四章

第93話:想いと覚悟

「ゼウスさん、待ってくださいよぉーぅ!」

「ワルキューレちゃん、付いて来るって話じゃなかったしぃ~」


 用意していた馬に乗り移動するゼウスの後ろを、走って追いかけるワルキューレの姿は、何かの罰ゲームの様だった。

 しかし小休止しながらとは言え、かれこれ小一時間程走り続けているのに、息一つ乱していないワルキューレに、ゼウスは関心を通り越して呆れかえっていた。

(マジでついて来るとは……)

 ついて来れなければ置いていく事もやむを得ないと思っていたゼウスだが、ここまで来てしまっては、もはや連れて行くしかない。出発前にフルメヴァーラに言われた通り森から東に出た海岸に着くと、一隻の船が停泊しているのが見えた。


「アレに乗るんですか?」

「その様だね」


 何事も無かったかの様な顔で横に立つワルキューレに、ゼウスは諦めた顔で答える。


「ご無沙汰しております。ゼウス殿」

「俺を待ってたって事は、カラック殿は俺の行き先をもう知ってるのかな?」

「はい。フルメヴァーラ様より連絡があったとの事で、私がお迎えに参りました」

「なるほど、ご協力感謝します」


 ゼウスはダリウスに頭を下げると同時に、心のなかでフルメヴァーラに感謝を述べた。


「お久しぶりです、ダリウスさん」

「おや、ワルキューレ嬢も御一緒ですか。道中宜しくお願いいたします」


 そして、しれっとワルキューレも船に乗り込む。あくまでも別行動と言う体なので、もはやゼウスは突っ込む事もしなかった。


「お陰様で陸路より何倍も早く行けそうです。……うっぷ」

「今日の海は凪いでますよ、ゼウス殿」

「何か前の記憶が蘇っぷ」

「ハンモックで休んだらどうですか?」


 ダリウスの勧めに従って休もうと船室に入ると、ワルキューレがはしゃいだ声で話しかけてくる。


「ゼウスさーん、やっぱりこれ面白いですよ!」

「……」


 ハンモックに乗って嬉しそうに揺れているワルキューレを、ゼウスは無言で見詰める。

 この少女は無邪気な笑顔を向けているが、実のところ先程の馬の件で、地味に仕返しをしているのではなかろうか。そんな事を思いつつ、ゼウスはそのまま船室の床に倒れ伏した。




 穏やかな波とそこそこに吹く風のおかげで、五日後には宵闇の島へと着いたゼウスとワルキューレは、カラックの屋敷に招待され旅の疲れを癒していた。


「これ、美味しいですね!」

「お気に召していただけた様で、なによりです」


 夕食に舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせているワルキューレとは対照的に、船酔いの酷かったゼウスは別室のベッドで眠りについていた。

(ん?)

 部屋のドアが開き、何者かが侵入してくる気配を感じ目を覚ますゼウス。手近な場所に剣がある事を確認すると、意識を気配へと集中する。

 が、侵入者が小さなお客様だと分かると、剣から手を放し意識の集中を解放した。


「……ごはん、たべないの?」


 暫くの間眺めていたようだが、ご飯が覚めてしまう事を心配したのか、小さな影はゼウスに声をかけてくる。


「アリエスちゃんだったっけ? わざわざ呼びに来てくれて、有難う」


 目を開けると、覗き込むように見ているアリエスと目が合う。褒められたのが嬉しいのか、顔がニコニコしている。御年二十歳になる、どう見ても六歳程度にしか見えないカラックの娘だ。

 前回も屋敷で見かけたが、急いでいたのでこの子との交流は殆どなく、言葉を交わしたのも挨拶程度である。それでも怖さより興味が勝ったのだろうか、彼女は逃げる事無く積極的にゼウスに話しかけてきた。


「ごはん、いこう」


 小さな手で引っ張ろうとするアリエスに、まだ視界が揺れている様な感覚に襲われながらもゼウスはベッドから出ると、少女の成すがままに連れていかれる。


「おや、娘が起こしてしまいましたか。失礼しました」

「いえ、大丈夫です」

「人が珍しいのでしょう。特にあなた方は一度お会いしておりますから、警戒もしておりませんし」


 そう言うと、娘を席につかせ食事を始めさせるカラック。はたで見ている分には子煩悩な父親が娘の面倒を見ている微笑ましい光景であるが、かつて魔王と呼ばれた齢千年を超えるバンパイアとその娘である。他の人間が見たらどう思うだろう。


「今回も御助力頂きまして、有難うございます」


 ゼウスは、席に着く前に改めてカラックへ礼を述べる。


「いえいえ、こちらこそこの様な形でしか協力出来ない不甲斐なさを申し訳なく感じております」


 食事を始めさせたカラックはゼウスへと向き直ると、恭しく一礼して答えた。

 相変わらず礼儀を重んじる者には礼儀正しい魔王である。


「して、出発の刻はいかほどで?」

「コルネリウスがどれ程事を進めているのか分からないので、出来る限り早くと思ってます」


 ここから出るにもカラックの船の世話にならないといけないので、ゼウスは具体的な時間は指定せず答える。


「成程。最近、ラダールや周辺の国では魔術師がエレンディアへ招集されていると言う話ですので、今すぐ事が起こると言う事は無さそうですが、急がれた方が宜しいでしょう。では、明日の朝には船を用意させます。それで宜しいですかな?」

「十分すぎるご配慮感謝します」


 ゼウスはカラックの情報に安堵すると共に、迅速な用意に感謝した。


「ゼウスさん、それ食べないんですか? 嫌いなものだったら、私が頂きますよ?」


 自分の食事を平らげていたワルキューレが、ゼウスの皿を狙って手を伸ばしてくる。


「ていっ!」

「あいたっ!」

「……」

「……」

「ていっ!」

「あいたっ!」


 十手くらいまでは、はたいて迎撃したのだが、十一手目で皿を奪取されてしまう。結構本気ではたいたのだが、やはり潜在的な能力はこの腹ペコ娘の方が上だと実感したゼウスは、決戦までに戦える様にする方法を模索し始めていた。




(戦い……か。私に出来るかな)

 その夜、ベッドに入ったワルキューレは、この先について考えていた。

 足手まといになる事は分かっていたので、自分なりに戦いに慣れる為、ゼウスがいない間魔物と戦ったりして慣れる努力はしていたのだ。

 そのおかげで魔物と戦う事は出来るレベルまで来ていた。しかし、人間相手で戦える自信はまだない。魔物と戦っている時でも赤い血を見るといまだに足が竦んでしまう事もある。

(でも、自分の事なのに人の命を危険に晒して黙って見てるなんて出来ない。ましてやその力があるなら……)

 ゼウスやステファニー、フルメヴァーラ達が鍛えてくれた事を思い出して、ワルキューレは拳を握る。

(やるしかない)

 ワルキューレは覚悟を決めると、眠りについた。

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