切り捨て
ウッツは、王女をレーラ侯爵の館へ送り終えて、馬車で仲間達と倉庫へ向かっている。
「あとは、アプトさんからの連絡を待つばかりか」
仲間の輪から外れてウッツは独りごちた。
予定では王女をアプト商会の本店へと連れて行くことになっていたが、王女の意思によってレーラー侯爵の館へと向かうことになった。しかも、ティアナのときとは違って、アプトにもレーラー侯爵にも計画の変更を知らせることができなかった。
レーラー侯爵の館に到着したとき、ウッツは真っ先にハルトヴィンへこのことを報告した。王女にこちらの計画がばれていること、ティアナがここにいると思い込んでいることもだ。その結果、後のことはすべてハルトヴィンが引き受けることになった。
これでウッツの肩の荷は下りたわけだが、嬉しい誤算が二つ起きた。
一つは、計画変更の連絡ができなかったことをハルトヴィンからアプトへ取りなしてくれることになったことだ。ただし、倉庫でアプトからの連絡をしばらく待つようにと念を押された。
もう一つは、ハルトヴィンから臨時の報酬を与えてもらえたことだ。アプトから報酬がもらえなくなる可能性があるので、ただ働きにならないようにという配慮だった。ウッツはうますぎる話だと思いつつも報酬は拒否しなかった。
「へへ、オレの手にかかれば、この程度の仕事なんぞ、こんなもんよ」
ハルトヴィンからもらった臨時でもらった金を懐に入れたまま、ウッツは上機嫌につぶやいた。途中何度か危うい場面はあったものの、過去のことはどうでも良かった。
同じ馬車内にいる仲間の顔も明るい。ハルトヴィンからの臨時の報酬を受け取ったからだ。誰もが酒と女の話で盛り上がっている。
その中でウッツはこれからのことを考えていた。
とりあえず、以前決断したとおり、アプト商会との関係はこれで最後にする。はっきり面と向かって別れを告げるか黙って消えるかはそのとき次第だが、これ以上の付き合いはしない。もう先がないからだ。
アルマへの復讐は次の機会ということにした。ティアナの誘拐に失敗した上に、王女をアプト商会の本店へ連れて行けなかった。二度も大きく予定が狂った以上、もうこの件に関わるのは危険だ。恐らくティアナも死んでいるだろうから、それで満足することにした。
アプト商会から離れた後のことは明確に決めていないが、ウッツは一旦王都を離れようと考えていた。後ろ盾だったレーラー侯爵も揺れている以上、ほとぼりが冷めるまで姿を消しているべきと判断したのだ。ウッツも後ろめたい事情を多く隠しているので仕方ない。
「ま、しばらくは遊んで暮らせるだけの金があるんだ。ゆっくりするか」
何気なくつぶやいてウッツはにやりと笑う。事が終わった以上、今は自由だ。アプトやレーラー侯爵はまだこれからも苦労するのだろうが、それはウッツの知ったことではない。
「おい、ウッツ、金を手に入れたら飲みに行こうぜ!」
「その後は女だ! 久しぶりの大金だからな。高い女も買えるぜ!」
正面に座っている男が酒を飲む仕草をし、隣に座っている男が肩を組んでがなり立ててきた。ハルトヴィンから受け取った臨時の金を受け取った男達は上機嫌だ。
苦笑いしつつもウッツは答える。
「今日はやめとくよ。疲れてんだ。とりあえず寝てぇ」
「シケたこと言ってんじゃねぇぞ。その疲れを吹き飛ばすための酒と女だろうが」
「何言ってんだ。あの王女様の相手をオレが真正面からしたんだぜ? いつ魔法でなぶり殺しになるかってヒヤヒヤしっぱなしだったんだよ」
「あの嬢ちゃんかぁ。ちらっと見たけど、別世界だよなぁ」
「五年後、出るところがしっかり出たら、たまんねぇだろうなぁ」
仲間と話をしつつも、ウッツはこいつらとの付き合いもこれで終わりだなと考えていた。うまく抜けられるのか下手を打って死ぬのかはわからないが、裏家業の世界で一旦別れて再会することはあまりないからだ。
こうして一仕事終わってすっかり気の抜けた集団は、すっかり暗くなった王都内をゆっくりと進んでいった。
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ベンノ・アプトは、自室で酒を飲んでいた。ウッツからの伝令でティアナの誘拐には失敗したものの、挽回できる可能性があるとの報告を受けている。まだ希望は消えていないので我慢しているが、湧き上がる不安を酒で紛らわせているのだ。
