わだかまり
交易の町として栄えているグラウの町には、多くの人々が往来している。商売人と護衛の傭兵が乗った隊商の荷馬車、荷物を担いだ行商人、別の場所へと向かう旅人、そしてたまに行き交う貴族の一行など実に多彩だ。
グラウの町の歓楽街はそんな人々を満足させるために様々な店を用意している。大金を散在できる大商人のための店から貧乏人のための店まで多種多様だ。
今年になってグラウ城の地下へ潜るために集まってきた探索者達は、大半が安酒場にいる。成功したごく一部の者は支払いに応じた盛り場へと移るので、安酒場の雰囲気は総じて悪い。
エゴンもそんな安酒場にいる連中の一人だ。グラウ城の地下へは秋頃から潜っている。しかし、なかなか儲けることができずに不満を募らせていたあるとき、同業者の探索者を地下で襲えば糊口をしのげることに気付いた。以来、追い剥ぎを生業にしている。
今は、水のように薄い一番安い酒一杯で仲間三人とテーブルの一角を占めていた。
「ちくしょう、ツイてねぇぜ」
一口ちびりと薄い酒で口を湿らせて、エゴンは愚痴を吐く。
今日もいつもの仲間といつも通り、カモになりそうな探索者を見繕って襲った。通常なら一働きした奴らを襲ってその稼ぎを奪うのだが、この日は良い装備の弱そうな三人組に手を出したのだ。身ぐるみ剥がせばまとまった金になると見たのである。
ところが、いつもよりも楽な仕事になるはずだったのに結果は最悪だった。背を向けて油断したと思ったところで襲ってみると、魔法で吹き飛ばされたのだ。しかも少年少女に圧倒的な強さで制圧されてしまう。
幸い相手が寛大だったおかげで死なずに済んだが、組みやすいと思った相手にあっさりと敗北したのは屈辱だった。更に武器まで失ってしまい、余計な出費がかさんでしまう。
同じテーブルを囲む他の三人もその表情は暗かった。もう懐に金はほとんど残ってないので、とりあえず稼がないと宿代も払えない。
一人の男がぽつりとつぶやく。
「しょうがねぇ。久しぶりに地下で真面目に稼ぐか」
エゴンを含めた他の三人が視線を向ける。
視線を向けられた男は、それを気にすることなく木製ジョッキの薄い酒を口に含んだ。
「とりあえず、日銭を稼がなきゃなんねぇんだ。でねぇと、宿代や酒代が払えねぇ」
「オレも武器を買っちまったしな。とにかくカネが欲しい」
他の一人が同調した。薄い酒では酔えないのか、無表情である。
そんな二人を見て、エゴンが面白くなさそうに口を開いた。
「今更ちまちま稼ぐ気にはなれねぇな」
「そんなこと言ってもよ、次の獲物がいつ見つかるかわかんねぇだろ。もう今日明日にでもオレは稼がなきゃいけねぇんだ」
「真面目に探索してもおんなじだろうがよ。めぼしいモンが見つかるとは限らねぇだろう」
三人目の男がエゴンに反論したが、言い返されて黙る。
確かにエゴンの言う通り、金目の物が見つかるかは完全に運次第だ。天然の洞窟だと距離は近いが魔物が多く、あまり金目の物は見つからない。これが遺跡だと距離が遠くて内部の罠が多いが、金目の物も多い。
洞窟だとすぐにでも行けるが徒労になる可能性が高い。一方、遺跡だと往復で最低二日、捜索に一日かけると合計三日かかる。しかも準備のために金銭がかかるのだ。これをひねり出すのがエゴン達にはきつかった。
ちなみに、殺した魔物を持って帰っても換金はできない。少なくとも、今までグラウ城の地下から持ち帰られた魔物に値は付かなかった。
そうなると、なんとか次の探索者を探して襲うのか、それとも金目の物を探すのか。エゴン達は金銭的に追い詰められていた。
薄い酒で口を湿らせたエゴンが不機嫌そうにつぶやく。
「それもこれも、全部あのガキどものせいだ。あいつらがおとなしくオレ達に襲われてりゃ、こんなことにはならなかったのに」
他の三人の反応は薄い。気持ちは理解できるが、今更言っても仕方のないことだからだ。
尚もエゴンは不満を吐き出す。
「あいつら、絶対吠え面をかかせてやる!」
「おい、またあいつらに関わるつもりか? やめとこうぜ。探索者なんざ他にいくらでもいるだろうが」
「そうだ。わざわざオレらより強いってわかってる奴に刃向かわなくてもいいだろう。もっと弱そうな奴を狙おうや」
途端に二人の男から反論されて、エゴンは面白くなさそうに横を向く。しかし、何か思いついたらしく、すぐに顔を元に向けて口を開いた。
