精霊との対話

 エルネスティーネの屋敷からちらりと見える精霊殿は、屋敷と同様に警戒が厳重だった。堀と塀に囲まれ、警護兵が常時守っている。正門から敷地内へと入ると中央の奥まったところに外からも見えた精霊殿が建っていた。


 左右にも建物がいくつか建っており、たまに人の往来がある。また、正門の近くには厩舎があり、何頭もの馬がつながれていた。すぐ近くには馬車も停車している。


 精霊殿に限った話ではないが、敷地内の建物には飾り気がない。エルネスティーネの屋敷には質素ながらも最低限の装飾が施されていたが、精霊殿と敷地内の建物も同様だ。


 目的地である精霊殿へと近づくにつれて、その建物としての大きさがはっきりとわかる。精霊殿が六階ほどの高さがあるのに対して、他の建物が半分くらいしかないだけに妙な圧迫感があった。

 そんな建物を見たティアナは独りごちた。


「精霊石を安置するためだけに、こんな大きな建物なんて必要なの?」


「王家の権威を示す場ですから、見た目も重要になるんですの。単に保管するだけならば、わたくしのお屋敷でも広すぎるくらいですわ」


 精霊殿の正門にも警護兵が立っている。中に入ろうとするエルネスティーネには微動だにしなかったが、ティアナには反応した。


「今日からわたくしに仕えている新しい侍女のティアナです」


 毅然とした態度でエルネスティーネが伝えると、警護兵は元の位置に戻る。そして何事もなかったかのように、エルネスティーネはそのまま中へ入った。ティアナもそれに続く。


 精霊殿の中も外壁と同じく装飾は最低限のものしか施されていない。すぐ正面に広く大きな階段が上に続いている。てっきりそこを登っていくのかと思っていたティアナだったが、エルネスティーネは脇へと逸れた。


 不思議に思いながらもティアナは後をついていくと、細く奥まったその場所は行き止まりだった。中央に大きな階段があるせいでデッドスペースになっているような場所だ。


 怪訝な表情を浮かべるティアナをよそに、エルネスティーネはある壁面に手を添えて何事かをつぶやく。しかし、何かが変化した様子はない。


「ティアナ姉様、わたくしと同じようにこの壁の向こうへと進んでくださいね」


「え?」


 エルネスティーネはティアナの返事を待たずに、今し方手を添えた壁面に向かって進んだ。すると、そのまま音もなく壁面の奥へと消えた。


 あまりのことに驚いたティアナだったが、エルネスティーネを信じて同じように壁面の前に立つ。これで硬い石にぶつかったら間抜けだなと思いつつも、ティアナ緊張した面持ちで足を進めた。


 数歩歩いた後に再び視界が開けたかと思うと、薄暗い通路が現れた。光源は一切何もかかわらず、最低限の明るさがあるのにティアナは驚く。そして、目の前にエルネスティーネがいた。面白そうにこちらを見ている。


「ふふふ、緊張なさってますよね。わたくしも初めてのときはそうでしたわ」


「ここは?」


「本当の精霊石へと続く通路ですわ。上には精霊石を模した偽物が安置されているだけですの」


 王家が重視するだけのことはあるとティアナは感心する。しかし、そこで疑問が一つ湧いた。


 再び歩き始めたエルネスティーネに続きながらティアナは尋ねる。


「それほど大切ならば、王城の宝物庫に保管しておけばいいのではないですか?」


「精霊石、正確には精霊であるウィンが嫌がっているからですわ」


 厄介な事実をまた一つ、ティアナは聞かされた。今更ではあるが、聞いてはまずいことばかりを聞かされている。その度にティアナの気は重たくなるばかりだ。


 口を閉ざしたティアナに合わせるかのように、エルネスティーネもそれきり黙って歩く。そんな薄暗い通路をしばらく右へ左へと歩いていると再び行き止まりになった。元来た通路しか移動できる先はない。


 再び壁を通り抜けるのかとティアナが見守っていると、エルネスティーネは跪いて地面に触れる。そして、先程と同様に何事かをつぶやくと、通路の中央付近の床が徐々に薄くなって消えた。


