他の探索者たち

 追い剥ぎのようなエゴンたちを撃退したティアナ達は、引き続きグラウ城の地下牢を進んだ。シュパンが提供した地図のおかげで迷うことはない。


 かなり奥の方まで進んだ後、先頭を歩いているタクミが立ち止まった。


「あれ、ここから急に土になってる?」


「それでいいのよ」


 首をかしげているタクミに対してアルマが声をかけた。


 今までは岩盤をくりぬいたかのような通路だったが、今度は土を掘った穴をそのまま使っているかのようだ。


 三人は再び歩き始めるともう一つ特徴があることに気付いた。今までなら通路両端に延々と牢屋があったが、土の穴になってからは牢屋がなくなったのだ。代わりに、右に左に、上へ下へ、縦横無尽に穴が掘られている。


 その様子にティアナが驚きの声を上げた。


「これ、確かでっかいミミズが全部掘ったんだよな。どんだけでかいんだ」


「もう今はこの辺りにいないそうだけど、この様子じゃ数も結構いたみたいね。とても相手なんてしきれないわ」


「確か、ここからひたすら下に下りるんだよな?」


「それは次の洞窟よ。ここは道さえわかっていればすぐに通り抜けられるって聞いたじゃない。でも、変なところに迷い込むと、迷子になって帰れなくなるらしいけど」


 タクミに指示を出す合間にアルマがティアナに説明する。予想以上に入り組んだミミズの通路を目の当たりにして、ティアナは地図の有り難みを噛みしめていた。


 地図を見ながら指示を出すアルマに従って進むと、今度は人の手が加えられていない洞窟へと出る。ひんやりと冷え込んでいるのは今までと同じだが、風があるのかじっとしていても松明の炎がわずかに揺らめいていた。


 そんな天然の洞窟を見たタクミが感嘆の声を漏らす。


「すごい、大きいね! 僕、本物の洞窟なんて初めてだよ!」


「実は俺もなんだよなぁ。前世でもテレビやネットでしか見たことなかったし」


「そうなの? あたしは修学旅行で一回行ったことあるわ」


 などとしばらく三人で感動している。初めてなのは先程の地下牢も同じなのだが、あちらは琴線に触れなかったようだ。


 ひとしきり感動すると、三人は再び奥へと進む。しかし、その歩みは以前よりも遅くなった。天然の洞窟は足場が悪いからだ。三人は実際に歩いてみて初めてそれを知る。


「しまった。ゲームだと洞窟内でも真っ平らなところを進んでるから勘違いしてた」


「僕も。考えもしなかったなぁ」


「観光地化されてる洞窟は、足場が整備されてるから歩きやすかったの忘れてたわ」


 思いもかけない障害に三人は直面してしまった。しかも先程のミミズの通路と同様に、この天然の洞窟も縦横無尽に枝分かれしている。これからこんなところを踏破しないといけない。


 これはまずいと考えたティアナは他の二人に呼びかけた。


「一旦休憩しよう。その間にこの洞窟をどうやって進めばいいか考えないか?」


「どうやって進めばいいかって、歩くしかないでしょ?」


「便利な道具はないかとか考えた方がいいだろ。他の探索者や魔物に襲われる可能性があるんだから、力尽きたときに遭遇なんてしたくないぞ」


 立ち止まって怪訝そうに言い返したアルマにティアナは理由を説明する。


 確かに地下牢では他の探索者に襲われた。そしてここからは更に、人間以外にも注意しないといけない。誰も助けてくれないのなら、しっかりと対処できるように対策は練るべきである。


 振り返ってティアナとアルマを見ていたタクミも説明にうなずいた。規格外の身体能力でタクミは平気だが、他の二人はそうではないことを思い出したのだ。


「休むなら、そこで休まない? ちょっとだけ平らなところがあるから」


 松明の明かりが揺れて見えにくいが、タクミが指差した先は平らそうな場所に見えた。石ころが転がっていたり棘のように尖った岩の先端があったりと座るのに苦労しそうな場所だが、他よりは随分とましなところだ。


 選択肢のなかったティアナとアルマはタクミの提案にうなずく。警戒はウィンに任せるとして、三人とも何とか座って休憩を始めた。


 最初に口を開いたのは、大して疲れていないタクミだった。


「僕は今のままでも平気だけど、ティアナとアルマはつらいんだよね? だから、二人が楽になる方法を考えた方がいいんじゃないかな」


「そっか、タクミは身体能力がチートだったっけ。羨ましいなぁ」


 取り出した水袋から一口水を飲んだティアナが確認した。そして、アルマへと顔を向ける。すると、アルマが一つ提案をしてきた。


「杖がほしいわね。背嚢を背負ってるから、その分だけ歩きにくいのよ。あんまり重くないけど、疲れてきたら邪魔になりそう」


「何かほしいと思ってたけど、そうか、杖があると楽だよな」


 案を聞いたティアナがうなずいた。


 現在、必需品を入れた背嚢はティアナとアルマが背負っている。戦闘の邪魔にならないよう持ってくる量はできるだけ少なくしているが、それでも軽くはない。身体能力がチートのタクミだけが背負っていないのは、近接戦闘はほぼ任せるためである。


