断罪する者達
舞踏会は次の演奏があるまでしばらく歓談の時間となった。誰もが仲の良い者同士で先ほどの舞踏について語り合ったり、意中の君と話をしようと機会を窺っていたりする。そのため、大ホールは子弟子女で活況を呈していた。
その大ホールから直接出入りできる休憩室がいくつかある。ここは気分の優れない者や踊り疲れた者が腰を落ち着ける場所だ。大ホールに椅子はないのでこのような部屋が必要になるのだった。
中休みが始まった直後にテレーゼと別れたティアナは、大ホールをさっさと抜けて休憩室に移っていた。数少ない知り合いであるパウルはいずれも他の子弟子女と歓談していて割り込めなかったのだ。
「テレーゼ様へのご挨拶はもう済んだことだし、後は大いに食べるとしましょう」
それでも先ほどテレーゼと話をしたので、もう舞踏会でやるべきことは終わったとティアナは考えていた。そして誰にも相手をされないことを良いことに、ひたすら料理を口にしていた。
「ああおいしいわ」
休憩室にある料理は大ホールにあるものと同じだ。それを知っているティアナは思うがままに料理を皿へと盛っては席について食べていた。ここぞとばかりに胃袋へ詰め込む。肉であれ野菜であれ果物であれ、こんな機会でもないと口に入れられないからだ。
残り物を詰めて持ち帰ることができたらいいなと思いつつ幸せな時間をティアナが過ごしていると、休憩室の雰囲気が少し変化したことに気づく。誰もが大ホールに顔を向けていた。中には出向く者もいる。
「何が起きたのかしら?」
口を動かしながらティアナは首をかしげる。かすかに子弟の大声が聞こえるが、大ホールに反響したせいか個人までは判然としない。
「大ホールで喧嘩? こんな晴れの舞台で珍しい」
つぶやきながら、ティアナは空になった食器を持ったまま立ち上がって料理を取りに行く。自分以外の子弟子女の意識が大ホールに注がれている今、料理は取り放題だ。
ティアナが上機嫌で新しい皿に料理を盛っていると、慌てた様子のパウルがやって来た。
「ここにいたのか! 何をやっているんだ、君は?」
「おいしいお料理をいただいているのですが、どうされました?」
「テレーゼ様がテオフィル王子やユッタ達と言い争いを始めたんだ!」
「あのお二人が、ここで?」
思わずフォークを止める。王子と公爵令嬢というこの国最高の組み合わせの二人が、よりによって晴れの舞台で言い争いを始めるとはティアナの慮外だった。アルマとは可能性を話し合っていたが、本当に乙女ゲームのベタな台本通りに事が進みつつある。
「原因はなんですか? そんなことをするなんて余程のことでしょう?」
「俺も最初から見ていたわけではないが、どうもテオフィル王子がユッタを伴ってテレーゼ様のところへ行ったらしい」
「それ、一番やってはいけないことではありません?」
公衆の面前で正妻の前に堂々と愛人を連れてくるようなものだ。いくら側室か妾のどちらかならばと公爵家と話がついているとはいえ、テレーゼに対する配慮がなさ過ぎる。
「そんなことはわかってる! あいつもあいつだ! 断ればいいものをどうして!」
パウルが苛ついているところをティアナは初めて見た。下手をすればお家がお取り潰しになるかもしれないのだからその態度もうなずける。
「教えていただいてありがとう。でも、私に出来ることは何もなさそうですけど」
「そうじゃないんだ。君の名前もユッタやテオフィル王子から出てるんだ。夏休み中に襲われたって」
「は?」
一瞬、ティアナはパウルが何を言っているのかわからなかった。自分のことがなぜテレーゼとテオフィルの言い争いで俎上に上がるのか理解できない。
「君の名前が出た時点でこれは危ないと思って、今まで探していたんだ。このままだと知らないうちに断罪されてしまうぞ」
出かける前にアルマと話をしていたことをティアナは思い出す。どうもまとめて吊し上げる打算がユッタ達にはあるらしい。
「わかりました、行きましょう」
