第79話:世界の平和を願う王

「平和そうだと思ったけど、そうでもなかった」


 街に入って早々、兵士に囲まれたゼウスは、がっかりした口調でため息交じりに呟く。

 ざっと見渡す限りでは、三十人程が街路に押し寄せ二人を取り囲んでいた。


「国家を脅かす反逆者め! 大人しく縛に――」

「個人を脅かす国家の犬め! 大人しく道を空けないと命を落とすぞ」


 司令官らしき兵士の口上に、被せる様にゼウスは話しかけると、剣を抜いて構える。


「うわぁ……すごい悪党っぽいですね」


 後ろでは、ワルキューレが呆れたような表情で呟いている。状況が状況だけに、彼女は動く事も出来ないのだが、なんとか冗談の一つでも言って気を落ち着かせたかったのだろう。

 ゼウスは、剣で威嚇しながら兵士を散らすと、背後が壁になる様な立ち位置へと移動していく。

 いくらゼウスが剣技に優れていても、腕の数には限度がある。数に物を言わせて来られれば、先手を打って全滅させる以外、ワルキューレを無傷で守り切る自身は無かった。勿論、その様な虐殺は彼の本意とするところではないので、最小限の被害を与えて活路を見出す方法を考える。

 手っ取り早く相手を黙らせるには、やはり指揮官を殺すのが一番だろう。命が惜しければ指示も無いのに飛び込んで来る馬鹿はいない。ゼウスは指揮官に狙いを定めると一気に切り捨てる為、腰を落として構えた。


