それぞれの出会い

 タクミ・カブラギが、日本のある世界からガイストブルク王国のある世界に転移してから一ヵ月半になる。


 二学期が始まって最初の日、始業式終了後の下校途中に珍しく濃霧に出会ったかと思うと、ある貴族領に迷い込んでいたのだ。そしてたまたま狩りをしていた貴族を助けた縁で、以来その貴族の世話となっていた。


 精霊祭で賑わう王都の中をタクミは広場に向かって歩いている。今日は外出の許可をもらって祭りを楽しみに来たのだ。


「あの侯爵様、な~んか雰囲気が良くないんだよなぁ」


 しかし、内心微妙に楽しみきれない。世話になっている貴族が、タクミから見て悪人っぽく見えることが気になっているのだ。今のところタクミはまだ悪事に手を染めていないが、その貴族の護衛を最近始めたので時間の問題ではと気になっているのだった。


「でも、気にしてばかりいてもしょうがないか。どうせ戻ったらまた嫌でも悩むんだし、今は楽しもっか!」


 無理矢理気持ちを前向きにしたタクミは、祭りを楽しむべく周囲に視線を巡らせる。活気のある露天商、良い匂いをさせる屋台、歓声の上がる大道芸があちこちで開かれていた。ただし、タクミは異世界の文字を読み書きできないので、周囲の看板が読めない。


「縁日を派手にした感じだなぁ。ファンタジー版縁日、みたいな」


 やや線が細く、黒髪に黒い瞳以外は特徴のない姿は群衆内では目立たない。今はこちらの世界の衣服を着ていることもあって尚更だ。


「なんだあれ? 演劇?」


 大きな広間にさしかかったとき、その一角に観客が集まっていた。その奥では舞台上で人が動いている。


 近寄って見てみると、舞台の上には女の子が二人、立っている司会者と座っている三人の男達がいる。司会者のしゃべりで何が行われているのかタクミにも理解できた。


「美人コンテストみないなのをやってるんだ」


 司会者が観客に問いかける度に拍手が起きる。その大小で女の子の優劣を競っていることもすぐにわかった。


 特に興味があるわけではなかったが、これといってやりたいこともなかったのでタクミはなんとなく奉姫祭を眺める。


 タクミ基準では、出てくる女の子達は確かに悪くないけれども、という評価である。これは日本人基準で見ると外国人の顔は判別しにくいという事情からだ。何にせよ、周囲に比べて明らかに盛り上がっていなかった。


「う~ん、もういいかなぁ」


 そろそろ飽きてきたタクミは奉姫祭の舞台から離れようとする。ちょうど一組の対決が終わったところだったのできりが良いと体を動かしかけたとき、舞台に上がってきた一人の女の子に目を釘付けとなった。


「うわ、あんな美人もいるんだ」


 その女の子は、肩で切りそろえられた癖のない銀髪とやや切れ長で金色に輝く瞳が特徴の紛れもない美少女だ。タクミから見てもそう思えた。幸い、周囲の観客もどよめいていることから、異世界基準でも美少女なんだとわかってタクミは安心する。


 勝負はすぐについた。対決する女の子がかわいそうになるくらい圧倒的な差で可憐な美少女が勝ったのだ。そうして次の組と交代する。それからはまた先程と同じだった。


「すごいな、やっぱり飛び抜けた人っているんだ」


 ぼんやりと舞台を眺めながらタクミはつぶやく。

 やがて再び飽きてきたタクミは、他の催し物に興味が湧いてそちらへと足を向けた。


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 エルネスティーネ・シャルフェンベルクにとって、王女に生まれて良かったことはほとんどなかった。


 国王である父親の妾だった母親が病没すると、王妃にその才気を疎まれたせいで幼少のときに修道院へ追放された。やがて王妃が亡くなると王城へと戻ったが、父親とも腹違いの兄王子二人とも形式的な面会を最低限するばかりだ。そこに家族の温かさはなかった。


 更に、王家の至宝である精霊石と会話ができるとわかった途端、王都郊外にある精霊殿の隣に屋敷を建てて住まわされた。精霊石の力を借りられるのは、その声を聞こえる者だけだからだ。


