第89話:奴隷解放戦線
「それでは、行ってきます」
ゼウスとフェリクスはそれぞれステファニーとエステルに挨拶を済ませると、森から南にある国、カルベナへと向かって出発した。
ステファニーと旅行で温泉に入った事もある国だが、その当時にも奴隷を扱う国としての認識があった事をゼウスは思い出す。故に、今回のエルフ達の事件もカルベナが関与していると踏んで調査に向かっているのだ。
「兄さん、何処から調べるの?」
「手っ取り早く評議会を締めあげて聞き出すよ」
「それって、国相手に喧嘩売るって事だよね……」
「時間が無いからね。ぐずぐずしてたら、愛しの我が子の誕生に間に合わないじゃないか」
「……確かに」
その後に、自分の子供も誕生を控えているフェリクスにとっては、人事ではなかった。
主がいなくなった今でも森を守り続けているドラゴン達を刺激しない様に、二人は迂回して進んで行く。
やがて馬の脚で三日ほど走る頃には、カルベナの国境付近までたどり着いていた。
「おや? 国境の門が無くなってる」
以前の様に街道を塞ぎ身元確認をしていると思って、ゼウスは偽造の身分証明を用意してたのだが、サンストームが世界を征服した今では、カルベナももはや国ではなく支配都市の一つとなっており、国境も防衛を兼ねた物々しいものではなく、詰所にいる兵士の数も数人で、もはや只の関所といった趣となっていた。
「男二人か、一人銀貨一枚で合わせて銀貨二枚だ」
二人の姿を確認して、面倒くさそうに詰所から出てきた男は、先頭を歩いていたゼウスに声をかけると、手を差し出してきた。
「え? 通るだけでそんなにかかるの?」
「今じゃあ、カルベナに来るのは金持ちの貴族か商人だけだからな。貧乏人が来ても楽しめるところは無いぞ」
払う物が無いならさっさと引き返せと言わんばかりに、男は手をひらひらさせながら詰所に帰ろうとする。急いで追いかけ銀貨を握らせると、ゼウスはフェリクスと共にその場を後にした。
「確かに、ここ最近の買い出しで高いとは思ってたけど、不作とかが原因じゃなかったんだねぇ」
フェリクスは商品に付けられている値札を見て、ため息交じりに呟く。
街に入ってからと言うもの、露店に並ぶ商品はどれも以前の世界に比べ倍近い売価になっていた。国が征服され、より大きな国に管理されるようになって、上納する場所も増えた事により、そのしわ寄せは販売者を直撃していたのだ。
観光と食事で潤っていたカルベナの姿は半年もしない内に寂れ果て、僅かばかりの土産物屋と温泉宿が残るだけとなり、農業や漁業を細々と行うものが大多数となっていた。
「こんな貧相な街になれば、奴隷商売に力を入れるのも分からんでもない……が」
かつての華やかな街並みを覚えているゼウスにとって、その光景はあまりにも寂しいものだった。だが、それとこれとは話は別と言わんばかりに気持ちを入れ替えると、ゼウスは評議会があった場所に向け馬の速度を速めた。
「ユリウス様、今月収める奴隷についてですが、サンストームの城が悪魔の手先に破壊されコルネリウス王がエレンディアへと城を移した事により、暫くの間は不要との連絡がありました」
「エレンディアだと? 何だってあの様な辺境まで行く必要があるのか。当てにしていた収入減が早くも無くなったではないか。これで税を納めるのをエレンディアまで来いとか言われては、堪ったものではないぞ」
秘書官の報告に、ユリウスと呼ばれた男は僅かばかり残る白髪を撫でつつ、歯ぎしりしながら答える。
「売れなかった分の奴隷のさばき先を早急に見つけて、金に換えるのだ。奴らを置いておくだけでも金がかかるからな」
「ははっ! サイラスの商人に当たってみます」
秘書官は頭を下げると、すぐに部屋から退出する。
(くそっ! サンストームにさえ負けなければ、こんな胸糞悪い仕事をせずに済んだものを……)
心の中で悪態をつきつつ廊下の角を曲がった瞬間、男は何者かに口と手の自由を封じられた。
(!)
