幕間 集められた仲間たち

 グラウ城で人影を見ることは珍しくない。一攫千金を求めて何人もの探索者が出入りしているからだ。緊張した面持ちで地下に行く者達がいれば、上機嫌に地上へ帰ってくる者達もいる。もちろん、笑いながら下りて傷だらけになって上がってくる者達もいた。


 最も出入りが激しいのが朝方と夕方である。日帰りで探索する者達が朝に潜って夕方に戻ってくるからだ。そのため、昼頃にグラウ城で人の姿を見ることはあまりない。見かけるとすれば、大体が泊まりで潜っていた探索者達が帰ってきた場合が多かった。


 ところが、この日のグラウ城には珍しく昼頃から地下へと行く者達が集まっていた。地下牢へと続いている建物の前に五人の男達がいる。


 集団をとりまとめているのは、金髪を短く刈り上げ目つきがきつい悪人顔の男だ。外套の奥からたまに見えるその体躯は筋骨たくましい。剣を佩いて革の鎧を身につけていた。その男が他の四人に声をかける。


「ついにこの日が来たな! ようやく、おめぇらの真価が発揮されるときが来たわけだ!」


 声をかけられた四人はいずれも風采の上がらない者達ばかりだが、なかなか機嫌が良さそうである。いずれも武具を新調したのか衣服に比べてきれいだ。


 悪人顔の男が言葉を続ける。


「オレは実にツイてる! この町に来て三日目で、こうしておめぇらとグラウ城の地下へ潜れるんだからよ! 念のために確認しておくが、準備はいいよな?」


 機嫌の良さでは負けていない悪人顔の男が問いかけると、四人から言葉が返ってくる。


「ゲルトの旦那、いつでもいけますぜ!」


「ああ! 腹一杯メシが食えて、武器と防具も買ってもらえたんだ。何でもやるさ!」


「これなら、オレを馬鹿にしてた連中を見返してやれる。ひひひ」


「早くいこうぜ! オレはこれで探索者としてやり直すんだ!」


 やる気に満ちている者、笑みを浮かべている者、落ち着きのない者、気の逸っている者と態度は様々だ。見た目も浅黒い者、筋骨たくましい者、青白い者、線の細い者と違う。


 ゲルトは四人の返事と態度に満足そうだ。その様子を見て笑顔で何度もうなずく。


「それでこそおめぇらを助けてやった甲斐があったってもんだ! よし、行くぜ!」


 そう宣言すると、ゲルトは四人の先頭に立って地下牢の階層へと下りていった。


 階段を下りきると、松明を持ったゲルトを中心に男達が前後を固める。全員不安な様子は一切なく、まるで散歩に出かけるような調子で歩き始めた。


 通路の両側に延々と牢屋跡が続く中、ゲルト達は歩き回った。特に目的があるような感じではなく、そのときの気分次第で右へ左へと進んでいく。


 やがて、進路先から四人組の探索者達がやって来た。相手は立ち止まってゲルト達の様子を窺っているようだが、五人は構わずに足を進める。


 ある程度近づくと、四人組の一人から誰何された。


「誰だ?」


「探索者に決まってんだろ。他にどう見えるってんだ?」


 常識だと言わんばかりの態度で返答したゲルトに、声をかけてきた探索者は面食らった。


 少し離れた場所で足を止め、ゲルトは言葉を続ける。


「オレたちゃ、自分の腕を試すために来たんだ」


 相変わらず何を言いたいのかわからないゲルトに、探索者達は一瞬理解が追いつかずに呆然とする。それが致命的な隙となった。


 ゲルトとは違って足を止めなかった四人の男達はそれぞれの武器を手にした。顔は相変わらずの笑顔だ。何に対する笑顔かは嫌でも伝わってくる。


 背筋を凍らせた四人組探索者の一人が叫んだ。


「おい、止まれ!」


 相手探索者の前衛二人が剣を抜こうとした。いい加減危険だと察知したのだが、遅い。


 最初に襲いかかったのは肌が浅黒い男だった。正面の探索者が剣を抜ききる前にその右手を切りつける。


「イデェ!」


「ははっ、おせぇよ!」


 浅黒い男は次に右手を庇おうとした探索者の左手首を切り落とした。そして、一気に剣先を上げて首を切り裂く。剣速はともかく、非常に器用な手つきだ。


 最初の犠牲者が大量の血を吹き出す隣では、筋骨たくましい男が雄叫びを上げて目の前の探索者に戦槌を振り下ろす。


「オオオオオ!」


 相手の探索者は避けられないことを知り、鞘から抜いた剣で戦槌を受けようとする。ところが、戦槌は剣にぶつかっただけでは到底勢いが弱まらず、そのまま剣ごと頭部にぶつかり、押しつぶされた。


