店舗への嫌がらせ
一週間かけて開かれる精霊祭も半ばまで過ぎた。祭りは日増しに盛り上がり、王都民は様々な催し物に熱中している。
初日こそ奉姫祭でけちが付いてしまったティアナも、翌日からは持ち直して祭りを楽しんでいる。過ぎてしまったことは仕方がないと気持ちを切り替えたのだ。
現在、ティアナとアルマは大きな広場にやって来ている。手品、大道芸、歌唱などここは相変わらず大盛況だ。奉姫祭が開かれていた舞台では演劇が行われていた。
それらを一望したティアナは上機嫌だ。
「さて、今日は何を見ましょうか」
「演劇は昨日見たやつと同じですね。歌も同じ。手品と大道芸は人だかりで見えないから近づかないと」
「昔語りをしてる人もいるみたいよ。どこからか声が聞こえる」
「よく聞こえますね。歌声と雑音であたしには聞こえないですよ」
目移りする二人は手近な催し物に引き寄せられては離れていく。最初は大道芸、次は手品と回ったが、これは昨日と同じだった。ここで一度屋台に寄ってりんごを二つ買う。二人とも丸かじりをして食べてみたが、皮を剥いてもらうべきだったと後悔した。
その後、昔語りをしている人を発見するが、ちょうど終わったところだと知って二人は残念がる。次いで吟遊詩人の語りを覗くと、こちらは始まったばかりだったのでどちらも聴き入った。
やがて吟遊詩人の語りも聞き終わると、二人はおひねりを帽子の中に入れてその場を離れる。その顔はとても満足そうだ。
「ん~吟遊詩人のお話にしては当たりだったわね! 珍しく冒険譚が聞けたのは良かった! 恋愛よりもっとこっちの物語をしてくれたらいいのに」
「お嬢様は昔語りの方が好きですものね。でも、あっちは男の子ばっかりじゃないですか」
「なら尚更私向きじゃない」
「あ~うん、まぁそうですねぇ。でも世間一般だと、好いた惚れたの方が、どうしても受けがいいから仕方ないですよ」
「みんなもっとこう冒険したいと思わないのかしら?」
「身近な方が想像しやすいってのもあるんじゃないですか」
雑談を交わしながら、ティアナとアルマは広場を離れて大通りへと足を向ける。
どこに向かっているのかすぐに気付いたティアナが首をかしげた。
「あれ、ラムペ商会に戻るの?」
「そろそろお昼ご飯の時間ですからね。ラムペさんのところ、お祭りの間は結構奮発してますから、徹底的にご相伴に預からないと」
ラムペ商会に身を寄せてからのアルマはそこの使用人達と仲良くなっていた。その伝手を利用して色々なことを聞いているのである。
「先月までの慎ましい生活が嘘のような食生活ですよね!」
「貧乏貴族だったのがすべて悪いんです。本当はもっとましなんですから」
「カボチャのスープ、シェーブルチーズのタルティーヌ、鶏肉と赤レンズ豆のポタージュ、えっとそれから、他にもたくさん出てきますから楽しみです!」
「本当は貴族だったときに、それくらい毎日出せるだけの財力があってほしかったんですけどね。でもそうなると、あたしなんかは採用されなかったんでしょうけど」
早々に記憶力が限界に達したティアナに苦笑しながら、アルマはかつての生活を振り返った。貧乏商家の娘が送り出される奉公先などたかが知れているのだ。
やがてラムペ商会の建物が見えてきたところで、建物の正面に人だかりができていることに二人は気付いた。
「アルマ、今日ラムペさんのところで、何か催し物でもやるって聞いていました?」
「いいえ、普通に商売をしているはずですけれど」
首をかしげつつも二人が更に近づいていくと、次第に怒声がはっきりと聞こえてきた。二人は驚いて顔を見合わせる。
早足で野次馬の最外周までたどり着いた二人は、そのまま人垣をかき分けてその最前列まで進む。すると、ラムペ商会の店先で乱闘が起きていた。ラムペ商会の本店では雑貨類を商っているが、その店先がひどい有様になっている。
「なによ、これ」
なぜこんなことになっているのか理解できずに呆然とするティアナだったが、ふと視界に浅黒い筋肉質な体躯の男がよぎる。
「あいつは、ウッツ!?」
「話には聞いてたけど、嫌がらせってここのまでするの!? これじゃ襲撃じゃない!」
