仕返しの打算
ラムペ商会に乗り込んできた役人達は、ある程度時間をかけて店内を調査した。
役人が真正面から乗り込んできた場合、ガイストブルク王国では室内をひっくり返すほど厳しく調べられる。しかし今回はそこまで苛烈ではなかった。ラムペとアルマが中心になって役人の希望するところを開示して説明する程度である。
ティアナも一緒について行ってそれを脇で見学していた。遊びではない。役人の言動を牽制するためだ。その甲斐あってか、役人からは厳しい質問は投げかけられても無茶な要求はされなかった。
すべてが終わって部屋に戻ったとき、アルマはすっかり疲れ切っていた。
「終わったぁ! あーもー、どうしてあんなにめんどくさいのかしら!」
「最後まで付き合わされるとは思わなかったぞ」
「何言ってんの、あんたがこっちの切り札なんだから、切った以上は使い倒すに決まってんじゃない」
「まさか就職先が役に立つとは思わなかった」
あっちこっちと歩き回ってすっかり脚が棒になっているティアナは、机の上で突っ伏していた。貴族の子女にあるまじき態度だ。
しばらくぐったりとしていたティアナだったが、顔だけ上げてアルマに問いかける。
「確かあのお役人、密告があったから調べに来たって言ってたよな。そんな告げ口みたいなので簡単に動くものなのか?」
「わかんない。でも、おかしいわよね。アプト商会の用心棒のウッツがいたのに、自作自演の疑いなんて」
「ウッツみたいな下っ端なんて、いちいち覚えてないんじゃないか? ああでも、あの襲撃事件の調査ってあれからどうなったんだろう」
「ラムペさん曰く、なしのつぶてらしいわよ。こうなるといっそ怪しいわね、アプト商会」
二人とも以前の襲撃事件を思い出す。今回来た役人は自作自演だと主張していたが、店の中をひっくり返された上に、ティアナ達が止めなければウッツがラムペを徹底的に暴行していたのは明らかだった。
尚も首をひねるティアナが自信なさげにつぶやく。
「貧しい国だと役人が賄賂をせびるって聞いたことがあるけど、今回もそういう類いだったのかなぁ」
「ラムペ商会くらい大きかったら、もっと上の方で裏からこっそりするんじゃない? それが失敗したから嫌がらせを受けたって可能性はあるけど。あんまり考えたくないわねぇ」
顔をしかめたアルマが呻くようにティアナへと言葉を返した。生き馬の目を抜くような厳しい商売の世界で、一時的に逗留させてもらっている二人が潔癖であれなどとは言えない。しかし、そういったこととはできれば関わっていてほしくないとも思っていた。
微妙に重苦しい雰囲気になって言葉が途切れたところに、商会の使用人がやって来た。アルマが扉を開けて対応する。
「ティアナ、ラムペさんがお礼を言いたいんだって」
「聞こえてた。お礼だけかな?」
「多分今後のことも話し合うんでしょうね。どうせ必要なことだし」
具体的にどのようなことを話すかまではアルマもわからない。しかし、このような事件が発生して翌日からいつも通り、ということも考えにくかった。
体は疲れていたものの、二人とも部屋を出て応接室へと向かった。
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応接室にはラムペが一人で待っていた。西日が強くなる時刻はまだ忙しいはずだが、書類一つも手にせずにじっと座っている。そして、ティアナとアルマが姿を現すと立ち上がった。
「二人とも、そちらに座ってください」
言われるがままに二人は椅子に座る。すると、ラムペがティアナに向かって一礼した。
「今回は、我が商会を助けていただき、誠にありがとうございます。おかげで、不当に裁かれることもなく、こうして無事でいられました」
お礼を言いたいとは聞いていたが、これほど丁寧に述べられるとは予想外のティアナは驚く。思わず横のアルマを見るが、そのアルマも首を横に振っていた。
顔を上げたラムペは少し笑ってティアナに説明する。
「今日はエルネスティーネ様のご威光をお借りして役人を退散させたからね。代理人である侍女様にお礼を申し上げたんですよ」
「なるほど。それであんなに丁寧な言い方だったんですね」
「それにしても、よくあんなことをしてくれたね。エルネスティーネ様にご迷惑はかからないか心配なんだが」
「どうなんでしょう? とっさに機転を利かせたアルマに連れてこられたんで、後先のことは考えていませんでした」
驚いたラムペに目を向けられたアルマは苦笑した。
