第96話:雷帝vs炎帝+α

「兄さんは、姉さんと先に行って」

「しかし、後ろでワルキューレちゃんが剣聖と戦ってるんだ」


 フェリクスに急かされるが、ワルキューレの事が気にかかるゼウスは後方で膨れ上がり続けている殺気に気が気ではなかった。


「それは私が見に行きます!」


 止める間もなく走り出していったラウラに、ゼウスは覚悟を決めるとステファニーを馬上へ上げ自らも乗り込む。


「すまん、色々頼む」

「任せてよ」


 そして一言だけフェリクスにかけると、エレンディアへ向け馬を走らせた。


「もう良いか?」

「どうしてわざわざ待ってくれたのですか?」

「あの男の考えに乗ったまでよ」

「あの男……?」


 フェリクスには意味が分からなかったが、これからこの『雷帝』と闘わなければならないのだ。余計な雑念は捨て、気合を入れる為に両の頬を叩いた。




「おらこいやぁ!」

「吠えるだけか!」


 木々は薙ぎ倒され、辺りは焼け焦げている中、二匹の獣はいまだ死闘を繰り広げていた。

 もはや切り結ぶと言うより殴り合いに近い戦いは、まさに狂戦士と呼ぶに相応しい狂気をまき散らしている。

 しかし、その攻防もそろそろ終結を迎えようとしていた。

 先に体力が尽きるのを感じたアルバートが距離を取ると、右手一本で刀を掲げ吠える様に叫ふ。添える左手は既に無かったからだ。


「舞え! 霹靂神!」


 瞬間、アルバートを中心に眩い雷が放射状に広がると、ワルキューレへ向けて襲い掛かって行く。


「……マスカ、スイマセン……」

「え? 何て?」


 皮膚を焼け爛れさせ左目だけで動きを追っていたワルキューレは何処からか聞こえてくる音に耳を傾ける。

 最初は幻聴だと思っていたがそれが槍から発していると分かると、耳元へ近づけた。


「スイマスカ、スイマセンカ」

「最初から……」


 そしてそのまま左足を踏み出すと、投擲の構えを取る。


「吸い取れよおおぉぉぉぉ!」


 叫びながら放った槍は、光の筋となってアルバート目がけ飛んで行く。

 そしてそれは、あらゆるものを『吸い込みながら』進んで行った。

 襲い掛かる雷も

 巻き込む空気も

 そしてアルバートの心臓も

 進む先にある物全てを吸い込み、槍は彼方へと飛んで行った。


「かはっ!」


 槍を投げた者、槍に貫かれた者、双方同時に血を吐きだすと、片や前のめりに、片や仰向けに倒れる。

 伏せたままのワルキューレは、無言のまま黒焦げの体から煙を上げ微動だにしない。

 大の字で空を見上げるアルバートは、


「堪能した……わい」


 と一言呟くと、とても晴れやかな顔で息を引き取った。

 壮絶な戦いが幕を引き、辺りに静寂が戻ると、何処からともなく声が響き渡る。


『剣聖を倒し強き者よ、汝に新たな剣聖の称号を与えよう』

「……」

『剣聖を倒し強き者よ……』

「……」

『ちょっと、聞いてる?』

「……」

『あら、死にかかってるわね』


 反応が無い事を確認した声の主は光の塊となって現れると、ワルキューレをその光で包み込む。


「んあ?」


 気が付いたワルキューレは、立ち上がると辺りの惨状を見て今までの出来事を思い出す。

(あ、そっか。私行かないと)

 何故か傷一つなく、何処もいたくなかったのでゼウスの後を追おうと馬を探したが、戦いのさなかに何処かへ逃げてしまったらしい。仕方がないので走って行こうとすると、何処からともなく聞こえる声に呼び止められた。


