第95話:狂戦士対狂戦士

「クラレンス殿に『早く戦いたければここへ来ると良い』と言われ来てみたのだが、あの御仁は千里眼の持ち主であろうか」


 道の真ん中に立っていた男は、歓喜に打ち震える目で二人を見据えると、腰に下げた刀へ手を伸ばす。

(まずいな)

 ゼウスは己の不運を呪っていた。

 二人はあの後カーリアを抜け、地面に空いたやたら大きな裂け目を迂回してコルトバードへ入った。それだけでも想定外のロス(と言っても原因は自分なのだが)なのに、今度はとびきり厄介な相手、『剣聖』アルバート・ブランズと遭遇したのである。

 仕方なく馬から降りたゼウスは、剣を抜き放つと男の前まで進んで行く。


「残念ながら今日はゼウス殿ではなく、そちらの女子おなごとの死合いを所望いたす」


 やはり、アルバートはワルキューレの資質を見抜いていたようだ。

 ヤベー奴にはヤベー奴を当てるのが一番とは思ったものの、流石に実戦経験のないワルキューレに任せるには不安しかないゼウスは、自分で片を付けようとアルバートの言葉を無視して剣を構える。


「私に任せてゼウスさんは、先を急いでください」


 そんなゼウスの背中からワルキューレは声をかけると、自ら槍を持って前に進み出てきた。


「そうは言ってもな……」


 ゼウスが止めようとするが、二人は既に相対し話を始めていた。


「女子、名は何と申す」

「鈴木、戦乙女ワルキューレと申します」

「鈴木……、お主も同じ日ノ本の出自か」


 そう言うと、アルバートは徐に正座を始める。

 武道の試合前にある挨拶を思い出したワルキューレは、それに合わせて自らも正座した。


「待てと言うのにお前ら」


 尚も間に入って止めようとするが、いつの間にかゼウスの扱いは完全に蚊帳の外になっていた。


「ワルキューレ殿より弱いゼウス殿とは、今日は戦う気はござらん」

「私より弱いんですから、黙って先に行ってください」

「弱っ……」


 実際に今のワルキューレの強さは、ゼウスを超えているだろう、この短期間での成長には目を見張るものがある。まさに異世界転生ものの王道を行く勢いの卑怯さだ。

 だが面と向かって『弱い』と言われると、如何に勇者とは言え豆腐メンタルなゼウスへのダメージは計り知れない。今も膝から崩れ落ちて地に倒れ伏しているところだった。


「弱い……」

「時間が無いんですから落ち込んでないで、早く行ってください」


 座りこみ遠い目でブツブツと独り言を言い始めたゼウスに向かって、ワルキューレは言葉を続ける。


「醜い私の本当の姿を、見せたくないんです」

「でも、君がいないとコルネリウスと戦う意味が」

「必ず行きますから……」


 万が一、ワルキューレが剣聖に敗れる事があれば、彼女を元の世界へ送り返すという目的の一つが果たせなくなるのだ。それでは意味が無いと、ゼウスは説得を続けようとする。

 がしかし、その瞳に宿る意志の強さを見た時、これ以上の言葉は意味を成さないと悟ると、剣を仕舞い止めておいた馬の元へ歩き始めるのだった。


ゲートを開けて待ってる」

「はい」


 すれ違いざまに一言発すると、ゼウスはエレンディアへ向け馬首を巡らせ走り去って行く。


「お待たせしました」


 改めてアルバートへ向き直ると、ワルキューレは正座のまま深々と頭を下げる。


「よい死合いをしようぞ」


 対するアルバートも頭を下げると、互いに立ち上がり各々の武器を構えた。

 ワルキューレは二メートル近い槍を、アルバートは一メートル程の打刀を。リーチ的にはアルバートが圧倒的に不利であるが、倍の大きさのある槍はその分重い。速度で上回り懐に入れば勝機はあるだろう。

 両者は互いに獲物のリーチを見極めながら間合いを測り、歩を進める。

 そしてワルキューレが武器のリーチ分、先に必殺の間合いに入ろうとした時、アルバートが鯉口を切る音が鳴り響いた。


「!」


 タイミングを狂わされる形で攻撃を受ける形になったワルキューレは、踏み込もうとした左足を踏ん張り、相手の攻撃に備える。


「閃け! 霹靂神ハタタガミ


 初手から全力で踏み込んできたアルバートは、抜き放った刀身から無数の雷を迸らせながらワルキューレへと切りかかる。

 刃より速く襲い掛かる光の筋に、彼女は咄嗟に左手を槍から離した。


「いだだだだ!」


 強烈な衝撃と感電による筋肉の硬直に思わず声を上げるが、それを力づくで押さえつけると、左右同時とも思える斬撃の僅かな差を見切り、刃と石鎚を右手一本で交互に振るいはじき返す。


「これ程とは……」


 攻撃した方が戦慄する程の立ち回りに、アルバートはそれ以上の興奮と湧きあがる闘争心を押さえる事が出来なかった。


「うう……こんなの聞いてなーいー」


 片やワルキューレは、半身から煙を上げながら、もう帰りたい気持ちいっぱいで弱音を吐いている。

(タタカエ……)

 しかしその気持ちに反する様に、内なる声が語り始めていた。

 どのみち逃げる事の出来ない現状にその声に体を委ねると、痛みが引いて行くのを感じる。

(これなら行けるっ!)