 つまり、守るにしろ攻めるにしろ、タクミには自由に動き回ってもらい、ティアナが魔法を使うそばでアルマがその身を守るのだ。ただ、実際に魔法を使うのはウィンだが。


 ともかく、まさか足場の悪さが足枷になるとは三人とも予想外だったが、足場対策として杖を用意するというのは悪くない案に思えた。


 その案に対してタクミが質問する。


「僕も良いと思うけど、戦闘が始まったら、松明みたいにその辺に放り出すの? 松明はまだ明るいからすぐ見つけられるけど、杖は見つけられるかなぁ」


「それを言ったらきりがないわね。あと、杖を回収できないときって、よっぽどの非常事態じゃない?」


 返答してきたアルマにタクミがうなずく。その二人に続いて、ティアナが具体的な状況を口にした。


「例えば、奇襲されたときは急いでるから杖を放り出すよな。撃退できたら杖を探す暇はあるんだろうけど、負けて逃げるときはそのままか」


「逃げるときは奇襲じゃなくてもそうよね。あ、でもそんなときは松明も同じか。うわ、逃げるときって、真っ暗なこの中を逃げるの? 無理じゃない?」


「そのときはウィンに頼んで周囲が明るくなる魔法を」


 そこまでしゃべってからティアナは気付いた。魔法の出し惜しみさえしなければ、ウィンに何とかしてもらえるのではないかということをだ。


 思いついたことをティアナがいきなり口にする。


「そうだ。あんまり頼りすぎるのは良くないけど、こういう足場の悪い場所だけ、ウィンの魔法でどうにかしてもらおうか」


「どうにかって、ああそっか、あんた以前空を飛んでたわよね。いきなり現れて去って行くもんだから、あのときは驚いたわ」


「え、なに? ティアナ空を飛んでたの?」


 事情を知らないタクミが目を見開いて尋ねてくる。ティアナがそのときのことを簡単に説明した。納得したタクミが肩の力を抜いて感想を漏らした。


「なんだ。それじゃもう解決したも同然なんだ」


「ウィンが、アルマもまとめて二人になんて同時に魔法を使えるのか、まだわからないけどな」


『後ろから何か来たよ。今度も四つ。たぶん人間かな』


 ウィンに確認しようとしたティアナは、そのウィンから警告を受けて驚いた。しかし、すぐにアルマとタクミへとウィンの警告を伝える。


 三人は急いで準備を済ませると立ち上がり、近づいてくる四つの存在に対して隊形を整えた。とは言っても、がっちりとした戦闘隊形ではなく、正面にタクミ、その背後にティアナ、その右脇にアルマが固まっているだけだ。


 ティアナ達がやって来た方角から近づいてくる明かりが見えた。探索者のようだ。ウィンの報告通り四人いる。更に近づいてくると、男二人が前、女二人が後ろという隊形なのがわかった。


 こちらが見えているということは、あちらも見えているということである。お互いの顔がわかるかどうかという距離で男の一人が声をかけてきた。


「やぁ! そっちも探索者かい?」


「はい、そうです」


 立ち位置が最も相手に近いタクミが答えた。


 更に距離が近づくことで相手の風貌がわかってくる。


 今声をかけてきた男は金髪碧眼の美男子だ。顔つきは彫りが深く濃い。しっかりと鎧を着込んでいた。腰には長剣を下げている。


 もう一人の男は茶色の短髪の厳つい顔の青年だ。美男子よりも更に鎧で身を固めている。右手には厚手の戦斧を握っていた。


 後方の女の一人は、背中の半ばまである暗い金髪に青い目をした妖艶な美女だ。鎧は一切身に付けておらず、衣服は旅用の丈夫なもののように見えた。また、杖を持っている。


 もう一方は、焦げ茶色の短髪で薄い青色の瞳の少女だ。こちらは革の鎧を着込んでいる。


 四人とも共通している点があるとすれば、大小様々な背嚢を背負っていることだろう。


 声を掛け合ってそれきりだった二組の探索者達だが、お互いに話せる距離まで近づいて改めて言葉を交わし始めた。


 再び最初に口を開けたのは、声をかけてきた美青年だ。


「オレはカイ・ベルツ。このグループのリーダーで戦士だ。へぇ、そっちも女二人か。むさいおっさんや冴えない奴ばかりだと思ってたけど、そうでもないんだな!」


 随分と上機嫌に自己紹介するカイを見て、ティアナ達はどう答えたものか迷う。最初はタクミを見ていたが途中からティアナに視線を移したのも、どちらから声をかけるべきか迷った一因だった。


