あいつは怪しすぎる!

 一方的な対面だったが、ティアナはユッタが去る直前の言動を目撃したせいで怒るどころではなかった。


 学舎の玄関口で合流したアルマにもその場では話さず、自室に戻るまではどちらも無言だった。内容が前世に関わるだけに周囲へ漏れないように気をつける。


 自室へ戻ると早速アルマが尋ねてきた。


「さて、ここなら誰にも聞かれないから話してくれるのよね」


「結論から言うと、ユッタは俺達と同じ転生者かもしれない」


 ティアナの言葉を聞いたアルマが固まった。目を全開にしてこちらを見つめてくる。それを見たティアナが微笑んだ。


「俺も初めてあいつの言葉を聞いたときに同じ反応だったから、ちょっと嬉しいな」


「馬鹿なことを言ってないで詳しく話しなさい」


 真剣な表情で説明を求めるアルマに促されて、ティアナは先ほどあったことをひとつずつ話した。こういうときは順を追って話すかまとめて話すかの二択だが、まとめられる自信のないティアナは順番にしゃべる。


 説明を聞き終えたアルマは難しい顔をして黙る。怒られているわけでもないのにティアナは居心地が悪く身じろぎした。そして、沈黙に耐えられずにアルマへ問いかける。


「単に転生者が一人増えたってだけじゃないのか?」


「その考えでもいいんだけどね、一つ気になって仕方のないことがあるのよ」


「もしかして、ゲームについて話しているみたいなことか? ハーレムルートとか」


「間違ってないんだけど、注目するところはそこ? あんたの密かな願望が今のでよくわかるわ。予想通り過ぎて驚きはないけど」


「いや別に、そうじゃないんだけどな? ほんとだって」


 思わず脱力してしまったアルマが呆れた顔でティアナを見返す。言い訳しそうになる主人をぴしゃりと止めた。


「申し開きは後で聞くわ。それよりもユッタのことよ。ゲームみたいに選択肢や攻略条件があるって言ってたのは間違いないのよね?」


「嬉しそうにしゃべってたぞ」


「ということは、ユッタは何かをするとき、ゲームをするみたいに物事を進められる。そして、思い通りの結果を得られるわけね。どんなゲームか聞いた?」


「そこまでは聞いてない。でも、ハーレムルートに入るなんて言ってたから、エロゲみたいなもんじゃないのかな」


「ここでギャルゲーや育成ものって言葉が出てこないのが、あんたらしいわよね」


「うっ」


 視線をそらしたティアナをアルマは苦笑いしながら見る。


「ともかく、もしゲームに例えるとしたら、乙女ゲームの類いなんでしょうね」


「攻略対象が誰だかはわかんないけど、ユッタは女の子だもんな。男のルートがあるエロゲはイヤだもんなぁ」


「エロゲから離れなさい。何にせよ、恐らくはそういった類いのゲームをやってるみたいなんでしょう」


「多分主人公に転生したんじゃないかな。でなきゃハーレムルートなんて言わないだろ」


「ルートはともかく、主人公に転生してるんならまずいじゃない」


「なんで? 俺達の性別は女なんだから攻略対象外だろ」


「でも、ある人物の攻略条件にあんたを倒すなんてあったら、一体どうするのよ?」


 アルマに指摘されてティアナは言葉に詰まる。


「だ、大丈夫なんじゃないかな。だって、初対面でまったく眼中にないっていう態度だったし。攻略条件に俺の打倒が入っていたら、最初からもっと敵対的なはずだろ?」


「まだ攻略条件が提示されてないだけかもしれないじゃない」


「いやいや、こういうのって大抵そのゲームをやり尽くしてるだろうから、全部知った上で動いてるに決まってるって!」


「条件が開示されるまでは知らないふりをしてるだけかもしれないじゃない」


「やめろよ脅かすのは」


「ともかく、こっちは何のゲームかすら知らないんだから、いつ矛先があんたに向かうかわからないわよ。少なくとも意識されたことには違いないんだから、気をつけることね」


「えぇ、友達のお願いを聞いただけなのにぃ」


「あたしに言われてもどうにもできないわよ。全部あっちの都合なんだから」


 今になってティアナは青ざめる。てっきり自分は最初から最後まで無関係だと思い込んでいたからだ。