 結局のところ、娘や妹としては欠片も求められず、ただ単に、王女や巫女としての役割しか求められないのだと改めて知った。


 そんなエルネスティーネにとって、たまに許される外出は数少ない気晴らしだ。精霊祭はその最たるもので、毎年この祭りを楽しみにしている。


「ああ、このお祭りの雰囲気、やっぱりいいものですわね!」


 背中の半ばまである流れるような金髪と紅色に輝く気品のあるエルネスティーネが、侍女一人と護衛四人を従えて王都の大通りを歩いている。できるだけ目立たないように衣服は平民のものを着ているが、本人の雰囲気や従者五人のせいであまり意味をなしていない。


 そんなエルネスティーネは、周囲の店、見世物、そして行き交う人々を見て声を上げていた。その姿は心底楽しそうである。


「あの屋台のお肉、おいしそうですわね」


「買ってきて参りましょうか?」


 侍女のローザ・ドライヤーが主人のつぶやきに反応する。肩で切りそろえられた栗色の髪に青い瞳の表情の少ない美女だ。


「ローザ、わたくしを見くびらないで。それくらい自分一人でできますわ」


 しかし、その言葉にエルネスティーネが口を尖らせた。そして、エルネスティーネは良い匂いを漂わせる屋台へと寄って、いくつもの肉を刺した串を一つ買ってみせる。


「どうですか。もう何度もやっていることなんですから、このくらいはできますわよ!」


「お見事です」


 変装している意味がないくらい主従関係を露わにしている二人だが、周囲の人々は大して気にしていない。王都民にとっては公然の秘密だからだ。


 自分自身も精霊祭を楽しみながら王都のあちらこちらへと足を向けていたエルネスティーネだったが、やがて大きな広場へとたどり着く。視線の先には奉姫祭の舞台があった。


「今年は誰が精霊姫に選ばれるのでしょうか」


 王家の至宝に仕えているからということもあって、エルネスティーネは奉姫祭に興味を引かれていた。精霊殿とはまったく関係がない催し物なので優勝者と会うことはないが、それでもなぜか親近感を覚えてしまうのだ。


 奉姫祭は始まったばかりらしく、司会者が初めて見る観客のために簡単な説明をしている。それが終わると、早速舞台へと二人の女の子が上がってきて審査が始まった。


 観客の一人として舞台を見ているエルネスティーネも拍手をしたりしなかったりしている。時折ローザに感想を漏らしたりしているが、あまり反応は期待していないらしく、大した返事がなくても気にならないようだ。


 そうしてしばらく奉姫祭を楽しんでいたエルネスティーネだったが、ある一組の女の子を見た瞬間に固まる。


 肩で切りそろえられた癖のない銀髪とやや切れ長で金色に輝く瞳が特徴の美少女が、舞台の上で緊張していた。


「え、まさか?」


 エルネスティーネは呆然とつぶやく。


 ぎこちない動きと受け答えをしている美少女の名前を司会者はティアナと紹介したとき、エルネスティーネは震えた。


 かつて修道院に追放されたとき、その領主の娘と仲良くなってよく遊んでいたことを思い出す。見知らぬ土地で腫れ物扱いされていたエルネスティーネにとって、遠慮なく手を取ってくれた一つ年上の女の子は救いの主だった。


 結局、王城へ戻ってそれきりになってしまっていたが、今でもそのときの思い出はエルネスティーネにとっては何よりも大切なものだ。そんな過去の女の子を大きくしたような年頃の娘が、舞台の上でがちがちにこわばっていた。


「ティアナ姉様?」


 拍手をするときがやってくる。どうして、なぜここにいるのかという疑問は大きくなるばかりだが、エルネスティーネはまず大切な人を称えるため一生懸命拍手をした。


 やがて次の組に変わったが、しばらく放心していたエルネスティーネはそれに気付かない。不審に思った侍女が声をかけてきた。


「どうなさいました?」


「え? あ、いえ。なんでもありません。少し驚いていただけです」


 眉をひそめるローザを無視して、エルネスティーネはティアナが降りていった舞台の脇へ視線を向ける。もうその姿は見えない。


 エルネスティーネは考えた。常識的には、隣国の貴族であるティアナがガイストブルク王国にいるはずがない。ただ、平民の姿をしていたところを見ると、何かしら理由があるのかもしれない。人違いだったらどうしようかとも思う。


 しかし、それでも気になった。もし本人だったらどうしよう。自分は何をすればいいのか。いや、どう声をかければいいのか。どんなことを話せばいいのか。色々な思いが頭の中をぐるぐると巡る。


