幕間 侯爵の護衛

 控え室でティアナ達と雑談をしていたタクミは、やって来た侍女により主人のレーラー侯爵が面会を終えたことを告げられた。異世界にやって来て初めて楽しい会話はこれで終わりだ。


 ティアナに続いて席を立ち、木製の棒を持ち直す。そこで、アルマが座ったままなのに気付いた。


「あれ、アルマは一緒に行かないの?」


「今日呼ばれてるのはお嬢様だけだからね。あたしはここでお留守番よ」


「へぇ、ハルトヴィンさんとは違うんだ」


「誰よそれ?」


「侯爵様の執事さんなんだ。僕、執事なんて人、初めて見たよ」


 素直なタクミの感想にアルマが苦笑いする。


 タクミも釣られて笑ったが、ティアナが部屋の外へ出ようとしているのに気付いてそれを追う。更に扉付近でアルマに挨拶を忘れていたことを思い出して振り返り、一礼した。それに対してアルマは小さく手を振る。


 控え室を出たところでタクミはティアナに追いつく。侍女の後についていこうとしているところだ。同時に、廊下の奥から二人の人物が現れた。


 もう侯爵の護衛に戻らないといけないタクミは、最後にティアナへ声をかけた。


「それじゃ」


「ええ」


 お互い笑顔で挨拶を交わすと、タクミは一息吐き出して顔を引き締めた。


 ティアナと侍女が離れていくのと入れ替わるように、二人の人物がタクミに近づいてくる。先頭を歩くやや痩せ型でちょび髭が特徴の中年がアルベルト・レーラー侯爵、その背後に従っている白っぽい金髪で青い瞳の落ち着いた老人が執事のハルトヴィンだ。


 近づいてきたレーラー侯爵に頭を下げたタクミは、ハルトヴィンの背後に続く。何かあったときにはすぐに飛び出せるよう気を張っておかなければならない。そのため、何もなくても疲れるこの護衛の仕事をタクミは内心嫌いだった。


 そんなタクミに歩調を合わせて横へとハルトヴィンが並んでくる。用があるときは振り向いて声をかけてくるので珍しい。


 ゆっくりと丁寧な口調でハルトヴィンがタクミへと小さい声で問いかける。


「タクミ、合流する直前に挨拶を交わしたあの者は誰かね?」


「え? ティアナっていう女の子ですよ。暇だったから控え室で話をしていたんです」


 タクミもハルトヴィンに合わせて小さい声で返答する。


「知り合いなのか?」


「いえ、今日初めて会いました」


 次は何を問われるのかと身構えていたタクミは、主人の背中へ視線を向けて黙ったハルトヴィンに目を向ける。護衛の仕事とは別の緊張感に包まれて息苦しくなってきた。


 たまらずタクミから質問してしまう。


「あの、何かあるんですか?」


「それほど大したことではない。王女様の次の面会者にふさわしくないと思ってな」


 タクミは先程の控え室での会話を思い出す。ティアナは自分を偉くないと言っていた。それでも良いところのお嬢様みたいに見えたのは確かだ。本当のところはタクミにはわからないものの、あれだけ美人なら貴族かもしれないと思えた。


 色々と思い出しながら考えていたタクミに対して、ハルトヴィンが更に尋ねた。


「そのティアナという者に対して、聞いたことを知らせなさい」


「えっと、この屋敷の主人に呼ばれたから来たことと、奉姫祭に出てたことくらいかなぁ。あんまり話をする時間がなかったんで」


 さすがにタクミも主人の悪口については黙る。その程度の分別はあった。


 うなずいたハルトヴィンは、興味をなくしたのか再びレーラー侯爵の背後へと戻る。タクミは思わず小さいため息を漏らした。


 二人が話をしているうちに玄関へと着いた。屋敷の使用人が扉を開けると、正面にレーラー侯爵の馬車が横付けされていた。馬車の背後には一名の兵士が立ち乗りしている。護衛の兵士だ。馬車の前後には、それぞれ四騎の騎兵が待機していた。


 玄関口へとレーラー侯爵が到達すると、御者が馬車の扉を開ける。そしてすぐに中へと入った。ハルトヴィンがそれに続く。


 御者は扉を閉めると、すぐに御者台へと向かった。タクミも馬車の背後へと向かい、立ち乗りしている兵士の隣に立つ。


「あとは帰るだけか」


 何気なしにタクミがつぶやいた。帰ったところで良いことはないが、一時期路頭に迷いかけただけに安心感はある。


 御者が馬に鞭を入れて馬車が動き始めると騎兵も同時に馬を動かす。


 顔に緩やかな風を感じながらタクミは周囲の風景を眺めていた。

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