気分だけは名探偵
大ホールにティアナの声が響き渡る。こんな形で注目されるとは思いも寄らなかったティアナだったが、内心の緊張を隠して当時何があったのか語り始めた。
「事件当日の朝、私のメイドがテオフィル王子の使用人から一通の手紙を受け取ったところから始まります。その手紙は正式なものではなく、何の変哲もない封筒と便箋でした。そこには『本日の夕刻、日が沈む前に学舎裏に参上するべし』とだけ書いてありました」
テオフィルの眉がぴくりと上がるがまだ口出しはしてこない。ティアナは続ける。
「私はテオフィル王子の使用人からいただいたことを重んじ、メイドと共に日が沈む前に学舎裏へ参りました。するとそこには、テオフィル王子、カミル様、そしてユッタの三人がいらっしゃったのです」
カミルの口が開きかけたが、テオフィルが黙っているのを見て口を閉ざす。
「要件は、私に王立学院を退学せよというものでした。理由は、私のような憑依体質の女がパウル、ユッタの兄の側で友人として振る舞うのが我慢ならないというものでした。もちろん、私は断りました」
テレーゼが目を細める。視線の先はユッタだが、当人は表面上しか怯えていない。
「すると、三人は私に力尽くで要求を飲ませるべく、襲いかかってきました。テオフィル王子とカミル様は練習用の剣で、ユッタは日が暮れてからは光の球で明かりを供して」
以前テレーゼに話した内容である。既知であるため今のところ表情はそのままだ。
「身の危険を感じた私とメイドはすぐさま衛兵の待機所まで逃げました。しかし、衛兵はテオフィル王子の命で私を助けることを禁じられていたため、仕方なく再び逃げました」
テレーゼの視線がユッタからテオフィルへと移る。テオフィルは目元をひくつかせたが無言のままだ。
「そして寄宿舎のところで追いつかれ、もはやこれまでというときに、偶然通りかかった老騎士様の亡霊に助けていただいたのです」
老騎士の亡霊というところで周囲がざわめいた。やはり霊に取り憑かれるのかと人々が小声で言葉を交わす。
「事のあらましは以上です。私の主張はテオフィル王子とは逆で、私がユッタと他のお二人に襲われたというものです」
「よくそこまで荒唐無稽なでたらめを言えたものだな! 呆れて言葉も出なかったぞ! 最初から最後まで嘘だらけだった! そもそも、君に手紙など出して呼び出すわけがないだろう! 使いの者を一人寄越せば済むじゃないか!」
ティアナが言い終わると同時に、テオフィルが怒り心頭といった様子で指さしながら叫ぶ。そのテオフィルの反論にティアナは涼しい顔のまま答えた。
「私もそう思います。しかし、その意図は書いたご本人でないとわかりません。そのため、私がいくらここで推測を述べても意味はないでしょう」
更に続けると、ティアナが何を主張してもテオフィルは必ず反対するので、余程の証拠がない限り推測を開陳しても否定される。そのため、ティアナは手紙のところで深く議論する気はなかった。
「僕の使用人が手紙を寄越したと言ったが一体誰のことだ? いるなら今すぐ連れてこい」
「それは無理でしょう。事件の翌日にテオフィル王子は王城へ戻られました。そのときにその使用人を連れ出してそれきりにされた場合、学院内をいくら探しても見つかりません」
「ふん、上手く逃げたな。まぁ、加害者の意見など信じるに値しないが」
「ならばユッタの意見こそ信ずるに値しないでしょう」
「ユッタは被害者だ! はき違えるな、化け物女め!」
吐き捨てるように叫んだテオフィルの言葉に対してティアナは反応しなかった。一時期散々投げつけられた罵声なので慣れていたのだ。
怒るテオフィルに対してティアナは言葉を続ける。
「私の主張を受け入れてもらえないことは最初からわかっていました。ただ、私にも言い分があるのでお話をしておきたかっただけです。本題はこれからです。テオフィル王子もおっしゃっていたでしょう、そちらの主張の何がどう嘘なのか言ってみるといいと」
「ちっ、ならさっさと言え」
