第88話:築二千年の事故物件

(構造は十五層までとあまり変わらないなぁ)

 皆に黙って遺跡の下層に降りてきたラウラは、壁を触りながら一人先へと進む。

 封鎖されていた区間だった為か、魔物が出る気配はなく辺りは静寂に包まれていた。

(となると、下層への階段はあっちね)

 どの階層も似たようなレイアウトだったので、下へ降りるのは容易だった。ものの十五分も歩いていると階段は無くなり、今までより一回り大きな扉が現れる。

(二十層が一番下なのかな?)

 これ以上、下層が無い事の寂しさと、扉の先に何があるかの期待感が混ざり合った感情でラウラは扉に手をかける。

 しかし、扉は期待に応える事なく、びくともしなかった。

 ラウラは少し下がり両手を上げると、扉をロックオンする。


「えい」


 掛け声とともに、四角く切り取られた鋼鉄製の扉がガラガラと音を響かせながら落ちていくと、空いた空間を潜り抜けてラウラは中へと入っていった。


「あ」

「……」


 中でお茶を飲んで寛いでいた女性と目が合い、お互いの動きが一瞬固まる。が、見覚えのあるその容姿に、ラウラは恐る恐る声をかけてみた。


「……シアリス様?」


 ラウラに呼ばれた女性は、その瞬間そっぽを向いて視線を躱す。


「シアリス様ですよね?」


 視線の先へ回り込み再び問いかけるが、更に顔を背け知らない素振りを続ける。

 そして同じ事を三回ほど繰り返した後、ようやく女性は口を開いた。


「来ちゃダメっていったでしょ!」

「やっぱりシアリス様だ。どうしてこんな所に?」

「もう、この子は……」


 言う事を聞かない子に手を焼く親の様な表情でため息をつくと、諦めたシアリスは目の前に座ったラウラに、何もない空間からお茶を出して手渡す。


「どうしてここに?」

「気になったから」


 ティーカップを両手で持ちながらふーふーと冷ましていたラウラは、目をキラキラさせながら答える。


「……そういう子でしたね。だから幼いながらも代行者に選んだんですが」


 ある意味自分の目が間違っていない事を実証できたのだが、そんな事を喜んでいる場合ではない。


「ここは、あなた方人間が来るところではありません。すぐに帰りな……はぁ」


 目はキラキラさせたままだが、何も得ないまま帰る気はさらさら無いと言う強い意志をラウラの瞳から感じ取ったシアリスは、言葉の途中をため息に変えると、改めてラウラに向き直る。


「そんなにここが何か知りたいですか?」

「うん、うん!」


 嬉しそうに首をブンブン振るその姿に、遥か昔の自分の面影を重ねると、シアリスは諦めた様に話を始めた。


「それでは、少し昔話をいたしましょう」


 紅茶を飲み干し、新たに注いだティーカップを置くと、シアリスは遠い瞳で記憶を紐解く様にゆっくりと話しを始めた。


「今から二千年ほど昔、この船はこの場所へ着陸しました」

「二千年! 昔にも程がありますよ? あと、これ船なの?」

「ええ。当時、こことは別の次元に住んでいた船の乗組員は、元の世界の崩壊から非難する為、この次元へ逃げて来たのです」

「次元? 何だか分からないけど大変だったんですねぇ」


 ラウラは知らない単語に戸惑う中、話の筋からして危ない所から逃げて来た程度に理解する。


「彼らは何もないこの空間に大地を転移させ、生き伸びました」

「大地を転移……ほえー」


 話が大きくなりすぎて、そろそろ理解が追いつかなくなり始めていた。


「しかし、折角創り上げた世界を、彼らは僅か百年程で無に帰してしまいました」

「え? それってどう言う……」

「戦いによる人類の滅亡です。前の次元で行った愚行を、この世界に来ても繰り返してしまったのです」

「そんな……」

「滅亡と言っても、戦火を逃れた者も僅かに存在しました。残った人類は、二つの派閥に別れ、一つは滅びへと進む科学を一度捨て去り、もう一度ゼロから生きていこうとする集団に、そしてもう一つは、それでも科学の更なる進化を夢見て研究を続ける集団に。この二つの思想に別れた人々は、互いに接触する事無く、それぞれの道を歩み始めました」

「……」


 もはや、話が見えていないラウラであったが、人類が滅亡してなかった様なので、取り敢えずほっとしていた。


「そして幾千年の時を経て、一度科学を捨てた人間は、結局また科学を発展させ、何度かの滅亡の危機を迎えながらも、乗り越えて今の生活を続けています。それがあなた達ですね」


 遠い視線をラウラへと戻すと、シアリスは優しい笑みを浮かべる。


「もう一つの人達は?」

「彼らは己の肉体を捨て去る事に成功し、『滅び』の呪縛から解き放たれました」

「それって、もしかして……神さま?」


 漠然とではあるが、その存在は今目の前にいる彼女の事だとラウラは思った。

 シアリスはその問いには答える事無く立ち上がると、広げていたティーセットを仕舞い始める。


「お話はここまでです。さぁ、あなたもお部屋へ帰りなさい。それから二度とここへ来てはいけませんよ?」

「でも、あっ!」


 何か言おうと立ち上がったラウラを光に包むと、シアリスはそのまま十五階層のラウラの部屋へと送り帰す。


「あれ? 私、何しようとしてたんだっけ?」


 暗闇の中、僅かに聞こえるワルキューレの寝息に自分の部屋にいる事に気付いたラウラは、何故ここに立っているのか思い出せず、何かもやもやした気分でそのままベッドに入って眠りについた。


「そして『滅び』の呪縛から解き放たれ、神さまと呼ばれるようになった人々は、その代償として『永遠』と言う呪縛に囚われましたとさ」

「姉さん……」


 振り返ったシアリスの視線の先には、いつの間にかガロイアが佇んでいた。




「おはよう……う、何か頭痛い」


 ワルキューレの声で目を覚ますと、チクチクと後頭部を刺す痛みと共に、ラウラは何か大事な事を忘れている様な焦燥感に襲われる。


「ラウラさん大丈夫ですか? 風邪でしょうか」


 朦朧とする意識の中、額に当たるワルキューレの手の冷たさに、ラウラは一瞬で目が冴える。


「冷たっ!」

「ひゃっ! ごめんなさい」

「いや、大丈夫だけ……ど」


 左右に首を振って確認してみるが、先程の痛みが奇麗さっぱり消えている事に驚く。


「今日は、ゼウスさんとフェリクスさんがカルベナへ行く日なので、朝ご飯早めに用意しますよ」

「そうだったね、すぐ行くよぉ」


(あれ? 何で私、パジャマに着替えてないんだろ)

 ベッドから起き上がると、普段着のままだった自分に違和感を感じる。しかし、昨日の記憶はさっぱり思い出せないので、ラウラは考えるのを諦めると、朝の支度を始めるのだった。

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