かつては人の出入りが激しかったアプト商会の本店だが、訴えられてからはほとんど人が寄りつかなくなった。そして、日増しに悪くなる状況を見て、配下の商売人や使用人が日々姿を消していく。元々悪い噂が絶えなかったアプトを支えようとする者はいない。
「あと少し、侯爵様にうまく事を運んでいただけたら、もう一度再起できる」
自分に言い聞かせるようにアプトはつぶやく。
裸一貫から身を起こしたアプトは、一代で貴族と商うことができるところまでのし上がった。そのために手段を選ばず、恐喝や暴力などやれることは何でもやっている。破滅させた同業者の数など覚えていないくらいだ。
しかし、今月に入っていきなり谷底へ叩き落とされた。いよいよ本格的にラムペ商会を叩き潰し、名実ともに王都一の商売人になろうとした矢先だ。しかも、ラムペ本人からではなく、王女エルネスティーネが仕掛けてくるとは予想外だった。
「ラムペが王女とつながっていると知っていれば、もっと慎重に事を運んでいたのに!」
震える手で透明なグラスに酒を注ぎ、一気に呷る。一級の銘柄であったが、アプトはまったく旨いと思わなかった。
そのとき、部屋の外で多数の足音がするのをアプトは聞いた。最近は建物内にほとんど誰もいないので、アプトは何事かと扉へと顔を向ける。
しらばくすると、足音がアプトの部屋に近づいてきた。やがて乱暴な足音そのままに扉を手荒に開けられる。入ってきたのは鎧を身につけた兵士だった。
「おお、お前達は侯爵様の!」
酒で赤く染まった顔をほころばせてアプトは立ち上がろうとする。しかし、そこで疑問が湧いた。予定では、アプト商会の本店に王女が到着して、こちらから連絡してから迎えの者がやってくるはずだった。しかし、本店にはまだ王女は到着していない。
首をかしげているアプトに対して指揮官らしい男が宣言する。
「ベンノ・アプトだな。エルネスティーネ王女誘拐の罪で捕縛しようとするも、抵抗されたために成敗する!」
その声と共に、続いて入ってきた兵士二名が剣を抜く。
この時点で、酒で鈍った頭でもようやく相手の主張を理解する。
「バカな! なぜ!?」
つい言葉が出てしまったが、アプトは理由に気付いていた。切り捨てられたのだ。そして、もう自分には再起の目がないことを悟る。
「イヤだ! 死にたくない!」
半狂乱になってアプトは仕立ての良いソファから立ち上がろうとしたが、既に目前まで迫ってきた兵士の一人に足蹴にされ、強制的に座らされてしまう。尚も立ち上がろうとするアプトだったが、もう一人の兵士に胸元へ剣を差し込まれた。
「がふっ、イ、ヤ」
最後のあがきをするアプトの首筋に、足蹴にした兵士が剣を突き立てた。それによって、アプトは絶命する。
その死を確認した指揮官はひとつうなずくと、踵を返して兵士達と共に部屋を出た。
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ウッツ達を乗せた馬車はアプト商会が保有する倉庫の前で止まった。倉庫街はすっかり暗くなって誰もいない。そんな中、人相の悪い男達が次々と馬車から降りる。
上機嫌に話をしながら、ウッツ達は溜まり場にしている倉庫の中へと入っていった。
倉庫内は真っ暗だ。男の一人が馬車から持ち出した松明を付けて奥へと進む。ウッツ達もそれに続いた。すっかり空となった倉庫内でウッツ達を遮るものはない。
いつも溜まっている一角で近くにあったろうそくへ火を移すと、男は松明を消した。ようやくウッツ達は腰を落ち着ける。
「やっと一息つけるぜ」
「今回の仕事はツイてんなぁ! 二回も金をもらえるかもしれねぇなんてよ!」
「早く旦那の使いが来ねぇかなぁ。酒が飲みてぇ」
臨時の報酬を既に手に入れているのでどの顔も余裕がある。
男達がしばらく雑談をして待っていると、倉庫正面から明かりを持った男が一人やって来た。アプト商会の使用人の服を着ているが初めて見る顔だ。
不審に思ったウッツが立ち上がり、近づいてくる男に声をかける。
「誰だてめぇ? いつものやつぁどうした?」
「逃げたよ。それで、代わりに俺が来たわけだ」
「見ねぇ顔だな」
