グラウ城の地下牢

 ティアナ達がグラウ城へと向かったのは、町に到着してから三日後だった。


 もちろんこの間ぼんやりと過ごしていたわけではない。三人はシュパンから提供された情報を受け取って検討し、準備していたのだ。


 必要な装備と用意するべき道具は最優先事項だ。これを元にティアナ達はラムペ商会グラウ支店から必要な物を購入した。地図も全員が何度も見る。欠落部分があり正確性にも問題があるものの、ないよりかはましだ。


 他にも、遭遇する可能性のある危険な動物や魔物についても頭に入れておかないといけない。当然、要注意の探索者についてもだ。


 そうして今、三人はあちこち傷みのあるグラウ城までやって来た。町から山の麓まで歩いて一時間のところにあるこの城は、放棄されて長い年月が経過している。


 正門は開けっぱなし、というか地面に倒れていた。中に入ると荒れ放題の通路と建物と庭が見える。使われていた頃は大きく威厳のある城だったのだろうが、今はその偉容も朽ちるに任せるばかりだ。


「これはひどいなぁ」


「わびさびどころの話じゃないわよね。諸行無常だわ」


 城内の様子を見たタクミとアルマがつぶやく。この城の状態を芸術的と受け止める感性は二人にはなかった。


 グラウ城の地下へ探索者達が潜る場合、通常は四人程度が一般的である。中の通路が広くないので、大人数で押しかけてもあまり意味がないからだ。もちろん、多人数だと分け前が少なくなってしまうという報酬面での理由もあるが。


 そうなると、ウィンを除くと三人パーティのティアナ達は戦力面では心許なく見える。実際は、規格外の身体能力を持つタクミと強大な精霊であるウィンが憑依しているティアナがいるので戦力不足ということはないのだが、やはり頭数の少なさは心細い。


「あれが地下牢への入り口か」


 男のしゃべり方になっているティアナがある建物へと目を向ける。外出するときは貴族子女を演じるのが基本だが、探索中は他人と会話をするときのみに限定した。初めての探索なので、体面の気遣いは最小限にしてしまおうというわけだ。


 城内の敷地は限られているせいか、地下牢へと続いている建物は大きくない。城壁や他の建物と同じように白っぽい石を積み重ねて建てられていた。


 周囲へと視線を巡らせたタクミが首をかしげる。


「誰もいないね。出入り口は一つだから、誰かと出会うのかと思ったけど」


「信用できない他人と出会わないのならそれに越したことはないけど、一攫千金を夢見て探索者達が押し寄せてきている割には静かよね」


 アルマも不審げに目を細めた。できるだけ厄介ごとを避けるために時間をずらして遅めにやって来たとはいえ、まるで無人のように静かというのは逆に不安になる。


 なんとなく不安に感じているのはティアナも同じだったが、中に入る前から怖じ気づくわけにもいかない。二人へ元気に声をかけた。


「ここでじっとしていても仕方ないから中に入ろう。ウィン、俺達以外の人間や魔物がいたら知らせてくれ」


『わかった!』


 ティアナの言葉にウィンが元気よく答える。


 精霊であるウィンが周囲の環境の変化に敏感なので索敵を任せたのだ。曲がり角の奥の気配も察知できるので、今回のような閉鎖空間では全員が活躍を期待している。


 建物の中は真っ暗だ。ティアナが松明に火を点けて掲げると、暗い明かりが辺りに揺らめく。ウィンに光る球を出してもらった方が明るいが、空気が澱んでいるところを見つけるためには松明の方が好都合だ。


 たすき掛けした肩掛け鞄から地図を取り出したアルマが口を開く。


「それじゃ、あたしが指示するから、タクミはそっちの方へ警戒しながら進んで」


「うん。ティアナ、松明貸して」


「はい。落としてもすぐには消えないから、多少振り回しても大丈夫だよ」


 もう一本の松明に火を点けると、ティアナはそれをタクミに手渡した。手にしたタクミが前に進む。


 タクミは全身のほとんどを金属の鎧で覆っていた。革の鎧の上に金属板を貼り付けてある鎧なので、体を動かしても金属音はしない。頭部は額を守る程度だ。武器は腰に佩いた片刃の直剣大小二本である。人を斬るのは抵抗があるので峰打ちができるようにだ。


 そんなタクミの少し後ろにティアナとアルマが続いている。


 ティアナは厚手の丈夫な衣服に簡易的な革の鎧を身につけていた。体力があまりないので軽さ優先だ。腰に短剣を佩いている。今回は食料などの必需品を詰め込んだ小さめの背嚢を背負っていた。


