見えてきた正体
パウルと別れてから自室に戻ったティアナはすぐに椅子へ座ってぐったりする。先に戻っていたアルマの顔にも疲労が浮かんでいた。主人にお茶を用意することも忘れている。
しばらくぼんやりとしていたティアナだったが、やがて顔を上げてアルマに向けた。
「あんな真っ正面から堂々とやって来られるとは思わなかったなぁ」
「まったくね。更に実力行使に出てくるのも予想外だったわ。貴族社会だから、せいぜい平手で頬をはたく程度だと思っていたんだけど」
「あれには俺も驚いた。近衛騎士団に入るくらいだから脳筋だとは思ってたけど、やっぱり喧嘩っ早いみたいだな」
「思わず投げ飛ばしちゃったわよ」
「あれは本当に助かった。助かったんだけど、絶対後に尾を引くよな」
「あー今は考えないでおきましょ。仕方のなかったことなんだから」
頭を抱えたアルマが自分に言い聞かせるように答える。
「しっかし、よく何の証拠や証言もなしに俺を裁けるなんて思ったもんだよな」
「でっち上げや言いがかりでも付けてのかと身構えてたけど、本当に何も出てこなかったときは驚いたわよ。ノープランで動くことはあるけど、さすがにあれはねぇ」
「両脇にいたカミルの仲間がかわいそうに見えた。あいつら何も聞かずに協力させられたんだろうな。あんな公衆の面前で赤っ恥をかかされて」
「何か焦って動かないといけない理由でもあったのかしら?」
「そこまではわからんなぁ。あの後やって来たテオフィル王子の様子から単独で動いたっぽいことはわかるけど」
「二人がもし連携していれば、もっとうまくあんたを追求できてたかもしれないのにね」
「ユッタ狙いという点ではお互い競争相手だからだろ。点数を稼いで王子様を出し抜きたかったんじゃないか」
あのときの様子を思い出しながらティアナがしゃべる。テオフィルとカミルの言動から二人は連携していないし、ユッタの指示がない限りは今後も単独で動くとティアナは考えていた。
疲労からティアナが口を閉じると、アルマが思い出したように質問する。
「以前話をしたけど、結局ユッタ達に狙われたわね、あんた。あれってユッタの指示があったのかしら?」
「実はそれについて、さっきパウルから聞いてきたんだ。昨日の夕方、寄宿舎の近くの人通りの少ない場所で、ユッタがテオフィル王子とカミルの二人と会っていたらしい。話の内容までは聞いていないからわからないって言われたけど」
「限りなく黒に聞こえるわよね、それ。結局わからないままだけど」
「俺達からしたら黒だと思いたいんだけど、会話の内容がわからないんじゃなぁ」
「でもどうして何もしてないあんたが狙われるわけ? やっぱり何かしらの攻略条件に入ってたのかしら? それともパウル様やテレーゼ様つながりで邪魔になるって判断されたとか」
「勘弁してくれ。おまけ扱いでやっつけられるのかよ、俺」
ティアナが天井を仰ぎ見る。
代わってため息をついてからアルマが思い出したことを口にした。
「そうそう、さっきの騒ぎですっかり忘れてたけど、あたしの方で色々と知り合いから話を聞いてきたわよ」
「早いな。さすが」
「二日か三日くらいでって言ってたでしょ。ともかく、ちょこちょこと集まったわよ」
「なんかあっさり集められたように聞こえる」
「そうなのよねぇ。ユッタって子、結構独り言が多いみたいよ? それでみんな割とそのつぶやきを聞く機会が多いみたいなのよね」
「周りに人がいてもつぶやいてんのか。端から見ると危ない奴だな」
「そのおかげで知りたいことがわかったんだから、結構なことよ」
アルマは一旦言葉を句切ってから再度口を開く。
「最初に言っておくけど、言葉は断片的にしかわからなかったわよ。意味がわからない言葉なんてすぐ忘れてしまうものだし、そうでなくても数日前にちょっと耳に入った言葉なんて覚えてられないものだから」
「そりゃそうだ。けどそれでも何か集められたんだろ?」
「一応ね。ステータス、ノゥリョクチ、コリャクジョーケン、センタァッシ、このあたりの言葉は複数人から聞いたことがあるって証言を得られたわ」
「ステータスはともかく、他は能力値、攻略条件、それと、選択肢?だよな。ユッタって普段からそんなことをしゃべってんの? いろんなところで働いてるメイドや使用人に聞かれてるってことは、貴族にも聞かれてるんじゃないのか?」
