とどめの一手
結局のところ、諸悪の根源はユッタにある。このユッタ自身をどうにかしない限り、いくら取り巻きをやり込めても意味がない。しかし、いくらユッタと対決を望もうと普段は何人もいる子弟に阻まれてしまう。
ところが今夜は違った。舞踏会という晴れの日、大ホールに学院の生徒が一堂に会す中、ユッタ自らがテオフィルとカミルを使ってテレーゼに仕掛けたのだ。ここで告発を始めた以上、大きく勝つか負けるかの博打になる。
ティアナは完全に巻き込まれた形であったが、そのテレーゼ対ユッタに割り込むことになった。その結果、テオフィルを論破し、ティアナに非がないことを周囲に印象付けることに成功する。
次はユッタ自身だ。この男爵令嬢を直接表舞台に引き釣り出し、論破しないといけない。今のままでもユッタの評判に傷は付いたが、この機会に致命的な一撃を与えておかないと、いずれ巻き返されるのは自明だった。
「テオフィル王子、ご返答がないということはそちらの主張が間違いであることを認めると受け取りますが、よろしいでしょうか?」
何度か口を開けようとしたテオフィルだが声までは出てこない。怒りと悔しさで顔がゆがんでいるが、今はティアナを睨むだけだった。
「おい、ティアナ! お前が揚げ足取りがうまいことはわかった! けどな、お前の主張が正しいとは限らないだろう! 今度は自分の主張が正しいことを証明してみろ!」
テオフィルに代わって隣のカミルが声を上げた。
「そちらで私の主張のおかしな点を指摘するのが普通ではありませんか?」
「ふん、ばかばかしい! 何で俺達がそんなことをしてやらないといけないんだ! もし証明できないってんなら、そっちも嘘だってことになる。だったら、真相はわからないってことになるだろう!」
自説が間違いだと宣言しているに等しいカミルの発言に皆が呆れたが、何を狙っているのかは明白だ。ティアナの発言も正しくないことにして、両者痛み分け、うやむやにしてしまおうというわけである。
悠然とした態度のテレーゼはティアナに視線を向けるとうなずいた。テレーゼもこの機を最大限に利用するつもりなのだろう。
「カミル様がそうおっしゃるのならば、証明いたしましょう」
ティアナは一旦言葉を切る。その言葉を聞いたカミルが目を見開くが、それを無視してティアナは口を開いた。
「私と私のメイドが学舎裏に呼び出されてユッタ達に襲われました。そして、とても敵わないので衛兵の待機所まで逃げたものの、受け入れてもらえませんでした。衛兵はテオフィル王子に命じられて私達を拒否しましたが、これをご命令された記憶はございますか?」
「あるわけないだろう」
「学舎裏で私達を襲う寸前、嬉しそうにおっしゃっていましたのに?」
「言っていない! くどいぞ!」
繰り返し問われたテオフィルが叫んだ。かなり苛ついていることがわかる。
続いてティアナはテレーゼへと視線を向けた。
「テレーゼ様、夏休みの帰省直前、学院にいらっしゃる教員の方や衛兵の隊長へ、私にお力添えをしていただけるようにお願いしてくださったと記憶しております。おぼえていらっしゃるでしょうか?」
「ええ、覚えておりますとも。ティアナが襲われているところを助けるくらいのことは期待しておりました。ただ、我が公爵家の口添えを無視させることができるくらいのお方から更に申しつけられたようで、ご期待には添えられなかったようですが」
ユッタ、テオフィル、カミルの三人は、愕然とした表情でテレーゼに目を向けた。まさかティアナのためにテレーゼがそんなことをしているとは予想外だったのだ。
「テレーゼ、なぜ君がこんな奴のために動いたのだ!? 確か、去年からつかず離れずの立場だったはず!」
「夏休み前、最後の月にカミルがティアナを詰問しようとしたことがございましたでしょう? あの後、身の危険を感じたティアナがわたくしに保護を求める相談をなさったのです。さすがにあの件は同情いたしましたから。その縁ですわ」
にっこりと微笑みながらテレーゼがテオフィルに返答する。打ち合わせなしでこれだけ完璧に理由を説明するテレーゼにティアナは感心した。
「もしお疑いでしたら、今から衛兵の隊長や教員の方をお呼びして、わたくしからお話があったか確認いたしましょう。ああそうそう、ティアナへの助力を拒否するよう命じた方についても、まとめて伺いましょう」
