何気ない話題から

 戻ると宣言したのでティアナは一度グラウの町へ帰ることにした。洞窟内で長居をしても良いことはないので方針を決めたのならばすぐに動くべきだ。しかし、三人はカイ達が視界から消えてもしばらくその場に残っていた。


 最初に口を開いたのはティアナだ。


「何というか、無邪気というか、遠慮のない連中だったよな」


「忠告のつもりなんでしょうけど、最後の言葉なんて嫌みじゃない。あのカチヤって子は舐められないように背伸びしてたのが丸見えだったけど、ロジーナは元々他人を見下しがちなのかもしれないわね」


「妙に引っかかる言い方をする人達だったね。カイって言う人は悪気はなさそうだったけど、何か僕のことを弟扱いしてるみたいだったな」


 一度会話が始まるとアルマとタクミもしゃべり始める。若干戸惑いながらも先程のやり取りを振り返っていた。


「しかし、わからないな。なんでロジーナは俺にあんなことをわざわざ言ってきたんだろ。前に貴族のお嬢様と喧嘩でもしたのかな」


「それで全然関係ないティアナにあんなこと言うの? うわ、それ嫌だなぁ」


「他人の過去なんてわからないから、今はそれを考えても仕方ないわ。初対面で相手の事なんて何にもわからないんだし」


 首をかしげるティアナとタクミに対して、深く考えるなとアルマが忠告した。。


 アルマの言葉に従ったタクミが少し話題を変える。


「それにしても、カイって自信に溢れてたっていうか、元気があったよね。あれはすごかったなぁ。僕、ちょっと羨ましかった」


「大きな失敗をしたことがないのか、あるいは大きな挫折を乗り越えた経験があるのか。前者のような気がするけど」


 ティアナはカイに対して今のところそう判断している。悪い奴ではないにしても、自説を押しつけてきそうな感じを受けた。初対面でいきなり行動を共にしたいとは思えない。


 一通りカイの評価をすると、今度はアルマが別の人物について取り上げる。


「ファイトっていう戦士とは対照的よね。あっちは全然しゃべらなかったから、何を考えているのかわからないわ」


「寡黙なのか口下手なのか。あの人はあの人でやりにくそうだ」


 他の三人と違って名乗るときにしかしゃべられなかったファイトを思い出して、ティアナは渋い顔をした。悪い男には見えなかったが、何を考えているのかわからないというのは厄介だ。


 そうやって三人で話をしていると、タクミが何かを思い出したようにティアナとアルマへ問いかけた。


「戻るならそろそろ戻らない? ここでじっとしていても仕方ないし」


「そうだな。しゃべるのは帰ってからでもできるもんな」


 タクミの提案にティアナはうなずいた。


 三人は再びタクミを先頭に元来た通路を進んでゆく。天然の洞窟では足場が悪くて苦労したが、ミミズの大穴から地下牢は道順さえ知っていれば歩くのに問題ない。外に出たのは昼過ぎだった。