「はい皆さん、ご苦労様です。もう帰っていいですよ」


 その時、人垣の後ろから緊張感のない声が響いて来た。

 兵士達が脇へよけると、空いた隙間から見慣れた男が現れる。


「あら、先生」

「ご無沙汰しております、ゼウスさん」


 チョビ髭を生やした初老の男は、ゼウスに向かって恭しく頭を下げた。


「被害が出ないうちに、あなた方は戻った方が宜しいですよ」

「でも――」

「ああ、命がけで観戦したいのであれば、止めませんがね」


 生真面目に職務を全うしようとする指揮官に念を押すと、クラレンスは兵士達を下がらせた。


「えーっと、これは一戦交えると言う流れでしょうか」

「あなた方が大人しく王城へ来てくだされば、そうはなりませんがね」


 クラレンスの意図を測りかねて、ゼウスはしばしの間沈黙を通す。


「ちなみに、ステファニーさんは王城で丁重におもてなししてますよ」

「!」


 彼女の名を聞いたゼウスは一瞬殺気を放つが、一呼吸おいて自らを自制する。


「貴方が理性的でこちらも助かります。フェリクス君達は話す間もなく去ってしまいましたので」

「フェリクスも来たのか」


 クラレンスはフェリクスと言った。であれば、一緒にいるのはラウラかエステルあたりであろうか。見張っていたフルメヴァーラと言う可能性もある。


「ええ。ラウラさんと魔王フルメヴァーラさんもご一緒でしたよ」


 隠す事なく話すクラレンスに、増々考えが読めないゼウスは直球で聞く事にした。


「何故、コルネリウスの側についてるんです?」

「利害の問題ですね」

「利害?」

「ええ。今はその方が何かと便利ですので」

「……目的は何だ」


 ゼウスは、口調を変えクラレンスへ問いかける。その視線は、真意を見逃さまいと睨みつけていた。


「目的、ですか。そうですね――」


 ゼウスの刺す様な視線もどこ吹く風、クラレンスは飄々と答える。


「嫌な奴が悔しがる顔を見たい為、ですね」

「……大人しく着いて行きましょう」


 ゼウスは剣を仕舞うと、ワルキューレに振り向く。


「と、言う訳なので、取り敢えず王城に行ってみようか」

「え? あ、はい」


 事態が呑み込めないが、殺し合いは無くなった様なので、ひとまずほっとするワルキューレは、クラレンスに着いて行くゼウスの後を、トコトコと着いて行った。




「先日の男に、ゼウスとワルキューレが着いて行ったぞ」

「先日の男って、クラレンス先生ですか?」

「確かそんな名前で呼んでいたな」


 昼間に変わって、夜は梟を使い魔に使役しているフルメヴァーラは、ゼウス達の動向を引き続き追っていた。


「兄さんが王城に向かってるって事は、姉さんがそこにいるんだね」

「多分な」


 馬車を引きながら問いかけるフェリクスに、フルメヴァーラは答えると、先に進むゼウス達を追う様に使い魔を進ませる。

 前回なら既に撃ち落されている距離だが、今回は攻撃する素振りも見せず、クラレンスは歩き続けていた。




「ようこそ、ゼウス君。君の奥さんには世話になっとるよ」

「どうも、混沌王。夕飯時なので嫁を迎えに来たんだけど、そろそろ連れて帰っていいかな?」


 謁見の間に通されたゼウスは、玉座に座る年老いた男性に向け、吐き捨てる様に言い放つ。


「すまんがまだ用があってな、もう暫くは滞在いただく予定じゃ」

「世界征服はもう済んだでしょう。これ以上何がしたいんです?」


 ゼウスの問いに、コルネリウスは遠い昔を見つめる様な眼差しで、静かに語り始めた。


「わしは第二次大戦の末期に戦争へ参加し、そこで死んでこの世界に来た。新たな世界で平和に生きていけると最初は喜んだ。しかし、その希望はすぐに絶望へと変わった。王や貴族は新たな領地と奴隷を求め日々戦いに明け暮れ、民は消耗品として戦地へ追いやられた。それは元の世界と何ら変わる事は無かった」


 己の過去を語ると、コルネリウスは視線をゼウスへ戻し、本題へと入る。


「人間は愚かだ。それは世界や文化が変わっても、変わる事が無い。だから二度と争いの無い世界を私は創る事にしたのじゃ」

「もう、出来上がってるじゃないですか」


 彼が治めるサンストーム帝国は、五年前にこの世界を統一している。この期に及んで何を望むのか、もしかして元の世界の征服まで目論んでいるのかと、ゼウスは考えた。


「この世界の知識を得て戻ったわしは、転生する前のわしに知識を与えた。今回はその知識で世界を治める為に六十余年を費やした。後はこの世界を、未来永劫維持する為に、わしは、わしを呼び続ける事にした」

「は?」


 ゼウスはコルネリウスが何を言っているのか、最初は分からなかった。


「例え、今世界を治めていても、いずれこの身は朽ち果てる。故にわしは、若き日のわしを召喚し、後の世界を治めさせる事にしたのじゃ」


 そう語る老人の目は、もはやゼウスを見ておらず、何処か狂気に彩られていた。

 世界平和を願う老人は、争いを起こさせない為に世界を統一した。そして、永遠の統治をおこなう為に、自身を召喚し続けると言う。狂気の沙汰である。ゼウスはこれ以上、この老人を説得する事を諦め、別の質問を投げかけた。


「ところで、一つ聞きたいのですが、来る途中エルフの里が滅んでまして、何か心当たりは在りませんか?」

「アレは、わしの計画の礎になってもらっておる」


 コルネリウスは、表情一つ動かさずに答えると、言葉を続ける。


「わしの寿命を延ばし、召喚の回数を減らす為、研究用に捕まえさせた」


 ゼウスはその言葉に、目の前の男をこの場で切り捨てようと思ったが、既の所で思いとどまった。


「世界の平和を願っておいて、エルフ達を虐殺するんですか?」

「放っておいても殺し合う定めならば、いずれ来る恒久の平和の為に命を使われる方が本望であろう」


(あ、これ本末転倒ってやつだ)

 嫌な予感が的中したゼウスは、既にどうやってステファニーを救出するか算段を立て始めていた。

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