更に言葉を続けたテレーゼを震えながらテオフィルが見つめる。これは非常にまずかった。今すぐに衛兵の隊長や教員を呼ばれてしまうとテオフィルが口を封じる時間がない。
また、衛兵の隊長や教員にテレーゼに依頼されたことを証言するなと命じるのもまずかった。もし人々の前でそんなことを命じてしまうと、ティアナとテレーゼが正しいことを証明してしまうからだ。
結局、テオフィルは沈黙するしかなかった。
「特に反論がないようでしたら、衛兵に関しての私の証言は信憑性があるものといたします。ではもう一つ、お伺いします」
誰も口を開かないのを見てティアナは話を進めた。
「テオフィル王子とカミル様はご自身の主張の中で、ユッタを私から救ったとおっしゃいましたが、どのようにお救いされたのですか? 確か、悪霊に取り憑かれた私は人ならざる表情でユッタを襲っていたのですよね?」
「それは、鬼気迫るお前をテオ王子と一緒に剣で追い払ったんだ」
カミルが答えたがテオフィルは口を開かない。こちらを睨むだけだ。
「どのような剣を使われていたのですか? 私は傷ついた覚えがないのですが」
「それはそうだろう。俺達の剣は訓練用だからな」
「二人がかりで、そんな危ないものをティアナに振るったのですか?」
目を丸くしてテレーゼが驚く。カミル達の主張は架空であるが、実際に振るわれて逃げ回っていたティアナは訂正しない。
「では、その訓練用の剣は今もお持ちなのですね?」
「当然だろう。一体何が言いたいんだ?」
「私の主張ですと、寄宿舎まで逃げたときに老騎士様の霊に助けていただいたのですが、そのときにお二人はその霊に敗れ、剣をなくされたままユッタと共に去られました」
「それが、どうした」
「実は、お二人がそのときに落とされた剣を私がお預かりしているのですが、そちらの主張ですと剣はそのままなくさずに持って帰られたはずですよね? 今お二人が所有されている剣は、新しくお作りになったのでしょうか」
「でたらめだ! 俺は剣をなくしてなどいない!」
「それではお互いに持ち寄って見比べてみましょう。学院に入学されてからも使われていらっしゃるはずですから、ある程度使い込まれた跡が剣にあるはず。さて、お二人の持つ剣にはどれだけ修練の跡があるでしょうか?」
ユッタ達が去った後にとりあえず拾っておいた家紋付きの剣は現在ティアナの部屋にある。テレーゼとの話し合いでは諸刃の剣なので慎重に扱うよう注意されたが、それが今、理想的な形で活きてきた。
ティアナの保管している剣がユッタ達の主張に大きく突き刺さった。作るだけなら同一のものはいくらでも用意できるが、使い込まれた歳月はそれだけの時間と手間をかけないと刻めない。
カミルは口を開けたまま目を開いて震えている。テオフィルの顔は真っ青だ。もう、二人は何も言い返せない。
「さて、ユッタ、そろそろお二人の後ろから前に出てきてはどうですか?」
柔らかな口調でティアナが語りかけるが、ユッタは表情をこわばらせたまま動かない。
「ユッタ、ティアナの言うとおりになさい。テオフィル様とわたくしの仲を引き裂こうとしているあなたが、殿方の後ろに隠れてやり過ごせるとでも思っているのですか?」
テレーゼの凜とした声が大ホールに響く。
さすがにこの威厳ある声には逆らえなかったのか、ユッタは重い足取りでテオフィルとカミルの前に出た。硬い表情のまま、テレーゼ、そしてティアナと視線を変えてゆく。
静かにティアナが語り始めた。
「ユッタ、あなたが入学以来自由奔放に振る舞ってきたことは、ここのすべての方がご存じです。その結果、多数の男の方があなたに好意を寄せていることもです」
周囲のざわめきが収まる。今や大ホールにいるすべての人々がティアナに注目していた。
「そのせいであなたにまつわる噂が数多く流れていますが、実のところ私には興味がありません。と言いますのも、私の憑依体質のことは既に皆さんがご存じですので、今更私が男の人の興味を引けるとは思っていなかったからです」
本心とは違う理由だが、ティアナはとりあえず周囲が納得するような理由をでっち上げて話を進める。テレーゼだけでなく、周囲の人々も目を丸くしていた。