「あれ、でも待てよ。俺が敵になったとして、ユッタは一体どうやって俺を倒すつもりなんだ? 殴り合いの喧嘩や一対一の決闘でもするのか?」


「それはゲームによるわね。敵を孤立させて学院から追放とか、実は犯罪に手を染めていて投獄されるとか、自業自得の事故かなにかで死亡するとか、色々あるわよ」


「だんだん悲惨な結末になっていくな」


「そうね。どれもあり得るから気をつけないと」


「いやそんなことはないだろ。孤立して追放されるのは可能性としてあっても、他二つはないはず。だっておれ悪いことなんてしないぞ」


「ヒント、濡れ衣」


「うわぁ」


「それと、ユッタ本人が何もしなくても、周りが勝手に動いちゃうこともあるでしょうね」


「その可能性もあるのか」


 そんなばかな、と言い切れないところが貴族社会の恐ろしいところである。その手の謀略の話がいくらでも転がっていることをティアナも知っているので否定できなかった。


「結末については今気にしても仕方ないわね。今問題なのは、あんたがユッタに敵認定される可能性があるということよ」


「でも今の俺って学院内で孤立してる状態だぞ。乙女ゲームの攻略条件に引っかかるようなつながりもないはず」


「何言ってんの。パウル様とテレーゼ様とのつながりがあるでしょ。特にテレーゼ様ってテオフィル王子の許嫁で公爵令嬢様よ? 更にその王子様はユッタにぞっこんなんだから、これって悪役令嬢との婚約破棄、追放ルートのフラグがびんびんに立ってるじゃない」


「いや待て。それはテレーゼ様の話だろ。俺は直接関係ないぞ」


「一応気にかけてもらってるでしょ。間接的にでも関係あるんだから危ないわよ。何しろあんただって充分嫌われ役の立場なんだから。ユッタからしてみればね」


 ティアナは反論できなかった。確かにゲームのエンディングで悪役がまとめて処分される可能性はあるからだ。そして、黙っているティアナにアルマが更に畳みかけてくる。


「更に、あんたパウル様の頼みでユッタに会ったんでしょ? ということは、今後もパウル様から色々相談を受けることになるんじゃないの? そうなると、直接ユッタと関わることも増えてくるんじゃないかしら」


「だったらパウルから離れるしかないのか。でもあいつ、なんだかんだで追っかけてきそうなんだよなぁ」


 好青年だけに孤立している者を放っておけない性格だとティアナは見ている。今になってばっさりと縁を切るのは逆に難しい人物だ。


 友人関係にティアナが悩んでいると、アルマが別の疑問をぶつけてきた。


「あ、話しているうちに、もうひとつ気になることが出てきたわ」


「なんだよ。この際だから全部言ってくれ」


「ゲームを攻略するみたいに物事を進められるとして、それって特定の人物だけなのかしら? それとも世の中の全員?」


「わかったようなわからないような質問だな」


「ゲームだと、ストーリーを進める上で必要なキャラとの絡みだけで選択肢って出てくるじゃない? 背景絵のその他大勢一人一人にまで丹念に選択肢が用意されてることってないでしょ。ユッタの場合はどうなのかなって思ったのよ」


「ネットゲームなんかだと、モブキャラまで会話できるようになってることはあるけど」


「大半がお決まりのセリフを繰り返すだけで、選択肢なんて出てこないじゃない」


「確かに」


 質問の内容についてはティアナも理解できたが、その意図まではわからないので依然首をひねったままだ。


「ユッタがゲームの主人公として転生していたとして、更にゲームのように選択肢を選んで話を進められるとして、その相手が特定の人物、攻略対象キャラや主要人物だけならなんとかなるかもしれないわ」


「どうして?」


「だって、それ以外の人を相手にしたときは、ウィンドウ画面や選択肢が出てこないんだから現実の世界と同じように対応するしかないじゃない。だったら、出し抜いたり騙したりできるでしょ」


「お前一体何考えてんだ」


「もしものときのことよ。でも誰と対峙してもウィンドウ画面や選択肢が出てくるとなると厄介よね。あんたが対決するときに、そのウィンドウ画面とやらにこっちの思惑が書かれていたら、手の内がばれてるってことじゃない」