「こっちは潔白で、あっちもそれを知ってるはずなのに、それでも難癖を付けてきたんで、普通に弁解しても絶対押し切られると思ったんです」
「それは私もわかっていたけど、エルネスティーネ様がこの件を知ったら、何と思われるか。下手をするとティアナ嬢が叱責をされるかもしれない」
ラムペとアルマの視線がティアナへと向けられる。
先程あったことを思い出しながらティアナは口を開いた。
「覚えている限りですが、アルマが私付きのメイドであることと、私がエルネスティーネ様の侍女であること、そしてラムペ商会に逗留していることをお話しただけですよね。具体的に何かをするようにとは、お役人様には何も言っていないはず」
「そうなると、あちらが勝手に勘違いしたということにするのかい? でも、役人にそのことがばれたときには、再び踏み込まれるということになるね」
「お嬢様、いっそのことエルネスティーネ様にご助力いただいては?」
「アルマ、簡単に言うものじゃない。元々王女様と親しければともかく、あまり縁がないのに頼ってはご迷惑がかかる」
エルネスティーネ側からすると、配下の者が自分の都合で主人の名前を使った状態だ。これを許せば配下の者が好き勝手することになってしまい、収拾が付かなくなってしまう。
説明を聞いたアルマは納得した。
「すみません、軽率でした。でもそうなると、お嬢様がやったことは」
「役人がティアナ嬢の発言を勝手に勘違いしただけと思い直したら、再度やって来るだろう。でも、ここに出向いていた侍女が勝手にやったことだって、侍女ごと切り捨てられる場合もある」
アルマの計算では、幼馴染みのティアナにかなり懐いていると聞いていたので、事後承認してもらえると判断していた。しかし、絶対にそうかと問われると実のところ保証は何もない。王女を頂点とする集団からすれば、ティアナは新人の一侍女にすぎないのだ。
再びラムペとアルマの視線がティアナへと向けられる。
ティアナとしては、エルネスティーネ個人なら事後承認を得られると思っている。しかし、王女という立場から見た場合はラムペの言う通りになるとも思った。
では今回、どうすれば事後承認を得られるのか。しばらく考えた後、ティアナはラムペに質問した。
「ラムペさん、今回やって来た税務担当の役人の方々は、どこかの派閥に入っていたり、有力貴族の影響を受けていたりします?」
「やって来た役人というより、あの役人の上役は恐らくレーラー侯爵様とつながりがあるはずですね。確か息子の一人も役人ですが、地方への出向を取りやめてもらうために取り入ったと聞いたことがあります」
「またレーラー侯爵ですか。ラムペさんは、何か恨みでも買っているんですか?」
「いえ、レーラー侯爵様が動いているならば、恐らくアプト商会が働きかけたのでしょう。侯爵様自身は、平民のことなど意に介されませんから」
現状、エルネスティーネはもちろんのこと、その配下の者達もレーラー侯爵のことを嫌っている。原因は強引な求婚を何度も繰り返すからだ。屋敷での生活でそれは実感できた。
つまり、レーラー侯爵の名前を持ち出せば、エルネスティーネもより承認しやすいとティアナは考える。しかし、それだけだ。レーラー侯爵が指示を出したという証拠がないのでは、王女という立場からすれば承認できない。
そこでティアナは、少し考え方を変えた。
「少し意地悪な質問になりますが、商売人の方は律法と利益を天秤に掛けたとき、利益を取る方々ということでよろしいですか?」
「まぁ、言いにくいですが。ただ、我々にだって良心のかけらくらいはありますから、あからさまに悪いことはしませんよ」
「なら、評判の悪いアプト商会は例外なんですね」
「あそこまで堂々やっているのは珍しいです」
「同業者の方々は、アプト商会が不正をしていることを知ってるんですか?」
「ええ、もちろん知っていますよ。知らない者はいません」
同業者への直接的な妨害だけでなく、収賄による圧力、買い占めや苛烈な値下げ競争もしているとラムペは説明した。
話を聞いたティアナはうなずいてから口を開いた。
「更に踏み込んだ質問になりますけど、アプト商会の不正の証拠をラムペさんは持っていますか?」
「私が、ですか? それはまたどうして?」
驚いた表情のラムペが困惑する。若干警戒の色も現れているが、それは当然だろう。
ティアナは自分の筋書きを説明する。
