が上がった。


 その様子を見ていたタクミが感心する。


「うわ、マジで浮いてるよ。魔法みたい」


「いやどう見ても魔法だろ。な、ウィン」


『え?』


 できるからやっているというだけの意識しかないウィンは、ティアナの中で首をかしげるだけだった。魔法であるかどうかなど、ウィンにとってはどうでもいいことだからだ。


 思うような返事を得られなかったティアナは肩を落としたが、これで準備は整った。


「それじゃ先に進もうか。アルマ、今日は丸一日洞窟の中を移動するんだよな?」


「そうよ。歩くのが大変だから時間がかかるのよ。って、大変なのはあたしだけだったわね。羨ましいわ、二人とも」


「タクミ、進もうか」


 愚痴は勘弁とばかりにティアナが目を逸らせてタクミへと指示した。引きつった笑顔のタクミもうなずくとすぐに前を向いて歩き出す。そんな二人の態度に目を細めて不機嫌そうな表情になるアルマだったが、諦めて続いた。


 先頭のタクミは足場の悪さを気にした様子もなく、平地を進むかのように、ちょっとした障害物を避けたり跨いだりするかのように、軽やかに進む。次に続くティアナは、地面を滑るように進む。最後のアルマは、杖を使って一歩ずつ前へと進む。


 この場合、どうしてもアルマの歩みが遅くなるが、そこは常にティアナが気にかけてタクミの歩みを調整した。


 地図を見て指示を出すアルマの声に従いながら奥へと進んでいく。


 先程までは探索者とばかり出会っていたが、もちろん天然の洞窟なので人間以外の生き物も存在する。


 先頭を歩いているタクミが、壁に何かぬらつくものを見つけた。


「なにこれ?」


「どうした、タクミ? ん、アメーバ? いや、スライム?」


 グラウ城の地下に潜ってティアナ達が初めて出会った魔物はスライムだった。ほぼ透明の粘液がゆっくりと壁を伝って動いている。タクミがよく見るため近づいてみると、スライムは粘液を近づけてきた。


 驚いたタクミは数歩下がってティアナへと顔を向ける。


「これどうする? 剣とか武器じゃ無理っぽいよね?」


「火に弱いらしいから、試してみよう」


 差し迫った脅威ではないが、ティアナは持っている知識が正しいか試したくなった。持っている松明の炎をスライムに軽く押し当ててみる。


 松明の炎が当たったスライムの一部が蒸発していく。危険を察知したらしいスライムは、炎から逃れるべく遠ざかろうとした。


「おお、やっぱり炎に弱いんだ」


 感心するティアの後ろで、他の二人も興味深げにその様子を眺めている。これで一つの知識が知恵になった。


 次に出会った魔物はクロウラーだった。ティアナ達を獲物だと思ったのか、ゆっくりとその巨体を近づけてくる。


 すると、何を思ったのかティアナはウィンに話しかけた。


「ウィン、あのクロウラーと会話ができるか?」


『あれと? うーん、どうなんだろうね? ねぇ、キミ、ボクの声が聞こえる?』


 その後しばらくウィンが話しかけてみるが、結果は芳しくなかった。


『おなか空いたってばっかりだったよ。お話通じないねー』


「そうか。話ができたら戦いを回避できると思ったんだけどな」


「発想は良いと思うわよ。今回は通じなかっただけで」


 肩を落とすティアナをアルマが慰めた。戦いを避ける方法を探すことは賛成だからだ。


 天然の洞窟での戦いは、基本的に前衛でタクミが近接戦闘を担当し、後衛でティアナが魔法による遠距離戦闘を担当することになっている。歩くだけで大変なアルマは、余程のことがない限りは見学だ。


 そのため、クロウラーはまずティアナに憑依しているウィンが風の魔法で切り刻み、とどめをタクミの剣で刺した。


 戦いの様子を見ていたアルマがぽつりと漏らす。


「歩くのが大変な代わりに戦わずに済むのなら、悪くないわね」


「あんな馬鹿でかい芋虫みたいなのに、近づきたいなんて思わないもんな」


 自分の後に続いたティアナの言葉にアルマがうなずいた。


 倒したクロウラーの近辺で何か捜し物をしていたタクミは、やがて諦めて戻ってくる。


「あの魔物のところには、金細工の装飾品とかはなかったよ」


「あの手の奴は腹の中に飲み込んでる場合があるらしいから、本気で探すなら解体する必要があるな」


「うわぁ! 僕、そこまでして欲しくないなぁ」


 心底嫌そうにタクミが拒絶した。


 この洞窟でもたまに金目の物が見つかる場合があるものの、なぜそこにあるのかは誰も知らない。誰かに仕組まれているだとか、魔物が遺跡から持ち出しているだとか、色々な噂が乱立している。進んで解明する者はいないので、今のところ謎なままだった。


 とりあえず、頻度が低いが天然の洞窟内でも、価値ある装飾品や金の延べ棒が発見されることがある。だからこそ探索者達は毎日グラウ城の地下を徘徊しているのだった。


 現在のティアナ達は移動速度をアルマに合わせているが、休憩についてもアルマを基準としている。タクミは簡単に疲れないし、ティアナはウィンに運んでもらっているのでそもそも疲れないからだ。


