予想外の出会い

 精霊祭の開催期間中に白昼堂々と襲撃されたラムペ商会だったが、翌日には営業を再開していた。商売人のたくましさを垣間見たティアナだったが、逆に治安を担当する役人の鈍い動きには呆れた。本当に何もしてくれないのだ。


 とある食事時にティアナは思わずラムペに問いかけた。


「ラムペさん、これいくらなんでもひどくないですか? こんなんじゃ王都の治安なんてなきに等しいですよ」


「アプト商会の後ろ盾であるレーラー侯爵は、王都の治安を担当する役人に強い影響力がありますからね。侯爵様の口出しがなければ、割と動いてくれるんですけど」


 諦めた様子のラムペの返答にティアナは呆れた。つまり、レーラー侯爵絡みだと王都内は無法地帯になる可能性があるわけだ。


「でもどうして有力貴族とは言え、レーラー侯爵が王族の根拠地である王都で好き勝手できるんです? 普通は王族の方々も嫌がりますよね?」


「レーラー侯爵家のご令嬢が国王の側室に入っているんだ。確か現当主の姉君だったはず」


 それは駄目だとティアナも首を横に振った。横で聞いていたアルマも同様である。


 ともかく、被害はあったもののすぐに立ち直ることができたので、ティアナとアルマができることはなかった。


 精霊祭の最終日も王都は賑わっていた。翌日からはまたいつも通りに戻るということもあって、商売人の中でも店を閉めて昼間から酒を呷っている者もいる。


 ティアナはこの日の朝はラムペ商会の貸し与えられた客室にいた。ベッドでごろごろとしている。


 一緒にいるアルマに対してティアナはぽつりと漏らす。


「意外と一週間って長いよな」


「どうしたのよ、急に」


「いや、お祭りだから一週間くらいすぐに過ぎると思ったんだけど、二日ほど前からだんだん時間の進み具合が遅くなってきているような気がするんだ」


「単にお祭りに飽きただけじゃないの?」


 指摘されて初めてティアナは気付いた。そう言えば、食べ物も見世物も出している店や一座はたくさんあるが、中身に関してはそれほど違いがない。


「なるほどな。そうなるとよく五日間も保った方か。アルマはどうなんだ?」


「三日目くらいから飽き始めてたわね」


「早いな」


「そう? 完全に飽きたのはあんたと同じ二日前だったわよ。あたしにしたら、長持ちした方ね。まぁ、途中で余計なイベントもあったし」


 心当たりのあるティアナは曖昧な返事をしてそのまま黙った。


 そのとき、扉がノックされる。アルマに目配せされたティアナは、寝そべっていた体勢から起き上がって座って服の皺を伸ばした。


 ティアナが最低限の準備を整えると、アルマが扉を開ける。そこにはラムペの使用人が立っていた。


「ティアナさん、応接室へ来ていただけないでしょうか。旦那様からお客様がお待ちだと伝えるよう申しつけられております」


「お客様とはどなたですか?」


「エルネスティーネ・シャルフェンベルク王女の使者様です」


 扉の前で使用人から話を聞いたアルマはティアナに振り返る。そのティアナは眉を寄せて首をかしげていた。


 伝言を伝え終わった使用人が去ってアルマが扉を閉めると、ティアナが口を開いた。


「アルマ、お前なんかした?」


「バカ言わないでちょうだい。やらかしたんなら絶対あんたの方でしょう。ご大層なお名前のやんごとなきお方との接点なんて、あたしにあるわけないじゃない。あったらそっちに就職してるわよ」


「だよなぁ。でも、王都に来たばかりの俺に、なんで王女様からの使者が会いに来るんだ?」


「心当たりは? 直近では接点なんてないはずだから、ずっと昔に会ったことがあるとか」


「ええ? ずっと昔? そんなご大層な女の子と出会ったら、忘れるはずが」


 腕を組んで首をかしげていたティアナが途中で言葉を切る。アルマが目を細めた。


「何よ、心当たりがあるんじゃない」


「いや待て。十年も前の話だぞ。しかも本当にその子かもわからん」


「とりあえず吐いて」


「吐くって。えっと、実家の領内に修道院があるんだけど、そこに女の子がやって来て二年ほど住んでいたことがあったんだ。そのときに仲良くなった子かもしれない。でも当時はエルネって名前以外は教えてくれなかったしなぁ」