『お待ちなさい』

「ひあっ?」


 突然の声にびっくりし、声のする方へ向くと、なにやら光の塊が揺れているのを目にする。


『体はもう大丈夫か?』

「あ、はい。なんとも……ってもしかして、あなたが治してくれたんですか?」

『左様。我が名はレーアス、戦いを司る神』

「レーアスさん、有難うございました。私は急ぎますのでこれで――」

『まてまてまて!』


 ペコリと頭を下げ、走り出そうとするワルキューレを再びレーアスは呼び止める。


『剣聖を倒し強き者よ、汝に新たな剣聖の称号を与えよう』

「いや、そう言うのは間に合ってますので」


 ワルキューレはレーアスの話を手を上げて遮ると、凄まじいダッシュで走り去って行く。


『……』


 こうして、剣聖の座は暫くの間、空位となったのである。




「ふむ。なかなかの魔力障壁じゃな。」


 周囲に漂う人工精霊から雷光を迸らせながら、ヴェルナーは感心したように呟く。

 対するフェリクスは、まさおの魔力障壁に重ね、自らも障壁を展開してやっと防ぎきれる程の攻めに、防戦一方となっていた。

 当然、人工精霊を出して攻撃をしかけはしたのだが、所詮雷に炎、速さにおいて圧倒的に劣ると、攻撃する前に次々と破壊されてしまい、出すだけ魔力の無駄だと気づいた頃には完全に相手の人工精霊に包囲されていたのだ。


「なら、これだ!」


 フェリクスは攻撃の隙間をついて杖を振るうと、ヴェルナーとの間に炎の壁を巻き上げる。

 そして視界を塞ぐと魔力を杖に集中、青白い炎の束を前方へ吐き出した。

 地面を溶かしながら進む高熱の奔流は触れるもの全てを焼き、溶かし、蒸発させながら進んで行くと、巨大な空間を残して消え去る。


「威力は凄まじいが、使い方が雑よな」

「!」


 声がする方へ向くと、そこには無傷のヴェルナーが立っていた。


「視界を塞がれて、いつまでも突っ立っておる馬鹿がおるか」

「ぐぐぐ……」


 言われてもっともだと思うだけに、余計腹が立つフェリクス。

 そして更に攻めが雑になって行くのだった。


「それでは炎帝の名が泣くぞ」

「……」


 繰り出す攻撃を悉くあしらわれると、万策尽きたのかフェリクスは足を止め項垂れる。

 炎帝と呼ばれても所詮は少年、戦いの駆け引きや老獪さにおいてはヴェルナーの足元にも及ばないだろう。もはや戦意を喪失したと判断した雷帝は人工精霊を一か所に集めると、魔力を収束し始める。


「まだだ!」


 その時、フェリクスは叫ぶと、杖を右手で握りしめ走り始めた。


「まだ諦めぬか。しかし」


 ヴェルナーは人工精霊をそのままに、自ら杖を振るうと雷撃をフェリクスへ向け放つ。


「くっ!」


 対するフェリクスは、人工精霊を顕現させ盾として雷を凌ぎながら尚も突進を続け、左手に握っていた杖を掲げた。


「いけぇっ、かおり!」

「まったく、エステル以外の命令なんて一度しか聞かないんだからね!」


 聞き覚えの無い声が響く中、あと少しで魔力の収束が完了するというところで、ヴェルナーは異変に気付く。

(あの杖は……) 

 今まで使っていた杖とは違う、球体の付いた杖をフェリクスはかざしており、自らの足元が氷に包まれ動きを封じられていた。

(しかし、わしのほうが速い)

 人工精霊の魔力収束が完了し、フェリクスへ向け放とうと杖をした瞬間、ヴェルナーは膨大な魔力の渦に包まれる。


「な……に!」


 光の渦に呑み込まれていくヴェルナーの先、光源の元には巨大化していたまさおが輝く炎を吐き出していた。

 高熱で地面が解け始める中、そのまま蒸発するかと思っていたが、弾けるような音と共に光の束が上空へと伸びていく。


「おいおい、マジかよ」


 炎を吐ききった後に、まさおはその光景を見て驚きの声を上げる。

 確実に直撃したと思っていたヴェルナーが解けた大地の中、まだ立っていたのだ。


「やってくれよる……」


 収束していた魔力を咄嗟に弾けさせ、弾道を変えて凌いだヴェルナーは、再び人工精霊を顕現させ反撃の体制を整え――


「させるか!」


 ――る前に魔力の収束を完了させていたフェリクスが止めの一撃を放った。


「くっ、おわああぁぁぁ!」


 防御する間も手段も無いヴェルナーは、今度こそ光の中で消え去っていった。


「ちょっと卑怯だったかな」

「騎士じゃねぇんだから、卑怯も何もねぇよ」


 まだ煙を上げている地面を見ながら自嘲気味に言うフェリクスに、元に戻ったまさおが背中に上りながら答える。

(確かに、負ける訳にはいかないからねぇ)

 少し後味が悪い中自分に言い聞かせると、フェリクスはワルキューレを迎えに行ったラウラを待ってゼウスの後を追う事にした。

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