アルマも同時に言葉を漏らす。祭りの日に堂々と襲ってくるとは思っていなかったのだ。
乱闘の様子を見ると、ウッツを含む襲撃側がラムペ商会の用心棒と戦っている。その勝負は五分のようだが、襲撃側の数が多くて店員と商品にまで手が回っていない。そのせいで、店先は荒らされるがままだった。
また、問題のウッツはラムペ商会の用心棒とは戦わずに、もっぱら店員を痛めつけていた。どうも戦い慣れていない者だけを選んでいることがわかる。
ティアナはアルマへと顔を向けた。
「ねぇ、これ」
「喧嘩に自信があってもダメですよ。相手は手加減なしで殴ってくるんですからね」
「アルマは喧嘩をしたことがあるの?」
「こっちに生まれてからはありません。ただ、街中で何度か男同士の喧嘩は見たことはあります。それと比べても目の前のは容赦ないですよ。これじゃ死人が出てもおかしくない」
顔をゆがませながらも説明してくれたアルマの言葉にティアナは息をのむ。前世に遡っても喧嘩などしたことがないティアナからすると、そんな話を聞いてはこれ以上脚を前に進められなかった。
しかし、そうも言っていられなくなる。何とはなしにウッツの姿を追っていると、その先にラムペがいることをティアナは見てしまった。すぐにその事実をアルマにも知らせる。
「アルマ、ウッツがラムペさんに! 行こう、三対一ならなんとかなるかも!」
「えっ、ちょっと!? ああもう!」
最初はティアナを引き留めようとしたアルマだったが、ラムペの危機だということがわかると一緒に走り出す。
さすがに真正面から乱闘のど真ん中を突っ切るわけにはいかないので、二人は店の端っこからこっそりと中へ入る。床一面に商品が落ちているため、仕方なくどちらも内心で謝りながら落ちてる商品を踏みつつ先を急ぐ。
できるだけ急いでいた二人だったが、ラムペは無傷というわけにはいかなかった。到着した頃にはウッツに一発殴られていた。
「いけない! 二人とも逃げるんだ!」
「ああ? てめぇは奉姫祭のときの小娘じゃねぇか」
突然ティアナとアルマが現れたことに驚いたラムペとウッツが声を上げる。ラムペが悲壮なのに対して、ウッツは余裕だ。
そんなウッツに対してティアナが叫ぶ。
「どうしてこんなひどいことをするんですか!」
「そりゃお前さん、これが仕事だからさ。だからさっさと消えな。痛い目は見たかねぇだろ? オレも仕事は報酬分しかしたくねぇんだ」
めんどくさそうにウッツがティアナに言葉を返した。
次いでラムペが血相を変えてティアナに叫ぶ。
「私はいいから、早く行きなさい!」
「おぅおぅ、ハゲかかってるくせにカッコつけるじゃねぇか、ええ? ムカつくんだよなぁ、てめぇのようなやつぁよぉ!」
のんびりとした口調に侮蔑した感情を混ぜ合わせた言葉を吐き捨てると、ウッツはラムペを殴り始める。
それを見たティアナがとっさにやめさせようと近づく。
「邪魔だ」
まるで服に付いた埃を取り払うようにウッツは気軽に一発殴ろうとする。
自分の顔に向かって放たれた拳をティアナが避けられたのは、ほとんど偶然だった。中途半端で終わったとはいえ、いくらか習った剣技などが役に立ったのかもしれない。大げさに横へ避けたせいでよろめいたティアナだったが、ウッツの一撃は回避できた。
驚いたのはウッツだった。目を見開いてティアナを眺めていたが、すぐにやりと笑う。
「へぇ、まぐれか? それとも何かやってたのか? 何にせよ、面白くねぇなぁ」
めんどくさそうにウッツがティアナに体を向ける。
ティアナは身構えた。以前幽霊騎士に教えてもらった通りの構えであるが、素手での戦いはほぼ素人だ。
「残念、もう一人いるのよ?」
「ああ?」
いつの間にか二本の木の棒を持ったアルマがティアナに立つ。一本をティアナに押しつけると、それを構える。ティアナも慌てて構えた。
「大の男相手なんだから、か弱い女の子二人でちょうどいいくらいよね」
「うっせぇぞ、てめぇ。棒きれなんぞ持ちやがって」
アルマの構えが素人のものではないとわかったウッツが舌打ちする。わずかに腰を落として距離を取った。
「なんなんだめてぇらはよぉ。人の仕事の邪魔しやがって。そっちの銀髪はともかく、てめぇはシロウトじゃねぇな? 女のくせによぉ」