 白い息を吐き出しながらティアナが今までの行程を振り返る。


「洞窟で足が取られたけど、あそこまで行くのに思ったよりも時間はかからなかったな」


「あたしの体感で四時間くらいかしら。休憩時間なんかを差し引くと、片道二時間かかってないわね。タクミはどう?」


「僕もそんな感じ。一時間半から二時間くらい。あの休憩した場所から遺跡までってどのくらいあるの?」


「一日くらいみたいね。距離もそうだけど、あの足場の悪さが時間のかかる原因でもあると思うわ」


 地図で確認したアルマが伝えると、尋ねたタクミだけでなく横で聞いていたティアナも嫌そうな顔をする。


 渋い顔のままタクミが愚痴を漏らした。


「あーあ、あんなところで寝泊まりしなきゃいけないのかぁ。もっと楽に行けたらなぁ」


「そうだよな。あんなところ一瞬で通過できたら、こんな苦労しなくてもいいもんな」


 体力がない分だけ苦労することがわかっているティアナも不満を漏らした。しかし、いくら愚痴を言っても難関は消えてくれない。


 そのとき、アルマが何かを思い出して二人に伝える。


「そうだ。あたし達まだご飯を食べてなかったわよね。ここで食べてく? 一時間歩いたら町に戻れるけど」


 指摘されるとティアナもタクミもお腹が空いてきた。グラウの町まで一時間なので、あとは我慢できるかどうかだ。


 最初にタクミが口を開いた。


「一時間くらいなら我慢できるよ。町に帰ったら、あったかいご飯が食べられるんだよね。だったらそっちの方がいいな」


「そうだな。帰ってすぐ体を拭いてから、早めの夕飯でがっつり食べよう。後は寝るだけの状態にしておけば、何も考えずに食べられるだろ」


「あ、それいいね!」


 ティアナの提案にタクミが笑顔で賛成した。それを見ていたアルマもうなずく。


「それじゃ帰りましょっか。あーもぅ、日が照ってるのに寒いったらありゃしないわ。こういうときの水洗いの仕事って最低なのよね」


「指があかぎれするもんな。あれ地味につらい」


「それって前世の話?」


「そうだよ。一人暮らしだったからな。冬でも家事は一通りやってたぞ」


 メイドの仕事を思い出したアルマが手をこすりながらぼやくと、ティアナが話に乗った。もう遠い昔の話だが今でも覚えていることだ。


 話題が途切れた三人は誰からともなく歩き始めた。外に出るともう隊形は関係ないので、ティアナとタクミはそれに続く。


 今日の空は晴れている。多少雲が広がっているが、日差しを遮るほどではない。歩いているおかげもあって、体の芯まで冷えないのは三人にとってありがたかった。


 二人の姿を見ながらティアナは考える。


 戦力面はともかく、はっきり言って精神的には三人とも戦いに向いていない。ティアナは肉体的にも戦いに向いていないし、タクミの精神は現代日本人そのまま、アルマは柔道と剣道ができるものの剣で生き物を殺した経験はない。


 切り札的存在であるウィンがいる限り、ある程度どうにかなるという思惑がある。問題はその思惑がどこまで通用するかだ。


 今回は一旦引き上げたが、次に潜るときは遺跡までたどり着きたいとティアナは考えた。もしそれができなければ再度挑戦すれば良いだけだが、それはやり直せる状態で帰還できるという条件が付く。成功するにしろ失敗するにしろ、果たして毎回うまくいくのか。


 そのとき、ティアナの脳裏にカイ達の姿がよぎった。その自信はどこから湧いてくるのかというくらい自分を信じているように見えたのが、ティアナ自身を不安にさせる。


 そんなティアナの様子を察したアルマが声をかける。


「どうしたのよ。何をそんな心配そうにしてるの?」


「いやぁ、なんだか急に不安になってきてな。どうしたもんかと考えてたんだ」


「まぁねぇ。理想を言えば、信頼できる傭兵を二人か三人くらい雇って行くのが普通よね」


「そうなんだけど、色々問題あるからできないんだよなぁ、それ」


 腕を組んで難しい顔をしたティアナが唸った。


 傭兵を雇うこと自体は難しくない。短期間ならば資金は充分にある上に、シュパンに頼めばある程度信頼できる傭兵を紹介してもらえるだろう。


 しかし、ティアナとアルマは前世の記憶持ちでタクミは最近この世界に迷い込んだ日本人、つまり転生者と転移者である。この秘密はできるだけ外部に漏らしたくない。何より、それ前提で相談したり作戦を立てたりできなくなるのは地味にきついのだ。


 ため息をついたアルマもティアナに同調する。


「そうよねぇ。優秀な人だと勘も良いだろうから、こっそりのけ者扱いしてると絶対気付かれるでしょうし。できる傭兵ほど不信感を持たれやすいっていうのは困るわ」


「もう一人か二人くらい、転生者か転移者がいたらなぁって、僕も思う」


「あたし達に協力してくれるっていうのならいいけど、そう都合良くいくかしら?」


「そっか、僕だって自分の都合で一緒にいるもんね」


 タクミが今更思い出したかのようにつぶやいた。それを見てティアナが苦笑する。


「今は俺が男になる方法の探索を優先してるけど、途中で日本に帰る手段が見つかったら、その時点で帰るんだぞ」


「うん、そうだね。そういう条件だったね」


「転移したあんたは向こうの生活があるんだから、帰ってやり直さないといけないものね」


 ティアナの言葉にアルマもうなずく。


 二人ともタクミに関しては是非とも転移元の日本に帰したいと考えている。今までタクミの話を聞いてきて、やりたいことなどを残してきていることを知っているからだ。とりあえず一旦人生を終えた者としてそんなタクミを応援したいのである。