 筋骨たくましい男は探索者の首元にめり込んだ戦槌を引き抜いて、相手の体を蹴倒す。


 ゲルト側の前衛二人が足を止めると、その間をすり抜けて後衛の二人が前に出た。


 異様な素早さで肌の青白い男は探索者の脇から背後へ回り込む。剣を構えた相手は反応が遅れた。


「え、がふっ!?」


 肌の青白い男は左手で相手の肩を掴むと、右手で持った短剣でその首を切り裂いた。


 最後は長剣を持った線の細い男だ。残り一人となった探索者の前に立ちはだかると、斬りかかる。


「ははっ! なんだぁ? ミエミエじゃねぇか!」


 完全に腰の引けた探索者相手に線の細い男は楽しそうに剣を振るった。剣を振るうごとに相手の攻撃を防ぎ、一撃を打ち込むごとに相手を追い詰める。浅黒い男とは違い、こちらは的確な攻防だ。


「ひっ、ぎゃっ!」


 ついに打つ手のなくなった探索者が右腕を切り落とされた。そのまま右の肩を庇う形で膝から崩れ落ちる。


 線の細い男はがら空きの首筋を切って相手を絶命させた。


 終わってみればあっという間だった。通常ならば結構な時間がかかるはずの戦いが、嘘のように一方的な結果となって終わる。


 その様子を見ていたゲルトが満足そうにうなずいた。


「大したモンだ! 圧勝じゃねぇか! 相手はおめぇら相手に何もできなかった。もちろん、相手の油断もあったんだろうが、それでも圧倒的だったよな!」


 ゲルトに賞賛された四人は全員が満面の笑みを浮かべて振り向いた。


「ゲルトの旦那、恩に着るぜ! これでオレはもう負け犬じゃねぇ!」


「そうとも! これだけの力があるんだ! 今度は踏み潰す側になってやるさ!」


「これだ、これだよ! やっと本当のオレになれた! あいつらにも見せつけてやる!」


「やり直せる、これでまたオレはやり直せるんだ!」


 心底嬉しそうに気持ちを伝えてくる男達をゲルトは楽しそうに見る。


「おめぇらを仲間にできて本当にオレァ、ツイてる! 銀の腕輪をくれてやったのは正解だったぜ!」


 四人とも、安酒場や安宿でくすぶっていた者達ばかりだ。ゲルトはそういった者達に声をかけ続け、応じた者に銀の腕輪を与えた。今まで何の結果も出せずに底辺をさまよっていた四人だったが、ゲルトの手によって蘇った。


 なかなかの手応えを感じているゲルトは機嫌良く四人に語りかける。


「おめぇらにやった銀の腕輪の調子はどうだ?」


「絶好調ですぜ、旦那! 今まで不器用だったオレがあんなに剣を扱えるようになるたぁなぁ! 嬉しくてしょうがねぇ!」


「オレもだ! 何でもぶっ潰す力が今のオレにはある! 早くまた殺してぇ!」


 すぐに浅黒い男と筋骨たくましい男が反応した。どちらも左の二の腕を叩いている。袖のせいで見えないが、どちらも銀の腕輪を嵌めているところだ。


「ひひひ、足の遅かったオレがあんなに早く動き回れるとはな。もうノロマなんて誰にも言わせねぇぞ!」


「この腕輪のおかげで、オレは色んなものに気付けるようになった。へへ、もうカネをスられたり、戦いの最中に見落としなんてしねぇ」


 続いて青白い男と線の細い男も興奮気味に返答する。


 それを見て満足そうにうなずくとゲルトは四人に提案する。


「よし、それじゃしばらく、この地下牢の階層で腕試しといこうじゃねぇか。真っ正面から行くも良し、後ろから奇襲しても良し、とにかく他の間抜けな連中を殺すんだ」


 四人の男達は顔を見合わせた。そして、一斉に笑う。


「いいねぇ! いくらでもやってやるさ!」


「腕試しなら望むところだ。この力にも慣れておきたいしな!」


 筋骨たくましい男と線の細い男が笑いながら返事をした。他の二人もうなずく。


 その様子を嬉しそうに眺めながらゲルトが宣言した。


「そうか! なら、毎晩の酒代はオレが出そうじゃねぇか!」


「やったぜ!」


「そう来なくちゃな!」


 浅黒い男と筋骨たくましい男が声を上げる。


 それからしばらくして、ゲルト達は地下牢の更に奥を目指して歩き始めた。

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