「多分そうじゃない? あんたが貴族のお嬢様方から話しを聞けたら確定できたんだけどね。ともかく、ユッタの噂の中には聞き慣れない呪文を常につぶやいているっていうのがあるけど、恐らくこのあたりの言葉を聞いた人が広めたんでしょう」
「知らなきゃ呪文に聞こえるのかぁ。なるほどなぁ」
役に立たない知見を得てティアナが唸った。
アルマが続けて語る。
「それと、男とばかり話をしていて、女とはほとんど話をしない。それは貴族だけでなくて、メイドと使用人も同じらしいわ」
「うわ、そりゃまた徹底してんな。パウルからも女の人が苦手って聞いてたけど、思った以上に避けてるじゃないか」
「他には、たまに話をしていると微妙に落ち着きがなくなるときがあるそうよ」
「なんだそれ? どんな風になるんだ?」
「視線だけをよく左側に向けるそうよ。癖なんじゃないかって」
アルマの話を聞いてティアナは思い当たる節があった。以前ユッタと会ったときに、ティアナの顔とユッタから見て左手前の中空に視線のみを往来させていたことを思い出す。
「おいそれって」
「多分、あんたが以前言ってたのと同じね。ユッタ付きのメイドからの情報よ」
「え、お前そんな奴とまで知り合いなのか!?」
「直接じゃないわよ。ご主人様同士の仲が悪いから、会ってるところを知られると折檻されるしね。他の子からの又聞きよ。その子達は仲良しだそうだから、確度の高い情報でしょうね」
感心しながら聞いていたティアナだったが、急に不安な顔つきになる。
「思った以上によく調べてるんで驚いたんだけど、お前らメイドや使用人って、他の主人のことも情報交換ってしてるのか?」
「してるわよ。よっぽど口の堅い人じゃない限り、そうやって不満を解消してるのよ。貴族様の方じゃ、あたし達なんて置物同然の扱いだけど、主人が目の前でやらかしたことなんて数日後には周囲一帯に広がってるんだから」
「派閥に関係なく?」
「関係ないわね。結局どこかでつながってるものだから。あんたも気をつけなさいよ?」
「ねぇ、アルマさん、今までどんなことしゃべったの?」
「ん~忘れちゃったなぁ」
明るく振る舞うアルマを見て、ティアナの表情が絶望に染まる。かつて何をやらかしたのかすぐに思い出せない上、何をしゃべられたのかわからない不安が心を支配した。
「大丈夫よ。大したことは話してないから。あたしも付き合い上情報を提供しないといけないから、当たり障りのないことだけをしゃべってるわよ」
「ですよね! よかったぁ」
あからさまに安心するティアナを見てアルマが苦笑する。具体的に何を話しているかは説明していないので実は何も答えていないに等しいのだが、ティアナは気付いていない。
そのとき、窓際の壁から半透明な全身甲冑の騎士が音もなく入室してきた。
「ティアナ、アルマ、息災である」
「エッカルト、こんばんは」
「こんばんは。もう日が落ちていたんですね」
兜を脱いだエッカルトがティアナとアルマにうなずく。
「ティアナの顔色が若干青いように見えるのだが、気のせいか?」
「はい、気のせいです。エッカルトさん」
ティアナが答えるよりも早く、アルマが笑顔で返事をする。何か言いたそうなティアナだったが結局口を開かなかった。
エッカルトもそれ以上は問いかけず、別の話題について問いかけた。
「まぁよい。それよりも、先日のユッタとやらの件は進んでおるのか?」
「進んだというよりも事件が起きました。今日の授業後にティアナがユッタの取り巻きに詰問されたんですよ」
「何と。一体どんなことを詰問されたのだ?」
問われたアルマが事情を話す。カミルがティアナを問い詰めて手を出そうとしたこと、そのカミルをアルマが投げ飛ばしたこと、テレーゼが割って入ってくれたこと、テオフィルがテレーゼを説き伏せようとしたことなどを順番に説明していく。
「それで最後にパウル様が仲裁に入ってくださって、結局中途半端に終わりました」
「なるほどな。おおよその事情は理解した。一番の見所は、そなたがカミルという小童を投げ飛ばしたところか」
「うっ、それは忘れてください」
快活に笑うエッカルトから視線を外したアルマがぼそりとつぶやいた。
「ということは、ユッタがいよいよティアナに手を出してきたということか」
「それがまだはっきりとはわからないんですよねぇ。さっきパウルからティアナが教えてもらったことを聞いても、曖昧なままなんですよ」
ため息をついてから、アルマは自分が調べてきたこととティアナがパウルから教えてもらった情報も話した。それを聞いたエッカルトは小さく唸る。
