幕間 もう一人の来訪者
グラウの町は交易の町として栄えているたので人の往来が活発だ。多様な品物を運ぶ隊商だけでなく、旅人も方々からやって来ては去って行く。
ティアナ達がラムペ商会グラウ支店にやって来た翌日に、とある男もこのグラウの町へとやって来た。金髪を短く刈り上げたその顔は少し日焼けしており、きつい目つきもあって悪人のように見える。外套の奥からたまに見えるその体躯は筋骨たくましかった。
町の入り口で手続きを終えた悪人顔の男は中に入るとつぶやいた。
「へへ、ここかぁ」
白い息を一つ大きく吐いた男は周囲へ視線を巡らせる。街道よりも人が多いのはもちろんだが、商売人、傭兵、旅人以外の人々が当たり前のように行き来しているのが平和的に見えた。そして、皮肉げな笑顔を浮かべる。
「悪くねぇな。こんだけ人がいりゃ、仲間集めにも困らないだろうさ」
晴れているにもかかわらずわずかに雪が降る中、悪人顔の男は楽しそうに独りごちた。
通常、町の外からやって来た旅人は最初に宿を探す。町の中で野宿を避け、重い荷物を置く場所を確保するためだ。
しかし、あまり荷物を持っていないせいか、男は宿屋街へとすぐには向かわずにふらふらと街中をさまよう。男はしきりに周囲へと視線を巡らせた。一見すると田舎者丸出しの行為だが、その視線は周囲にいる人々へのみに向けられている。
荷物を抱えた人足、使用人を従えた商売人、声を上げて笑う子供、店の前で品物を見る婦人、客と交渉する露天商、雑談しながら歩く傭兵風の男達、様々な人々が男の視界に入っては消えた。
「ん~、どれもちげぇなぁ」
笑顔を浮かべながらも残念な表情を浮かべる悪人顔の男は白いため息をつく。
やがて男は商人街へとたどり着いた。商売人同士専門の店から平民のための雑貨店までが立ち並んでいる。
相変わらず周囲の人々へと視線を注ぐ男はのんびりとした様子で歩く。
男はふらりとラムペ商会グラウ支店へと入った。道具屋である店内には、所狭しと様々な道具が並べられたり積み上げられたりしている。なかなか繁盛しているらしく、平民の婦人から傭兵風の男まで多数の人々が買い物をしていた。
「へぇ、随分と品揃えが良いじゃねぇか。状態も悪いのがなねぇし、繁盛するわけだ」
それまで人だけを見ていた悪人顔の男は、ここで初めて他にも目を向けた。次第に置いてある道具を手に取ってあれこれ眺める。
何度かその行為を繰り返して満足した男は、再び周囲の人々に目を向けた。
「おっといけねぇ。悪い癖が出た。お楽しみは後にしねぇとな。まずは仕事だ」
小さくつぶやきながら店内をゆっくりと回っていると、悪人顔の男はある二人組の女達で視線を止めた。一人は背中の半ばまである暗い金髪に青い目をした妖艶な美女で、もう一人は焦げ茶色の短髪で薄い青色の瞳の少女だ。どちらも旅用の衣服を着ている。
二人組の女達は楽しそうに買い物をしていた。愛嬌のある少女が道具を手に取ってしきりに話をしており、それをうなずきながら美女が落ち着いた様子で聞いている。
「へぇ、いい女だな」
悪人顔の男は妖艶な美女へと目を向けたままだらしのない表情を浮かべる。舐め回すように全身を見ていたが、しばらくして切り上げた。
「おっと、こっちのお楽しみも後回しだ」
一人肩をすくめて悪人顔の男は平常心を保とうとしながら店を出た。そして、すぐに立ち止まって顎に手をやった男はしばらく目を閉じて考える。難しい顔をしていた男だったが、目を開くとすっきりとした表情で再び歩き出した。
次に男が向かった先は宿屋街だった。貴族が宿泊するところから旅人が泊まる安宿までが軒を並べる一角は、町の住人よりもよそ者が多い。
「どうせ寝るだけだし、どこでもいいんだけどな。あいや待てよ、安宿の方が都合が良いのか?」
ぶつくさとつぶやきながら悪人顔の男は周囲の宿を見比べた。今歩いている近辺は商人街に近いためか高めの宿が続く。それが手頃な宿に変わり、やがて安宿になった。
もちろん往来する人々の顔ぶれもそれに合わせて変化する。最初は身なりのきちんとした商売人や貴族、次いで行商人や旅人、最後に傭兵や近隣の農民だ。男の表情も次第に上機嫌になる。