「ただ、前から気がかりだったことがありました。それは、婚約者のいる男の人にも積極的だったということです。理由はどうあれ、人の仲を裂くことはいかがかと思っていたのですが、あなたは何とも思っていなかったですか?」
問われたユッタは顔をゆがませるだけで何も答えない。すると、テレーゼが口を開いた。
「わたくしが以前あなたとお話をしたときには、当人同士の問題なので自分は関係ないとおっしゃっていましたわよね。自分は婚約を破棄するように進めているわけではないから関係ないと」
今度はティアナが口を開く。
「ならば、今、テオフィル王子がテレーゼ様に婚約破棄を申しつけられたことも、あなたは自分に関係ないと言うつもりですか? その婚約破棄の理由とした私に襲われたという虚偽を作ったあなたが、まだ無関係だと言い張るのですか?」
尚もユッタは無言のままだ。テレーゼの視線が更に細まる。
大ホールが静寂に包まれる中、ティアナがとどめの一撃を加えるべく口を開いた。
「では最後に一つ。ユッタ、あなたがしている指輪、それがどんな指輪か知っていますか?」
目を見開いたユッタがティアナを凝視する。一人前に出てきてから初めての大きな反応だった。
「あんたが、この指輪について何を知ってるっていうのよ」
「その指輪の本当の名前は『誘惑の指輪』というそうですね。何でも、相手の男の人の好意を何倍にも増幅するとか」
ユッタの顔が恐怖でゆがんでゆく。同時に体が震え始めた。既に対面を取り繕う余裕もないのか、話し方が雑になっている。
「なんで、あんたが、一体どうやって」
「あなたは周囲の方々を馬鹿にしすぎです。テレーゼ様のご実家のお力を持ってすれば、あなたのことなど調べられないはずがないでしょう」
鋭い視線をユッタから投げかけられたテレーゼだったが表情ひとつかわらない。
「皆さん前から不思議に思われていましたけれど、男の人が次々とあなたに魅了されていくのはその指輪のせいだったんですね」
ティアナとアルマはそれだけではないということを知っているが、ここではすべて指輪のせいにしておく。
周囲の人々が騒がしくなる。既にどちらが正しいかは明らかだった。ユッタ達への非難が静かに広がっていく。
「なんで? どうしてうまくいかないの? あたしちゃんと選択したじゃない。何がおかしいっていうのよ」
大きく見開いた目で床を見つけていたユッタがつぶやく。その意味を正確に知るものはここではティアナのみだ。
「何が悪かったの? どうすればよかったのよ? 男はみんな言うこと聞いてたじゃない」
ティアナは前世で勝てるはずのゲームで負けたときのことを思い出した。有利な機能や能力に頼りすぎていたせいで油断し、つまらないところから足下をすくわれて逆転負けしてしまったのだ。あのときのゲーム終了直後は、今のユッタのように呆然としていた。
「そうよ、こんなのおかしい。クリアできないゲームなんてクソゲーじゃない!」
思い詰めた様子のユッタが顔を上げ、ティアナを睨む。
「今に見てなさい。今日のところは引き下がってあげるけど、次は必ずぶちのめしてやる!」
「あなたに次などありませんわよ」
すっかり素をさらけ出してしまっているユッタに対してテレーゼが宣告する。
ユッタに睨まれたまま、テレーゼが言葉を続けた。
「虚偽によりテオフィル様をそそのかし、わたくしとの婚約を破棄させたあなたが、このまま何事もなくすむと思っているのですか? あなたには重い処分が下されるでしょう」
それを聞いたユッタは一瞬呆然とした後、怒り狂った形相で叫ぶ。
「うるさい! お前のたわごとなんか知ったことか! あたしの邪魔をするな!」
「もうやめろ、ユッタ!」
テレーゼを指さしてユッタが叫んだところでパウルが入ってくる。その顔は悲痛だ。
「あんたあたしの兄貴でしょ!? なんであたしを助けないでぼさっとしてるのよ!」
「落ち着け、ユッタ!」
「うるさい! 全部あんたのせいよ! でなきゃあたしが失敗するはずなんてない!」
「ほら、外に出るぞ!」
「放して、放しなさいよ!」
周囲が呆然とする中、パウルはテレーゼとテオフィルに目視で一礼すると、暴れるユッタを引きずって大ホールの外へと連れて行く。
ユッタの恨み言は、完全に外に出るまで大ホールに響いていた。
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