第90話:復活の観光大国
「アーダ! ラムスさんも!」
ゼウスが連れ帰ってきたアーダを見た途端、ステファニーは驚いた顔で近寄ってきた。
「こちらの方は?」
「俺の奥さんでステファニー。俺と一緒で、二人の事をよく知ってるよ。」
そう言われても、記憶の無いアーダは嬉しそうに抱きついて来るステファニーとは対照的に、冷静に受け止めていた。
「あら? この子、もしかしてステラちゃん? おっきくなったわね」
ゼウスと同じように、ステファニーもしゃがみ込んでステラの頭を撫で始める。やはりゼウスの時同様に怖がることも無ければ鳴く事も無く、大人しく撫でられるままになっていた。
「やはり、この方も娘を知っているのですね。それに人見知りの娘が泣かないなんて」
いまだに知り合いだと言われてもピンとこないラムスとアーダは不思議そうな顔で二人を見つめる。
「消えてしまった記憶が戻らなくても、また一から作り始めればいいさ。何より君達が生きていてくれたのが嬉しい」
そう言うと、ゼウスはステラをステファニーに任せて、ラムスとアーダを連れフルメヴァーラの元へ向かった。
「おう、戻ったか」
ラウラと話していたフルメヴァーラが振り返るとラムスとアーダは緊張した面持ちで頭を下げる。この世界では殆ど面識が無いらしい。
ちなみにこの世界でもラムスとアーダが夫婦なのは、奴隷に売られたアーダが主人の元を逃げ出してケシオ山に住んでいたところ、ラムスと出会って共に惹かれたと言う事だった。
以来、通い妻ならぬ通い夫として、森と山を行き来していたらしい。
「何人残った?」
「六十五人です。森と山を合わせて」
「……半分以下か」
ラムスの答えに、フルメヴァーラはやり切れない表情で呟く。
そもそも、魔法の使い手であり、弓の名人であるエルフが百人以上もいて防ぎきれなかったのかと思うかもしれないが、夜襲の上に森を焼かれて逃げ場を失ったエルフ達に千人を超す兵士を迎え撃つ気力は既に無くなっていたのだ。最後の一人まで抵抗して華々しく散るなどと言う破滅思想はエルフには無い。
帰って来るエルフ達の人数を把握したフルメヴァーラは、ラウラと相談して新しく家を建てる場所と土地を決め、ラウラの魔法で更地にする作業を始めた。そしてラムスとアーダには家を作る為の人出をエルフ達から連れてくるよう指示すると、一息つく。
「どれくらいかかりそうです?」
「取り合えず住めるようになるまでに、ふた月はかかるか。いつ雪が降るかもわからんから、出来るだけ早く済ませたいがな」
「そうですねぇ。そこで相談なんですが、カルベナの市民の力も借りると言うのはどうでしょう?」
「……人間が手を貸すのか?」
「そこはそれ、持ちつもたれると言う事で。エルフで戦える人が協力してカルベナを守ってくれれば、協力してくれると思いますよ」
「ふっ、『思いますよ』じゃなくて、話は既につけているのであろう。ここはカルベナの前線基地と言う訳か」
白々しく答えるゼウスに、フルメヴァーラは見透かしたように笑いかける。
「話が早くて助かります。何もエルフだけに戦わせる訳ではありませんし、希望があればエルフの方々も街に住めるように手配します。どうですか?」
「私は構わんよ。再びこの森に住める、と言うよりダークエルフとエルフが共存できる世界であれば何も言う事は無い」
と言うと、フルメヴァーラはラウラの元に行き、区画整理を再開した。
(思った以上にすんなり進んで良かった)
胸の中でほっと一息つくと、ゼウスは防衛線の構築と共にある計画を考えていた。
「いらっしゃいませ~」
かつて四季折々の海鮮料理を提供する事で有名だった海辺のレストランに入ると、きらめく金髪をなびかせる可愛らしいメイド姿のエルフと、銀髪をなびかせる美しいダークエルフのメイドが来客を迎える。
重税の脅威が去り以前の価格に戻った上に、可愛らしいエルフが評判となって前よりも繁盛している店内に、店のオーナーは終始笑いが止まらなかった。
「いやぁ、まさかこんな日が来るとは思いもしませんでした! ゼウス様には感謝してもしきれませんわい!」
「そうですか、良かったですね。はは……」