突然の事に事態が把握できなかった男は身を左右に振りながら声にならない悲鳴を上げる。
「大人しくしといてくれれば、危害は加えない」
耳元から聞こえる声の優しさに、男は心を落ち着かせると、静かに首を二度頷かせた。
「それで、仕方なく領主に仕えていたと」
「ああ、他に生きていく術が無かったから、仕方なくなんだ」
誰もいない倉庫の一室に連れてこられた秘書官は、ゼウスの問いかけに洗いざらい話すと力なく項垂れる。
男によれば、軍事力を殆ど持たないカルベナはサンストームが攻めてきた時、すぐに無条件降伏をしたという。そして税金を納める事を強要され物価高騰に陥り、観光客は激減し現在の状況に至っていたのだ。
概ね想像していた通りの展開となっていたのを確認すると、ゼウスは男にある提案を話しかける。
「捕まえたエルフ達の居所を教えてくれたら、元の観光客で賑わう国に戻してみせるよ」
「そんな夢物語みたいな事」
「サンストーム城が崩壊するって話も、普通に考えれば夢物語みたいなもんじゃないかな?」
出来もしない話と思い込んでいた男は、怪しげな視線をゼウスに向けたが、その後の言葉に見る見る表情が変わっていく。
「あ、あんた等……まさか!」
「世の中、まさかと言う事ほど起こるものだよね」
驚愕の表情で見つめる男に、ゼウスはニヤリと笑って見せた。
「ユリウス様、大変です! 何者かが奴隷たちの倉庫へ押し入り逃がしてしまいました!」
「なんじゃと?」
寝室のドアを叩く音と共に聞こえてきた声にユリウスは飛び起きると、寝間着のまま急いで扉を開く。
「貴様は誰……ぎゃっ!」
全てを言い終わる前に、力いっぱい打ち込んだフェリクスの拳で悶絶しながら崩れ落ちるユリウス。そこへゼウスを筆頭に大勢のエルフ達が現れる。元より反乱するような武力の無い国だったので、兵士と呼べる人員を殆ど置いていなかった領主の館は解放されたエルフ達にあっさりと制圧されていた。
夜が明け、ユリウスを含め捕らえていた兵士達を放逐すると、秘書官だった男が主要な商人を集めて会議を開いた。
それはサンストームの支配を跳ね除け、今後自分達でカルベナを昔の観光大国に戻す事に関する話し合いだった。
軍備の無いカルベナには守る術がないと反対する者がいたが、もはや城の無くなったサンストームに常駐する軍がいない事、バルドーやラダールから遠征してくる可能性の無い事、よしんばサンストームで軍備を立て直しても、エルフと協力する事で撃退出来る事をゼウスが説明すると、大抵の者は黙って首を縦に振った。
そして翌日。街に自治区の話と税制の変更のお触れを出すと、相当鬱憤が溜まっていたのであろう、人々は諸手を挙げて喜んだ。
「じゃあオットーさん、何かあった時はエルフの皆さんと協力できる体制を森の方でも作っておきますので」
「有難うございますゼウスさん。でも、本当に大丈夫なんでしょうか?」
元の世界を取り戻せると興奮し勢いに任せて来てしまったが、ここにきて元秘書官のオットーは不安そうに話しかけてくる。
「大丈夫ですよ。もしサイラスが攻めて来ても、あそこの軍事力なら余裕で防ぐことはできます。そんなに心配ならこいつも置いておきますので」
そう言うと、ゼウスはフェリクスを前に押し出してきた。
「へ? 僕が?」
その話は想定外だったのだろう、フェリクス自身も鳩が豆鉄砲を食らったような顔でゼウスに振り返る。
「お前達も子供が出来るんだ、そろそろ家を持っても良いだろう」
ゼウスの言葉に、フェリクスは考え込む。婚約までは順調に来ていたが、その後は世界が変わったりエステルの記憶が無くなったりで大変だったので、確かにそんな事は考えもしなかった。
いずれはエステルの実家とも話し合わなければならないだろうが、今のエステルの状態を考えると、暫くはこの地に腰を下ろすのも悪くは無いと思う。
「分かったよ」
フェリクスは悩んだ結果、ゼウスの提案に頷いた。
「よし、じゃあ俺はフルメヴァーラさんと話を詰めるから森に帰るぞ。エステルちゃんには俺が伝えとくから、お前はここでオットーさんの補佐と護衛を任せたぞ」
ゼウスは部屋を出ると、待たせていたエルフ達と共に森へと帰る支度を始める。
「この度は本当に有難うございました」
口々にお礼を言うエルフ達の中に、ひときわ見覚えのある顔を見てゼウスは話かける。
「いえいえ、ラムスさんもアーダさんも無事で何よりでした」
「? まだ名乗ってもいないのに、私たちの名前をご存じで?」
「ええ。大切な人ですから」
不思議そうな顔で問いかけるダークエルフの女性にゼウスは優しい声で答えると、連れている女の子の頭を撫ではじめる。
「ステラちゃんも大きくなったねぇ」
「娘の名前まで……」
しゃがみ込んで娘の頭を撫でているゼウスを、二人はしばらくの間不思議そうに見下ろしていた。
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