「ああもう。砕けてもいいですから当たってみましょう!」


 じっと考え事をしていたエルネスティーネは突然動き出す。そして、観客を避けるように大回りして舞台横から関係者の一人に声をかけた。


「あの、お伺いしたいことがあるのですが」


「え? 君は、いや、あなたはどなたですか?」


 従者五人を従えた平民の衣服を着た貴人に声をかけられて男は動揺する。切羽詰まったその様子に緊張したした面持ちで用件を尋ねた。


「先程、舞台にティアナという女性が出ていましたが、その方と面会できますか?」


「ティアナですか? おい、ちょっと来てくれ!」


 忙しく動き回っている進行係をひっ捕まえて、男はエルネスティーネの前に差し出した。


「何だよ、こっちは忙しいのに」


「こちらのお方が、出場者のティアナって子を探していらっしゃるんだ」


「は? えっ! この方って」


「お忙しいところ申し訳ありません。出場者のティアナという女性とお会いしたいのです」


「いや、お忙しいなんてとんでもないですよ! ティアナですか? ああ、あの子なら、さっき出場を辞退しましたよ」


「どうしてですか!?」


 早口でしゃべる進行係が口にした言葉にエルネスティーネは驚く。そしてすぐさま疑問を投げかけたのだが、進行係の反応は鈍い。


「いや、えっとですねぇ。何か話し合いの結果、出るのを止めたみたいですよ?」


「話し合いでですか? でも、美を競う方法は観客の拍手の大きさではないのですか?」


「あ~普通はそうなんですけどねぇ。なぁ?」


「俺に振るなよ」


 大の男二人が落ち着きのない態度で言葉を濁す。そこへ、ローザがエルネスティーネに耳打ちをしてきた。


「以前聞いた話ですが、裏で金銭を使った取り引きをして出場辞退をさせることがあるそうです。今回もそうかもしれません」


「そんな」


「あの嬢ちゃんの面子のために言っときますけど、アプト商会の用心棒に目を付けられてたみたいなんで、どのみち出場辞退になってたと思いますよ」


「おい、誰が来てたんだよ」


「ありゃ確かウッツって奴だ。殴り合いが趣味みたいな奴って聞いてたんだが、珍しく話し合いなんてしてやがったぞ」


 男達は二人とも顔をしかめる。そのとき、奥から血相を変えた別の男がやって来た。


「この忙しいときになにやってんだ! さっさと仕事に戻れ!」


「やべぇ。あそうだ、あの子、ラムペ商会の関係者みたいなんで、そっちに行ったらいいですよ。それじゃ!」


「そういうことです。それじゃ俺もこれで!」


 去って行く三人が舞台裏に消える。


 エルネスティーネは奉姫祭の邪魔にならないように一旦その場から離れた。


 周囲はお祭り騒ぎで賑やかだが、一人エルネスティーネのみ思い詰めた表情を浮かべて無言のまま立っている。


 心配したローザが声をかけた。


「殿下、お加減が優れないのでしたら、お屋敷に戻られては」


「そういうわけではありません。ただ、これからどうしようかと考えていただけです」


「もうお決めになったのですか?」


「ラムペ商会へお伺いして、ティアナ姉様かもしれない方と一度お目にかかります」


 考えていてもわからないのならば、動いて確かめるべきだとエルネスティーネは判断した。しかし、ローザがそれをとめる。


「お待ちください。その者がお知り合いの方だとまだ決まったわけではありません。しかも、下賤な者と接触したことが気になります。一度配下の者に探らせてから、お目にかかるべきです」


 先程の男達は、その少女は粗暴な男と取り引きをしたと証言していた。ローザはその点を気にしたのだ。


 提言を聞いたエルネスティーネは口を尖らせる。


「護衛が四人もいるのですから大丈夫でしょう? いざとなったらわたくしの魔法でどうにかしますわ」


「我々はいざという事態を未然に防がなければならないのです。ご理解を」


 何かあったときの責任はこの五人が取ることになるのを理解しているエルネスティーネは、それ以上強く自説を主張できない。


「わかりました。それでは早急に調べてください。早急にですよ?」


「承知いたしました」


 ローザが頭を下げる。それを見て、結局変装しても大して意味はないことをエルネスティーネは改めて思い知った。

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