「む、直接ユッタと話をしなければ解決しないように思えるな。降りかかる火の粉を払い続けるだけというのならユッタが命じているかどうかは重要ではないが、そういうわけにもいかんか」
「ティアナ、今はとりあえず火の粉を払うだけにするっていうことでいいの?」
エッカルトの話を受けて質問してきたアルマにティアナが顔を向けた。
「現状だとユッタの方が取り合ってくれないから、火の粉を払うしかないんだ。あの様子だとパウル経由でも無理だな、ってそうだ思い出した。言い忘れてたことがあった」
「なによ?」
「パウルから聞いた話がもう一つあった。ユッタって指輪を嵌めてるらしいんだけど、そのせいで男の子がユッタに夢中になるらしい」
「あの子そんなアイテム持ってたの!?」
「パウルによるとユッタは『誘惑の指輪』って呼んでるらしい。学院に入学するときに義母から贈られたそうだ」
「なんでそんな物騒な指輪を母親が渡すのよ!」
「俺が知るわけないだろ! パウルは単なる指輪って思ってたらしいから、母親の方も同じなんじゃないのか?」
「それじゃユッタってその指輪の正体をどうやって突きとめたのよ?」
「突き止めたっていうより、乙女ゲームにそんなアイテムがあったんじゃないのかな。それにウィンドウ画面でステータスを見ることができるんなら、アイテムも表示できるだろ」
ティアナの説明にアルマが唸る。前世の記憶があることが前提になるが、今の説明でアルマは妙に納得できてしまった。
二人の言い合いが一段落ついた頃、それまで黙っていたエッカルトが声を上げた。
「む、思い出したぞ。『誘惑の指輪』、確か男の好意を何倍にも増幅する魔法の指輪だったはず」
「なんでエッカルトがそんなことを知ってるんだ?」
「儂がまだ生きておった頃に、その指輪を使って王族に取り入った女がおったのだ。幸い大事には至らんかったが、なぜそんなものを男爵夫人が持っているのか」
エッカルトが首をかしげたが、もちろんティアナにもアルマにもその事情はわからない。ともかく、今はユッタがそれを持って使っていることの方が問題だった。
難しい顔をしたアルマがティアナに問いかける。
「それであんた、ここまでわかって次はどうするのよ?」
「どうするって言われても、俺ができることってほぼないからなぁ。ただ、ユッタが乙女ゲームの世界にいる感覚で動いてることはわかってきたな」
「ゲームみたいにステータスがあって、ウィンドウ画面に色々と説明が載って、それで選択肢を選んで後は結果を待つだけね。楽そうでいいじゃない」
「しかも指輪の効果もあるしな。そうか、ユッタが女の人を徹底的に避けるのはこのためか! 能力も指輪も男相手に特化してるから!」
今になってようやくティアナは合点がいった。天井を仰ぎ見て大きく息を吐く。
「む、そのユッタとやらはそこまで徹底しておるのか?」
「ユッタは男とばかり話をしていて、女とはほとんど話をしないって裏付けはあります。それこそ貴族もメイドも区別なくです」
「ほほう、こだわっておるな。しかし、女と話をする場合はどうするのだ?」
「女の子に何かさせたいときは、口のうまい男の子経由で頼むんじゃないですか? 自分のメイドなんかですと、最低限の指示だけなんでしょうけど」
「なるほど、そういうことか」
ユッタの行動パターンがわかってくるほどに、説明しているアルマもげんなりとする。
「それだけゲーム的な能力が優秀なんでしょ、あと指輪も」
「でも、この世界って別にゲームの世界じゃないよな?」
「あたし達の認識ではね。かなり似ている世界なのかも。とりあえず、女の子にはその能力は使えなさそうってわかったのは収穫よ。男の子には誰でも使えるみたいだけど」
「直接どうこうされることはないのか。あれ、でもそうなると、なんでパウルには効果がないんだ? あいつも男だろ」
「兄妹だからじゃないの? 同じ血筋には無効とか」
しばらくそれっきりティアナとアルマは考え込む。
「今はこれが限度ね。またしばらくはユッタを探らないといけないわ」
「そうだな。俺の方もパウルから何か聞けたら聞いておく。あれ、エッカルト?」
困惑した様子のエッカルトに気付いたティアナが口を閉じる。
「そなた達が何を言っているのかさっぱりわからん」
その言葉を聞いた二人は、エッカルトに説明するのをすっかり忘れていたことを思い出した。
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