 隣のアルマは一見するとタクミと似た鎧だが、こちらの金属板の厚さは半分以下だ。武器は片刃の直剣大小二本である。そして、ティアナと同じ背嚢を背負い、更にたすき掛けに肩掛け鞄をかけていた。


 三人は地図にあった階下に続く階段を探し出すと下ってゆく。下りきった先は、冬の外とはまた違った冷え込み方をして不快だった。全員が微妙に眉を寄せる。


「これからずっと、ここを進んでいくのかぁ」


「タクミ、まっすぐ進んで」


 ぽつりと漏らしたタクミにアルマが地図を見ながら指示を出す。


 階段を下りた場所は、建物と同じように白っぽい石で壁も床も天井も作られていた。時折崩れかかっているところはあるものの、通過する分には問題ない。幅は大人三人が並んで歩ける程度ある。武器を思い切り振り回すとなると並んで戦うのは苦しい。


 地下牢というだけあって、通路の両端には格子付きの部屋がいくつも並んでいる。ただし、腐食が激しく格子はどれも錆びて朽ちていた。当然、どの牢屋内もひどい有様だ。


 地図に記載されている下へと続く階段を目指して三人は進んでいく。

 やがて、先頭を慎重に歩いていたタクミが足を止めた。


「階段があるよ」


「当たりね。それを下りるの」


 振り返って指示を求めたタクミに対して、アルマは地図から目を離して答えた。


 一瞬躊躇したタクミだったが、緊張した面持ちで階段を下りる。


 階段を下りてタクミが松明を掲げながら周囲を見ると、通路と牢屋の作りが変わっているのに気付いた。


 今までは白っぽい石で敷き詰められていたのに対して、今度は掘った穴をそのまま使っているような作りなのだ。ただし、穴は岩盤をくりぬいて掘られているらしく、簡単に崩れそうな気配はしない。


