第80話:剣聖、再戦
「その様子では、わしに協力してくれる気は無さそうじゃな」
「残念ながら」
「そうか……残念じゃが、お主には消えて貰って、彼女には新しい旦那を迎えて貰う事にしよう」
そう言うと、コルネリウスは席を立ち上り、謁見の間から退出し始める。
「おいおい、勝手に決めるなよっ!」
ゼウスは言いながら剣に手をかけると、一足飛びに間合いに入り剣を振り下ろす。
「っと?」
老人にしては甲高い金属音を発するので、刃先を見るとゼウスの剣は鈍く輝く刀の刃に防がれていた。
「久方ぶりですな、ゼウス殿」
茶色の短髪の男が、刀を両手で支えながら、嬉々とした表情でゼウスを見ていた。
「うわ、でた」
何となく嫌な予感はしていたのだが、一番相手にしたくない人物が現れ、ゼウスのテンションは一気に下がった。代わりに脱出のリスクが跳ね上がったが、そんなものはちっとも嬉しくない。
悠々と謁見の間を後にするコルネリウスを歯ぎしりをしながら見送ると、ゼウスは男から距離をとって仕切り直しをした。
「さあ、邪魔をするものはいなくなりましたから、思う存分戦いましょうぞ」
「いや、もう直ぐにでも帰りたいんだけど」
刀を収め振り返る剣聖、アルバートに、ゼウスは本気で嫌そうな顔をする。
魔術を主体にする相手であれば、ゼウスの持つ剣の特性も併せて御しやすいのだが、剣主体の相手では些かやり辛い。中でも剣技において最高の地位にいる剣聖ならば尚更だ。
ゼウスの中では「どうやってステファニーを救出するか」から、「どうやって生きて脱出するか」にミッションは変わっていた。
(それに……)
ゼウスは、後方で竦んでいるワルキューレに振り向く。
見た限りでは、やはり戦いに参加は出来そうにない。その彼女も守りながらと言うと、難度は増々跳ね上がる。
「ワルキューレちゃん、戦えそう?」
「むむむ、無理……です」
「だよねぇ」
幸い、ここにいる人達は、人質を取ったり不意打ちをしてくる者がいない。それだけでもゼウスにとっては有難かった。
(しかし、これで混沌って、何かやり辛いな)
混沌と言う割には、あまりに潔い展開に少々困惑しつつも、目の前の脅威に対処すべく、剣を収め短剣に切り替える。
以前対峙した時同様、アルバートの居合に対処するには、より早く反応できる短剣の方が防御しやすい。攻めとか考えている余裕は無かった。
「では、そろそろ宜しいかな」
「嫌なんだけど、仕方ないね」
腰を落として構えるアルバートに、渋々ながら答えるゼウスは短剣を構える。
ワルキューレと出口の位置の再確認は済ませた。後はどうやって脱出するタイミングを見計らうかだが、出口付近にはクラレンスが残っている。未知数の彼と戦うリスクは出来れば避けたかった。
「ああ、危ないので私は出ておきますね」
「え? あ、はい」
その思いが通じたのか、クラレンスは二人に声をかけると、出口の扉を開け、外に出て行ってしまう。
(マジか)
本気て敵対しているのか疑問に思う程、ゼウスは呆気にとられる。何にせよ問題が一つ減ったのは僥倖である。脱出計画が立て易くなったゼウスは、気持ちやる気になって短剣を握りなおした。
防御一辺倒の構えを貫くつもりのゼウスは、こちらから仕掛ける事は無い。なので、先に動いたのはアルバートの方だった。
低い姿勢から右足で地面を蹴ると、一瞬でゼウスの間合いに入り神速の抜刀で襲い掛かって来る。
「くっ!」
ゼウスは太刀筋を目と気配で察知すると、短剣でその軌道をいなす。前回より遥かに速度の増した斬撃は受け流すだけで精一杯だった。
「な?」
いなしたと思った直後に、二つ目の刃が現れ、ゼウスは慌てて躱す。しかし、乱れた姿勢をついて、第三、第四の刃が襲い掛かって来た。
(居合って連撃するもんだっけ?)
尋常ではない速度で居合を放ち続けるアルバートに押されるゼウスは、じりじりと後退を余儀なくされる。
短剣のリーチでは追い払う事も出来ないので、刀を受けた瞬間、ゼウスは刃を仕込んだ右足でアルバートの足元を薙ぎ払った。
「相も変わらず、姑息な手を使いよる」
と言いつつも、その顔は嬉しそうで堪らないと言った感じに、アルバートは口角を吊り上げる。
「まともにやって勝てるとは思ってませんので」
ゼウスは短剣を一本仕舞うと、背中から長剣を抜き放った。
アルバートの攻撃スピードにある程度慣れた為、今度は攻撃も絡めて行く算段だ。
「ところで、後ろの女子は戦わぬのか?」
ゼウスの後方で怯えているワルキューレを、興味深く見つめるアルバート。
「か弱い女子高生なので、見逃してあげてください」
「か弱い、……か。お主の後に手合わせ願いたいものだな」
その視線に宿る殺気が、更に増したようにゼウスには見えた。
危険を感じたゼウスは、相手の虚を突く為、自らアルバートの懐へと踏み込む。
居合を主とするアルバートなら、防御は手薄と思ったのだが、その期待はすぐに砕かれる事になった。
悉く居合で叩き返されるのである。
(そんなに甘くないよねぇ)
剣聖に剣で勝てるとは思っていないが、やはり切り崩すには一筋縄では行かない。このままでは脱出の糸口どころか、無駄に体力が消耗していくだけだった。
「そんなに頑張って、疲れませんか? もう良いお年でしょう」
「ははは! 気遣い感謝するが、いささかも堪えてはおらぬぞ。さあ、遠慮せず打って来るが良い!」
(やっぱりバーサーカーだわ)
何とかお取引き願おうと思ったが、火に油を注いでしまったか、更にやる気を出すアルバートに、ゼウスはげんなりする。
(こうなったら)
何度目かの打ち込みの後、大きく飛び退ったゼウスは最大限の力を込めて眼前の空間を薙ぎ払った。
「ぬっ?」
アルバートの足元を抉る様に放たれた斬撃は、床を捲り上げ前方の視界を塞ぐ。
逃すまいと瓦礫を切り開き、踏み込もうとした瞬間、目の前に迫る短剣の切っ先を既の所で躱すが、踏み込むきっかけを失ってしまった。
「ちぃ!」
瓦礫が収まった後の誰もいない空間を見つめ、アルバートは舌打ちをする。
「もう、終わりですか」
「はい、今日はもう帰りますので、お相手は結構ですよ!」
ワルキューレを抱えながら出口をぶち破って来たゼウスに、クラレンスは声をかける。が、座っていたベンチからは立とうとせず、あくまでそのまま見送るつもりの様だった。
「リミットは二ヶ月ですので、それまでには帰って来てくださいね」
クラレンスはそう言うと、ダッシュで去って行くゼウスの後ろ姿にいつまでも手を振っていた。
「見逃したのか?」
手をふるクラレンスに、後から出てきたアルバートが声をかける。
「放っておいても、また来ますので。その時、お相手すれば良いではありませんか」
「ふん」
アルバートは鼻をならすと剣を収め、廃墟となった謁見の間へと戻っていった。
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