「やっぱりそうだ。こっちの方に泊まるべきだな。絶対誘いやすい」
楽しそうに周囲を見ながらつぶやいていた悪人顔の男だったが、浮かれすぎていたのだろう、つい他の男に肩をぶつけてしまう。
「ああ、わりぃな」
「構わない」
ぶつかった相手は悪人顔の男へと無表情の顔を向けて一言伝えてきた。茶色の短髪の厳つい顔の青年で、日に焼けた筋肉質な体躯をしている。
その隣には、仲間であろう男が立っていた。金髪碧眼の彫りが深く濃い美男子である。
二人を見て男は少し目を見開いた。どちらも戦いを生業にしている顔つきだが、傭兵みたいに殺伐としていない。
「もしかして、二人ともグラウ城の地下に潜ってる探索者か?」
「だとしたら、なんだって言うんだい?」
悪人顔の男からいきなり問いかけられて、美男子は警戒するように問い返した。隣の肩をぶつけた青年も眉をひそめて男を見ている。
「いや、単にそんな雰囲気がしてね。実は、オレも近々行こうと思ってるのさ。今はそのための仲間を集めてるところなんだよ」
話を聞いた美男子と青年は顔を見合わせた。そして、美男子が肩をすくめて答える。
「そりゃ無理だね。オレ達はもうパーティを組んでるから、他人が入る余地はないんだ」
「あ~そりゃ残念」
肩を落とした悪人顔の男はため息をついた。心底がっかりとしている様子だ。
そんな男に美男子が言葉を投げる。
「じゃぁな。他を当たってくれ」
「そうするよ。手間ぁ取らせたな」
苦笑いしながらうなずく悪人顔の男を残して、美男子と青年は雑踏に消えた。
男は頭をかいてつぶやく。
「仲間にできると都合が良かったんだけどなぁ。最初から思い通りにはいかねぇか。ん~ツイてねぇなぁ」
あまり残念そうな様子もなく、悪人顔の男は再び歩き始める。
宿屋街を抜けると次は歓楽街になる。ここも宿屋街と同じく、身分や懐具合に合わせて様々な店がひしめいていた。一晩で大金を散在できる方々のための料亭、仕事を成功させて懐が温かい者達のための盛り場、そして貧しい連中のための安酒場だ。
軒を連ねている店が安宿から安酒場に変わっただけで、往来する人々の顔ぶれにはあまり変化がない。せいぜい出入りする業者が変わったくらいだ。そろそろ夕方になろうという頃合いだが、人の賑わいもまだ控えめである。
更に奥へと行くと色町になるのだが、男は歓楽街の路地に足を向けた。こちらにも安酒場があるが、すぐに貧民街へと変わる。よそ者がいきなり貧民街へ行くのは危険極まりない行為だが、男は気にした様子もなく奥へと進んだ。
「案外こういうところでも、仲間は集めやすいかもしれねぇ」
周囲から向けられる様々な視線を気にすることもなく、悪人顔の男は貧民達の顔を見る。
そこで何か気付いたのか、立ち止まって一つ手を打った。
「と思ったんだが、ダメだな。目が死んでやがる」
残念そうな顔をして悪人顔の男はうなだれる。そして踵を返した。
「うっかりしてたな。さっき何のためにあの二人に声をかけたってぇんだよ」
悪人顔の男は自分が人を集めるときの条件を思い出した。
再び歓楽街の表通りに戻ってきた男だったが、さてこれからどうしたものかと腕を組んで首をかしげる。しばらく通りの隅でじっとしていたが、やがてとあることを思い出す。
「そうだ、先に宿を決めておこう」
悪人顔の男は、今晩できるだけ色々な安酒場を巡るつもりでいた。もちろん、周囲の人々を観察するためである。宿を利用するのは深夜になることが確実だが、そのときいきなり取れるかわからないからだ。
「ま、初日から焦ることもないだろうさ。いずれツキが回ってくりゃ、何とでもなるさ」
のんきにつぶやくと、悪人顔の男は懐に入れている物を右手で触る。それに合わせてかすかに金属のこすれる音がした。男はすぐに懐から手を出す。
そうして機嫌良さそうに男は宿屋街へと足を向けた。
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