「それじゃ、次の探索者を探すってことでいいんだな。オレ達よりも弱い奴を狙うってことでよ」
三人は顔を見合わせた。そして、代表して一人が確認する。
「次は洞窟にしよう。金目の物を探しながら、襲えそうな奴を探そうぜ。地下牢はケチがついちまったしよ」
「よし、決まりだ!」
話をうまくまとめられたと思ったエゴンが嬉しそうに薄い酒を飲む。
それを見ていた他の三人は、ため息をついて同じように木製ジョッキを呷った。
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ティアナ達と別れたカイのパーティは、その後洞窟の奥へと進んだ。
このグラウ城の地下を探索し始めて一ヵ月、既に地下牢と天然の洞窟はある程度見て回った。そして、情報を集めて遺跡への道の目星を付けて、今回の探索を始めたのだ。
カイ達四人が戦うときの戦術は模範的だ。カイとファイトが前衛として戦い、ロジーナが魔法で遠距離攻撃か前衛を支援、そしてカチヤが補助戦力と罠の探索および解除である。
今、カイ達は天然の洞窟内でジャイアントバットの群れに遭遇した。成人男性と同じくらいの大きさの蝙蝠が何匹も前方の頭上から襲ってくる。多数いるので非常にうるさい。
「火の化身よ、我が元に現れて盾となれ!」
自信に満ちたロジーナの詠唱が終わると、掲げられた杖から炎が巻き起こる。そして、それは半球状に四人を囲んで燃えさかった。
突撃してきたジャイアントバット達は、勢い余って次々と半球状の炎へと突入する。
「ギギャッ!?」
炎に耐性のないジャイアントバット達は、次々と体を焼かれて弾かれる。中には翼となる膜を焼かれて地面に転がる個体もいた。
しかし、しばらくすると半球状の炎に近づくジャイアントバットはいなくなる。相変わらず周囲で騒がしく飛び回っているが、触れれば焼かれることは理解できたらしい。
その様子を見たロジーナは、表情を変えずに一言叫ぶ。
「弾け飛べ!」
次の瞬間、半球状の炎は全方位に小さい炎の塊が飛び散る。ジャイアントバットはこれを予想できず、次々と小さい炎に焼かれて地面へと落ちていった。そのため、洞窟の地面のあちこちでジャイアントバットが転げ回っている。泣き叫ぶ声が非常にうるさい。
カチヤが顔をしかめてつぶやいた。
「相変わらず耳が潰れそうになるよ!」
「雑魚に構うな、先に進むぞ!」
カイの声に全員がうなずく。さすがに多数のジャイアントバットを一匹ずつ殺して回るのは面倒すぎた。
ジャイアントバットの鳴き声が聞こえない所まで進むと、一同は場所を探して立ち止まる。一日に何度も戦うとさすがに疲労の色が濃くなった。
水袋を一回呷ったカチヤが大きな息を吐く。
「はぁ、慣れた敵でも、こう何度も邪魔されると面倒だなぁ」
「戦いは大したことないけど、これだけ長く歩き続けるのはきついわね」
汗で張り付いた長髪を鬱陶しそうにかき上げたロジーナが息を整えている。その隣で、ファイトが無言で水を口に含んでいた。
近くにあった岩に腰掛けたカチヤがカイに話しかける。
「カイ、ここで休憩しようよ。あたし、おなか空いちゃった」
「そうだな。ここいらで一旦休憩しようか」
腰を下ろして同意したカイも水を飲む。そこへファイトがやって来た。
「今日はここで一泊した方がいい。体力の限界まで進むのは危険だ」
「そりゃそうだ。よし、それじゃ一泊するか! カチヤ、ファイトと一緒に用意してくれ!」
「えー! せめて先に食べさせてよぅ!」
「何言ってるんだ。あったかい飯が食えるんだぞ」
カイに指摘されて、カチヤは渋々干し肉をしまう。もちろん一口囓ってからだ。その様子をぼんやりと見ながら、カイは今日の出来事を思い出す。
先程のジャイアントバットはロジーナの魔法で対処し、その一つ前の芋虫の化け物クロウラーはカイとファイトが始末した。壁に張り付いていたジャイアントスパイダーは、ロジーナの炎の魔法で落として更にカチヤのボウガンで足止めして、最後はファイトの戦斧でとどめを刺している。
今日の戦闘もパーティ編成がうまく機能していた。この四人で組んでからは戦いがずっと楽になったとカイは感じている。自分一人が頑張りすぎる必要がなくなったからだ。
何気なしにカイは仲間の三人を眺め続ける。身体能力の高いカイだったが、すぐに現実の厳しさに直面して一度挫折した。それだけではうまく世渡りできないことを知ったのだ。そこで、自分の能力を磨き上げ、仲間を選別し、現在に至る。