 一生懸命記憶を引っ張り出しながらティアナが説明する。しゃべっている内に色々と思い出してきたこともあった。


 人差し指をあごに当てたアルマがつぶやく。


「あたしが来る前ね。それじゃ知らないはずだわ」


「それにしても、なんでここに来たことがわかったんだ?」


「さぁね。ともかく、使者様を待たせるわけにもいかないから、早く会いに行きましょ」


 明らかに気乗りしないティアナであったがやむなく立ち上がる。


 アルマに背中を押されながら、ティアナは応接室へと向かった。


-----


 翌朝、ラムペ商会の前に一台の馬車が止まった。王侯貴族の専用馬車ともなると家紋が刻まれているものだ。しかし、この馬車にはシャルフェンベルク家の家紋ではなく、鳥をあしらった文様が刻まれていた。


 約束の刻限に建物の前へと現れたティアナとアルマは、促されるままに馬車の中へと入る。ガイストブルク王国に来るときに使った馬車とはまるで違う内装に二人は驚いた。


 馬車に乗っているのはティアナとアルマとローザの三人だ。ローザはエルネスティーネの侍女と名乗っており、昨日二人に面会を求めた人物でもある。


 動き始めた馬車の中で侍女がティアナに一礼した。


「本日は、主人の面会に応じていただきありがとうございます」


「はい」


 昨日と同様にほぼ無表情で対応してくるローザに、なんとなく落ち着かないティアナは一言だけで返事を済ませる。


 ティアナがローザと初めて面会したときは随分と質問された。特に修道院でエルネスティーネと何をして過ごしたのかということを尋ねられている。会話を通して、あらかじめ二人しか知らないことをいくつか主人から聞き取っていることティアナは知った。


 逆にティアナがローザに問いただしたことをまとめると、奉姫祭のときに偶然ティアナを見かけたので会いたいということが判明する。


「今日はあなた様にお目にかかることを、主人はとても楽しみにしておられます」


「そうですか」


 ティアナは緊張から適切な言葉が返せない。ローザの自分への評価は下がりっぱなしだろうと予測しつつも、会ってから何を話そうかティアナは思案した。


 王都の城門をくぐって外へ出て馬車は郊外の道を進む。いくつか分岐と合流を繰り返し、森へと差しかかった。その森を抜けると原野が広がっており、次いでいくつもの丘の間を通り抜けた。やがて平坦な道のりは終わり、いよいよ丘の上を馬車が登る。


 その先に、エルネスティーネの住む屋敷が見えてきた。王都ほどではないにしろ、立派な塀に水を引き入れた堀に囲まれ、警護兵も多数見受けられる。


 しかし、ティアナが気になったのは屋敷の敷地の隣にある建物だ。ティアナの前世込みの知識では神殿のように見えた。屋敷と同じようにしっかりと警護されている。


「あのお屋敷の向こうにある建物は」


「精霊殿です。今の主人は、精霊石におわす精霊様にお仕えする巫女ですから」


 ローザの話を聞いて、ティアナは精霊石は精霊殿に安置されているという話を思い出した。そして、自分の知り合いかも知れない人物が、その巫女をしていることを知る。


 精霊殿の敷地へ至る道から逸れて、馬車はエルネスティーネの屋敷へと向かう。水堀に降りっぱなしの跳ね橋を渡るとすぐに門へと至り、その奥には広場と屋敷が見えた。


 広場の一角に別の馬車が留め置かれているのを流し見してから、ティアナは視線を屋敷の玄関へと向けた。馬車が止まると御者が扉を開ける。同時に屋敷の両開きの扉が門番によって開けられた。


 最初に降りたローザがティアナに体を向けると一礼した。


「ようこそ、ティアナ様。我が主人エルネスティーネ様の元へご案内いたします」


 ティアナより余程洗練された動きのローザに案内されたティアナとアルマが歩き出す。しかし、ローザ共々屋敷に入ったところでその動きを止めた。小走りで寄ってきたメイドがローザに耳打ちしたからだ。


 すぐに下がるメイドには目もくれず、ローザはティアナ達に向き直った。


「申し訳ありません。我が主人は現在別の方と面会中ですので、控え室にてお待ちしていただきます」


「承知しました。案内をお願いします」


 先客がいるのならばティアナには是非もない。このような屋敷に来訪する人物など、貴人や富豪の可能性が高いことはすぐにわかる。こちらは呼ばれてやって来たのだから会わずじまいで追い返されることはないだろうと、ティアナは気楽に考えることにした。


 ローザが案内してくれた控え室は玄関からすぐ近くだった。扉を開けたローザが先に入り、ティアナ達がそれに続く。中には先客が一人椅子に座っていた。


「それでは、お呼びするまでここでお待ちください」


 丁寧な一礼の後、ローザが退室すると、控え室内には三人が残る。ティアナ、アルマ、そして先客の男の子だ。体全体はやや線が細く、黒髪に黒い瞳という前世の記憶持ちである二人には懐かしい風体の人物だった。