 驚いたティアナは思わず尋ねる。


「これは、階段ですか?」


「はい。ここから本当の精霊石が安置されている所へと参りますわ」


 階段は行き止まりから先に続いているのではなく、元来た道に向かって折り返す形で下に続いていた。今までと同様に薄暗いがいくらか先までは視界が利いている。ただし、いささか急であり、狭かった。


 今度もエルネスティーネが先頭になって降りてゆく。


 通路の光源といい、すり抜けられる壁といい、一体どうなっているのかティアナには不思議で仕方ない。魔法と言ってしまえばそれまでだが、転生してからこんなにも連続してお目にかかったのは初めてだった。


 一度折り返して尚も降りていると、ティアナにもエルネスティーネ越しに出口らしきものが見えてきた。その手前でエルネスティーネがティアナに声をかける。


「こちらが、精霊石が安置されている精霊の間ですわ」


 エルネスティーネに続いてティアナが精霊の間に入って最初に見たものは、大小数多くの透明な球体だった。色は様々だが、大きなものほど濃く、小さなものほど淡い。それらが室内一杯に漂っていた。


 次に精霊の間の奥に最も輝いている塊をティアナは見つける。拳大の鉱石らしきもので色とりどりに淡くきらめいていた。


「すごい、まるで夜空の星に紛囲まれてるみたいですね」


「そうでしょう。ここ以外でこれ程の数の精霊を見ることなどできませんわ」


「これ全部精霊なんですか」


 精霊と言えば羽の付いた小さな女の子を想像していたティアナは、想像していたものと全然違って驚く。しかし、何をするわけでもなく単に漂っている球体を見ていて、不思議と失望はしなかった。


 ティアナが球体の精霊に意識を向けている間に、エルネスティーネは精霊達を透過して精霊石へと近づく。目の前までやって来ると、石の台座に安置された精霊石に触れる。


「ご機嫌いかがですか、ウィン」


 年相応の穏やかな声でエルネスティーネは精霊石に語りかけた。


 それに気付いたティアナが少し離れたところで眺めていたが、精霊石に変化は見当たらなかった。一方、エルネスティーネは精霊石に向かってしゃべっている。事情を何も知らなければ正気を疑う光景だ。


 しばらくぼんやりとその光景を見ていると、エルネスティーネが手招きをしてきた。


「ティアナ姉様、精霊石に触れてみてください」


「私が触っていいんですか?」


「もしかしたら、これでティアナ姉様もお話できるかもしれません。ウィンも試してほしいと言っています」


 正直なところ会話できるか半信半疑なティアナだが、物は試しと精霊石に触れてみる。そして、声をかけてみた。


「こんにちは。私はティアナです。聞こえますか?」


『うわ、ホントに聞こえた! エルネ以外にも話ができるんだ!』


 やたらと興奮した声が頭に響いた。幼い感じはするが、女の子のようであり、変声前の男の子のようでもある。人間ではないので人の性別を当てはめようとするのは無理があるが、ティアナにはその辺りが不思議に聞こえた。


「あなたのお名前はなんですか?」


『ボクはウィンクルム! エルネ以外でボクと話ができる人は初めてだよ! ねぇ、ボクをここから連れ出して!』


 エルネスティーネからあらかじめ頼まれていたので驚きはないものの、初対面でいきなりお願いをされてティアナは面食らった。その様子を見ていたエルネスティーネは苦笑している。


「ティアナ姉様、精霊の方々は人間のような遠慮や配慮はありません。ですからいつもまっすぐな発言をするのですよ」


「なるほど、そういうことですか」


『ティアナ、聞いてる? ボク、ここから早く出たいんだ!』


「聞こえてますよ。エルネにも頼まれてますから私もお力になります、ウィンクルム様」


『やったぁ! あ、ボクはウィンでいいよ!』


 当初予想していた威厳ある妖精というティアナの想像は、本人に会ってきれいさっぱり消え失せた。わずかながら会話した印象では、ちょこまかと動き回る小さい子供だ。接し方もそれで大枠は外れていないと考える。


