第97話:全てを知る者

「ようこそ、遠路はるばるエレンディアの地へ」

「昔のよしみで通してもらえませんかねぇ?」


 城の門の間で恭しく一礼するクラレンスに、ゼウスは馬上から話しかける。


「残念ながらダメですね」


 顔を上げたクラレンスはゼウスの問いに拒絶の返答を返すと、徐に右手を掲げる。

 そして上空に巨大な『つらら』を作り上げると、何処からともなく飛んできた光の筋に投げつけた。

 若干中心を逸れる感じでつららに当たった光は、進路を変え城の横に落ちると、轟音と共に周辺の家を吹き飛ばす。


「あれは……」

「暗黒の神『エレンボス』の代行者、魔王フルメヴァーラが得意とする技『貫く極光オーロラシュート』。エルフの森から撃ってあの威力は流石ですね。住民を避難させておいて良かった」


 やれやれ、と言った感じで燃え上がる町を眺めるクラレンスを、訝しげに見つめるゼウス。


「何故来るのが分かった……って言うか、あれ技名あったんだ」

「ちなみに、同じ代行者レベルの魔力があれば、シールド二百五十枚で威力をほぼ減衰できます」

「……試した事があるんですか?」

「その昔、一度ほど」


 過去戦った事があるのであれば、技の特性やその使いどころもある程度分かるので、対策の取りようもある。しかし、来るタイミングまでもあそこまで正確に把握できるものだろうか。


「成程……」


 今一つ釈然としないが、このままここで時間を潰す訳にいかないゼウスは、城内へ入る為に剣を抜く。


「どさくさに紛れて入れそうにないので、力ずくで行かせて貰いますよ」

「MDS-I、対魔術師用剣型デバイス。相手の放つ魔力を吸収・蓄積し、用途に応じて放出する。初期型ゆえ吸収キャパシティが低く、すぐにオーバーフローを起こす。同系統の三作目に槍タイプがあり、キャパを強化した結果、発動させると持ち主の魂まで吸収すると言う致命的な欠陥があり、対応策は『吸収される前に手から離す』と言う原始的なものである」

「……先生、何者ですか」


 髭を扱きながら答えるクラレンスに、ゼウスは恐る恐る問いかける。


「分からない生徒に知っている事を教える『先生』ですよ」


 持っている本人でさえ知り得ない情報を、見ただけで答えるクラレンスにゼウスは得体の知れない恐怖を感じ始めていた。




「フェリクスさーん!」


 迎えに行く途中でワルキューレと合流したラウラがシールドに乗って飛んでくる。


「無事でよかった」

「いや、どうも無事では無かった様なのですが、何故か無事です」

「?」


 安堵すると同時にワルキューレの曖昧な言葉に首をかしげるフェリクス。しかし、今は気にしている時間も惜しかったので、すぐに三人でゼウスの後を追いかけた。




「じゃあ、これは?」

「それは一般的には『天罰の杖』と呼ばれてますが、ガロイア神がお気に入りの信徒に渡す通信機兼、魔力増幅器ですね。あと、今ここにステファニーさんがいると言う事は、無事ハルカさんを出産されたようで、聖王就任と共におめでとうございます」

「え、何でそんな事まで知ってるの?」

「え? ステファニーさん、聖王になったの?」


 ハルカの事はまだ周囲の僅かしか知らない事であるし、聖王の件に関してはまだ誰にも話していない。ゼウスがびっくりするのも当然だ。二人は改めて髭を扱いているクラレンスを見ると、


「こわっ!」


 と、声をそろえて引いていた。


「そんなに奇異の目で見なくても、プライベートは尊重しております故、ご安心ください。おっと、そろそろ宜しいですかな」


 クラレンスは首にかけてある懐中時計を眺めると、距離をとる二人の前で振り返り一人先に城内へと入り始める。


「え、入れてくれるの?」


 邪魔をする気配がない事を確認すると、ゼウスは剣を仕舞いステファニーを連れクラレンスの後に続いて城内へと入って行った。

 門番を始め城内に人の気配はなく、三人の足音だけが静かな空間に響き渡る。罠の可能性を考え、周囲を警戒しながら進むゼウスに前を歩くクラレンスが声をかけてきた。


「隠れている人はいませんよ。無駄に命を落とされても困りますので、皆さんには避難して貰っています。と言っても、案内できるのはここまでですけどね」


 巨大な扉の前で立ち止まると、クラレンスは振り返って話を続ける。


「この中で儀式が……」

「開演までもう少し時間がありますので、少々お待ちください」

「もう劇は始まってる様ですが?」


 中から感じていた魔力の増大に、転移の儀式が既に始まっている事を確信したゼウスは、焦りを感じてクラレンスを排除しようと再び剣を構える。


「!」


 しかし、クラレンスが左手を掲げた瞬間、足を前に進める事はおろか、指一本動かす事が出来なかった。


「慌てずとも、クライマックスが来たらご覧いただきますよ」


 為す術のないゼウスが戦意を喪失した事を確認したクラレンスは、手を下げると壁に寄りかかり懐中時計を眺める。


「……あなたは敵なのか、味方なのか?」


 真意の読めないゼウスは、自由になった手で剣を鞘に戻すとクラレンスに問いかけた。


「あなたがここで大人しくしていてくれれば味方であり、突破しようと思うのであれば敵であります。私としては大人しくしておいて欲しいのですが――」


 そして再び時計の針を眺めると、扉に手をかける。


「――それももう大丈夫の様です。どうぞ、ご覧ください」


 クラレンスが扉を押すと、中から眩い光が溢れ出してくる。


「くっ!」

「そんな……」


 手で光を遮りながら中へ入ったゼウスとステファニーの二人は、輝く魔法陣の上空で光と共に消え去る人影を見て呆然と立ちつくす。その後には、魔力切れで気を失う魔術師達が魔法陣の周囲で倒れる音が響き渡った。


「コルネリウスは無事、元の世界へ転移したようですね」


 後から入ってきたクラレンスは状況を確認すると、満足そうに呟く。


「あんたは! これがどういう事か分かってやってるのか!」


 抑えきれない怒りに、ゼウスはクラレンスの胸ぐらを掴んで締め上げる。


「当然、分かっているからやったのです。あと三分でラウラさん達も到着しますから、早く準備を始めますよ」

「は? 準備って、今更何をだ!」


 いまだ意味の分からないゼウスは、怒りに任せてクラレンスを揺さぶる。

 しかし当のクラレンスはゼウスに揺さぶられるまま、いたって冷静な表情で今までの様な飄々とした語り口ではなく真剣な声で答えた。


「彼が二度とこの世界へ来ない様にする為の準備です」

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