「ラムペさんがアプト商会の不正の証拠を掴んだと知ったアプトが、それを隠滅するべく先日ラムペ商会を襲撃したが失敗しました。今度はレーラー侯爵を動かして、その不正の罪をラムペ商会になすりつけようとしました。けれど、たまたま居合わせた侍女によりその目論見も不発に終わりました。度重なるアプト商会の妨害にたまりかねたラムペ商会は、不正の証拠を携えてエルネスティーネ様におすがりする相談を侍女にした。ということでどうでしょうか?」
「それはまた」
「アプト商会が不正をしていることは公然の秘密ですし、レーラー侯爵とつながりがあるのも皆さんが知っています。アプト商会がレーラー侯爵を動かした点とレーラー侯爵が税務担当の役人を動かした点の証拠はありませんが、この話を疑う者はいないでしょう」
レーラー侯爵が平民の動向に無頓着ならば、ラムペ商会の当面の安全を図るために対処するべき相手はアプト商会だ。そして、この筋書きならば王女としてもエルネスティーネが動きやすくなる。社会秩序を守るためだ。
再度ティアナはラムペに質問する。
「ということで、アプト商会の不正の証拠を持っていますか?」
「いささか話が大きくなってきていますね。それが不安なところですが、アプト商会の妨害は最近無視できないものだとは思っていました。私の持っている証拠でよろしければ、王女様に差し出しましょう」
「ありがとうございます、ラムペさん」
「いずれはどうにかしないといけない問題でしたから、今回ティアナ嬢の話に乗っておくのも悪くないと思っただけですよ」
いくらラムペの実力が高くても、有力貴族を味方に付けているアプト商会にはやはり対抗しづらい面があるのだ。権力者の関心を得るためには相応の時間と労力と資金が必要になる。それらがほぼ不要となる機会があるのなら乗らない手はないということだ。
まだ肝心のエルネスティーネの承認は取り付けていないものの、とりあえずはティアナとラムペの間で話はついた。その場にいた三人は緊張の糸を緩める。
表情を緩めたティアナがラムペに問いかける。
「ラムペさんの持っている不正の証拠は、いつ渡していただけますか?」
「渡すだけならすぐにでもできます。ティアナ嬢は明日お屋敷に戻るんでしたよね。そのときに必要ですか? 私が考えている手順では、一度ティアナ嬢が王女様にご報告申し上げて、改めて私が持参するというものですが」
対応するなら早いほうが良いことはもちろんだが、事は慎重に運ばなければならない。
ティアナは一つずつ確認してゆく。
「まず、私がエルネスティーネ様の承認をいただいて、告発することが決まってから、ラムペさんが証拠をお渡しするということですね」
「その通りです」
「わかりました。では、お屋敷に戻ってエルネスティーネ様の承認をいただいてから、ご連絡します」
「お願いします」
ここまで黙っていたアルマがラムペの様子を見ながら口を開く。
「二人のお話を聞いていて思ったんですけど、アプト商会の不正の証拠を他のお店も持ってる可能性はあります?」
「まぁ、持ってるところは持ってると思いますが、まさか同業者から不正の証拠を集めて回れと言うのですか? それはちょっと厳しいなぁ」
「どうしてです?」
「不正の証拠というのは切り札になるからだよ。嫌な話だが、交渉するときにちらつかせることで、不利な条件を緩和したり、逆に寄り有利な条件に持ち込んだりできるからね」
やり過ぎると恨みを買うことになるが、その辺りの案配も商売人の能力の一つだ。上手く使って危機を脱した者もいれば、失敗して破滅した者もいることをラムペは知っている。
アルマはため息をついた。
「そうですか。素人の浅知恵でしたね」
「まぁでも、工夫すればその案も使えるかもしれません」
「どうやってです?」
「エルネスティーネ様が告発された直後に、司法担当の役人へ一斉に不正の証拠を差し出してもらうんですよ。あれほどあからさまに動いているアプト商会ですから、多くの同業者が不正の証拠を握っているでしょう。証拠の数には困らないはずです」
もちろん、ラムペも純粋な善意からの案ではなかった。アプト商会を告発すれば、つながりのあるレーラー侯爵にも悪影響が出かねない。そのため、商売人全体がアプト商会を問題視しているという体裁を取りたいのだ。
「私の案で良ければ、王女様の告発があり次第、同業者が動くように根回しをしておきます。ティアナ嬢、どうですか?」
「はい、よろしくお願いします」
更に説得する材料が増えたティアナとしては問題なかった。ラムペに一礼する。
こうして、事後処理の話し合いは終わった。
翌朝、ティアナはこのとき話した内容を胸に携えて屋敷へと戻った。
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