 その男の子は、なぜか先程からティアナを見て驚いていた。大人一人分くらいの長さの木製の棒を倒れないように手にしていたが、手放して床に転がしてしまう。


「きみ、奉姫祭に出ていた子じゃないか!」


 男の子の言葉にティアナは納得した。ティアナもアルマも男の子とはまったく面識はないが、男の子は一回だけ舞台に上がったティアナを目撃していたのだ。一方的に知っているはずである。


 なんとなく事情がわかったティアナとアルマだったが、それでも二人が男の子を知らないことには変わりない。ティアナはにっこりと笑って挨拶をした。


「初めまして。ティアナです。あれを見ていたんですね」


「はい。なんとなくふらっと寄って見たんです。まさかここで会えるなんて。あ、僕、鏑木巧っていいます! じゃなかった、タクミ・カブラギです!」


 タクミの名乗りを聞いたティアナとアルマが呆然とする。まさかこんなところで、日本人に出会うとは思ってもみなかったからだ。ティアナは思わずアルマを見る。


「アルマ、どうしましょう?」


「いや、どうしましょうって言われても。どうしたらいいんですか?」


 あまりにも予想外の出会いにどちらも動揺する。


 それを見ていたタクミが不思議そうに二人を見ていた。


 いち早くそれに気付いたアルマが自己紹介から話を広げようとする。


「初めまして、あたしはアルマよ。タクミはどうしてここにいるの?」


「今日は偉い人の護衛でここまで来たんだ。それで、その偉い人、僕の雇い主は今この屋敷の人と話をしてるから、待ってるところなんだ。キミ達は?」


「こちらのお嬢様がこの屋敷の主人に呼ばれたから来たのよ。あたしはその付き添い」


「え、ティアナってそんなに偉かったの!?」


 アルマの説明を聞いたタクミがティアナに視線を向けて驚く。事情を知らなければこの反応は仕方ないが、苦笑しながらティアナはそれを否定した。


「まさか! 私は偉くなんてありません。この旅装を見てもわかるでしょう? 貴族の偉い人に見えますか?」


「あーうん。でも、奉姫祭のとき、みんなお姫様みたいにきれいだって言ってたから、そうなのかもって思ったんだ」


 隣でアルマがにやにや笑っているのを見てティアナは顔を引きつらせる。しかし、緊張していたせいでその辺りの記憶が全然ないため反論できなかった。


 このままでは都合が悪いと思ったティアナは話題を逸らそうとする。


「そう言えば、屋敷の前の広場に停めてあった馬車は、タクミのご主人様のものですか?」


「この屋敷に来てるのが、僕達ときみ達だけなら」


「ご主人様ってどんな人なの?」


「レーラー侯爵っていう貴族なんだ。とても偉い人らしいんだけど、僕はよくわからないんだよね」


 レーラー侯爵という言葉を聞いたティアナとアルマは眉をひそめた。ラムペからアプト商会の後ろ盾の貴族と聞いていたからだ。ウッツの横暴を取り締まらせない貴族という時点で二人の評価は谷底だが、タクミがその貴族の護衛をしているとは予想外だった。


 ティアナは続けて質問する。


「どうしてレーラー侯爵の護衛をしているの? こう言っては悪いけど、そんなに強そうに見えないです」


「あははは、だよね! 僕も最初は護衛ができるとは思ってなかったよ。でも、無茶苦茶速く動いたり、大きな岩でも簡単に持ち上げられたり、飛んでくる石がゆっくりと見えたり、こっちに来てから急に強くなったみたいなんだ」


 いわゆるチート能力というやつだと二人はすぐに気付いた。なるほどそれなら護衛も可能だろう。鎧どころか防具すら身につけてないことから、相当な能力なのかもしれないと二人は予想する。


 タクミが手に取り直した木製の棒にちらりと視線を向けてから、ティアナは更に尋ねる。


「でも、タクミとレーラー侯爵のつながりがわかりませんね。平民と貴族なんて接点は早々ないでしょうし。何かあったんですか?」


「それはね、こっちに来たときに、レーラー侯爵を助けて、それからお世話になったというか、そういった縁なんだ」


 説明に心底困っているタクミを見てティアナとアルマは同情した。恐らく転移してきてレーラー侯爵に保護されたのだろう。右も左もわからない状態では生きていけない。


 また、話をしてみてタクミが純朴な善人だということもわかってきた。それだけに、レーラー侯爵に利用されているのではないかと危惧する。二人とも内心頭を抱えた。


 そんなとき、控え室に侍女が入室してティアナに順番を告げてくる。同時にタクミはレーラー侯爵が退室したことを告げられた。


 すっきりとしないものを抱えつつも、ティアナとアルマはタクミとその場で別れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る