 痛みと共に鈍っていた感覚を取り戻したワルキューレは、服を破り柄にきつけると再び槍を構え、攻勢の機会をうかがう。

 そして何度も先程の攻撃を食らう訳にはいかないので、先手を打って出る事にした。


「くっ!」


 今度はタイミングを狂わされる側になったアルバートが、迎撃すべく踏み込もうとした左足を咄嗟に戻す。その直後には踏み込むはずの場所に槍が突き刺さっており、続けざまに突き上がって来る斬撃を躱すと、今度は左から石鎚の一閃が薙ぎ払われる。

 当たれば切り刻まれ弾き飛ばされるような攻撃の続く中、体制を立て直そうと堪らず後方へと退いたアルバートに容赦のない攻撃は続いた。

 線から点の攻撃へ、ワルキューレは息をもつかせぬ刺突で剣聖を圧倒する。

(ジャマモノハ、ハイジョシロ)

 今も心の奥底から声は続いている。そして彼女自身もその声に抗う事無く身を任せていく内に体が軽くなるのを感じていた。


「いいぞ……」


 当たれば肉を巻き込んで骨ごと抉られそうな一撃を、紙一重で躱しながら恍惚の表情を浮かべるアルバート。いまだかつてない命の危機に、高揚感は最高潮に達していく。


「これよ! このひりつく昂り、これこそが戦場いくさばよ!」


 空気を裂く刺突に皮膚を裂かれながらも、前進を始める剣聖に対し、ワルキューレはその血飛沫を見て僅かに攻撃が鈍り始めていた。

 僅かな隙を見逃さなかったアルバートは、槍を掻い潜り彼女の懐へと踏み込む。

 その瞬間、攻防のターンが切り替わった。


「それで終わりか! まだまだわしを楽しませてくれ!」


(やっぱり、ダメか……)

 飛び散る血に意識を取られ、集中できないワルキューレは徐々にアルバートに押され始める。

(ヤラレルマエニ、ヤレ)

 朦朧とし始める意識の中、湧きあがる衝動に同調した時、彼女の中で何かが変わる音が聞こえた様な気がした。


「……ねぇ」

「?」

「足りねぇ」


 気配の変わったワルキューレを警戒すると、アルバートは咄嗟に飛び退き再び間合いを測り始める。


「全然足りねぇよ! もっと血を見せろよ!」


 しかし、そんな駆け引きを気にもしないワルキューレは、湧き上がる殺気を押さえようともせずアルバートの間合いへと踏み込んでいった。


「やっと仮面を脱ぎ捨てたか! そうでなくてはな!」


 迎え撃つアルバートも、狂気の瞳でそれに応える。


「おらぁ!」

「ハハハ!」


 もはやそこにいるのは、闘争本能に支配された二匹の獣だった。




「う、何か非常に良くない感じが……」


 後方で膨れがる嫌な気を感じると共に背中がざわついたゼウスは、馬を止め振り返る。

 気配からするとまだ戦っているのだろう、今なら引き返しても間に合うかもしれない。


「戻る必要はない」


 ゼウスがその場で躊躇していると、前方から声と共に新しい気配が現れた。

 容姿だけ見ればどこにでも居そうな白髪の老人だが、纏っているローブで魔術師だと推察できる。しかもその顔をゼウスは何処かで見た記憶があった。


「えーっと、何処かでお会いしましたっけ?」

「クラレンスの言う『前の世界』でお主の義弟に魔術を教えておった」


 そう言うと魔導院の学院長、通称『雷帝』は杖を構えゼウスに名を名乗る。


「名はヴェルナー・ホーグランドと言う。お主はここでわしの相手をしてもらう」


 新たな敵の登場に、足止めされたゼウスは焦りを募らせていた。

 しかし、その時更に新しい声が聞こえてきた。


「それには及びませんよ、先生」


 その直後、周囲に大音響と砂塵を巻き上げながら一匹の竜が落ちて来た。

(あー、フルメヴァーラさんに見られてたか)

 状況を察したゼウスは、安堵の吐息を漏らす。

 そして埃が収まると中から現れた青年は、深紅のトカゲを背中に乗せ愛用の杖を構えてヴェルナーの前に立ちはだかる。


「先生のお相手は僕がします」

「この世界では教え子ではないがの」


(これも奴は知っておったのか。であれば……)

 ヴェルナーはクラレンスの顔を思い出すと、己の役割を演じる為、改めて杖を構えた。


「お久しぶりです。ゼウスさん」

「後でお話はたっぷり聞かせて貰いますからね」


 そして後からシールドに乗って降りてきたラウラとステファニーが、ゼウスの隣に降り立つ。


「あ、はい」


 頼もしい助っ人の登場と共に、後でこってり絞られるのが目に浮かんだゼウスは悲喜こもごもでこの状況を歓迎した。

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