 休憩の間に水を口に含んだアルマはティアナに目を向ける。


「もし歩けなくなったら、あんたに負ぶさるからね」


「タクミじゃ駄目なのか?」


「負ぶさった後の乗り心地の問題よ。あんただと浮いて移動してるから振動で酔うことはないでしょうし」


 なるほどとティアナは納得した。確かにタクミの体力は問題ないが、地形の影響を直接受けるので背中に乗っていると上下左右に振られてしまう。


 ともかく、休憩が終わると、再び三人は奥へと進み始めた。


 天然の洞窟の中には光源になるようなものは何一つなく、自分達で持参した明かりだけが頼りだ。そのため、洞窟内で他の明かりを見かけた場合は他の探索者と判断できる。


 三人が洞窟に入ってからそんな人工的な明かりを見かけたことは何度かあった。遠い場所のときもあれば近い場所のときもだ。しかし、お互い近づくことはなかった。


 同じ人間も信用できない中、ティアナ達はジャイアントラット数匹に出くわす。人の大きさの半分くらいで、体格の割にすばしっこい魔物だ。その歯で囓られると金属でさえもただでは済まないと言われている。


 耳障りな鳴き声と共にこちらへと突進してくるジャイアントラットを見て、タクミとアルマが剣を抜いた。同時にティアナが叫ぶ。


「あのネズミを切り刻んで!」


『わかった!』


 返事をしたウィンは複数の風の刃をジャイアントラットに打ち込む。人間では視認しないと数がわからないが、視覚以外で相手を認識しているウィンはこういうときに有利だ。


 風の刃が次々とジャイアントラットを切り裂いてゆく。ある個体は肩を切り裂かれ、別の個体は頭部を縦に切断される。


 すべて命中したのか、こちらに向かってくるジャイアントラットはいない。その代わり、耳障りな鳴き声が洞窟内に響く。生き残っている個体の悲鳴だ。


「僕がとどめを刺してくるね」


 ティアナの返事を待たずにタクミが前へ出る。放っておいて後を追いかけられると面倒だからだ。


 これで終わった、ティアナがそう思って気を抜きかけたとき、ウィンが声をかけてくる。


『ねぇ、後ろから何か来るよ。四つ』


 眉を寄せながらティアナは振り返った。しかし、松明を掲げても何も見えない。遅れてアルマも振り返ってティアナに尋ねる。


「どうしたの?」


「何か近づいてきてるらしい、四つ」


 アルマが何がと問いかけようとしたとき、ティアナはようやく近づいてくる何かの移動音を耳で捕らえた。同時に何かが飛来してくる。


『えい!』


「え!?」


 ウィンのかけ声と共に、飛んできた矢が大きく逸れて近くの岩に当たった。


 その頃になるともう隠す気もなくなったのか、剣を抜いてこちらへ三人が突撃してくる。


「はははぁ! 死ぃね、小娘ぇ!」


『あっちいけ!』


 突っ込んできた男二人はウィンの突風に吹き飛ばされる。しかし、その後方にいた男、エゴンは難を逃れてそのままティアナに襲いかかった。


 思わず持っていた松明でエゴンの剣を受け止めようとしたティアナだったが、アルマが間に割って入った。


「あんた馬鹿なの!? 早く短剣を抜きなさい!」


「チッ、てめぇらかよ! 今度こそぶっ殺してやる!」


「うるさい! タクミ!」


 エゴンが力任せに剣を押しつけようとすることを知って、アルマは一歩下がりつつ相手の剣を左側に受け流す。更に体勢を崩しかけてよろめいたエゴンの腕へ剣を打ち込もうとするが、これは地面を転がったエゴンに避けられた。


 悲鳴を上げるジャイアントラットの声が響く中、ティアナは松明を左手に持ち替えて右手で短剣を抜く。一瞬、立ち上がろうとする剣を持った男二人に視線を向けたが、すぐにその奥の暗闇へと目を向けた。


「ウィン、一番奥にいる奴に当たるまで火の玉を打ち続けて」


『わかった!』


 矢の命中率がどの程度なのかティアナにはわからなかったが、当たるとまずいので最優先で叩くことにした。


 松明の炎から分かれた大きさが頭部程度の炎の塊が一つ二つ三つと飛んでゆく。暗い洞窟を照らしながら飛んでいった炎の塊は、三発目が命中した。弓を持っていた男は悲鳴を上げて転がる。


 ようやく一人を倒したところで、タクミがやって来た。立ち上がったばかりの男の一人に猛然と突っ込んで、そのまま肩からぶつかる。


「がはっ!?」


 吹き飛んだ男は、最初は壁にぶつかり、その後床に転がった。


 それを見たエゴンが、顔を怒りで染め上げながら後退する。


「ちくしょう! またかよ!」


 もう一人の無事な男は形勢が不利になったことを悟って逃げようとした。慌ててエゴンも背を向ける。タクミに吹き飛ばされた男も、ふらつきながらそれに続いた。


 本当に終わったのかわからないティアナ達はしばらく身構えたままだ。その三人に対してウィンが声をかけてくる。


『逃げた四つは、もういなくなったよ』


「アルマ、タクミ、もう大丈夫だってウィンが言ってる」


 やっと戦いが終わったことを知った三人は肩の力を抜く。


 続けてティアナは他の二人に提案した。


「ここから離れたところで休憩しないか? ここだとさすがに騒がしいし」


「そうね。そうしましょう」


 顔に疲労の色を浮かべたアルマが剣をしまいながら賛成した。タクミも同様だ。


 三人は休める場所を求めて洞窟の更に奥へと進んだ。

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