「そりゃそうだ。普段は王都の周辺を回ってるからな。帰って来たら、いきなり倉庫へ行って金を配れだとさ。しかも夜中に」
行商みたいなものかとウッツは納得した。動きが妙に隙のないものに思えたが、疑いだしたらきりがない。
そんなウッツの内心などお構いなしに、他の男達は歓声を上げて立ち上がった。再び報酬がもらえるとわかったからだ。
「それじゃ報酬の金を渡す。一列に並んでくれ」
使用人が伝えると男達が並んだ。ウッツも最後に並ぶ。使用人は先頭の男から順番に金の入った小袋を手渡していった。
男達は小袋を受け取ると嬉しそうにその場を離れる。十人にも満たない数なのですぐに受け渡しは終わった。
誰もが先程使った倉庫正面の出入り口へと向かう中、ウッツは一人倉庫裏の出入り口へと足を向ける。
「じゃ、オレはこれで」
「仲間とは一緒に行かないのか?」
「先に小便がしたいんでね」
不思議そうに問いかけてきた使用人に対して、ウッツは振り向かずに手を振って応えた。
その返答に使用人が呆れた。
「困るんだよなぁ、お前みたいにみんなと一緒に行動しない奴は」
倉庫裏の出入り口まであと少しというところで、ウッツは素早く背中から鈍く光る金属の棒を取り出す。そして、振り向きざまに胴をなぎ払うように振り抜いた。しかし、使用人はぎりぎりで踏みとどまってそれを避ける。
「なんだ気付いてたのか」
「身のこなしが良すぎるんだよ、使用人にしちゃぁな」
使用人がナイフを取り出して構えたとき、倉庫の表から男の怒号と悲鳴が聞こえてくる。
それで自分がどんな状態に陥っているのかウッツは理解した。
「てめぇ、どこのモンだよ」
「言うわけねぇだろ」
ウッツが吐き捨てると同時に動く。ナイフよりも金属の棒の方が長いので、積極的に仕掛ける。対して、使用人は防戦一方だ。実力差によりウッツに圧倒されているのではない。何かを待っているのだ。ウッツはそう判断する。
「くそっ、こいつ!」
長引くと外で戦っている敵がやって来ることを理解したウッツは、早く使用人を倒さなければならない。
わずかなろうそくの明かりを頼りに対峙する中、ウッツは左手でポケットから硬貨を一枚握って取り出す。そして、再度右手の金属の棒で積極的に攻めた。使用人は先程と同じように防戦に徹する。
反復して金属の棒で攻めたことにより、使用人の意識はそちらへと集中していく。そして、頃合いを見たウッツが左手の硬貨を指で弾き飛ばした。
その場が暗かったこともあり、使用人は対応できずに金色に輝く硬貨を顔面に受けてしまう。
思わず目を閉じてしまった使用人を見て、ウッツはその右手を金属の棒ではたいてナイフを叩き落とした。
「ぎゃっ!」
「死ね!」
完全に動きを止めた使用人の頭に、ウッツは思い切り金属の棒をたたき込んだ。それにより、使用人は昏倒する。
それと同時に、倉庫正面から多数の何者かが侵入してきた。そのうちの三人が手にランタンを持っている。
「あの明かりのところに誰かいるぞ!」
何者かの号令が聞こえると共にウッツは逃走を図った。自分達に敵対していることは明らかだからだ。
「ああもう、めんどくせぇ!」
ウッツは倉庫の裏手へと急いだ。待ち受けられている可能性はあるが、表側からは逃げられないからだ。
普段目をつむっても歩けると豪語している倉庫内だけあって、暗闇の中でもウッツは迷うことなく裏口にたどり着いた。そしてそのまま飛び出す。倉庫の裏路地だけあって真っ暗だ。何も見えない。
「よし、いける!」
待ち伏せされていないと判断したウッツはそのまま走る。
闇夜に慣れてきた目でもほとんど見えない裏路地をウッツは器用に進んでいく。倉庫街の表通りは見張られている可能性が高いので使えない。
「チッ、こりゃしばらくはダメだな」
しばらくのんびりとしようと考えていたウッツだったが、こんな襲撃をされた以上、しばらく王国から離れることにした。予想よりも面倒なことになったことにため息をつく。しかし、裏家業で生きている以上は想定してしかるべきことだった。
ウッツは誰もいない倉庫街の裏路地を進む。とりあえずは今までの金を隠しているアジトに向かうことにした。
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