「もう充分店を荒らしたでしょ。さっさと引いてくれない?」
「てめぇの指図なんざ受ける気はねぇよ。まったく、めんどくせぇなぁ!」
最後に語気を荒げつつ、ウッツは素早く背中から鈍く光る金属の棒を取り出した。同時にアルマに向かって大きく踏み込み、木の棒の半分程度の長さしかないそれでで打ち込む。
自分が攻撃対象になることを予測していたアルマは、一歩下がって鈍く光る金属の棒を弾こうとする。しかし、予想以上の力強さで突き出された金属の棒は、ほとんど軌道が逸れなかった。
「くっ!」
更に一歩下がりつつ自分の体を進行方向から逸らせたアルマだったが、ウッツは更に大きく踏み込んで金属の棒を打ち込んでくる。あくまでも間合いを縮めるつもりだ。
だが、ウッツの側面からティアナがちょっかいを出してきたことで、その目論見は失敗に終わった。ティアナの繰り出してきた木の棒を金属の棒で弾いたウッツは、大きく後退して構える。
「ああもう鬱陶しい! 下手くそなくせに息だけは変に合わせやがる! ちっ、まぁいいや。仕事はしたんだ。今日のところは引き下がってやる。街中で出会ったら覚えとけよ」
こめかみに青筋を立てて言葉を吐き捨てていたウッツだったが、周囲の惨状を見て判断を下す。そして、アルマの動きを気にしながら、徐々に後退していった。
改めて木の棒を構え直していたティアナがつぶやく。
「終わった?」
「あのウッツって奴との戦いはね」
ティアナとアルマは店内を見渡す。ひどい有様だったが、乱闘は急速に収まりつつあった。ウッツだけではなく、襲撃者全体が引き上げていったようだ。
それで一安心したが、同時に大切なことを思い出して声を上げた。
「あ、ラムペさん!」
「殴られていたようですけど、けがはどの程度ですか?」
二人してラムペの元へと駆け寄る。顔に痣があるが、幸い立つことはできるようだ。
「私の傷は大したことないです。それよりも、二人は無事ですか!?」
「はい、何ともありません。アルマはどう?」
「平気ですよ、お嬢様」
既に木の棒を手放していたアルマは何事もなかったかのように答える。ついさっきまで戦っていたというのに、よく簡単に心を切り替えられたものだと内心感心した。
そんなティアナの内心とは関係なく、ラムペが謝罪してくる。
「お客人であるあなたを、こんな騒動に巻き込んでしまって申し訳ないです」
「自分で飛び込んだのですから、謝罪は必要ありません。それよりも、悪いのは襲ってきた者達です。心当たりはあるのですか?」
「はい。ありますが、それよりもティアナ嬢、先程ウッツと話をしていましたが、知っているのですか?」
「ええ。奉姫祭のときに、少し」
ティアナにとっては後ろ暗い話ではあるが、仕方ないのでラムペに以前あったことを簡単に話す。そこで、ウッツがアプト商会の用心棒だと名乗られたことも伝えた。
それを聞いたラムペがうなずく。
「そういうことだったんですね。あいつのやりそうなことだ。今年の奉姫祭の優勝者はアプトとは無関係だと思っていたが、これは考え直さないといけないな」
怪我もそっちのけでラムペが何かを考え始める。二人は顔を見合わせた。この王都の裏でラムペ達がどのように動いているのかなど、ティアナにもアルマにもわからない。
ふと思い浮かんだ質問をティアナが口にする。
「アプト商会の嫌がらせがあるって聞いたことがあるんですけど、いつもこんなことをされるんですか?」
「いや、今回が初めてです。前までは店の前で難癖を付ける程度だったんですが、次第にひどくなってきてます」
「他のお店なんかも嫌がらせをされているんですか?」
「そうなんですよ。アプト商会の後ろ盾にはレーラー侯爵の後ろ盾がありますから、多少の無茶はききますからね」
「これが多少の無茶ですか」
思わずティアナは絶句する。
そんなティアナとアルマをよそに、乱闘の終わった店内では後片付けをする店員が忙しく動き回り始める。
商売人同士の争いは、思っていた以上に激しいことをティアナは初めて知った。
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