第91話:働く中間管理職
「何の用だ」
魔術師達が更なる技を研鑽する為集う場所、『魔導院』。その全てを支配する学院長が座る前にクラレンスは立っていた。
「何もかにも、そろそろ来ていただかないと、私ばかりコルネリウス様に怒られて不公平ですから」
「そういう問題なら、今暫く動かぬのも一興よな」
「……」
しばしの沈黙の後、学院長である『雷帝』ヴェルナー・ホーグランドは仕方なさそうな顔で話を続ける。
「実際のところ、この寒さの中エレンディアまでの長旅なぞしておったら命がいくつあっても足らんわい」
「……」
望む答えが返ってくるまで動く気が無いのか、クラレンスは黙ったまま目を瞑ってその場を動こうとはしなかった。
「分かった、分かった。時が来たら転移魔法陣で行くからとっとと帰れ」
「聞きましたよ? そこの魔法陣、エレンディアに繋ぎ変えておきますので、呼んだらすぐに来てくださいよ?」
言質を取ったクラレンスは目を開けると、物置に描かれている魔法陣に手を加え始める。
「しかし、お主がコルネリウスの側に付くとはな……。てっきり敵対すると思っておったが」
作業をしているクラレンスの背中からヴェルナーが声をかけると、クラレンスは振り向く事無くその問いに答えた。
「我が師匠は、師弟対決をお望みですかな?」
「それはそれで興が乗るかもしれんな」
(実際はそんな良いものではありませんよ)
声に出す事なく作業を続けるクラレンスは、業火の中消えていくヴェルナーの姿を思い出す。それは夢か幻か、はたまた現実にあった事なのか、それを知る者はクラレンス以外、この世界にはいない。
「では、登録先変更も終わりましたので、お暇致します。絶対に来てくださいよ?」
クラレンスは念を押すと、出口へ向かって歩き始める。
「転移で帰らんのか?」
「まだ、連れて帰らないといけない奴がいるのです」
「……あぁ、あの宿無しか」
ヴェルナーは思い出したように呟くと、
「お前もつくづく難儀よな」
と言ってクラレンスを送り出した。
「さて、直近の情報によるとカルベナにいると言う話だったが……」
寒風吹きすさぶ中、クラレンスはマントを羽織ると南西へ向け馬を走らせる。
しかし意外な事に、目的の人物とはそれから二週間と立たない内に遭遇する事となった。
サイラスの手前にあるユティラの町まで来たクラレンスは、雪で立ち往生してしてしまい暫く滞在する事にしたのだが、その初日の夜、食事の為に酒場に来ていると何やら騒がしい一行に遭遇する。
「クソッ! 踏んだり蹴ったりだったぜ」
「相手はユウヤの事を恐れて逃げ出したのよ、きっとそうだわ!」
「そうよ! 勇者のユウヤが負けるなんて無いわ!」
「迂闊に死なないでくださいね。私の蘇生はまだ成功確率低いんですから」
(勇者?)
取り巻きの女の言葉に、クラレンスは心の中で首をかしげる。
ユウヤと言う名は召喚者のリストに無かったはずだ。であれば、自然と転移してきた者か、召喚に失敗して魂だけ来た転移者の可能性がある。
実力があるなら手駒にすれば、コルネリウスも少しは評価してくれるだろう。しがない中間管理職は地道な積み重ねが重要なのだ。
情報を収集する為、酒を飲みながら彼らが語る話に耳を傾けてる。
そこへ新たに来た客がユウヤ達を一瞥すると、興味も無さそうにカウンターへとやって来た。
「これはこれは『剣聖』殿。こんな雪の中、何処をほっつき歩いていたのですか?」
頭から雪を積もらせたマントを脱ぎながらカウンター席に座る男に、クラレンスは声をかける。まさかここで目当ての男に合うとは、偶には神も役に立ってくれるものだと、普段祈りもしない神に感謝の祈りを捧げてみる。
「はっ、貴殿こそ何用でこんな僻地をうろついておるのか」
『剣聖』アルバート・ブランズはクラレンスの隣に席を移り腰を下ろすと、刀をカウンターに立て掛け店員に酒を頼む。
「ところで、あの入り口の『勇者』はどうでした?」
いまだ話を続けているユウヤ達を視線で示すと、クラレンスはアルバートに感想を聞く。
「どうも何も、剣を交えるに値しない輩だが、あれで勇者なのか?」
「……いや、自分達で勇者と言ってましたので。貴方が歯牙にもかけぬのであれば、まがい物なのでしょう」
転移者の可能性が消えたので、クラレンスはユウヤ達を思考の外に追いやると、アルバートの近況について話を聞いた。
ゼウスとの戦いの後カルベナにいたアルバートは、突然歴史が変わり困惑したのだが、基本独り身なので全く支障が無かった事、サンストームに支配されたカルベナの関所で用心棒をしていた事、その関所でゼウスを見かけた事、カルベナが自治権を主張してサンストームの兵士を追い出した事などを話した。
「それでゼウスさんに会って仕掛けなかったとか、どういう風の吹き回しですか」
ゼウスの名前を聞いたクラレンスは、純粋な疑問としてアルバートに尋ねる。
「ゼウス殿も良いのだが、それ以上に一度手合わせ願いたい強者がおってな。その機会を待っておる」
アルバートは初めて目にした時の興奮と戦慄を思い出して、一人興奮していた。
「あー、なるほど。大人しく私についてくれば、いずれ戦う事になり――」
「行こう」
クラレンスが言い終わる前に、アルバートは了承の返事を返す。
強者と戦えれば問題のない彼は、正義も悪も己の立ち位置も頓着しない生粋のバーサーカーである。
「その代わり――」
ただその彼にも、唯一味方に付く為の条件があった。どんな条件を突き付けて来るのか、固唾を飲んで待ち構えるクラレンスにアルバートは続けて呟く。
「――飯を食わせてくれ。金が無い」
(この男は、はなから無銭飲食する気だったのか……)
路銀の残りを確認しながらクラレンスは呆れたような顔でアルバートを見ると、メモ帳をとりだして経費申請の金額を書き足した。
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