 しかし、いつまでも無言というわけにはいかない。仕方なしにタクミよりも先にティアナが口を開いた。


「初めまして。ティアナです。このグラウ城の地下に入る他の探索者はなかなか信用できないと聞いていましたが、私達を危ないとは思わなかったのですか?」


「はは、危ないかどうかなんて見たら大体わかるさ。特にそっちは全然様子が違うから、わかりやすいよ」


「カイ達は、ここの探索を始めて長いのですか?」


「噂を聞きつけてやって来たのは一ヵ月くらい前かな。ここにある財宝は全部オレが手に入れてやるつもりなのさ!」


 グラウ城の地下へ潜る探索者として経験豊かなのかどうかティアナには判断しづらかった。ただ、自分達よりはこの地下のことをよく知っていることだけはわかる。


 そこまで考えて、ティアナはまだ自分しか名乗っていないことを思い出した。


「そう言えば、仲間の紹介がまだでした。私の隣にいるのがアルマ、あなたの前にいるのがタクミです」


「タクミっていうのか。変わった名前だな」


「あはは、よく言われるよ」


 日本人の名前そのままなので、カイがそう思うのも無理はないとティアナは思う。タクミも苦笑いしながらカイに返答した。


 ティアナ達三人の紹介を受けたカイがぼそりとつぶやく。


「それで、そっちの子がアルマか。さしずめ、ティアナが貴族のお嬢様で、アルマが使用人、タクミが護衛ってところかな」


 そのつぶやきを聞いたティアナ達は驚く。ほとんど正解だからだ。なかなか鋭いと皆が感心した。


 しばらく驚きで黙っていたティアナ達だったが、タクミがカイに声をかける。


「きみの他のパーティメンバーの名前をまだ聞いてないんだけど」


「そうだったな! オレの隣にいるのが戦士のファイト、後ろにいるのが魔法使いのロジーナ、隣の小さいのが罠師のカチヤだ」


「小さいのは余計だよ、カイ」


 紹介されたカチヤが不機嫌そうにカイを睨む。しかし、カイはそれを笑って受け流した。


 そのカチヤが一歩前に出て、両手を腰に当ててティアナ達へと声を上げる。


「カイも言った通り、あたしは罠師のカチヤだよ。罠師って珍しい職業だけど、動物を仕留める罠を作ったり、屋敷の侵入者用の仕掛けを作ったりするんだ。もちろん解除だってできる。だからこのパーティにいるんだ」


「この子、初対面で子供扱いされたり、罠師であることを馬鹿にされるのが嫌だから、いつもこうやって偉そうに自己紹介するのよ。私はロジーナ・デリウス。魔法の知識や道具を集めているの。今回も何かありそうだから、ここに来てるのよ」


 カチヤの隣に出てきたロジーナが苦笑しながら自己紹介をする。また子供扱いするとカチヤが口を尖らせていた。


 最後に残ったファイトがようやく口を開いた。


「俺は戦士のファイトだ」


 他に何かしゃべるのかとティアナ達はしばらく待ったが、それきりだった。表情も最初から変化していないので無口なのだと三人は理解する。


 一通り自己紹介が終わったところで、カイが再びティアナに話しかけた。


「ティアナ達は、これからどうするんだい? オレ達はこの奥に行くところなんだけど。同じ方向に行くんなら、一緒に行かないかい?」


「いえ、これから戻るところだったんで、せっかくですが遠慮します」


 休憩前までは更に奥へと進むつもりだったティアナだが、三人で話し合っている間にどうしようか迷っていた。しかし、カイ達の誘いを受けて一旦戻る決意をする。なんとなくだが、一緒にいたくないなと感じたからだ。


 ティアナの返事を聞いて落胆した様子のカイだったが、すぐに気を取り直す。


「それは残念。一緒に行動するのはまたの機会だな! なら、オレ達は先を急ぐよ。タクミ、ちゃんと女の子二人を守るんだぞ!」


「どこかの貴族のお嬢様っぽいけど、あんまり危険なことはしない方がいいんじゃない? 死んでからじゃ遅いわよ」


「初めての場所でうかつに色々触らない方がいいよ。特に素人はね」


 なぜかカイがタクミに、ロジーナがティアナに、カチヤがアルマに、それぞれ一言ずつ言い残して去って行く。どうしてそんなことを言われなければならないのか三人にはわからない。


 ティアナ達はしばらくの間、お互いの顔を呆然と見続けた。

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