 そんな二人の様子を見てタクミが嬉しそうに笑った。


 三人仲良く笑顔になったところで、ティアナが突然目を見開いた。


「あれ、そう言えば、ウィンって元々別の世界の出身なんだよな?」


『そうだよー』


「ということは、この世界から別の世界に移動する方法って知ってるのか?」


 例え直接日本のある世界に行けなくても、とりあえず別の世界に移動する方法があるのなら、それを足がかかりにできるのではとティアナは思ったのだ。


『知ってるっていうより、できるって言った方がいいかなぁ。でも、それだってどこでもできるわけじゃないよ? 今ティアナにこの世界の故郷へ連れて行ってもらってるのは、そこからでないと帰れないからなんだし』


「そっか。そんな都合の良い話はないかぁ」


『でも、やり方さえわかったら、タクミも帰れるようになるんじゃないの?』


 衝撃的な話を聞いてティアナは驚く。思わずティアナはウィンに食いついた。


「本当にか!?」


『はっきりとはわかんないよ? ボクはこの世界の故郷から元の世界に戻れるから、タクミもいけるんじゃないかなって思っただけだし。やり方がわからないと意味ないと思うよ』


「つまり、やり方さえわかったら、どうにかなるってことか」


『そうだね』


 思わぬことを聞いてティアナは黙る。まさかこんな身近なところからタクミの帰還についての糸口が見つかるとは思わなかった。


 ティアナがウィンと話をしていることを察知したアルマとタクミは黙っていたが、ティアナが黙り込むとまずアルマが話しかけてくる。


「どうしたの? タクミが日本に帰る方法が見つかったの?」


「ウィンがこっちの世界での故郷から元の世界に戻れるなら、タクミにもできるんじゃないかって相談してたんだ。それで、世界間の移動の仕方さえわかったら、できるんじゃないかってウィンと予想していたんだよ」


 その話を聞いてタクミの目が見開いた。


「マジで!? ウィンの故郷ってところから僕帰れるの?」


「やり方さえわかったらな。まだ予想でしかないぞ。とりあえず、今は可能性の一つでしかない」


「それでもマジ嬉しい!」


 満面の笑みを浮かべたタクミは途端に体中で喜びを表す。手がかりさえなかった状態で光明が差してきたのだから、ティアナもその気持ちはよくわかった。


 その様子を見ていたアルマがティアナに話しかける。


「この分だと、あんたよりも先に解決しちゃいそうね」


「うっ、やっぱりそう思うか? 少なくとも、俺の方はまだ手がかりすら見つかってないからなぁ」


「完全に運頼みの状態だから、こういうふうになっちゃうんでしょ。仕方ないわ」


「これ、うまくいったらウィンとタクミの問題がいっぺんに解決するわけか。それは結構なことなんだけど」


「そのときあんたの問題が解決していないと、また二人でやることになるのよね」


「今の調子だと案外どうにかなりそうな気はしてるんだけどな」


 喜んでいているタクミの横でティアナとアルマが先の話をする。


 気の早い話ではあるが、いつ成就するかわからない願いだけに今から相談していても悪くないことである。そのときになって途方に暮れるより、何かしらの準備ができている方が良いに決まっているからだ。


 タクミが振り返って二人に声をかける。


「そうなると、早くここの地下を攻略しないといけないね!」


「攻略できるかどうかもわからないけど、まずは目前の案件を片付けないとね」


「それで最初の話に戻るわけだけど、三人で大丈夫なのかなぁ」


「僕頑張るよ!」


 すっかり上機嫌のタクミが笑顔で励ましてくれる。


『できるところまでやったらいいんじゃないの? ダメなら引き返せばいいんだし』


 更にウィンも語りかけてきた。何ともいい加減な言い方ではあるものの、肩の力を抜けと受けるのであれば励ましているとも言える。


 そこへアルマも声をかけてきた。


「とりあえず、やれるところまでやりましょう。ダメならそのときはそのときよ」


 その言葉を聞いたティアナは一瞬目を見開き、次いで笑った。


「ありがと」


 アルマとタクミが不思議そうに自分の顔を見るのを感じながら、ティアナはわずかに笑顔を浮かべて歩いた。

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