近すぎる妹分からのお願い
今まで楽しそうに話をしていたエルネスティーネが、レーラー侯爵のことになると本当に不愉快といった様子になる。政略結婚の話など王侯貴族にとっては当たり前のことなので、ここまで感情的になるエルネスティーネは逆に珍しい。
一体何がそんな反応をさせているのかティアナは気になった。
「王族の血を望むのはどの貴族でも同じですし、巫女の地位はこの国だとそれだけ価値があるということですよね。ですからそれらを望まれるのは当たり前のことでは?」
「でもあの者は、それを私欲のために使うことしか考えていません! 領民は重税に苦しんでいると聞きますし、兄上達の争いも自分の利益に利用しているのです! そんなところにわたくしが嫁いだら、もっとひどいことになるのは明らかではないですか!」
今までのティアナにはアプト商会とレーラー侯爵の関係しか頭になかった。同業者から評判の悪いアプト商会とつながりのある貴族なのだから悪いことをしているとはティアナも想像していたが、いざ具体的にその話を聞くと憂鬱になる。
エルネスティーネは更に勢いでしゃべり続けた。
「それに、精霊石から逃げたがってるウィンが、あの者に利用されるなんてかわいそうですわ!」
「え、精霊石から、ウィンが?」
直感的に聞いてはいけないことでは思ったティアナだったが、同時にエルネスティーネも自分がしゃべった内容に気付いて目を見開く。
「いけない! お、お姉様、これは、あの」
「とりあえず、聞かなかったことにすればいいんですよね」
「そ、そうなんですけど、もう聞かれちゃいましたし、どうしましょう。ティアナ姉様の前だと、何でも話してしまいそうです」
すっかり気落ちしてしまったエルネスティーネは視線を床に落とした。何でも話せてもらえるということはそれだけエルネスティーネが信頼しているという証だが、扱いかねる情報を聞かされてもティアナは困るだけだ。
さすがにこれはまずいと思ったティアナは、エルネスティーネをたしなめることにする。
「エルネ、いくら気安い相手でも、話して良いことと悪いことがあります。特に私なんかは修道院で別れて以来疎遠だったでしょう? そんな人物に軽々しく王家の秘密を漏らしてはいけません」
「承知しています。しているんですけど、どうしてもというか、ついというか、気付いたら口にしてしまっているのです」
恐らく秘密を抱えているのがつらいのだろうとティアナは想像する。幸いティアナはそんなことに関わることはなかったが、前世の記憶という隠し事を抱えているので、エルネスティーネの心情をいくらかでも推し量ることはできた。
しかし、そんなティアナに対して、エルネスティーネが意外なことを伝える。
「でもお姉様、一つ思い違いをなされていますわ。今のお話は王家の秘密ではありません。わたくしと精霊石に閉じ込められている精霊様との秘密ですわ」
「待って、訂正してくれるその内容に、また聞いてはいけない秘密がありませんか?」
「もうこの際ですから、すべてお話をしてしまいましょう!」
急に明るさと元気を取り戻したエルネスティーネがいきなり開き直ってティアナは驚く。明らかに自分を何かに巻き込むつもりなのが見て取れた。しかもその場の勢いだけでだ。ティアナは焦る。
「待って、秘密はしゃべっちゃダメ!」
「聞いてください、ティアナ姉様。実は精霊石の中にはある精霊が閉じ込められているのです。それは王家の始祖様がその力を手放したくなくて臣下に作らせた魔法の牢獄なんです。以来、精霊のウィンクルムはずっと囚われの身なんですの」
ティアナの制止も無視して、エルネスティーネは一気にしゃべり続ける。
「信頼の押しつけは良くないと思うの」
「精霊石から力を引き出せるのは高い魔法の素質を持つ王家の子女のみです。殿方では力を乱用される恐れがあるのでそのように始祖様が作らせたと聞いています。だから、歴代の王は娘を作ろうとしましたし、精霊石の巫女という地位も作られたのです」
「あの」
「でも、ウィンは始祖様以来、王家の男子はお嫌いです。ですから、ウィンが協力を拒否している間は、精霊石から力を引き出せません。そこで、ウィンを説得するために、精霊と波長が合う必要もあるのです。わたくしはたまたまその波長が合った一人ですわ」
これは最後まで全部しゃべる気だとわかったティアナは、黙って聞くことにする。
「会話ができるようになって以来、わたくしは精霊様のことをウィンと呼ぶことを許されました。そしてたまにお話するときは、決まって早くここから出たいとお嘆きになるのです。わたくしはできれば解放して差し上げたいのですが、それがかなわず困っています」