「それじゃ今からご飯を作るからねー!」
「あなた、さっき干し肉しまったんじゃなかったの?」
カチヤがいつの間にかまた干し肉を食んでるのを見て、ロジーナが呆れている。
元気に料理を作ろうとしているカチヤは孤児だった。本人は罠師と主張しているが、元は盗賊団の一員として生きていたのだ。その一団をカイが討伐したときに拾われたのである。
一方、ロジーナは高名な魔法使いの弟子だった。その魔法使いの仕事を紹介されて引き受けたときに知り合ったのだ。向上心と我が強いが、腕は良い。歴史に名を残す大魔法使いになる修行のため、今はカイと共に旅をしている。
そして、今寝床周辺に異常がないか確かめているファイトは、同じ村出身の親友だ。農家の四男坊でいずれ村を出ないといけなかったことから、カイが旅に誘ったのである。恵まれた体格に農作業で鍛えられた腕力から今は戦士として一緒に戦っていた。
カイは更に仲間について考える。
「カチヤの腕力が低いのは仕方ないとして、勉強嫌いなのが問題だな。知恵は回るんだからもっと色んなことを覚えさせないと。ロジーナにはもっと体を鍛えさせたいが、嫌がるだろうな。ファイトは、まぁこんなもんだよな」
それぞれの能力や状態を確認しながらカイはつぶやく。
もちろん、仲間にもそれとなく助言をして鍛えるように促しているのだが、あまり効果はない。自分の好き嫌いを優先させるからだ。それがカイにはもどかしかった。
三人を眺めながら考え事をしていると、ファイトがカチヤへと忠告しているのが見えた。
「カチヤ、つまみ食いはダメだ」
「これは味見だよ。あ、じ、み」
「嘘おっしゃい。あなた、さっきから何度味見してるのよ」
「なんでそんなしっかり見てんのよぅ」
手のひらに収まる大きさの魔法書から目を離したロジーナにも指摘されて、カチヤはしょげかえる。
それを眺めていたカイは、ふと今日出会った三人組の探索者のことを思い出した。
一人は黒髪に黒い瞳の少年。名前はタクミと紹介された。カイと違って線が細い少年だ。装備から同じ前衛担当みたいだが、本当に戦えるのかとカイは首をかしげる。また、戦いの経験も浅いように思えた。
次が赤毛に茶色い瞳の少女、アルマという名前だったことを思い出す。こちらも体格に恵まれているわけではないのに、タクミと同じ前衛の装備だった。というより、どう見ても使用人だ。ただ不思議なのは、なぜかタクミよりも戦えそうな感じがしたことだった。
そして最後、銀髪と金色の瞳が特徴の美少女、ティアナ。最初はその容姿に目を奪われていたが、どう見ても貴族のお嬢様だ。どうしてこんなところにいるのかわからない。まだお坊ちゃんなら冒険するためだと理解できるのだが。
「あの子は一体何者なんだ?」
カイの見立てでは、ティアナが貴族のお嬢様、アルマが使用人、タクミが護衛だ。本人達にも言ったが、これはほぼ間違いないだろうと今も思っている。外れていようが困ることはないのだが、何やら妙に引っかかった。
一時的にでも行動を共にして様子を探ろうとしたカイだったが断られてしまった。今後二度と会わないというのなら問題ないが、なんとなく再び会いそうな気がしてならない。
これ以上考えるには、情報がなさ過ぎた。次に出会ったら、色々と聞いてみようとカイは内心で決める。
ちょうどそのとき、カチヤから声がかかった。
「カイ、ご飯できたよ!」
「わかった。今行くよ」
思考を中断して仲間三人が集まっているところへと移動する。
煮えた濃厚スープの入ったお椀を受け取ったカイは、ロジーナへと目を向けた。
「周囲の警戒網は?」
「探知魔法ならかけておいたから大丈夫よ。あつっ!」
当然といった様子でロジーナが返事をする。その直後、スープの温度が合わなかったらしく顔をしかめた。
それを見たカイはスプーンでスープを掬って慎重に口の中へと入れた。確かに熱いが、まだ我慢できる程度である。冷える洞窟内では何よりのごちそうだ。
カチヤはもちろん、普段無表情のファイトもその顔がわずかに緩んでいる。それを見ながら、満足そうにカイはスープを飲み込んだ。そして、とりあえず今は食べることに集中しようと、視線をスープへと移した。
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