 タクミが歩き始めるとティアナとアルマもそれに続く。


 この辺りも階上と同じく牢屋らしく、通路の両脇に格子付きの部屋が続いていた。たまに十字路や三叉路が現れる度にアルマからタクミへと指示が飛ぶ。


 そんな中、ティアナがぼそりとつぶやいた。


「こんなにたくさん城の中に牢屋を作らないといけないほど、囚人がいたのか?」


「どう見ても多すぎるわよね。こんなに広いんじゃ、食べる物を配るだけでも一苦労するでしょ」


 地図からちらりを視線を外してティアナを見たアルマが言葉を返す。実際に使われているときのことがわからないので、当時を想像することしかできない。


 何事もなく進めているのでとりあえず疑問を後回しにしたティアナは、再びタクミの背中を見た。


 次の階段はいつだろうとティアナが思い始めたとき、ウィンから声をかけられる。


『ねぇ、前の方に何かいるよ。えっと、四つ?』


「みんな、止まって」


 ティアナの声にアルマとタクミはすぐに反応して歩みを止めた。何事かとティアナへと顔を向ける。


「人間と魔物、どっち?」


『うーん、人間じゃないかなぁ。それ以上はわかんない。もうちょっと先に行ったところにいるよ。じっとしてて動いてないみたい』


「お嬢様、この先に何かあるんですか?」


「人間らしい生き物が四ついるらしい。じってしてて動かないそうだ」


 アルマはティアナの言葉を聞いて地図を見る。しばらく眺めていたが、ため息をついて顔を上げた。


「ダメね。迂回路はなし。人間だとすると探索者よね。動かないって何をしてるのかしら?」


「そこまではわからんらしい」


「休憩してるのかな?」


 タクミの言葉にティアナとアルマが顔を見合わせる。単にそれだけだったら問題ないが、もしもっと面倒な理由で動かないとなると厄介なことになってしまう。


「行こう。ここで引き返して仕切り直しても、どうせいつかは別の場所で出会うことになるんだ。もしこの先を突破できないんなら、ここの探索は諦めるべきだろうな」


 少し考えてから決断したティアナの言葉にアルマとタクミはうなずいた。


 三人は警戒しつつ再び歩き始める。タクミが先頭なのはそのままだ。


 緊張しながら進んだ先には十字路があった。その交差点の右側で四人の男達が談笑している。こちらに気付くと一人の男が声をかけてきた。


「なんだ、ガキが三人でなんて珍しいじゃねぇか。しかも二人は小娘だぁ? おい、何しに来たんだ?」


 いきなり話しかけてきた男はタクミに近づく。灰色の髪にくたびれた様子の中年で、常に相手を探るような目つきをしていた。不穏な雰囲気のする男だ。


 タクミは不快そうな顔のまま口を開く。


「何って、僕達は探索しに来たんですよ」


「てめぇみたいなひょろっちい奴がねぇ。こっちのお嬢ちゃんはまたえらくべっぴんだなぁ。お貴族様か?」


 その男は次にティアナへと目を向けた。なめ回すような視線を向けられたティアナは眉をひそめる。


「名乗る前から随分と不躾ですね」


「はっ! やっぱりお貴族様か! オレはエゴンってんだ。ここで色々と物を漁って飯を食ってんのさ」


「私はティアナです。噂を聞いてここへやって来ました」


「下々の者に任せればいいものをわざわざご本人がなさるとは、ご苦労なことで!」


 よそ行きの態度に切り替えたティアナの顔は不機嫌になっていく。言葉の端々に小馬鹿にする様子が見て取れた。危険な探索者の一覧に名前はなかったが関わりたくない者達だ。


 ティアナ達が行きたいのは交差点の左側だ。これ以上相手にしたくないと思ったティアナは、さっさと先に進もうとする。


「タクミ、アルマ、行きましょう」


 二人もエゴンの相手は嫌だったのだろう、反論することなく続く。そして、再びタクミを先頭の隊形に戻った。


 エゴンはそれ以上何も言わなかった。


 三人ともエゴン達に背を向けて前に進む。すぐに、ウィンがティアナに声をかけてきた。


『近寄ってくるよ? 何か嫌な感じがする』


 ウィンの言葉を聞いたティアナはすぐに振り向く。すると、剣を抜いてこちらへと近づいてきたエゴン達が視界に入った。


 すぐさまティアナは叫ぶ。


「敵襲! 後ろ!」


『あっち行け!』


 アルマとタクミが剣を抜いて振り向くと同時に、ウィンの巻き起こした突風がエゴン達を襲う。


 奇襲が失敗して堂々と襲おうとしたところを、突風で突き飛ばされて四人が地面に倒れた。誰もが驚愕する。


「くそっ! あの貴族、魔法が使えんのか!」


 エゴンは叫びながらも起き上がって体勢を整えようとするが、前に出てきたアルマとタクミに仲間共々剣をはたき落とされる。そして、再び四人共々突風で突き飛ばされてしまった。


 そこへティアナが声をかけた。


「これ以上続けるというのなら、容赦しませんよ?」


 冷たい視線がエゴン達四人に突き刺さる。


 奇襲は失敗した。三人の子供だから楽勝だと判断したエゴン達だったが、一瞬で追い詰められていた。


 ティアナをにらみつけながらエゴンが叫ぶ。


「てめぇ、よくもやってくれたな!」


「自分から仕掛けておいて何を言ってるんですか。自業自得でしょう」


 悔しそうに顔をゆがめたエゴン達だったが、少しずつ後ろへと下がって距離を開けてから背を向けて走り去った。


 しばらくその場で構えていたティアナ達だったが、ウィンから大丈夫との報告を受けるとティアナから順番に緊張の糸を緩める。


 大きく息を吐いたティアナが最初に口を開いた。


「あ~驚いた。本当にいるんだ。ウィンがいないとやられてたな」


『ふふん! すごいでしょ!』


 評価してもらえたウィンが嬉しそうにしゃべる。


 近くでは、タクミが剣をしまって地面に落とした松明を手にしていた。


「こ、怖かった。不意打ちで襲ってくるんだね。僕、かなり焦った」


「あたしも。けど、こうなると本当に他の探索者を見かけると警戒しないといけないわね」


「他の探索者同士はどうしてるんだろう?」


「大抵は金目の物がない者同士ってわかってるから、襲わないんじゃない?」


「そうなると、ティアナを見かけた他の人達は」


 タクミが言葉を切ってティアナも見る。アルマもそれに続いた。


 装備が新しいということもあって、ティアナの出で立ちは貴族の子女が冒険を楽しみに来ているように見える。


 何が言いたいのかわかったティアナは嫌そうな顔をした。


「そんなこと言われても、仕方ないだろ」


「まぁね。こればっかりは何とかするしかないでしょ」


 肩をすくめてアルマがタクミへと視線を向けた。それを受けてタクミは力なく笑う。結局のところ、どうしようもない問題だった。


 三人は再び隊形を整えると、を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る