第87話:新たなるお家
「さあ! ラウラちゃん、ここが新しいお家だよ!」
「え? ゼウスさん、ここって……」
ゼウスが満面の笑みで指し示す先には、遺跡の入り口が広がっていた。
「今は誰の所有でもないからね。住んだもん勝ちさ」
「そう言うものでしょうか……」
と言いつつ、ラウラの瞳は好奇心に光り輝き、その体は今すぐにでも入りたそうにウズウズしていた。
「まぁ、良いのではないか?」
フルメヴァーラも問題ないだろうと思い、ラウラに勧める。何処の誰とも知れぬ輩に占領されるよりは余程良いし、エルフの森を再建するにしても、その方が安全だからだ。
「よし、そういう事だから、行ってみよう!」
元エルフの森の主から許可が出たので、一行は遺跡へと潜り始める。
道中、再び住み着いていた魔物を掃討しつつ、以前調査した十五階層まで降りると、皆で手分けして掃除を始めた。
「この中で何か使えそうなものってあるのかな?」
「前回特になかったから、全部捨てちゃって良いんじゃないか?」
「取り合えず隣の部屋を倉庫にして全部押し込んじゃいましょう」
一番広い区画をメインの部屋とし、後は個々の部屋や台所と風呂場に改造する為のスペースを確保して一日目の作業は終わった。
「酷いものだな」
地上に上がって来ていたフルメヴァーラは、改めて森の惨状を見て呟く。
「俺は、引っ越しが落ち着いたら、攫われた人達を探しにカルベナへ行こうと思ってます」
「……私も一緒に行っていいか?」
ゼウスの声に振り返ると、決意を胸に秘めた瞳でフルメヴァーラは答えた。
「有難いんですけど、ステファニーの出産が近いので、見守ってていただけませんか? それに森の復旧には貴方がいないと進まないでしょうし。皆は必ず俺が連れて帰ってきますので」
「そうか……、そうだな、お前に任せる。私は皆を受け入れられる森を創って待っているとしよう」
ゼウスの声に確固たる意志を感じたフルメヴァーラは、穏やかな表情に戻ると彼の提案を受け入れた。
日が沈む頃には、別働で買い出しに出ていたフェリクスとワルキューレが戻り、一行は簡易で作成した台所で夕食を済また。
食後の一服が済むと、ゼウスとステファニー、フェリクスとエステルはそれぞれ片付けた部屋へと戻っていく。
「エステルさん」
「何でしょう? フェリクスさん」
少し緊張した面持ちで問いかけてくるフェリクスに、エステルは合わせる様に答える。
「この前、迷宮を脱出する時に抱き上げたじゃないですか」
「はい」
「その時思ったんですが」
「はい」
「最近ちょっと太っ――うぼぁっ!」
「太ってません!」
フェリクスに皆まで言わせぬよう、拳で黙らせるエステル。
「って事は、もしかして?」
頬を撫でながら問いかけるフェリクスに、エステルは頬を染めながら静かに頷く。
「ふぁっ?」
声にならない叫びを上げながら抱きついてきたフェリクスに、エステルは驚きの声を上げる。
「ああっごめん! 大丈夫?」
感極まって力いっぱい抱きしめていたフェリクスは、お腹の子の事を思い出し、慌てて離れると、ふくらみが目立ち始めたエステルのお腹を優しく撫でる。
「ふふっ、大丈夫ですわ」
真剣な目で心配そうにしているフェリクスを見ているうちに、エステルの表情は穏やかなものに戻っていった。
「何て言うか……、有難う?」
「私こそ。この子のおかげで記憶が戻ったのですから、感謝しても、し足りませんわ」
エステルは、夢で見た事をフェリクスに話した。
記憶が戻った当初は、まだ自分でも妊娠しているか確証が持てなかったので、夢の事は話さなかったのだが、今となっては自他共に認める状態である。
気づくまでは内緒でと言うステファニーの提案で黙っていたのだが、フェリクスが気付くのが遅いので、話す機会を今か今かと待ちわびていた程であった。
「そっかー、この子がプロメア様の言ってたエステルとの『繋がり』だったんだね。有難う……」
「どうされました?」
神妙な顔つきで言葉に詰まっているフェリクスを、エステルは不思議そうに覗き込む。
「この子の名前、考えないといけないね」
名前を呼ぼうとして、まだつけていない事に気付いたのだ。
「まだ男の子か女の子かも分からないのに、気が早い様な……」
「そっか、呼びかける時に名前は必要だと思ったけど、女の子なのに男の名前で呼ばれたら確かに可哀そうだな」
嬉しさのあまり先走っているフェリクスを微笑ましく見つめるエステル。その後も命名こそしなかったが、男の子、女の子双方の名前の候補を二人して暫く話し合っていた。
「名前、ですか?」
「そう、名前です」
「名前、かぁ……」
一方、ゼウスとステファニーの部屋でも同じような話が展開されていたのだが、ステファニーから生まれてくる子に名前を付けてくれと言われたゼウスは、呟いた後しばし固まっていた。
彼にとって名前はある意味トラウマであり、よもや自分が名付け親になるなど夢にも思っていなかったのだ。
もし自分がつけた名前によって、生まれてきた子の人生が自分の様な事になりでもしたら、到底生きていけないだろう。圧し掛かるプレッシャーに耐えきれず、とうとうゼウスは頭を抱え唸り始めた。
「ちょっと、大丈夫?」
「どどど、どんな名前を付けたら良いんだ」
「あながた良いと思う名前で良いのよ? ちなみに変な名前だったら私がダメ出しするけど」
「じゃあ、ステファニーがつけて!」
「あなたと私の子よ? 二人で決めたいわ」
「……うん」
優しく語り掛けてくるステファニーの言葉に、ゼウスは徐々に落ち着きを取り戻す。確かに大切な子供の事なので二人で決めたいと言う気持ちは分かる。ただ、子供はその名前を気に入ってくれるだろうか、それが心配で考える事が出来なかった。
「じゃあ、反対にしましょう。私が考えるから、あなたがその中から決めて頂戴」
「そそそ」
「それで決まり。良いわね?」
「……はい」
自分が考えるか、決めるかの二択しかない状況では、そちらしか選ぶ余地のないゼウスは渋々了承する。それでも、先程までの重圧に比べれば幾分かは気持ちが軽くなっていた。
時を同じくしてラウラの部屋では、ワルキューレと二人で何やら良からぬ事を相談していた。
「それって、大丈夫なの?」
「家なんだから、何か危ない事があったら困るし、そうなる前に調べておく必要があると思うの」
もっともらしい理由を出して自分を正当化しようとするラウラ。どうやら、以前シアリス神から「近づかない方が良い」と言われていた十五階層から下を探検したいらしい。
「皆もダメって言うんじゃないかなぁ」
「そうかなぁ、でも行ってみたいなぁ」
その場ではワルキューレの言葉に従い、下層に降りるのを諦める事にしたラウラだった。
しかしその夜、神の教えより好奇心が勝ったラウラは、皆が寝静まった頃を見計らって一人遺跡の最下層を目指し部屋を出て行くのだった。
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