舌打ちしたテオフィルは不快な表情そのままに睨んでくる。
「ありがとうございます。では最初に、ユッタは何者かにパウルの名前を出されて呼び出されたとおっしゃってましたが、いつ、どこで、誰に呼び出されたのですか? ちなみに、私も私のメイドもそのようなことはしておりません」
テオフィルは目を開いて固まった。何者かと曖昧に主張したのはテオフィルである上に、今となってはティアナだとわかるとまで既に言ってしまっている。
「ご存じないのでしたら、代わりにユッタに答えていただいても構いません」
黙っていても話が進まないのでティアナは助け船を出した。テオフィルがユッタへと顔を向ける。ユッタは一瞬ティアナを睨んだが、すぐにテオフィルに怯えた表情を見せながら何事か囁いた。
「あの男爵令嬢、不愉快ですわね」
隣でかすかにテレーゼがつぶやくのをティアナは聞いた。低く底冷えするその声がテレーゼの口から出てきたことに驚いたが、今は無視する。
「襲われた当日の昼過ぎ、寄宿舎の玄関口で、見たことのない人物からだそうだ」
「その方は名乗らなかったのですか? そんな方の言うことをユッタは信じたのですか?」
「兄思いのユッタなのだから仕方ないだろう」
ティアナは隣の目を向けると、テレーゼはありえませんわと首を横に振った。身元を明かさない人物と付き合わないのが貴族の常識だからだ。
「では、そんな不審な人物が学院内にいたということですか。テレーゼ様、そのようなことがありえるのですか?」
「あってはなりませんわ。そんなことを許せば、誘拐や暗殺の恐れが出てきますもの」
王立学院に在学する子弟子女は誰もが重要人物だ。氏素性の知れない者は学院内に入れないようになっている。出入り業者である商人であっても身元の確認は厳しいのだ。
「ということは、この学院に出入りできる人物ということですね。それなら、事件直後にテオフィル王子が捜査を命じればすぐに発見できたはずです。その捜査はされましたか? 確か翌日には王城へ戻られるため学院を出発はされていましたが」
「ユッタを避難させる方が優先だった。だから捜査どころじゃなかったんだ」
「何もご自身で捜査されたり陣頭指揮を執る必要はないでしょう。衛兵に命じるだけでよろしかったではないですか。ユッタがそれほど大切ならば、不安要素はできるだけ取り除いておくべきでしょう?」
思わぬ追求をされたテオフィルは言葉に詰まる。歯を食いしばってティアナを睨む。
「あのときはみんな気が動転していたんだ。忘れることだってある!」
そのとき、横からカミルが助け船を出した。テオフィルが嬉しそうに横を向いた。
「そういうことだ。僕にだってつい忘れてしまうことはある!」
「では、これからその見知らぬ人物について捜査をしましょう」
「なに?」
「ユッタを危機に陥れる片棒を担ぐ人物を野放しにするわけにはいかないでしょう。それに、捕らえたならば私につながる重要参考人になりますよ? もっとも、私はそんなことを頼んでいませんから、そんな人物が出てくるとは思えませんが」
笑顔だったテオフィルの表情がすぐに固まる。そして、すぐ悔しそうに顔をゆがめた。
「ユッタを呼び出した人物については以上です。次は、テオフィル王子とカミル様が私からユッタを助けたときのことについてお伺いします」
それまでとは違って、テレーゼが期待の混じった視線をティアナに向けてきた。どうも今のところうまくいっているらしい。
ティアナは小さく息を吐き出すと再び話し始める。
「テオフィル王子は先ほど、ユッタが一年生の学舎の前で私に連れて行かれそうになったと説明されましたが、私が連れて行こうとしてすぐに止めに入ったのですか?」
「そうだ。君みたいな危険な女とユッタを二人だけにするわけにはいかないからな」
「俺もだぞ!」
「では、私が学舎裏へユッタを連れて行くまでにお二人で止めに入ったのですね?」
テオフィルとカミルは二人同時にうなずく。
その様子を見たティアナは小首をかしげて口を開いた。