王家に知られるとまずい内容もあることから、これは本当にエルネスティーネ個人で抱えている秘密も混ざっていることがティアナにもわかった。
「ティアナ姉様、どうかわたくしと一緒にウィンを精霊石から解放する方法を探してもらえないでしょうか!」
「途方もないことの上に、そんなことしたら私は重罪人として即刻処刑されてしまいます。それに、最初はお話を聞くだけだったはずですよね?」
お目々きらきら、すっきり状態のエルネスティーネに対して、いきなり共有させられた秘密の重さにげんなりしているティアナが弱々しく抗議した。しかし、エルネスティーネは容赦なく更にお願いを重ねてくる。
「ああそうですわ! 一緒にあの者、レーラー侯爵がわたくしを諦める方法も考えてくださいませんか? ティアナ姉様のお力添えがありましたら、何も怖くありませんわ!」
「相当鬱憤が溜まっていたようですね」
エルネスティーネの奔流のようなおしゃべりが終わったときには、ティアナはすべてを知ってしまっていた。不可抗力とはいえ、他の人々に秘密を知っていると思われてしまっては身が危なくなってしまう。
どうしたものかとティアナが思案していると、エルネスティーネが不安そうな表情を浮かべた。
「勝手な言い分だとは存じておりますが、どうしても言いたかったのです。申し訳ございません」
「確かに一人で秘密を抱えるのは大変ですよね。更にレーラー侯爵なんて方に迫られるとなると」
仕えてくれる人はこの屋敷にも多数いるとしても、エルネスティーネが求めているのは対等な立場で支えてくれる人物だ。そういう人物が周囲にいないのが、今のエルネスティーネの抱える最大の問題だとティアナは思う。
それでは、自分がそんなエルネスティーネを支えられるのかと問われると、どう考えても無理に思えた。憑依体質以外にこれといった能力や才能はなく、実家と縁が切れたため地位もない。更に手持ちの金銭は餞別としてもらった路銀のみだ。助けられる要素がない。
「地位も、名誉も、富も、権力も、すべての面において私はエルネの足下にも及びません。そんな私が助けられることなんてないように思えるんですが」
「それでも、ティアナ姉様にはわたくしにはない、知恵と自由をお持ちです。それに何より、わたくしの心な支えになってほしいのです」
やっぱりそうなのだとティアナは納得した。修道院を離れてからはずっと一人だったのだろうとティアナは推測する。更にまだ子供の身で、王家や精霊石の秘密を抱え込まされたり、強引な婚姻話を持ちかけられたりしたのだ。誰かに頼りたくもなるだろう。
ティアナはどんなに考えても、自分がエルネスティーネを直接助けることはできないという結論に達する。しかし、同時に何とかできないものかとも思った。
「もう一度言いますけど、私自身は直接何もしてあげられることはありませんよ? しかも、この国にいる間という限られた期間です」
「それでわたくしが納得すれば、支えてくださるのですか?」
「はい。せいぜいお話を聞いてあげることくらいでしょうけど」
「ありがとうございます、ティアナ姉様!」
ついに了承したティアナに密着していたエルネスティーネが抱きついた。ティアナはさすがに暑苦しく思う。
しかしそれ以上に、何かやらかしてしまったような不安が腹の底から湧き上がる感じがして、妙に落ち着かなかった。
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日差しが朱く染まり始めた頃、ティアナは屋敷を辞去した。帰りはエルネスティーネの馬車にラムペ商会まで送ってもらうことになっていた。
屋敷の控え室でアルマと合流したティアナは、馬車に乗り込むとぐったりと背もたれに体を預ける。ようやく案内役の侍女から離れて二人きりになったところで、アルマが口を開いた。
「お疲れ様。ただ単に懐かしい人と再会したっていう顔じゃないわね」
「色々とめんどくさいことになった。しかも一方的に押しつけられて」
ティアナの言葉にアルマが眉をひそめる。アルマ自身はまだエルネスティーネの姿を見たことはないため、どんな人物なのか把握しきれずに戸惑う。
馬車が動き出す中、アルマは更に尋ねた。
「念のために確認しておくけど、あの王女様はあんたの知り合いだったのよね?」
「うん、知り合いだった。いっそ赤の他人だったら良かったのにって、今はちょっと思ってるけど」
「それで、積もる話をしてただけじゃないのね。どんな厄介事を押しつけられたわけ?」