「それじゃもし俺相手に選択肢なんかが出たとしたら」


「こっちの行動や思考が制限されるかもしれないわね」


「そんなのこっちからしたら無理ゲーだよな」


 ようやくアルマの言いたいことが理解できたティアナは、その深刻さがわかった。同時に、去り際のユッタの驚きを思い出す。


「そう言えば、最後の最後でユッタが驚いてたな。なんか、俺の顔と自分の左手前の何もないところに視線を往来させた。あれなんだったんだろ?」


「案外あんた相手にウィンドウ画面見たり選択肢選んでたりしてたんじゃないの? それっぽい動きに思えない?」


「実はもう手遅れなのか」


 肩を落としたティアナが力なくつぶやく。


 そのとき、窓際の壁から半透明な人型が音もなく入室してきた。その姿は全身甲冑を身につけている。


「ティアナ、アルマ、息災である」


「あ、エッカルトだー。こんばんはぁ」


「アルマ、ティアナの様子がおかしく見えるが、何かあったのか?」


 いつもと違ってティアナの様子がやたらと明るくて幼いことにエッカルトが戸惑い、兜を脱いでアルマに目を向ける。その視線を受けたアルマは苦笑いした。


「実はちょっと面倒な事態になってしまいまして、今そのことを話し合っていたんですよ」


「む、儂が聞いても良いか?」


 アルマはうなずくと、今までの経緯をエッカルトに説明する。途中、前世の専門用語のところでエッカルトから質問が飛び、その度にアルマがひとつずつ教えた。


「この世界とは別の世界の話が入り込んでいますから、わからないところは多々あると思いますが、ティアナの現状はこんなところです」


「ふぅむ。ユッタとやらは、ゲェムのように現実世界の問題を単純化して対処できるのか。それはまた、魔法、いや異能と言って良い能力を持っているのだな」


「ゲームにしろ、魔法にしろ、異能にしろ、厄介なことに変わりないですけどね」


 エッカルトの表現にゲーム的能力の別側面を見たアルマが苦笑する。


「それで、ティアナはこれからどうするつもりなのだ? 何か対策でもあるのか?」


「これだけの情報じゃどうにもならないよ」


「む、一筋縄ではいかんか」


「エッカルトは例えばどんな情報がいると思う?」


「ユッタの最終的な目的が何か、その異能の能力がどのようなものか、などだな。無論、探るのは難しいだろうが、このままでは対策を立てられん」


 それはティアナもアルマもわかっているので、どちらもエッカルトの言葉にうなずいた。


「ユッタと直接話せたとしても、能力のことはさすがに教えてくれないだろうなぁ。目的だって、あれ以上のことは聞き出せないと思う。あれは興奮してついしゃべったって感じだったし」


「直接本人に聞かずとも、周囲の者達に聞いて回れば、断片的にでも情報は集められるだろう。そなたは子女なのだからお茶会などで、ああそうか、そなたには難しかったな」


 途中でティアナの事情を思い出したエッカルトの言葉が尻すぼみになる。


「アルマ、ユッタの言動を調べてくれないか? 俺、みんなに避けられてるから」


「しょうがないわね。知り合いに聞いてあげるわ」


 じっとしている分には孤立していることは悪くない状態だったが、能動的に動くとなると好意的な反応が期待できないので苦しい。


「話には聞いていたが、その顔を見ていると思った以上につらそうだな」


「俺そんな顔してる?」


「うむ。精彩を欠いているのは確かだぞ。青くなっているとまでは言わぬが」


「他の女の子にどうしても話しかけづらいのなら、いっそテレーゼ様に相談してみたらどうなの?」


「なんて言って相談するんだよ。今の段階じゃ、俺がユッタを探る理由を説明できないだろ。何か名目がないと」


「そうだったわね。はいはい落ち込まないの。ちゃんと聞いてきてあげるって。とにかく目立つ人物だから、話題に上げても疑問に思う人はいないしね」


 アルマがティアナを慰めていると、横からエッカルトが口を開いた。


「当面の方針はこれで決まったということで良いか?」


「あたしの方は聞いて回るだけだから二日か三日もあれば充分よ」


「それじゃアルマ、頼むよ」


 今後の行動の指針が決まってティアナは表情を緩めた。

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