 こうなると、駆け引きや遠慮などする意味はない。ティアナは色々と聞いてみることにした。


「ウィンはどうして精霊石の中にいるの?」


『閉じ込められたんだ! ボク、言われたとおり頑張って役に立ったのに、あいつ約束を破って帰してくれなかったんだ!』


「エルネ、あいつってどなたです?」


「わたくし達の始祖様ですわ」


 ティアナの質問に答えたエルネスティーネの表情が少しゆがむ。


「どうしてウィンは自分でここから出られないの?」


『ボク、この石と同化することでつなぎ止められてるみたいなんだ。この石って魔法でできてるらしくて、砕くとボクもばらばらになるって聞いたから、怖くて何も試せないんだよ!』


「エルネ、ウィンの言ってることは本当なの?」


「伝承でも同じことが伝えられておりますので、確かなことだと思いますわ」


 単純に砕けば解決するわけではないことがわかって、ティアナはため息をついた。


「わかりました。今すぐ良い方法は思いつきませんが、これからエルネと考えてみますね」


『うん、わかった! 早くしてね!』


 一度手ひどく騙されたと主張している割には素直な様子に、ティアナはまた騙されるのではと人ごとながらに不安となった。


 一旦精霊石から手を離したティアナはエルネスティーネに視線を向ける。


「小さい子供、しかも割とやんちゃな子を相手にしてるみたい」


「ふふふ、わたくしは手のかかる弟みたいな感じですわ」


「それはともかく、この精霊石を作った魔法使いは、随分と優秀で意地悪な方ですね」


「始祖様お抱えの魔法使いですから、それはもう指折りですわよ」


 二人で皮肉を交えた会話をしているが、ティアナは内心で頭を抱える。そんなご大層なものを自分がどうにかできるとは思えないからだ。


 頭を悩ませながら周囲に視線を巡らせると、球体の精霊が視界いっぱいに入る。そこでふと疑問に思ったことがあったので、ティアナは再び精霊石に触れた。


「ウィン、この室内にたくさんいる精霊は、どこからやって来たのですか?」


『長い時間かけて周囲から少しずつ集まってきたんだ。それで、ボクと触れているうちに少しずつ大きくなっていったんだよ』


「え、あなたと触れると大きくなるんですか」


『うん、なんでかはわからないけど、ちょっとずつ大きくなるんだ。だから、小さいのは最近やって来た子だよ』


 エルネスティーネがうなずいたのを見たティアナは次に別のことを尋ねてみる。


「ウィン、あなたにはこうして精霊石に触れると話ができるけど、周りにいる精霊とは触れてもお話できないのですか?」


『どうなんだろうね? エルネはできないみたいだけど。あ、小さい精霊は弱いから普通の人には見えないみたいだよ。エルネの家族は見えなかったみたいだし』


「小指くらいの小さい精霊が見えるのは、普通ではないということですか?」


『見えるんだ。そうなると、ボク達と余程波長が合うんだろうね。エルネは見えるんだっけ?』


「ええ、見えますわ」


 つまり、精霊を見るという点では同じ程度に相性がよいということだ。会話に関してエルネスティーネはできないそうだが、ティアナは自分はどうなのか試してみる。


 最初に近くを漂う頭くらいの大きさの精霊に触れてみる。もちろん、実態はないので触った感触はないが、多少透過させたところで手を止めた。そして挨拶をすると、わずかに球体の色が変化した。


「これ、反応してくれてるんですよね?」


「恐らく。わたくしが同じことをしても色は変化しませんでしたから」


「けれど、何を言っているのかまではわからないですね。これでは一方通行です」


 この反応を見るに、精霊との会話という点では、ティアナはエルネスティーネよりも相性は良さそうだ。しかし、今のところその程度でしかない。続いて小さな精霊にも同じことをしてみたが、結果はすべて同じだった。


 ティアナはなんとも言えない表情で小さく唸る。


「う~ん、微妙な結果ですね。これができたからといって、今すぐなにかできそうではないです」


『けど、エルネよりもいい反応だったんだし、いいことがあるかもしれないよ!』


「そうですね」


 前向きなウィンの反応に二人は笑う。


 この後も三人で色々と雑談などを交わした。今日のところは顔見せということで会見は終了となる。エルネスティーネが別れの挨拶を切り出した。


「それではまた参りますね、ウィル」


『うん、またね! エルネ、ティアナ!』


「はい、また次の機会に」


 特に落胆した様子もなく、ウィルは楽しそうに挨拶を返す。


 こうして、ティアナは精霊であるウィルとの初対面を終えた。

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