名残惜しそうに料理を盛った皿をテーブルに置いたティアナは、パウルに案内されて現場へと向かった。
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パウルに案内されたのは大ホールの最奥に設置された壇の前だった。ここなら偉い人が多数の面会者と会うのも不思議ではないとティアナは場違いに思った。
見守る人だかりを避けて最前列まで足を進めると、テレーゼに対してテオフィル王子とカミルが前に出てユッタがその背後に隠れている。
とりあえずティアナが当事者の立ち位置を理解したとき、テオフィルがテレーゼを指さして決定的な一言を投げつける。
「このような暴挙を使嗾する者は、将来の王妃としてふさわしくない! テレーゼ、君との婚約を破棄する!」
前世の記憶があるティアナにとってはある意味お馴染みの言葉が大ホールに響き渡る。その瞬間、周囲は静まりかえった。
そんな中、ティアナが小声でパウルに問いかける。
「パウル、婚約破棄ってそんな簡単にできるものなの?」
「家同士で結んでるんだから当主の了解を得ないと無理だ。当人だけの問題じゃない」
「テオフィル王子ってそれご存じなのよね?」
「たぶん」
呆然とするパウルにティアナが根本的な問題を尋ねる。今それを知ってどうなるわけではないが、以前から気になっていたことがつい口に出たのだった。
「でも、公衆の面前でこんな堂々と言ってしまったら、影響なしというわけにはいかないでしょう?」
「当然だ。下手をすれば王国が分裂するぞ」
「一体テオフィル王子は何を考えて」
「ティアナ、そこにいたのですか」
小声とは言え、大ホール内では音は割と響く。ましてや誰も話していないのならば尚更だ。テレーゼはティアナの声を聞きつけて呼びつけた。
「こちらへいらしてください。あなたにも関係のあることですから」
笑顔のテレーゼが丁寧にお願いをしてくる。今一番行きたくない所だったがティアナに拒否権はなかった。パウルをはじめとする周囲の人々が見守る中、ティアナは進み出てテレーゼの横に立ち、テオフィルに面と向かう。
「よくも人前に出てこられたものだな」
「呼ばれましたので。それで、お二人の争いに私の名前が出たと聞いたのですが、どういうことなのでしょうか?」
「面の厚さは大したものだな。とぼけるというのなら教えてやろう。君が子弟に人気のあるユッタに嫉妬して襲ったことだ。しかも、テレーゼがそれを使嗾していたから、僕が今断罪している!」
テオフィルの主張にティアナが目眩を覚えた。
ともかく、どれだけ話が通じるかわからないものの、ティアナはとりあえず一つずつ話を整理し進めていくことにした。
「私がユッタに襲いかかったことなどありませんが、テオフィル王子がおっしゃってるのはいつ起きた事件のことなのですか?」
「あれは夏休みに入って一週間後に起きた事件だ。夕方、ユッタが学院内で君に呼び出されて襲われたんだ。悪霊の憑いた君にな。幸い、僕が偶然通りかかって助けたからよかったものの、もしそうでなかったらと思うとぞっとする!」
「テオ王子、俺もいましたよ!」
カミルが横から突っ込みを入れてくる。テオフィルのあまりに突っ込みどころの多い話にティアナは再び目眩がした。
「正しい箇所が夏休みに入って一週間後に起きた事件というところだけなのが驚きですが、まずは一つずつ確認していきましょう。テレーゼ様、よろしいですか?」
「どうぞ」
「では最初に、テオフィル王子、私がユッタを襲った理由が男の方に人気があるからとおっしゃられましたが、私は今まで誰にもそのようなことを申したことはありません。誰からお伺いになったのですか?」
「ユッタが襲われたときに君がしゃべったことを聞いているぞ!」
「ユッタの証言以外にはありますか?」
「そんなことは明白ではないか! 君は誰からも薄気味悪がられて避けられている。人気者のユッタを嫉妬しても不思議ではあるまい!」
何ヵ月も前に似たようなことがあったことを思い出したティアナは既視感を覚えた。その当の本人はテオフィル王子の隣でティアナを睨んでいる。