この世界にはメイド文化が無かった(使用人はいる)ので、ちょっと秋葉の要領でメイドの衣装を着せてみたらどうかと思って作ってみたのだが、想像以上にエルフ達の容姿とマッチして恐ろしいほどの人気になってしまった。
その噂は瞬く間に全土に広がって、観光大国カルベナは見事な復活を遂げる事となったのだ。
だが、この復活劇にはメイドだけではなく、ある重要な人物が影の立役者として関わっている。
フェリクスさん家のエステルだ。彼女はカレンベルク家で学んだことを遺憾なく発揮し、商人達の材料調達や資金繰りのノウハウからメイドの作法までありとあらゆる事に関わっていた。
その功績により、今では評議会の重鎮として遇されており、いずれはカルベナの代表になると言う話も出始めている。ちなみにフェリクスは戦う以外にこれと言って特技は無いので奥さんが働きすぎで倒れないよう、見守るのが日々の仕事になっていた。
「しかし、二ヶ月足らずでこれを整え、さらに二ヶ月でここまで成し遂げるとは流石だな」
「それもこれも、フルメヴァーラさんを始め、皆さんが協力してくれた結果ですよ。エステルさんは計算外でしたけど」
森に帰ってきたゼウスは、フルメヴァーラの隣で満足そうに答える。
雪が積もり始め、大軍を移動できないサンストームは、サイラスで傭兵を雇い小規模な戦いを何度か仕掛けてきたが、そのこと如くを跳ね返す程の砦が森の西に展開を済ませている。
砦は関所も兼任しており、観光で来た者は武器の持ち込みが出来ないが、身分証を提示するだけで通過できる。もちろん通行料も無いので、カルベナの景色と食べ物、そしてメイドエルフを見る為の観光客が毎日ひっきりなしに通行していた。
「サイラスも手を組んでくれれば、船便も再会できるんですけどねぇ」
「それももう話は進んでいるのであろう?」
「あそこも商人の国ですからね、儲かってる話を聞けばじっとはしていられないでしょう」
実際、サイラスの商人達から取引をしたいと言う打診は日に日に増してきていた。この調子でいけば、近い将来サイラスもこちら側に付ける事が出来るだろう。そうなれば、カルベナは安泰だ。
(しかし、コルネリウスは何故こんな雑な統治をしていたのだろう)
各地にもっと兵力を置いておけば、こんな反逆などすぐに鎮圧できただろうに。とゼウスは思う。
(そもそも、そんなに長く征服する気が無かった?)
そう考えるとコルネリウスの野望が何なのか、転移を使って何を成そうと言うのか。
『この世界を、未来永劫維持する為に、わしは、わしを呼び続ける事にした』確かそんな事を言っていたのを思い出す。
(失敗すればもう一度やり直して修正すれば良いって事か)
であれば、やり直す前に止めないと、今までやって来た事がリセットされてしまう。
「どうした、考え事か?」
横に立つフルメヴァーラが覗き込むように問いかけてくる。妖艶なバイオレットの瞳と深紅の唇に、ゼウスは思わず生唾を呑み込んでしまう。この美貌で数百年生きているとは、異世界とは恐ろしい所である。ゼウスは誤魔化す様に笑うと咄嗟に思い付いた事を口にした。
「あぁ、フルメヴァーラさんがメイド服着たらさぞかし綺麗だろうなぁ……と」
「ほう、私もあの衣装にはいささか興味があるが――」
フルメヴァーラは、目を細めながら笑って見せると視線をゼウスの後方に向け、言葉を続ける。
「私をそういう目で見ていると、命がいくつあっても足りんと思うぞ」
その言葉と後ろから感じる殺気に、ゼウスはかつてない身の危険を感じながら振り返った。
「あら、楽しそうな会話をして……っ!」
ゼウスに声をかけようとした途端、ステファニーはお腹を押さえうずくまる。
「え? 何? 大丈夫? これってもしかして?」
すかさず駆け寄ってステファニーを支えるが、事態を呑み込めていないのか、ゼウスはただおろおろしていた。
「落ち着けゼウス。揺らさない様にゆっくり運ぶのだ」
「任せとけ!」
ステファニーを抱え上げると、今度はうろうろと辺りをうろつき始める。
「落ち着けと言うておろうが!」
「お、おう」
ゼウスを窘めると、フルメヴァーラは先導してステファニーを温かい小屋へと運んで行く。
外は雪が解け始め、木々には新芽が萌え始める頃の出来事だった。
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