「あーうーん、どう説明したもんかな」
「なによ、あたしにも言いにくいこと?」
「よし、ばれると即処刑される王家の秘密と精霊石の秘密もまとめて聞かせてやろう」
「は? ちょ、待ちなさい!」
アルマの制止も聞かずに、ティアナは最初から最後まですべてしゃべる。最初は抵抗していたアルマだったが、知らないときちんと相談できないと言われて結局は全部聞いてしまう羽目になった。
今度はティアナがエルネスティーネの立場に立って話し終えると、アルマはぐったりと馬車の背もたれに体を預けた。
疲れながらも笑顔のティアナを恨めしそうに見つつ、アルマは感想を漏らした。
「最悪。あんたなんてこと聞かせてくれたのよ」
「エルネの気持ちが今わかった」
「はいはい、そーですか。よかったですねぇ。まったく、精霊石に閉じ込められた精霊の解放と結婚を迫る有力貴族を回避する方法を考えるって、どっちも個人じゃどうにもなんないわよ? 一体どうするつもりなの?」
「だからそれを相談したいんだ」
「バカじゃないの、あんた。一介の平民でしかないあたしに何ができるっていうの」
あまりにも正論過ぎてティアナは何も言い返せなかった。自分でもそう思っているのだから、アルマが妙案を思いついてくれるなど虫が良すぎることだと理解している。
アルマに呆れられたティアナだったが、それでも笑みを崩さずに口を開く。
「俺もそう思ったから、直接は何もしてあげられないよって念は押したよ。それでもいいってエルネが承知したから受けたんだ」
「それにしたって無茶でしょうに」
「確かに。けど、聞いてもらうだけでも精神的には楽になるし、役に立たなくても誰かがそばにいるだけでも全然違う。それが今わかった」
「同情するのが悪いとは言わないけれど、荷が重すぎるって思わなかったの?」
「結局、エルネには誰もいないっぽいんだよなぁ。母親は既に死んでるし、父親は信頼できない。兄貴二人とは疎遠だし、友人もいない。侍女や使用人はいるけど、それはまた別だもんな」
話だけで聞いているエルネスティーネの境遇がアルマにもわかってきた。王女という立場以上に孤立していることを理解する。
ティアナが言葉を続けた。
「アルマが俺の立場だったら、断ってたか?」
「嫌な質問するわね」
返事をしてからアルマはため息をつく。経過はどうなるかわからないが、最後に出す結論は同じになってしまうことは想像できた。だからこそ、愚痴は言えても非難はできない。
再度ため息をついてからアルマは口を開く。
「もう約束しちゃったものは仕方ないわ。今後はその子を助けるという形で動くのよね。それで、あんたの目的とアプト商会の件はどうするのよ?」
「うん、そうなんだよな。どうしよう」
揺れる馬車の中、アルマに半目で見られてティアナは口ごもる。自分の目的は一旦後回しにできるとしても、アプト商会の件についてはまったなしだ。特にウッツに目を付けられてしまった以上、もう無関係ではない。
考えがうまくまとまらないまま、ティアナはアルマに返事をする。
「後ろ向きで良くないんだろうけど、アプト商会とウッツについては、ラムペさんと話をしながら対処していくしかないんじゃないかなぁ」
「こっちからは何もできないってこと?」
「うん。だって、俺達個人ができることって、ラムペさんが全部できることだし。ウッツの嫌がらせが俺達に向かってきたときに、どうするかくらいじゃないか?」
「アプト商会を襲撃するわけにもいかないものねぇ」
アルマの歯切れも悪い。いずれ火の粉が降りかかってくるのはわかっているが、今は待つしかできないのがもどかしかった。
仕方がないのでアルマは話題を変える。
「それじゃ、王女様の件はどうするのよ? あっちはあっちで個人じゃどうにもならないじゃない」
「その通りなんだけど、まずはエルネと色々話し合わないと」
「さっき話してきたんじゃないの?」
「今までの経緯と現在の状況を知らせあって、今後も協力していこうって話がまとまっただけだよ。これからについては実のところ何も決まってない」
「ダメじゃない」
「そもそも、今日はお互い本当に知り合いなのか確認するだけのはずだったんだ。これでも充分話が進んだと見るべきだろう」
エルネスティーネがどこまで考えていたのかはともかく、少なくともティアナは顔見せくらいしか考えていなかった。アルマもそれを思い出して黙る。
ティアナとアルマがラムペ商会に到着したのはそれからしばらくしてからのことだった。
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