「次に、ユッタはどこで襲われたと言っているのですか?」
「一年生の学舎だ」
「学舎の中ですか? それとも外ですか?」
「外だ」
「学舎の近辺ですか。では更に、学舎の表側ですか、裏側ですか?」
「どうしてそんなことを聞くんだ?」
「私に襲われたということが事実ならば、必ず襲われた場所があるはずです。その場所をお話できないはずがないでしょう?」
テオフィルは言葉に詰まり、ユッタへ顔を向ける。そのユッタも困惑した表情を見せていたが、怯えながらも小さい声でテオフィルに何かを伝えた。
「表側だ。そして、裏側へ連れて行かれそうになったとユッタは言っている」
「ユッタはなぜ夕方に校舎前にいたのですか? 夏休みに用がある場所とも思いませんが」
「何者かに呼び出されたからだ。今となっては、それが君だとわかるがな」
「そんな不審な呼び出しに応じたのですか? 一人で?」
再びテオフィルがユッタに顔を向けた。
「パウルのことについて話があると呼び出されたそうだ。しかも一人で来るようにとな」
「そうですか、ユッタに関してはわかりました。では次に、テオフィル王子とカミル様についてお伺いいたします」
「何、僕達だと?」
テオフィルとカミルが顔を見合わせた。しかし、不思議に思っているのは二人だけでなく、テレーゼをはじめとした周囲も首をかしげた。
「先ほどテオフィル王子は偶然側を通りかかってユッタを助けたとおっしゃいましたが、そもそもなぜ夕方の学舎近辺にいらっしゃったのです?」
「それは、たまたま散歩をしていただけだ!」
「カミル様は?」
「お、俺も同じだ!」
どちらもこの質問には予想外だったのか明らかに動揺していた。テオフィルはカミルの言葉を聞くと目をむいてその顔を見る。
「ユッタが襲われた時間に、たまたま散歩をしていて偶然その場所に居合わせたわけですか。しかもお二人とも同時に」
偶然というのは確かにあるが、ここまで一致するというのは考えにくい。それはティアナ以外の人々もそう思ったようで、テオフィルへ向けられる視線が疑わしげなものに変化し始める。
「ともかく、そちら様の私に対する主張はわかりました」
「わかったのならば、さっさとすべてを認めてユッタに謝罪するんだ。そして、この学院から去れ。君のように、罪なきか弱い乙女を力で屈服させようとする悪霊憑きなどこの王立学院に相応しくない!」
「ユッタ嬢への妬みで暴力を振るうなど言語道断! そんな考えだから悪霊に憑かれるのだ!」
まだ話は終わっていないというのに、ティアナは相手二人に言葉を割り込まれてしまう。内心でため息をつきながらも再度口を開いた。
「最初にも申し上げましたが、正しい箇所が夏休みに入って一週間後に起きた事件というところのみ。嘘で固められた主張を事実と認めろと迫られても、私は承服できません」
ティアナは自分がいくら主張しても生半可なことでは受け入れられないことを知っている。何しろ、あの事件の被害者と加害者を正反対にして持ち出してきたということは、それを権威と権力で押し通す気なのは明白だからだ。
だからこそ、搦め手から攻めることにした。真正面からは絶対に勝てない。そこで、衆人環視の的にして、言質を取り、自らの言葉で縛り上げる必要があった。
テレーゼは目を細めた。その顔に表情はない。
「お前、テオ王子が嘘を言っていると言うのか! 悪霊憑きの子爵令嬢ごときが!」
「面白い、そこまで言うのなら、何がどう嘘なのか言ってみるといい」
テオフィルの目が怒りに燃える。カミルも同様だ。そして、その二人の奥からユッタがティアナを見つめている。表情こそ怯えているが、その目は刺すような視線を放っていた。
「承知しました。では、まず私の主張から聞いていただきます」
ゆっくりと深呼吸をしたティアナが口を開いた。
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