「そうなると、お二人が止めに入ったときは学舎の表側にいたはずですが、どうして私が裏側に連れて行くことがわかったのです? その時点で私の行動を阻止していたのならば、私がどこへ連れて行くかなどわからないですよね?」
またもやテオフィルは言葉に詰まる。そのとき、背後にいたユッタがテオフィルに何かを囁いた。すると、テオフィルが急に勢いづく。
「いや、わかるぞ! 君が自分と一緒に学舎裏に来いと叫んでいたからな!」
「それならば最初から学舎裏に呼びつければよろしいでしょう。なぜわざわざ学舎の表側に呼び出すのですか?」
「君の考えることなど僕が知るわけないだろう!」
どうせ嘘をつくのなら、もっと緻密に考えて作ってほしいとティアナは思う。さすがにテレーゼ達も呆れていた。
「お二人が私からユッタを助けたときのことについては以上です。次は、私を助けてくださった老騎士の霊についてお伺いいたします」
テオフィル達はすっかりティアナの言葉に警戒していた。あとはどれだけまともに答えてくれるのかと考えながらティアナは質問する。
「先ほどテオフィル王子は、悪霊に取り憑かれた私がユッタを襲ったとおっしゃいましたよね?」
「ああ、言った。現に、君も亡霊に助けられたと言っただろう」
「はい。その悪霊ですが、どうして私に取り憑いているとわかったのですか?」
「そんなものは見ればわかるだろう! あんな狂気に取り憑かれたような顔でユッタを襲っていれば、誰だってそう思うに決まっている!」
「俺も見たぞ! あんな恐ろしい顔は初めて見た!」
なんとか挽回しようと、ティアナを睨みながらカミルもテオフィルに続いて叫ぶ。
「それは、夕方にユッタを呼び出して連れて行こうとしたときからですか?」
「そうだ! 本当に人かと思ったぞ!」
続くティアナの問いかけにカミルが間髪入れずに言葉を返した。
「それはおかしいですね。私を助けてくださった老騎士の霊は、日が沈んでいる間しか活動できませんから、夕方に私へ取り憑くことなどできないのです」
「別に君に取り憑いたのがあの亡霊とは限らんだろう」
「いいえ、限ります。なぜなら、あの老騎士の霊は毎晩この学院を守るために巡回し、悪霊を追い払っているからです」
これには周囲がどよめいた。てっきり害をなす悪霊だと思っていた老騎士の霊が、この王立学院を守っているとティアナが説明したからだ。
「そんな言葉信じられるものか!」
「ならば、もしテオフィル王子のおっしゃるように私がそのとき悪霊に取り憑かれたとしたなら、その悪霊を私はどうやって追い払ったのです?」
「今も君の中に潜んでいる!」
「私は今正気を保っていますよ? あの事件から今日まで、私が悪霊に取り憑かれて騒動を起こしたことはありません。衛兵にお尋ねすればわかるでしょうし、この一週間ならば皆さんもそんな異変が起きていないことをご承知でしょう」
テオフィルの言葉にすぐさまティアナが反論すると、王子はそのまま悔しそうに黙った。
「老騎士の霊については以上です。他にも言いたいことはございますが、これだけお話すれば充分でしょう。ユッタの話はでたらめであることがおわかりいただけたかと思います。私がユッタを襲ったなどという主張は事実無根です」
周囲のざわめきが続く中、ティアナが最後に告げて言葉を切る。
視線を隣へと向けるとテレーゼが微笑んでいた。そして元へ戻すと、テオフィルとカミルが怒りの形相でティアナを睨んでいる。その奥からは、ユッタが不機嫌な表情を浮かべてティアナへと視線を突き刺していた。
ティアナはまずユッタを襲ったという主張を崩した。テオフィルという王子がユッタに付いている以上は権力で押し切られる可能性はあるものの、正面切って堂々とはいかなくなったとティアナは考える。
しかし、まだ不完全だ。とりあえず当面は乗り切れるとしても、このまま中途半端に終わっては後日に禍根を残すことになる。
まだティアナは舞台から降りられなかった。
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